そんな俺は狂っていたのか 雪菜はどうにも胸騒ぎがして居ても立ってもいられずに、葵と葛の住む住居へやって来た。すると、玄関 の前で静音と行き合う。 「なんだか胸騒ぎがして……」 どうやら彼女も女の勘に従って来たらしい。 玄関の引き戸を軽く叩き、中へ声を掛けるが、反応はない。 「留守のようね」 雪菜が踵を返そうとすると、静音は雪菜の手を引いた。 「待って。鍵が開いています」 「あら、本当」 不用心ね、と笑い合って中に入る。雪菜は鈴の音のような声で家の中へ呼びかけた。 「ごめんくださーい!どなたかいらっしゃいませんの?葵ー?葛ー?」 家の中はシンとしている。首を傾げてもう一度呼びかけようとした時、雪菜の頭の中に微かに響く声があ った。 『雪菜……?』 葛の声だ。どうしたのかと尋ねる前に、彼は掠れた声で言った。 『葵を……頼む一―』 『葛?どうしたの、葛?』 雪菜がテレパシーで呼びかけても何の反応もない。いよいよこれはおかしいと二人が思った瞬間、家の奥 から誰かの叫ぶ声が聞こえた。 「総一郎?」 静音と雪菜は玄関を上がると、声のする方へ向かった。 家の奥の和室。そこで見たのは、首から大量に血を流して倒れている葛と、その葛を抱き締めて泣き叫ぶ 葵の姿だった。 「葛ぁぁぁ……!!ああああぁぁっ!!」 力なくだらりと垂れさがった腕は、既に葛に意識がないことを示している。未だドクドクと溢れる血を押 さえようともせず、葵はただ泣いていた。 「止血しないと……!静音さん、ここはお願いします!私、電話を借りて、病院へ連絡してきますわ!!」 「わかりました!」 雪菜は部屋を出る前に、もう一度部屋の中の様子を確認する。 葵は全身に葛の血を浴びて血塗れだったが、彼自身に怪我はないようだ。 それよりも気になるのは、彼の傍らに落ちた包丁と拳銃。包丁が凶器であることは間違いない。けれど、 だとしたら拳銃のほうはなんなのだろうか。 ――葵を頼む。 葛がテレパシーで伝えてきた言葉も気にかかる。 「葛……っ。葛ぁっ!!どうして俺を拒まなかった!?どうして俺を……っ!!」 まさか葵が葛を斬ったのか。 「総一郎、彼を離して!!止血をしなきゃ!聞こえている!?総一郎!!」 静音の声にハッとする。事の真相を確かめるのは後でいい。 雪菜は血の匂いのする部屋を飛び出した。 静音は葵の腕を掴んで、葛を離させようとするが、葵は完全にパニックに陥っていて意思の疎通ができな い。 「葛……っ。あぁぁ……葛――」 「総一郎、しっかりして!このままじゃ、彼は死んでしまうわ!!」 「俺のせいだ……。俺の……俺が……。葛、ごめん……ごめん……っ!!」 「ごめん」を繰り返す葵。このままではまだ息のある葛を見殺しにしかねない。静音は小さく唇を噛む。 バチン!静音の右の手の平が葵の頬を叩いた。 「しっかりしなさい小野総一郎!!このまま彼が死んでしまってもいいの!?」 静音の言葉に、焦点を失っていた葵の瞳に光が戻る。しかし、自分の両手を濡らすおびただしい量の血液 に首を振る。 「助からないよ。もう……葛は死んで……」 「生きています!!目を覚ましなさい!!」 バチン!静音の平手がもう一度、葵の頬を打った。 「女の私では彼を運べないわ。貴方が立ち上がらなければ、彼はこのまま死にます。でも、貴方が目を覚 ませば、彼は死なない!」 「っ……!!」 葵の瞳に光が揺れる。彼はゆるゆると静音を見上げた。 「……私に貴方と生きる道を諦めさせたのですから、きちんとこの人を守り抜いてください」 「静音……」 「止血をしましょう。タオルはどこですか?」 「俺が持ってくる。葛を頼んだ!」 葵は立ち上がり、部屋を飛び出していく。静音はその後ろ姿を見送って、そっと葛の額に触れた。 「生きてください……。このまま彼を悲しませないでください」 目を閉じたままの葛は何も答えない。 遠くから救急車のサイレンの音が聞こえた。 ----------------------------------------------------------------------------------------------- この話を書くにあたり、友人に相談をしたところ快く相談に乗ってくれたんですが、リクエストもされま した。 「静音さんに往復ビンタさせてv」 というわけで往復ビンタをくらうことになった葵さんです(苦笑) 今更なんですが、最後のほうの静音さんの台詞。なんとなく、記憶があるような感じしません?そういう 意図があっての台詞ではないんですが、うーん……。捉え方は皆さんにお任せします(汗) 2011/05/02 |