open your eyes-2 一週間後、俺は刹那に連れられて、ナイスバディーの女性とドライブをすることになった。 正確に言うと、刹那は俺のほかにももう一人スカウトをしていたらしくて、刹那の運転する車の助手席 に俺、後部座席にスメラギというらしい年上の女性が座っていた。 彼女は俺を見るなり兄さんの名前を呟いた。つまり、彼女は元々ソレスタルビーイングにいたというこ とだろう。 この先ソレスタルビーイングに潜入するのは構わないが、何度も兄と比べられることがあるだろう。正 直言って不愉快だ。 俺は兄さんを嫌っちゃいない。しかしそれとこれとは話が別で、俺は俺なんだ。兄さんと同じ言葉や仕 草を求めないで欲しい。 そういう点ではクラウスは兄さんを知らないから、とても付き合いやすかった。クラウスは俺をライル として見てくれる。 俺がソレスタルビーイングに加入するにあたって、クラウスはいろいろと手を回し、表向きは人事異動 でソレスタルビーイングのある製薬会社に派遣されたということにしてくれた。クラウスにだけ、俺が ソレスタルビーイングに行くことを伝えたのだ。 車は夜の街を走り抜ける。その時、ピピピッという電子音が鳴り響いた。 『刹那っ!』 「フェルト、どうした」 『街の郊外でアロウズによる下級精霊の捕獲作戦が始まったわ!ティエリアが先行したけど…っ』 「下級精霊…。あいつらは人体にも俺たちにもなんの影響を与えないだろう!?」 「けれど、悪魔にとっては邪魔者なのね…。刹那、貴方はポイントJ16から現場へ急行して。ライル、 貴方は運転を交代して私の指示した道を通って」 「了解」 「フェルト、現場周辺のアロウズ展開状況を送って」 『スメラギさん…っ!?わかりました!』 女の子の声は途絶えて、代わりに通信機から3Dの映像が表示される。青い立方体や円柱に囲まれて緑 の光点が点滅している。その周りには赤い光点。さらにそこに向かって三角形の紫色した光点が迫って いる。 「ライル、あとは頼んだぞ」 画面に見入っていた俺に刹那は唐突にそう言って、沿道に車を急停車させた。小さな蝙蝠に分散すると シートベルトやドアをすり抜けて車外へ飛び出す。それから人型に戻った刹那は目の前にそびえるビル の屋上を睨んだ。その瞳は一週間前の昼間に見たような血の色だ。 助手席から下りて運転席にまわる間に、刹那は高く跳躍してビルの屋上へと消えていった。 「空いている道路をナビゲートするわ。今のうちにアジトへ向かいます」 「りょーかい、っと。しっかり掴まっててくれよな」 一時間後、迂回を繰り返して俺とスメラギさんの乗った車はあるビルの地下駐車場に入っていった。 それに追いつく形で刹那と、かなり美形の男がやってくる。この超絶美形がきっとティエリアなんだろ う。彼は俺を見るなり驚愕の表情で固まったが、隣の刹那が苦しそうに息をついたので慌てて手を貸し た。 「エクシアが…、っ」 「喋るな刹那」 「おいおい、怪我してんのか」 心配して声を掛けてやったのに、ティエリアは俺をキッと睨む。なんだよ、感じ悪ィな…。 スメラギさんが刹那の腕を取り、その手首に着けられたバングルを見る。欠けた青い宝石が今にも崩れ 落ちんとしていた。 「この状態でよく保ったわね。よく頑張ったわ、刹那」 「っ、スメラギ・李・ノリエガ、何を…!?」 刹那を支えていたティエリアが声を上げる。彼女はスーツの袖を捲り、華奢な手首を晒したのだった。 「どうせあとで抜かれるんだもの。いま刹那にあげても同じでしょう?」 「しかし…っ!!」 どうやら彼女は刹那に自分の血を飲ませようとしているらしい。ってことは女性の肌に牙を突き立てる ってわけか。 「ちょっと待った。刹那、飲むなら俺の血を飲め。野郎の血は飲めないなんてグルメなこと言うんじゃ ねぇぞ」 するとそこにいた全員が驚いた表情で俺を見た。なんだ。変なこと言ったか、俺。 吸血鬼に血を吸われたからって、吸われた人間が吸血鬼になることはないと、刹那からもらったデータ に記されていた。だからなにも恐れることはないと名乗り出たのだが、なにかおかしな事を言ってしま っただろうか。 そのうち刹那が、俺の差し出した腕を優しい手つきでスッと撫でた。 「ありがたくいただく」 「せつ…っ、……――――」 ティエリアは上げかけた声を飲み込み、俺は刹那の唇が柔らかく手首にキスするのを見つめた。 