一緒に死のう




葵と葛は日本に戻ってきていた。
遊佐静音と雪菜を連れ帰り、棗の葬儀も終えた。
雪菜は実家に戻り、静音もまた雪菜の伝手で住む場所を見つけた。
葛は最後に祖母の墓参りに行った。そこで立派な軍人になれなかったことを詫び、愛した男と自ら命を絶
つことを告げる。

「待たせたな。行こう」

振り向くと葵は笑っていた。
一緒に死のう。葵はそう言った日からずっと笑みを絶やさない。
いずれ訪れる終わりの日を待ち望んでいるのか。それとも元からの彼の優しさか。
いずれにせよ、どこか狂気にふれてしまった葵は以前ほどお喋りではなくなったような気がした。

葵と葛は日本での住居として買い取った小さな写真館に帰ってくると畳の部屋のちゃぶ台を隅に避け、葵
は台所から包丁と、どこに隠していたのか桜井機関時代に使っていた拳銃を持ってきた。

「どっちがいい?」

葵が言う。葛はそっと包丁を手に取った。

「……自分でやる。お前の手を俺の血で汚したくない」
「上手くやれなかったら苦しいぜ?」
「それはお前に任せても同じことだ」
「確かに」

クスクスと葵は笑う。葛は包丁の刃を自分の首筋に当て、最後に葵を見た。

「葵、頼みがある」

葵は拳銃の引き金に指を掛けて自分のこめかみに押し当てたまま、首を傾げる。

「なんだ?」
「少し怖いんだ。俺が死ぬまで、抱き締めていてほしい」
「それじゃ一緒に死ねない」
「俺の意識が途切れたら引き金を引けばいい。銃なら死ぬのは一瞬だ」
「それもそうか……。わかった、いいぜ」

葵は拳銃を下ろし、ゆっくりと葛を抱いた。

「もっと強く……」

葵の腕の中で葛が言う。

「セックスする時もそのぐらい積極的に求めてほしかったな」

苦笑した葵が言う。

「お前がなりふり構わず求めてくるから、こっちは理性を保つので精一杯なんだ」
「それじゃ次はもうちょっと大人しくするよ」

これから死ぬというのに、葵は変わらず笑みを浮かべて話す。
狂ってしまった葵を元に戻してやれなかったことに、葛は泣いてしまいそうになるが、包丁を握る手に力
を込めて堪えた。

「どんなお前でも好きだった。今のお前もだ。でも、上海にいた頃のお前が一番好きだった。あの時間を
 終わりにしたのは俺自身だが、俺はもう一度、あの頃に戻りたいと思っている」

葵は初めて困惑した様子を見せた。けれど、すぐに笑みを作ると言った。

「何が言いたいのかよくわからんが、俺は嫌われてる訳ではないよな?」
「あぁ。愛しているさ。愛した男の腕に抱かれながら死ぬ。――これほど幸せなことはない」
「そうだよな。よかった」

葵は笑っている。葛は葵の肩に額を乗せ、少しだけ泣いた。葵に気づかれぬよう、本当に少しだけ。
これでいい。狂っていようが、葵は葵だ。

「俺もお前が好きだよ。天国に行こうが地獄に行こうが、永遠に愛し続ける」

愛する人が笑ってそう言ってくれる。それ以上の幸せがあるだろうか。

「(実のところ、俺も相当狂っていたのかもしれないな……)」

唇を重ね合わせ、最後のキスを終えると、葛はいよいよ刃に力を込める。

「葵……」
「うん……?」
「俺は幸せだったよ」
「うん……」

耳の横で葵の息づかいを感じる。
葛は目を閉じて、刃を勢いよく引いた。
熱く灼けるような痛みと同時に生ぬるい血が両手を濡らした。
視界がぼやけて足に力が入らなくなるも、しっかりと抱きしめる葵の腕の力は感じる。

遠くの方で雪菜の声を聞いた気がする。
葛は最後の望みをその幻聴に託して、意識を失った。





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えっと。葛さんがデレてます。デレた後の自殺行為です(苦笑)
葛さんが自分で「狂っていたかもしれない」と言ってますが、好きな人の為なら死ぬこともできるという
意味では確かに狂気じみてました。が。一応、葵さんがこうならなければ葛さんもまともだったんですよ
……と、言ってみる(笑)

あと二編続きます。

2011/02/14

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