テイルズ オブ ナイトレイド 3 「閣下!どういうことですか!?」 式典終了後、久世から辞令を受け取った葛はすぐさま高千穂の執務室に駆け込んだ。 「あぁ、やっぱり来た。先にこちらの書類を片づけてしまって正解だったね」 執務机で書類にサインをしていた高千穂は悠々と席を立つと、葛を追って執務室にやって来た久世に、 いま書き上げたばかりの書類を手渡す。 「これを老人たちに」 高千穂の指す老人とは、王国の政治を管理する重臣たちのことだ。 久世は無言で頷くと踵を返して廊下を去っていく。 「さ、葛くん。中へどうぞ」 高千穂に促され、部屋の中へ入る葛だが、落ち着かない様子で愛刀を握りしめた。 「さて。話はもちろん、あの辞令のことだよね?」 「そうです!なぜですか!?俺は隊長として不要ということですか!?何が、俺の何がいけなかったのか言っ てください!!」 「落ち着いて。そういうことじゃない。話を聞いてほしい」 息を乱す葛の背を撫でながら、高千穂は一通の手紙を見せた。そこには葛を指名して護衛役にしてほしい という文面があった。 「これ……“葵”……?」 「そう。第十二皇太子様から直々にご指名があったんだ」 「アイツ……!!」 手紙を握りつぶすのを堪えて、葛は高千穂を見上げた。 「辞退させてください。俺には八番隊隊長としての仕事があります。彼の護衛には別の人間を……」 「私もそうしてあげたいんだけどね。他に合う人間が見あたらないし、他の人間の護衛ならいらない、と 皇太子殿下はこう仰るんだ」 「ですが……!!」 「葛くん」 威圧的ではないが、胸の奥に響くような声で名前を呼ばれ、葛は思わず口を閉じた。 「――君が不安を抱いているのはわかっている。安心しなさい。君を八番隊隊長から外すことはしない。 だが、葵くんの護衛役に適性のある人間を捜し出すまで、護衛役を引き受けて欲しい。八番隊の面倒は 私と久世がみるから」 頼むよ。そう言って、高千穂は葛の顔を覗き込む。 葛は唇を引き結び、高千穂の心を推し量った。自分には納得できない。しかし、彼もまた申し訳ないと 思っているのが窺えた。 「――わかり……ました」 俯き、押し殺した声で答える。高千穂は困ったように微笑んで、「悪いね」と言った。 「次の郊外討伐までには別の人間を捜しておくから」 王都は騎士団が毎日見回りを行っている上、要所には騎士団の詰め所もあるため、滅多にモンスターの類 は侵入してこないが、他の街と王都を結ぶ街道にはモンスターや盗賊が現れるので、定期的に討伐隊が組 まれて巡察を行うことになっていた。 次の遠征まではおよそ一ヶ月ある。それまでは葵の護衛に専念してやらねばなるまい。 「急なことだから、本格的な護衛は明日からでいい。私からも葵くんには言っておく。今日中に引き継ぎ の書類や報告事項を私か、久世のところに届けてくれ」 「わかりました」 深呼吸をして落ち着きを取り戻した葛は、高千穂の目を見てしっかりと頷く。深緑色の双眸に一直線に見 上げられ、高千穂は頬を緩ませた。 「――本当に君は優秀な子だよ、葛くん。俺は、三年前に君をスカウトしてきて心底よかったと思ってる」 「閣下……」 葛は当惑して視線を彷徨わせた。上官としてではなく、一人の人間として高千穂に目を向けられるとどう も気恥ずかしくなって落ち着かない。 「私のほうこそ、感謝しています。閣下に目を掛けていただいたおかげで、こうして騎士団に入り、隊長 の役につくことができたのですから」 葛は三年前まで、故郷の小さな街で自警団に所属していた。そこでとある事件をきっかけに高千穂の目に 止まり、彼にスカウトされる形で王都にやって来て騎士団に入団したのだった。 「いやいや、それは君の実力があったからだよ。だから皆は君を“瞬刀”と呼び、“三ツ刃(みつば)”の 一人としても認められているじゃないか」 “三ツ刃”とは、騎士団内でも特に剣の腕が立つ三人を指して呼ばれる名である。 “瞬刀”の伊波、“乱撃”の久世、“神剣”の高千穂がそうだ。 