open your eyes-5





しくじった、という感覚はなかった。僕ら輝石マイスターは全力を尽くしたし、後方支援のエージェント
たちに不足もなかった。
しかし僕らは―――ソレスタルビーイングは窮地に立たされていた。

仕組まれた争い。

人間だけで構成された人類革新連盟が、吸血鬼と妖精を奉る血族とで構成されたAEUと、人狼など人外
の者で構成されたユニオンへと一斉攻撃を仕掛けたという情報がソレスタルビーイングに入り、僕らは戦
力を分散させて現場へ向かった。
けれどそれは文字通り仕組まれた戦いで、単独で向かった僕はもちろん、コンビを組んで現場へ向かった
刹那とティエリアも苦戦を強いられることになった。

『なぁに、力出し惜しみしてんだよ、アレルヤぁ……』
「ハレルヤ……!」

僕の頭の中でもう一人の自分がぼやいている。僕が向かったのは人革連とAEUが僕らを待ち伏せしてい
た場所で、武装した人間や、同族を地に伏しながら、僕は彼の声に頭を振った。

「駄目だよ、嫌いなんだ……」
『おいおい、自分の存在を否定する気か?』
「そうだとしても、僕には……」
『じゃぁ、さっさとくたばれよ。そしたら俺が代わりにやってやっからよォ!!このままじゃボコられて
 おっ死ぬのがオチだぜ、アレルヤ?』

地面に倒れたAEUの吸血鬼に視線が止まる。その額から流れる血に……。

「嫌だっ!!」

「もらったぁっ!!」

僕が叫ぶのとほぼ同時、背中を灼け付く痛みが奔った。前のめりに倒れ、一瞬だけ意識が遠のく。
次の瞬間には口の中に血の味。袈裟懸けに切られた傷はみるみるうちに塞がっていった。

「さぁてと……こっからが本番だぜェ?」

僕じゃない“僕”の声が口から出た。そしてゆらりと起きあがり、殺気を周囲にまき散らしながらその瞳
で敵を見据える。

「き、金色の目……っ!?」

どよめく周囲の敵たち。足下に転がっていた銀製の剣を足で拾い上げ、“僕”は笑った。

「おめぇらが恐れ、根絶やしにした血族の生き残り……。その力を存分に味わいなァッ!!」

闇夜をつんざく断末魔の叫び。僕はその声と目の前に広がる血の光景に耳を塞ぎ、目を瞑った。

それからはどうやって戦っていたのか、僕にはわからない。わかるのは、とても強い吸血鬼が現れて、そ
いつと相討ちになったということだけ。
相手の戦力を大きく削いだが、同時に僕も戦闘不能に陥った。
その時、ソレスタルビーイングのアジトはAEUとユニオンの連合軍が残りの戦力を率いてやってきて、
ラッセが必死の防戦にまわっていたというのに……。僕は意識を失い、リヒティに回収されて隠し通路か
らアジトへ搬送された。



次に意識が戻ったのはこの戦いの三日後。

「ごめんな、アレルヤ。俺……――」

そこで僕はニールの涙を見た。





 ◇◆◇





リヒティに運ばれてアジトに戻ってきたアレルヤに意識はなく、首や腹、腕はもちろん足や顔にも怪我を
負っていた。見送った時には眩しいくらいに輝いていた輝石の光は衰え、まるで石の中に霧がかかったよ
うに曇っている。表面にはヒビが入り、輝石の力が酷使されたのだと言われなくてもわかった。

「今、刹那とティエリアも他のエージェントに回収してもらって、こっちに向かってるッス」

ストレッチャーに乗せられ、医務室に向かうアレルヤに付き添いながら、俺はリヒティの報告を聞く。

「それぞれの現場では各勢力の戦力を削ぐことに成功はしたみたいッスけど、こっちの状況は……?」
「あまり芳しくはないわね。これ以上の増援はないでしょうけれど、ラッセ一人には荷が重すぎるわ。刹
 那とティエリアに意識は?」
「刹那はなんとか意識があるみたいッスけど、これ以上戦うのはちょっと……。怪我も重傷だし、第一、
 輝石が限界で……」

