テイルズ オブ ナイトレイド 4




市民街に行く、と葵は葛を連れだって貴族街を出て行った。

「市民街の何処へ行くんだ?」

葵の斜め後ろを歩きながら葛が問う。

「職人通りだ。そこの鍛冶屋に行く」
「鍛冶屋に……?」

葛が不思議がるのも無理はない。
葵は自分の身は自分で守ると言いながら、葛のように帯刀している訳でなく、見たところ丸腰だ。
剣に関心があるようにも見えないし、鍛冶屋に何の用があるのだろうか。

「ま、行けばわかるって」

そう言って葵は顔見知りと挨拶を交わしながらすいすいと通りを歩いていく。
葛も騎士団隊長として顔を知られていたが、葵はそれ以上に声を掛けられた。規律を第一としている葛と
違い、人とのふれあいを好む葵は市民も親しみやすいのだろう。
葵の屋敷を出る前。葛はいつも騎士団として巡回に出る時と同じように騎士団の服装で来ていたのだが、
葵に言われて隊章は外した。とは言え、パッと見はいつもと同じである。
葛は騎士団隊長の自分が葵と歩くことで、葵の素性がバレてしまうのではないかと内心懸念していたのだ
が、市民たちは先日の飲み屋での一件を知っているので、隊章を外している葛はプライベートで葵に付き
合っているのだと勘違いしてくれたようだった。

「もうちょっと先なー」

葵は相変わらず、市民たちと笑顔でやり取りをしながら先を歩いている。ついいつもの癖で不審者や事件
を探しながら後をついて歩いていた葛は、葵に応えようとして眉をひそめる。

「待て葵。“もう少し先”と言うが、この先はすぐに街道だぞ」

つまり王都の街から出てしまうということだ。
しかし葵はそんなことを気にする様子もなく、笑って葛の方を振り向く。

「まぁまぁ。行けばわかるって」

葛の心配など意に介さず、葵は鼻歌でも歌いそうな気楽さで通りを進む。葵に雇われた立場の葛は周囲に
気を配りながらその後をついていくしかないのであった。

「着いたぞ」

葵が立ち止まったのは言われていた通り、小さな鍛冶屋だった。屋根を同じくした隣には食堂がある。
通りをもう少し先に進めば立ち並ぶ店はなくなり、民家もなくなる街道に出るだろう。
葵は食堂の方を見遣り、「今日も風蘭のとこは盛況してるな」と呟いた後、鍛冶屋の戸をくぐっていく。

「おやっさーん。来たぜー」

そう店の奥に声を掛けると、眼鏡をかけた男性が煤を払いながら出てきた。「来たな」と言う男性の表情
はまるでこれから悪戯を仕掛けに行く子どものように笑っており、歳は50は越えているだろうに活発な印
象を受ける。

「ん?葵、そっちのは誰だ?」

“そっちの”と称された葛は軽く居住まいを正す。

「俺の友人だ。名前は伊波葛」

葵の紹介に合わせて軽く会釈した。男性は「はて?」と首を傾げて言う。

「“伊波葛”というと、確か騎士団にも似たような名前の隊長がいなかったか……?」
「なに言ってんだよおやっさん。似てるも何も本人だ」
「なんだと!?」

男性は飛び上がるようにして、腰を下ろそうとしていたのを立ち上がって、改めて葛の方を見た。
葛は僅かに葵を窺う。彼は王族としての身分は伏せようとしているが、葛のことをこうして紹介している
ので、正直に答えてしまってよいのだろうと判断する。

「王国騎士団、八番隊隊長の伊波葛です。初めましてご主人」

改めて丁寧にお辞儀をすると、男性も頭を下げて言った。

「鍛冶屋を営んどる。韋安っつうモンだ。初めまして“瞬刀”の伊波殿」

三ツ刃としての通り名を出され、なるほどと思う。騎士団の存在理由よりも、鍛冶屋の彼にしてみれば、
時には神業とも称される三ツ刃の剣術のほうが強い興味を持つということだ。
葛がそう考えていると、予想通り韋安は葛の持つ刀に視線を注いでいた。

「あー、その。……もしよかったら、なんだが……」
「ご覧になりますか?」

愛刀を軽く持ち上げ言う葛に韋安は「いいのか!?」とご褒美をもらう子どものような様子で言った。

「どうぞ。ただし、扱いには充分気をつけてください」

鍛冶屋という仕事に命を賭けている韋安にとって、最後の言葉は愚問だった。騎士にとって剣というのは
自分の命と変わりない。そのことを生粋の鍛冶屋である韋安が理解していない筈がなかった。