「元は閣下と久世副団長のお二人を指して“双刃(ふたば)”と呼ばれていたもの。私ごときをそこに並べ て“三ツ刃”と呼んで頂けるとは、恐れ多いことです」 「謙遜だよ。君の実力は本物だ」 高千穂は弟の成長を喜ぶ兄のように、葛の頭を撫でた。一人っ子で育ち、こうして褒められたこともあま りなかった葛はどうしてよいかわからず、頬を赤らめて俯いた。その様子をいつもの通り愛しげに眺めた 後、高千穂はポンと肩を叩いた。 「さて、それじゃそろそろ仕事に移ろうか。引き留めて悪かったね」 「あ、はい。あ、いえ……、こちらこそ長居をしました。書類は夕方までにこちらへお持ちします」 「あぁ。面倒だと思うけど、君だから安心して頼める。よろしくね」 「はいっ!」 高千穂と会話したことで抱いていた不安を軽くした葛は愛刀を握って姿勢を正すと、機敏に礼をして高千 穂の執務室を後にした。 ◇ 夕方。引き継ぎの書類と報告書を持って再び執務室を訪れた時、部屋には高千穂の他にもう一人、別の人 間がいた。 「お、葛ぁ!」 黄昏時。“誰ぞ彼”と呼ばれるだけあって、明かりを点けても薄暗くて顔の判別がつきにくい。しかし 葛はその暢気な声を聞き間違えることはなかった。 「葵……?」 葛は反射的に眉間に皺を寄せる。しかし葛の見せた反応はそれだけで、後は応接セットのソファーに体を 投げ出している葵の後ろをさっさと通り過ぎて、執務机についていた高千穂に持っていた書類を提出した。 「あれ?葛ー?」 「一通り、連絡事項も含めて書類にまとめておきました。それから数点、報告するには至らないとは思っ たのですが、多少気がかりなことがあったので、それはこちらのメモにまとめました。他に何か不明な 点があればいつでも……」 「おい葛ー?」 ソファーから懲りもせず何度も呼びかけてくる葵に、葛は思わず怒鳴り返した。 「うるさい!報告が済んだら構ってやるから、少し大人しくしていられないのか!」 「うわ!なんだよそれ!仮にも明日から護衛する相手なんだからもうちょっと優しく……」 「その“護衛”のための引き継ぎ書類だ!」 薄暗い部屋でもさすがに葛の機嫌が悪いとわかった葵は、「う……」と口ごもるとソファーの上に小さく なった。 「ははは!いやぁ、随分と仲良くなったじゃないか。まるで主従が逆のようだ」 書類を受け取った高千穂はざっと目を通しながらマイペースに笑う。葛の表情が苦虫をかみつぶしたよう に険しくなった。 「仲がよいわけではありません」 「そうかい?君がそうやって、仮にも上司を相手に怒鳴りつけるなんて、かなり心を許しているのかと 思ったんだけど」 「っ……」 いい意味でも悪い意味でも上司に従順な葛は、基本的に上司に反抗することはない。ましてや怒鳴るとい うことはあり得ない。 騎士団直属の上司ではないが、葵は騎士団が守るべき王族の人間である。その葵に向かって“うるさい” とは、なかなか言えない台詞である。 図星を突かれ、葛が沈黙すると、高千穂は書類を閉じていつもの笑みを葛に向ける。 「留意点については後で詳しく目を通しておくよ。今日はもういいから、葵くんと夕食でも食べて来ると いい。そのついでに、これからの護衛について打ち合わせをしてくるといいよ」 「んー、じゃあうちの屋敷に来いよ。みんなに葛のこと紹介したいし」 「そうだね、そうするといい」 いつの間にか話がトントン拍子に進んでいく事態に葛が口を挟む隙もなく、ソファーから勢いをつけて立 ち上がった葵に腕を取られる。 「ちょっと、待てっ!葵!?」 「なんだよ。書類は渡したし、必要なことはメモに書いてあるんだろ。それじゃ話は済んだじゃないか」 「それはそうだが……!!」 「じゃ、問題ないな。――それじゃ、しばらくの間、葛を騎士団からお借りします。急な願いを了承して くださってありがとうございました」 「皇太子殿下の命令を無視することはできますまい。手塩をかけて育てた可愛い部下をよろしく頼みます」 葵は執務机についたままの高千穂を見下ろす。