たとえ血液パックで血を補充したとしても、輝石なしで敵の大群と渡り合うのは難しいってことか。さっ
きまでオペレーションルームで外の様子を見ていた人間としては、その判断にも納得できる。けどな…――

「なんとかしなきゃなんねぇだろ。ミススメラギ、何かいい案はないのか」
「今のこの戦力では……。意識のある刹那に応急手当をしたのち、輝石が回復するまでラッセと共に防戦
 にまわってもらうしか……」

せめてあと一人分の戦力があれば……、と唇を噛む彼女も相当焦っているのが察知できた。ソレスタル
ビーイングではもう一人、医師のモレノさんも吸血鬼だったが、戦闘には不向きである上、今は怪我人の
治療と輝石の回復が最優先だ。

「換えの輝石とかってないんスか?ねぇ、モレノさん」
「ない。そもそも輝石にも相性があって、相性と素質を兼ね備えた者にしか扱えない。だからラッセは輝
 石を持っていないんだ」
「けど、もう一つ余ってるのがあるんでしょう?それをなんとかして……」
「輝石は吸血鬼しか使えない。もともと吸血鬼族の祖先が使っていたものだからな」

だからその扱いも吸血鬼にしかできないし、手入れも同じ事だという。
残っている輝石。俺は何度かモレノさんに見せてもらって知っている。
緑の輝石、デュナメス。能力は不明。属性も不明。アレルヤはそれを見て「ニールの目の色に似ている
ね」とよく笑っていた。

『スメラギさんっ!ラッセさんが!!』
『俺はまだ大丈夫だ!!俺がこっちを引きつけてる間に刹那たちを……!』

ちょうど医務室に到着したのと同時くらいに、通信機からフェルトの声とラッセの声が聞こえる。かなり
やばい状況なのは、合わせて表示されたモニターで一目瞭然だ。
アレルヤは目を覚ます様子がない。ヒビの入った輝石は光を失い、それはまるでアレルヤの命の灯火を思
わせた。
俺はミススメラギとモレノさんに向かって言った。

「―――俺に、輝石をくれないか」

ミススメラギは「えっ」と目を見開き、モレノさんは黙ってアレルヤの手当を進める。

「で、でも、ニール……。人間に輝石を扱うのは不可能で……」
「わかってる」

俺は彼女の声を遮り、モレノさんの邪魔にならないようにアレルヤの額へキスを落とした。

「だから、これから吸血鬼になる」
「えっ……!?」

今度こそミススメラギは言葉を失い、リヒティも混乱してエージェントと連絡を取っていた通信機を落と
しそうになった。モレノさんだけは俺がこうすることがわかっていたみたいに、治療の手を止めて輝石を
保管してある奥の部屋へ歩き出す。
俺は屈んでアレルヤの顔を覗き込みながら、出血の止まらない首の傷へ視線をやった。

「ごめん、アレルヤ……。俺の血、せっかく役に立ててたのにな……」

頬を摺り合わせるようにして、俺は唇をアレルヤの首筋へ寄せる。

「今度はもっと傍で、お前の力になってやるから……」

きっと悲しむだろうな、アレルヤは。きっと自分を責めるだろうな。自分の力不足で、って。
でもな俺は、人間だ吸血鬼だの言う前に、お前が俺を愛してくれればそれでいいんだよ。

「好きだよ、アレルヤ……」

舌先で味を見、それから傷口に吸い付いた。こく、と喉を鳴らしてアレルヤの血を飲み込む。
細胞の変化はそれから間もなく起こり始めた。

「いっ、……ぁっ、くそ……っ!!」

立っていられなくなって、その場に膝をつく。ミススメラギが慌てて手を伸ばしたが、「触るな!」とい
うモレノさんの声にその手を胸の前で握りしめた。
体中が熱い。まるで一度灰になって生まれ変わる不死鳥にでもなったようだ。視界はぼやけ、赤くなった
りモノクロになったりと忙しい。
やがてその視界がサァッと晴れた時、体中の熱も嘘のように治まっていた。