「おやっさん、俺はこっちのいじってていいか?」
「勝手にしろ」

葵が部屋の隅にあった木箱を指して言うと、韋安はそちらを見ることもせず答える。葵は軽く肩を竦めて、
葛たちに背を向けて作業を始めた。
汚れた軍手を真っ白な手袋に着け替えて、韋安は丁重に葛から刀を受け取る。鞘から刀を抜き、息をする
のも忘れてしまったように熱心に刀に見入った。

「相当古い物だな」

やがて韋安はぽつりとそう呟く。
葛は韋安の傍らに立ちながら、自らも刀を見下ろして答えた。

「祖父の形見です。故郷の自警団に入団する時、祖母が持たせてくれました」
「その時、何か話を聞かなかったか?この刀について、何か……」

そう問われて葛は刹那、過去の記憶をさらいだす。しかし、思いつくのは刀を扱う者としての戒めや心構
えのようなことばかりだ。

「――いえ、この刀については何も……」

葛が答えると、韋安は何かを考え込むように「そうか」と呟いた。
それからしばらく刀を光に当てたり、斜に見たりしていたが、やがて納得がいったように頷くと、元通り
鞘に戻して葛に返した。

「ありがとう。久しぶりにいいモンを見た。よく鍛えてあるし、手入れも欠かしておらんようだ。だが――」

韋安は言葉を切って再び刀を見遣る。葛は小さく首を傾げた。けれど韋安はその先に何も言わず、「なん
でもない」と言った。

「さて、葵よ。望みのものはできそうか?」
「んー?あぁ!この部品と部品を打ち直して、今あるやつと組み合わせればできる筈だ。俺の考えが正し
 ければ、な!」

韋安の問いかけに葵は意気揚々と答える。どうもうまくはぐらかされた感のした葛は浮かない表情で、改
めて自分の愛刀を眺めた。しかし何度見てもいつもと変わらぬ白刃が日の光を反射するだけで、別段気に
なるようなものはない。
葛から離れた場所で葵と韋安は何かの部品を巡って話し合いを続けている。聞き耳を立ててみても、話の
内容が専門的すぎて理解できなかった。
仕方なく葛は、店の中に飾られた他の刀剣を見てまわる。その時だった。
悲鳴を皮切りに表がやけに騒がしくなる。

「なんだ……?」

葵の呟く横で、刀の柄を握った葛がすかさず立ち上がり、店の入口から外の様子を窺った。

「――魔物が出たらしい。ここは詰所から微妙な距離の位置にあるから、騎士団の到着まで少しかかるぞ」

声に焦りを滲ませて葛は言う。

「おやっさん、俺ちょっと行ってくる。町のみんなの誘導頼むよ」

ふいに葵が散歩に行くような気軽さで言った。その言葉に葛と韋安はギョッとして葵を見た。

「だが、お前さん……!!」

韋安が葵を引き留めようと腰を浮かす。
当然だ。葛は騎士団の人間で、騎士団は魔物の討伐も役割のうちである。だが葵は魔物と相対することも
稀な王族で、騎士団に守られこそすれ、魔物退治に出向くべき人間ではない。
しかし葵は先程までいじっていた物を懐にしまうと、心配無用とばかりにニカッと笑った。

「だぁいじょうぶ!俺には“瞬刀”がいるからさ!」

な!と顔を向けられ、葛は眉間にしわを寄せる。腕に自信はあるが、わざわざ危険とわかっている場所に
仮にも王子である葵を連れていくことは躊躇われた。
逡巡する葛。その向こうから更なる悲鳴が聞こえた。どうやら迷っている時間はなさそうだ。

「――危険な真似だけは控えてくれ」
「わかってるよ」

カチ、と刀を鳴らし、葛は一度外を窺った後、勢いよく飛び出して行った。その後に葵も続く。

「あれが魔物か――」

街道に続く通りの先で、大きな翼を持った邪悪な形相をした生き物が民家を薙ぎ倒していた。

「なぜあんな凶悪な魔物が王都に……!?」

前を走る葛が戸惑いの声を上げる。それを聞いた葵は反射的に問いを発していた。

「ヤバい奴なのか!?」
「討伐に出ても三回に一度くらいしか見ない。それも、要請があって退治しに行くくらいだ!!」

繁殖能力はないが、何らかの突然変異で生まれるデーモンと呼ばれる魔物はかなり凶悪で、隊長格でも油
断ならない相手だ。
そんな魔物が今、目の前に二体もいる。

「葵、絶対に前に出るな!奴の間合いは見た目よりも広いぞ!!」
「わ、わかった……!!」

ここから近づくなと言われた場所で立ち止まる葵の目の前で、トン、と地を蹴ったように見えた葛は、次
の瞬間には抜刀してデーモンの死角に回りこんでいた。
デーモンの肩口から緑色の血が吹き出す。