チュッ、チュッと音がして、それから小さく鋭い痛みが奔った。 「っ…!!」 刹那の牙が俺の手首に突き刺さっている。じく…と血が吸われていくのがわかる。 何度か献血をしたこともあるが、それとは違う。妙な感覚だ。 刹那と交わっていくのがわかる。弱まっていた刹那の鼓動が、俺の血と混ざり合えば合うほど強く脈打 つ。 刹那の鼓動が強く脈打つたびに、俺の中には妙な高揚感がわき上がってくる。いや、これはある種の快 楽だ。 「ぁ…ぁっ‥‥ぁ、せつ…な‥‥?」 一度だけ経験がある。刹那の鼓動が脈打つリズムは、あの突き上げられるリズムと似たものがある。 眉をしかめて、押し寄せる快楽の波に耐える。 くぷ、と牙が抜き取られ、傷口を優しく舐めてから刹那は口を離した。 倒れかける体に慌てて手を差し出す。 ――…と、なんだ?支えなきゃと思ったのは確かなのに、支えられてるのは俺自身だ。 俺は刹那の中から俺を見ているという、妙な感覚に陥っていた。 「大丈夫か?そんなに多くは吸わなかったはずなんだが…」 とろんとした目で刹那を見上げる。自分のその惚けた顔に笑いたくなるが、だからなんで鏡もないのに 自分の顔が見えるんだって話だ。 刹那は俺を見て、「ああ、そうか…」と思った。 「共鳴現象というんだ。何万分の一の確率で、血を吸われた人間が、吸った吸血鬼の視覚や聴覚、触覚 などの感覚に一定時間同調してしまうことがある。それを共鳴現象という。血液パックを通した場合 や、そもそも相性が合わない者同士では起こりえない。だからスメラギの血を俺が吸っても共鳴現象 は起きない。だが、‥‥‥俺の考えていることがわかるだろう?」 ああ、わかる。俺によく似た男と片目を長い髪で隠した男の姿を思い浮かべている。 片方はきっと兄さんだ。もう一人は誰だろう…。 「俺にはお前の考えていることは伝わらない。が、俺のイメージが読めるなら、見えただろう。お前の 兄とアレルヤ―――行方不明になってるもう一人のマイスターも、この共鳴現象の起こる何万分の一 の相性を持つ者同士だった」 「でも、兄さんも…ここに来て吸血鬼になったんだろ…?吸血鬼が吸血鬼の血を吸ってもいいのかよ…」 「本来はそんなことしないし、快楽にはまりすぎて相手を失血死させる恐れもあるから、共鳴現象を持 つ者同士もあまり吸血行為をすることもない。だが、あいつらは…――」 刹那はその先を濁して口をつぐんだが、一度頭に浮かんだ言葉は俺にも伝わってしまった。 ―――あいつらは…恋人同士だったからな‥‥。 俺は刹那の脳内に浮かんだ兄さんの姿をもう一度思い浮かべる。幸せそうに笑っていた。相手のアレル ヤという男も、優しそうな顔をしている。 ティエリアが俺の脇を抱えてしっかりと地面に立たせてくれた。それから歩けることを確認され、大丈 夫だとうなずくと隠しエレベーターの方へ誘導された。 エレベーターの中で俺は刹那に尋ねる。 「で?そのアレルヤって奴は?これから会えんのか?」 兄さんと重ねられて抱かれたりしたら嫌だなぁ、と思いながら尋ねると、ティエリアからは暗い声が答 えた。 「五年前の戦いから、消息がつかめていない。行方不明中だ。欠けたバングルだけが残っている」 「‥‥‥‥そ、か…。悪ィ…」 「気にするな。俺たちはアレルヤが生きていると信じている」 力強く刹那がそう言ったから、俺も信じることにした。兄さんを好きだった人、事故の悲しみから抜け 出せなかった兄さんに笑顔を取り戻してくれた人。俺も会ってみたいと思った。 エレベーターが指定された階にようやく到着する。そこで俺はソレスタルビーイングのメンバーに紹介 された。 みんな一様に驚いたけれど、俺と兄さんが似ているのは見た目だけだろうから、たぶんそのうちわかっ てくるだろう。 自己紹介を済ませて、俺は早速ティエリアにある場所へ連れて行かれた。 「いきなり吸血鬼になれと言っても抵抗があるだろうから、薬だけ渡しておく。これには吸血鬼化した ニールの血が含まれている。これを飲めば貴方も吸血鬼になれる」 「兄さんの…?」 「あぁ。残っているアンプルはこれに使用したもの以外、五年前の戦いですべて駄目になってしまっ た。だから、飲まないという選択は認めるが、捨てるという行為は許さないぞ」 「わかったよ。こうすりゃ、いいんだろ?」 躊躇いはなかった。直接、誰かの血を飲むのかと思っていたから、この程度、なんてことないと思った のだ。 