初めて心に触れた日



連日の出撃。サイコキネシスの多用。精神介入。サイコ・マンティスの体力は限界に達していた。
今も捕虜にした敵兵の記憶に介入して情報を引き出してきた帰りで、足元は心許なくふらつき、壁
に手をついていなければ立っていられなかった。
ちょうどその時、廊下の角から現れた人影にぶつかり、マンティスは倒れそうになった体をその相
手に抱きとめられる。

「珍しいなマンティス。お前が何かにぶつかるなんて」

「レイヴンか…。気にするな、疲れているんだ」

触られているとそこから人の心が流入してくる。マンティスはサッとレイヴンの腕を振り払った。

「大丈夫か?部屋まで送ってやろう」

対してレイヴンはあまり気にしてない風にもう一度マンティスの腕を取る。マンティスは再度レイ
ヴンの腕から逃げ、ふらつきながら一歩離れた。

「ブリーフィングルームで待機するように言われてる。結構だ」

「そうか。なら俺は暇だから付き合おう。さぁ肩を貸せ」

なんとしてもレイヴンは手を貸したいらしい。
マンティスもそこそこ背はあるほうだが、それ以上に痩せすぎた体が劣等感を煽るということをこ
の巨漢のシャーマンはまったく気づかない。
半ば担がれるように肩を持たれ、マンティスとレイヴンはブリーフィングルームに向かった。

他者からの精神汚染に脳内で防御壁を張るのにも体力を消費する。
それは微々たる力なのだが、こうも疲弊した状態ではその為の力ですら重く感じる。
マンティスは先ほどよりも疲労の色を濃くしながらブリーフィングルームの長椅子に腰掛けた。

「はぁ‥‥‥」

息を吐いたマンティスの横に、レイヴンは来た時と同じ状態のまま佇んでいる。
マンティスは目だけでレイヴンを見上げた。

「お前は呼び出された訳ではないのだろう。何故ここにいる」

言外に早く去れと含ませながら問う。
レイヴンはぎしりと長椅子を軋ませてマンティスの隣に腰掛けた。

「特にすることもないからな。迷惑か?」

迷惑だ。マンティスは即答する。しかし実際それは己の頭の中でしたことで、レイヴンには伝わっ
ていなかった。
巨漢の男はただじっとマンティスを見下ろしている。
マンティスは再び息を吐き、次いでぎし、とレイヴンの方に体を向けた。細く長い青白い腕をレイ
ヴンの頬辺りに伸ばす。

「そんなに暇なら、俺の疲れを癒してくれないか…?」

スッ、とレイヴンの頬を首筋にかけてマンティスの冷たい手の平が撫でた。上体をレイヴンの方に
傾けて、マンティスはマスクの下からレイヴンを見上げる。
レイヴンは暫しマンティスを見つめ返し、やがて微笑んだ。

「あぁ、いいぞ」

その答えに拍子抜けしたのはマンティスだ。こんな誘いに乗るのはボスかオセロットの旦那、一部
の捕虜や部下の兵士くらいだと思っていた。
そんな趣味は持ち合わせていない―――というか、知らなそうなレイヴンがマンティスの誘いに乗
って、その細すぎる腰を抱き寄せるなんて思ってもみなかった。
マンティスはマスクの下でクス、と笑みを漏らし、レイヴンのがっしりした肩に両腕をまわした。

「バルカン・レイヴン‥‥」

吐息のような声でコードネームを呼ぶ。レイヴンは僅かに首を傾げ、腰にまわしていた手の片方を
マンティスの後頭部に移した。そのままマスクの留め具を外そうとする。
マンティスはビク、と動きを止めた。

「マスクは外すな」

「なんでだ。邪魔だろう」

飄々と返すレイヴンの手を押さえながらマンティスは答える。

「周りの人間の心が俺の中に入ってくるんだ。だからマスクは外すな」

低く制した声のマンティスに、レイヴンは「それなら大丈夫だ!」と大きな声で笑った。

「なに…?」

「大丈夫だ。俺は鴉だからな。お前を侵すようなことはしない。俺は俺の縄張りで生きる」

「どんな理屈…――」

そうマンティスが答える前に、レイヴンはカチリとマンティスのマスクを外してしまう。

「!!」

マンティスは慌てて耳を塞ぎ、目を閉じた。
けれど恐れていた低俗な思念は一つも流れてこなかった。
流れ込んできたのは壮大な自然、巨大な森のイメージ。数千羽の鴉が守護する霊場の荘厳な空気。

「俺は気高い鴉。いたずらに人に危害を加えることはない」

マンティスのマスクを傍らに置き、今度はレイヴンの大きな手の平がマンティスの頬を撫でる。
マンティスは伸ばした手の先でレイヴンの額の鴉をなぞった。

「崇高な理念だ…。好意を抱く」

マンティスの言葉にレイヴンは得意気に笑う。

「そうだろう?さぁ、わかったなら早く寝ろ」

そう言ってマンティスの体を横たえようとした。そこでマンティスは“寝ろ”のニュアンスが少し
違ったような気がして、レイヴンの腕に掴まって斜めの体勢のままレイヴンを見る。

「何をしているんだ。疲れているなら睡眠が一番だろう。指示がきたら起こしてやるから安心して
眠れ」

マンティスは一瞬だけ固まった。そして盛大に笑い出す。

「く、あははは!!そうか、気高き鴉は低俗な情欲には惑わされないか!!あは、アハハハ…!!」

「む、なんだ。それは鴉を馬鹿にしているのか、それとも誉めているのか」

「誉めている…感心しているんだよ、バルカン・レイヴン…!」

マンティスは漸く笑いを治めると、微笑を浮かべて背筋を伸ばした。

「感謝を述べようレイヴン。俺は数年ぶりにこんなに満ちた気持ちになれた。もしかしたら生まれ
て初めてかもしれない」

スッと身を寄せるマンティス。薄い唇をレイヴンのそれに重ね合わせて、最後にもう一度微笑んだ。

「暫しの眠りにつこうか…」

マンティスはレイヴンに体を預けると肩に頭を乗せて目を閉じる。やがて静かな寝息が聞こえてき
た。
レイヴンはマンティスの触れた唇に触れ、首を傾げると特に何もせずにぼーっと宙を眺めて、指示
がくるのを待った。



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またしても設定捏造すいません(x_x;)
マンティスって目、口が縫われてるんだそうですね(一説には耳や鼻も)
脳をいじられただけかと思ってました。ってことでこの時の蟷螂は抜糸(笑)されてたということで
お願いしますm(__)m



2008/6/28

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