「すげぇ……。これが“瞬刀”の本気……」

葵は思わず呟く。目で追う間もなく、葛はデーモンに一撃を負わせたのだ。
眼光鋭く魔物を見上げる葛。剣のような雰囲気を纏っていると感じたこともあったが、こうして見ると剣
そのもののようにも見える。
デーモンの腕が唸り、鋭い爪が葛を目がけ、振り下ろされた。
葛は僅かに後ろに飛んで避けると、地面を抉った爪を踏み越え、勢いをつけてデーモンの喉元に刀を突き
立てる。深々と突き刺さった刀を手に、デーモンの体を蹴って宙返りした葛は緑色の血で弧を描きながら
地面に着地した。
残りは一匹。振り返った葛の目前に、そのもう一匹の爪が迫っていた。
飛び退く葛。しかし刀を構え直す前に更なる追撃。

「くっ……!!」

体勢を崩し、舌打ちをしたところに、どこからか破裂音が響いた。

「うわ、かってぇな……」

葵だ。彼は両手で構えた銀色に輝く固まりを魔物に向けながら苦笑している。
葵の手にしているのは拳銃だ。騎士団にも銃を主な武器とする隊はあるものの、剣を扱うのが主流なので、
葛でさえあまり見たことのない武器だった。
腕を振り上げたデーモンは肩の辺りに着弾した弾丸に違和感を覚え、身を捩っている。続けざまに銃声が
響き、デーモンの気が葛から逸れた。そして化け物の視線は葵へと向けられる。
――まずい。葛は焦った。瞬刀と呼ばれる自分はある程度なら俊敏な攻撃にも慣れている。けれど葵が奴
の標的になってしまったら、彼はデーモンの攻撃を避けきれまい。
体勢を立て直した葛は再度、刀を握り直す。
銃声が途切れた瞬間、葛はデーモンの関節を狙って斬りかかる。高速の斬撃はデーモンの両腕を斬り飛ば
し、残る牙で食いかかろうとした魔物の首をかっ斬った。
刀を払い、緑色の血を振り落として愛刀を鞘に収める。
なんとか終わった。後は住民の被害を確認して――。そう葛が思考を巡らせていた時だ。

「まだだ瞬刀!!」

通りの向こうから韋安の声にハッとした時にはもう遅い。まだ息のあった一体目が葛の足を払い、未だ輝
きの衰えない鋭利な爪を振りかざしていた。すぐに反撃しようにも、弾き飛ばされた愛刀は化け物の足に
踏まれて引き抜けない。葛はコートの内側に忍ばせていた結界用のナイフを投じたが、爪に弾かれた。
再度、ナイフを取り出した時、

「葛っ、動くなよ!」

葵の声が響いた。次の瞬間、銃声が轟き、デーモンの赤い目から緑色の血が吹き出す。

ギャァァァアアア!!

まさに断末魔の叫び。葛はそこから飛び退くと、デーモンがよろめいたので自由になった愛刀を手にし、
目にも止まらぬ斬撃でデーモンの首を跳ね飛ばした。
今度こそ敵は滅したと確認した後、葛は葵を振り返る。

「葵っ!無茶をするな!下手をしたらお前がデーモンたちに狙われていた!!」
「おいおい、ピンチを救った王子様にひどい言いようだな!俺がいたからお前も無傷だったんじゃないか!!」
「俺はそんなこと頼んでいない!時間さえ稼げば増援がきていた!」
「その前にお前が怪我したら、ましてや死んだりでもしたらどうすんだよ!俺、何もせずに目の前でお前
 が死んでいく姿なんて見たくねぇ!!」
「まぁまぁ、二人とも言い合いはそのぐらいに……」

韋安が仲裁に入り二人を宥めていると、人々が避難した方角から騎士団のうち数隊がやってきた。彼らを
率いてきたのは久世だ。彼は葵を見つけると、膝をつこうとしたが、葵のほうが「必要ない」という風に
目配せをしたので、軽く会釈するに留める。それから騎士団員に指示を出した後、葛に向かって話しかけ
る。