俺は渡されたカプセルをごくりと飲み込む。まさか、受け取ってすぐに俺がカプセルを飲むと思ってい なかったのだろうティエリアが、驚いて小さく声を上げた。 「―――…特になんも変わんなくね?牙が生えてくるとか、なんかもっとそういう…っ!?」 変化は、少し時間を置いて表れた。 体中の血が沸騰し、すべての細胞が書き換えられていく感覚。手足に伝える力の分配がうまくできな い。俺はリノリウムの床に倒れ込んだ。目の前が赤くなってチカチカする。呼吸が苦しい。 体中を暴れ回っていた血液の暴走が治まると、今度はみなぎる力に発狂しそうになった。 力をはき出したい…!! 俺は傍で佇んで、俺を見下ろしているティエリアをキッと睨み上げると、バネを弾くような勢いで飛び 起き、ティエリアの喉元めがけて、手刀を繰り出した。 ティエリアは黙って後ろへ数歩下がると、俺の攻撃をかわす。二度、三度とティエリアへ尖らせた爪で 襲いかかっても、奴は涼しい顔をして全部の攻撃を避けきった。俺が舌打ちしたのと同時に、ティエリ アは手首のバングルへと手をかざす。紫色の宝石が光を放った。 「っ!?」 俺は唐突に繰り出されたティエリアの掌底に体を吹き飛ばされ、壁に強かに背を打ち付ける。 咳き込み、そこでようやく体の感覚が元の状態に戻っていく。 けほっ…。ほっそい腕のくせにやけに力ありやがるな…。 「輝石の力だ」 思ってたことが顔に出ていたらしくて、かなり不機嫌そうな声で言った。 「輝石は持ち主の身体能力を飛躍的に上げ、且つ、特殊な力を授ける。特に僕の輝石、セラヴィーは保 持者の筋力を上げるんだ。輝石の特性について、刹那の渡した資料に載っていなかったのか」 「読んだけど、わかるわけないじゃんか。輝石どころか、吸血鬼だって見るのは初めてだってのに」 ティエリアは大きくため息をつく。心底呆れた表情で。 「まったく…どうして刹那はこんな人間を連れてきたんだ…」 おいおい俺を目の前にちょっと失礼じゃないか…? 「まぁ、そう言わないでさ…」 けど、こんなことでチームワーク乱してたら、アロウズを消すことなんてできねぇからな。 「よろしく頼むよ、かわいい教官殿」 ティエリアは眉をしかめ、俺を見下ろした。俺はにっこり笑って右手を差し出す。 また大きくため息をついて、ティエリアは俺の手を取って立ち上がらせた。 「貴方にも後で輝石を用意する。おそらくはニールの使っていた輝石の破片から再結晶化した、あの輝 石が貴方に渡されると思う。耐久度も力も桁違いに強くなっている…緑の輝石、ケルディムだ」 それだけ言ってティエリアは、俺をトレーニングルームに連れて行くと「ここなら好きなだけ暴れてい い」と告げていなくなってまった。 そんなこと言われても…、と俺が途方に暮れていると、この研究所のセキュリティやら武装やらを開発 してくれてるらしいイアンというおやっさんが来て、ここの施設の説明をしてくれた。 それから俺はソレスタルビーイングのアジトでいろんな知識を吸収していきながら、吸血鬼としてのレ ベルを上げていった。 俺の右手には緑色の輝石を縫い込んだバングルが光を放ち、初ミッションを待っている。 ------------------------------------------------------------------------------------------- 共鳴現象についてはもっと詳しく説明すべきなんでしょうけど、どうなんでしょう。ウィ/キで調べた ら吸血行為に性的快感を伴う〜みたいに書いてあった気がするのでこれはおいしいと、ちょっと手を加 えて入れてみました。 簡単に言うとこんな感じです。 ・決まった相手としか起こらない現象 ・血を吸われる側は、吸血行為に伴い性的快感を受ける ・血を吸う側は通常の吸血行為よりも強い力を得る ・血を吸われた側は、吸血行為から後しばらくは自分の血を吸った相手の感覚に同調してしまうことか ら『共鳴現象』と呼ばれる ・直接、肌から吸血行為をした時のみ起こる。血液パックを介した場合は起こらない この時はまだライルの相手やら共鳴現象の設定についてなど、詳しく考えてませんでした。 しかも急いで書いたからクオリティも低い。。。 でもここはまだ書きたい部分ではないので、たぶんこれ以上のクオリティを求められても…無理?(汗) 2009/03/24 |