二人の間に一瞬だけ異様な空気が流れたことに葛は気づく ことなく、腹をくくったように大人しく葵に腕を掴まれていた。おそらく、葵と高千穂の間の確執に気づ くことができたのは、今ここにいない久世くらいだっただろう。 「んじゃ、行こうぜ葛」 腕を引っ張られ、葛は高千穂を振り返って「失礼します」と律儀に頭を下げる。そして部屋を出る手前で、 さりげなく葵の手を振り払った。 その様子を笑顔で見送った高千穂だが、扉が閉まると同時に目元の笑みだけが消えた。 ◇ 執務室を出ると、葵は意気揚々と廊下を進み、騎士団の本部からも退出する。 「なんだよ。まだ機嫌直ってないのか?そんなに俺のこと嫌い?」 「嫌いだ」 「――率直に言ってくれるね……。でも、いいのかな、雇い主にそんな口きいて」 「なに……?」 「皇太子としての権力を使えば、お前のこと簡単に騎士団から追い出せるんだぜ?」 「俺を脅す気か……?」 葛の足が止まる。心なしか表情が強ばり、左手はぎゅっと刀の柄を握りしめていた。 「ま、いざとなったら、な」 「…………」 「…………」 葛は口を固く結び、葵もまた黙っている。 やがて葛が止めていた足を動かし、葵の傍に寄った。そして滑らかな動作で膝をついて頭を垂れた。 「数々の非礼をお許しください。明日……いえ、本日からの護衛、よろこんで拝命つかまつる所存――」 「だぁぁぁっ!おまっ、冗談とか通じねぇの!?こりゃ、明日からの生活も思いやられるぜ……」 「……?」 「ほらほら、顔上げて立って!」 葵は葛の腕を掴んで立たせると、ぜはぁ、と大きなため息をついて項垂れた。 「ごめん、謝るよ。今のは全部冗談。嘘。皇太子としての権力を使う気も、もちろんお前を騎士団から追 い出すつもりもないから安心しろ。さっきまでみたいにタメ口で話そうぜ」 「ごめんな」そう言って葵は葛の額にキスを落とした。 葛の目は驚愕に見開かれ、瞬間的に頬が赤く染まる。 「あ、あおっ、お前……っ!」 「あれ?こういうの慣れてない?軽いスキンシップのつもりだったんだけど」 「お前っ、誰にでもこんなことするのか!?」 「“誰にでも”って言われたら、違うけど……。まぁ、そんなに気にするなよ!」 「してたまるか!!」 肩で息をしながら声を張り上げる。そしてすぐに正気に戻った葛は、王族である葵に乱暴な口をきいてし まったことを咎められまいかと周囲を見渡した。 誰にも見られていなかったのを確かめて、胸をなで下ろす葛。葵はその様子を見て、ぽつりと言った。 「――にしても。お前、ほんっとに騎士団が命と同じくらい大事みたいだな」 葵の言葉に葛は冷静さを取り戻して答える。 「当然だ。俺を育ててくださったお祖母様の期待もあるし、なにより、俺を騎士団に取り立ててくださっ た高千穂団長への恩もある。つまらぬ失態をするわけにはいかない」 「そんなに肩に力込めて、疲れないか?」 「もう慣れた」 なんでもないように言う葛を見て、葵は複雑な表情をした。 先程、いきずぎた冗談で傷つけてしまった時の葛の表情は、とても幼く見えた。だから思わず慰めるつも りで額にキスなどしてしまったのだが、今の葛は淡々としていてかなり大人びて見える。おそらく、無理 をして振る舞っている部分があるのだろう。本人は既に条件反射になっていて気づいていないようだが。 「なぁ葛。俺といる時くらいは肩の力を抜いてもいいんだぜ?」 「護衛はどうする。周囲に気を配っていなければ、護衛はできない」 「そんなの別に……。俺は自分の身くらい自分で守れるし」 「それでは俺がいる意味がない。お前を守ることが今の俺の役目なんだ。お前が自分で依頼してきたんだ から、当然、わかっているだろう?」 「そりゃ、そうだけど……」 今ここで言い合いをしても埒が明かない。葵は一旦、自分が引き下がることにした。 「――わかった。俺から依頼したんだ。明日からしっかり守ってくれよ」 「心得ている」 取り敢えず、敵対心は消してくれたものと思い、葵はフッと頬を緩ませた。 