「伊波、現状の報告を」
「はっ。私が到着した際に暴れていたデーモン二体はこの通り殲滅しました。他にこの辺りでの被害は建
 物の損壊のみと思われます」
「そうか。ご苦労。よく守ったな」

葛から視線を外し、労いの言葉をかける久世。その目は既にデーモンの死体を片づける隊員たちの姿を追っ
ていたが、言葉にはちゃんと気持ちが乗っていた。
葛はサッと敬礼をし、歩き去る久世を見送る。
モンスターの死体の浄化や、建物の瓦礫の片づけ、周囲の警戒など、辺りが騒がしくなってきた。葛は葵
と韋安を振り向き、

「……戻りましょう。ここにいても、あとは俺たちにできることはありません」
「そうだな」
「――……葵」
「うん?」

韋安は一足先に店へ向かって歩き出す。葛に呼ばれた葵は首を傾げて振り返った。

「……さっきは、助かった。礼を言う」

暴れるモンスターに攻撃を仕掛けたことは無茶だったが、そのおかげで隙を作り、デーモンを討てたこと
もまた事実。葛は俯きがちに「ありがとう」と言った。
葵は穏やかな笑みを作ると、トンと葛の肩を拳で小突く。葛はハッとして顔を上げた。葵は言う。

「お前が俺を守るなら、俺がお前を守る。そりゃ、お前は俺の何十倍も強い。だけどそんなお前でも助け
 が必要な時がある。そんな時は、俺がお前を助けてやるよ」

それで対等だと、葵は笑った。葛は何度もまばたきを繰り返し、一度口を開きかけ、閉じる。それからも
う一度口を開いた時にはとても険しい表情を浮かべていた。

「あり得ない。この国の住人、この国の王族を守るのが俺の役目だ。守るべき存在に守られる騎士団員な
 どあり得ない」

固い口調の葛に、葵は逆に悲しそうな顔をした。

「守られるだけってのは、俺にとって納得できないんだよな。王族もこの国の民を守るべき存在だ。もち
 ろんそれは騎士団の人間も含まれる。葛、お前もだ」
「気持ちだけいただいておく。だが、実際に戦うことなど騎士団に任せておけばいい。“貴方”は守られ
 る存在だ」

敢えて葛は葵の呼び方を変えた。葵は悲しそうな表情のまま「わかった」と答え、クルリと背を向ける。
ほっとする葛。しかし葵は重々しい空気を跳ね返すような明るい声で言った。

「それなら俺は勝手にお前を守る!この国の民を守る!」
「なっ、葵!?」
「まずはさっき逃げていった人たちの様子見て、支援が必要なら早急に手配しないといけないよな!行く
 ぞ、葛!」

言うなり、とっとと歩き出して行ってしまう葵を葛は慌てて追いかけた。

「ま、待て葵!お前いま“わかった”と……!!」
「了承はしてない。これが“俺”なんだからな!」

追いついた葛に葵は言う。力強く宣言され、言い分は身勝手なのに、何故か言い返せない。
葛は自分に向けられた鳶色の瞳に言葉を詰まらせ、僅かに歩く速度が落ちた。クシャリと前髪と一緒に額
を押さえ、口許に笑みを浮かべる。

「“お前が俺を守り、俺がお前を守る”、か……」

騎士団に属する者として決して受け入れることはできない。
それなのに、葛の心にはその言葉が深く残った。

「葛ぁー?置いてくぜー?」

随分先に行ってしまった葵が葛を振り返って待っている。

「今行く」

葛は静かに答えると、コートの裾をはためかせて後を追った。



----------------------------------------------------------------------------------------------

遅くなりました、続編です!わぁぁい、戦闘シーンんんんっ!!
騎士団パロはパロなので、なんでもありなのが嬉しいです。
モンスター相手だし、刀を使えるのがいいですよね。で。どうですか!?瞬刀さんかっこいいですよね!
……って、自分で書いておいてあれなんですけどね(笑)
ていうか、ようやくあれ言わせられた。「お前が俺を守り、俺がお前を守る」です。この言葉を思うと、
早くラストが書きたいと思う(笑)
それから、韋安さんはイアンさんですwww夜襲キャラで鍛冶屋のおやじさんキャラっていないと思ったので、
悩みに悩んだ末の0/0から助っ人に来てもらいました。
あとは……、あぁ。久世さんの優しさが垣間見てもらえたらいいなと思ってます。


2011/01/21

BACK