「ニール」

横から呼ばれて、床に膝をついたまま声の主を見上げる。目の前の手のひらには緑色の輝石―――デュナ
メスが乗せられている。

「取り敢えず手に取りなさい。相性が合えば何か変化が起こるはずだ」

俺は言われるままにモレノさんの手から、バングルごと輝石を受け取った。その時だ。

「マチクタビレタ!マチクタビレタ!」

ポンッと音がして、オレンジ色の球体が現れた。飛び跳ねる度に新緑の木の葉が散り、消えていく。

「お、まえ…なに?」
「ハロウ!ハロウ!」

呆然としている俺の前でそいつはジャンプを繰り返す。

「ハロウ?」
「デュナメスに憑いている、使い魔のようなものだ。確か古い書物に書いてあった。名前は“葉狼”。そ
 れがニールに反応して姿を現したということだろう」
「って、ことは……」
「ニールにはデュナメスを扱う素質があるということだ」

俺は目の前の葉狼を見つめ、その周囲に纏った薄緑色の気を捉えた。

「そうか……。たまに聞こえてた声は、やっぱりお前だったんだな」
「ツウジテタ!ツウジテタ!」

葉狼はピョーンとまた飛び跳ねた。俺はそのオレンジ色の体を捕まえて、上に向かって放り投げると、そ
れを追って勢いよく立ち上がる。

「よっしゃ、行くぜハロ!今日からお前と俺は相棒だ!!」

葉狼なんて固い名前は似合わない。勝手に改名した俺を責めもせず、むしろまた喜んでハロははしゃいだ。

「ミススメラギ、指示を頼む。フェルト!ラッセに俺が行くからもう少し頑張れって伝えてくれ!!」
『ニール!?……り、了解!』

俺は部屋を出て行く前にもう一度アレルヤを振り返り、キスをした。

「それじゃ、行ってくるかんな……」

目を閉じて、開く……。医務室を出る直前、目に入った鏡に映っていた俺の瞳は、吸血鬼化したアレルヤ
と同じように、血のように真っ赤だった。


 ◇


アジトの外では、オペレーションルームで見たのとほとんど変わらない、AEU勢とユニオン勢の連合軍
が間髪入れずに攻めてきていた。

「くっそ……、防ぐのもままならなくなってきやがった……!!」

鉄製の大剣を操りながら毒づくラッセに駆け寄り、隙のできていた左手から突っ込んできた敵の懐に飛び
込んで掌底を当てた。

「っ、ニール!?お前、どうして外に……、その目……――!」
「輝石をもらってきた。俺が前に立つから、ラッセは俺がやり損ねた奴を狙ってくれ」

深紅に光る俺の目を見て、ラッセは息を呑む。数時間前までは人間だった奴が吸血鬼になって現れたんだ
から、そりゃ多少は驚くのは仕方ない。

「大丈夫、戦い方は共鳴現象のおかげでわかっているつもりだ。それに、俺には相棒がいるからな」

その時、腕に抱えていたハロが緑色の光を放つ。彗星のようにその光は尾を引いて周囲を飛び、敵をはじ
き飛ばすと、俺の傍に戻ってきてクゥンと鳴いた。
オレンジがかった乳白色の毛並みの狼が俺の腕と体の間に頭を差し込んできて甘えている。四肢や首には
ツタが巻かれ、尻尾が風を起こす度に小さな竜巻が地面を踊った。

「そっか、これがハロの……“葉狼”の本当のか」

耳の後ろを撫でてやると嬉しそうに鳴いた。

「よし……それじゃ、フォロー頼んだぜ、相棒」

ワォーン……、と葉狼の遠吠えが夜空に吸い込まれ、それが合図であったかのように、様子を窺っていた
敵が一斉に飛びかかってくる。
敵が集中してやって来た時、アレルヤは輝石を使っていた。近接攻撃、中距離・遠距離攻撃用の力が必ず
使えるようになっているとも聞いていた。

「ニール!!」

ラッセが敵に囲まれた俺に向かって叫んだ。大丈夫。戦えるさ……!