「それじゃ、明日は俺がいつも世話になってる鍛冶屋に行くからな。それから町の外にも少し出るからそ のつもりで迎えに来て……」 「ちょっと待て!」 急に葛が声を大きくしたので驚いた葵が振り向くと、彼は怪訝な表情で葵を見ていた。 「王位継承候補者になって二日で町の外へ行くつもりか!?」 「え、だって今、俺のこと“しっかり守る”って」 「言ったが、だが……。いや、そうだな。だからこそわざわざ俺が護衛の任に当てられたんだったな……」 「なんだよ、一人でブツブツと……」 「いや、こっちの話だ。――了解した。だが。日が暮れる前に城内に戻ってもらう。いいな?」 「ま、それくらいは仕方ないよな。わかったよ」 葵としては譲歩したつもりだったが、それでも葛の表情は晴れない。出会った時から思っていたが、葛の 性格は“超”のつくほど真面目らしい。 葵は内心で苦笑し、葛を笑顔で励まそうとする。 「それじゃ、まずは飯にしようぜ!――っと、そうだ……」 「……?」 前を向いて歩き出した葵がくるりと方向転換して葛を振り返る。葛が小さく首を傾げていると、葵は右手 を差し出した。 「これからよろしくな、葛」 「…………」 差し出された右手をじっと見つめる葛。主人と従者の関係である自分たちにこの挨拶はおかしい、と瞬間 的に思う。しかし主従のように振る舞うのはさっき葵からやめてくれと頼まれたばかりだ。それ以前に、 葛は既に何度も葵に対して従者としてはあり得ない口をききすぎている。 今更か、と葛は諦めの息をついて葵の手を握った。 「あぁ。こちらこそ」 葛が自分の握手に応じたことでいっそう満足した葵は満面の笑みを浮かべ、葛の横にまわると肩を抱いて 歩き始めた。 「よっしゃぁ、飯だ、飯!」 「おいっ!?葵、手を離せ!!」 「気にしない気にしない!」 「ふざけるなっ!酔っぱらいか!!」 「お、酒もいいね〜。お前、酒強いの?」 「人の話を聞け!!」 葵に強引に屋敷まで連れられ、葛は屋敷の使用人たちに紹介された後、葵と共に夕食をいただいた。 それから少量の酒に付き合い、屋敷を後にする。 「また明日な〜」と暢気に手を振る葵を苦笑混じりに振り返り、「戸締まりを怠るなよ」と告げて騎士団 宿舎への道筋を辿り始めた。 葵の屋敷に、彼の両親は住んでいなかった。そのことに気づいていながら、葛は敢えて何も言わなかった。 前々から噂として聞いていたことだ。 葵は前妻の子で、より高い位の貴族の出身である後妻には忌み嫌われ、父親からも見放されている、と。 彼が自由奔放に街へ出て行けるのはその身の上ゆえ。 噂の真偽をその身で受け止めた葛。けれど何も言わない。 彼の境遇がどうであれ、自分は葵を守るだけだ。そう心に決めて。 初めて葛と街で出会い、そこで葛の肩を抱いた時、瞬間的に葛の体が強ばったことに気がついた。 その時は気のせいかとも思ったが、その後も何度かスキンシップを試みると、こちらが友好的にしようと すればするほど彼の体が硬くなるのが段々わかってきた。それはまるで怯えているようだった。 酒を飲みながら彼の横顔を見ていて、なんとなくその理由に見当をつけてみる。 葛は口を開けば、同じ男の俺よりも低い声で威圧的だが、その顔立ちや長い髪は女性のように美しい。そ して体は思いの外華奢だ。 おそらく何らかのトラウマがあるのだろう。 そう察して、葵は今後、その方面の気遣いを忘れぬよう心に刻んだ。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- なにげに久世さんが名前だけは登場しまくってる件についてwww 久世さんも揃ってこその“三ツ刃”のかっこよさ、ですよ! 特にヤマもオチもなくて申し訳ないです。 次回!次回にはアクションシーンいれます!モンスター出します! うおっ!?今日って「いい夫婦の日」じゃないか!!しまった!なにも考えてないorz 2010/11/22 |