「緑の輝石、デュナメス……。アンタの力は……風か!!」

一際強くデュナメスが光を放った時、俺は右腕を勢いよく薙ぎ払う。

「鎌鼬!!」

無数の風の刃が飛び込んできた敵を一斉に切り刻み、さらに葉狼が疾駆し、その威勢を削いだ。
敵の表情が変わったのがわかる。焦り、本気を出してくるに違いない。

『ニール、右斜め前、二時の方向に敵勢力が集まって来ているわ。注意して!』

通信機からミススメラギの指示。その間にも単発だが、敵の攻撃は続いている。戦闘の仕方はわかってい
るつもりだったが、共鳴現象による疑似体験と吸血鬼化したことによる身体能力の向上を計算に入れても、
体術においては素人同然だ。接近されると完全に不利になる。

「集まってる敵の距離と規模がわかれば、対応できるってのに……!」

指示された場所は鬱蒼と茂る雑木林の向こうだ。走り込んで直接視認するにも危険が伴う。
チッと舌打ちした時、葉狼が俺の横を駆けていく。林の方へ飛び込み、アォーン……と鳴いた。
次の瞬間には、敵の配置が手に取るように瞼の裏へ映った。

「これなら……!!」

俺は林の方へ上向きに手の平を向ける。

「棺(かん)……」

俺の声に呼応して、敵の集団を捕らえる檻のように、ツタや枝が地面からぐんぐん伸び、彼らを完全に封
じ込めた。

―――暴れんなよ……、変なところ刺しちまうぜ……?

上向きに差し出した手を握りしめながら振り上げて、下ろす……!

「……刺(ざし)ッ!!」

鋭く伸びたツタが、閉じこめた敵の体を貫いた。急所は外し、足や腕を狙ったつもりだ。
ツタの檻を解くと、葉狼が戻ってきた。深緑の瞳で俺を見上げ、撫でてくれと手の平に頭をこすりつけて
くる。

「あぁ、サンキュ。なるほどな、お前さんは索敵が本業ってわけか」

葉狼は肯定するようにぺろりと俺の手を舐めた。その時、通信機にミススメラギの声が届く。

『おそらく敵の士気は下がってきているわ。ここで敵の指揮官を叩けば撤退するはずよ!』
「了解だ。ハロ、もっかい行ってきてくれるか」

俺の声に真っ直ぐに敵陣へ突っ込んで行く葉狼。その間に俺は見晴らしのいい場所へと移動する。
アォゥン……、と葉狼の遠吠えが聞こえた。瞼の裏に、敵のリーダーらしき人物の影が暗闇の中から浮か
び上がって見える。
フゥッ、と息を吐いた。呼吸を整え、両手を銃を持つ形に組む。
目を閉じて精神統一する俺に敵が襲いかかってくるが、葉狼がそれを許さない。
そして俺は視線と、構えた指の先に標的を捉えた。

「狙い撃つぜ……風看取り(かざみどり)!!」

圧縮された空気の弾丸が放たれ、狙い通りに標的の足を打ち抜く。

「、くそっ!撤退だ!!」

指揮官の声を合図に、敵はバラバラと撤退していく。意識を張りつめたままそれを見送り、クリスティナ
から完全に敵が撤退したことの報告を受けて、ようやくラッセを振り返った。

「お疲れさん」
「お前もな、ニール。初戦にしちゃ大きな戦果だ」
「はは……、は……――」

フッ、と意識が揺らぐ。目眩がして足から力が抜けた。

「ニール!!ニー……、ったく、びっくりさせんなよ」

呆れたラッセの声を薄れる意識の中で聞いて、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。

「オヤスミ!オヤスミ!」

ハロの声だ。あぁ、助かったよ。ありがとうな、ハロ……。



―――ニール……。



アレルヤか……。うん……、ごめん……な……。



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実は一年以上前に書き上がっていたという罠。
小出しにしてたら、上げるのをすっかり忘れていたという……。

やっぱりモレノさんはかっこいいなぁ……(笑)


2009/02/19

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