鹵獲捏造編  アレルヤ・人革連



AEU、ユニオン、人革連、合同演習の本部に、鹵獲されたアレルヤは連れて来られていた。
前をセルゲイと、己の首に繋がった鎖を持った兵士が、背後には3人の兵士が銃をつきつけて縺れる足
を急かしてくる。

「アレルヤ」

横に並んで歩いていたソーマが僕を見上げて小声で声をかける。

「大丈夫か」

「‥‥‥‥‥」

僕は舌を噛んで死なないように轡をかまされた上に、金網のマスクまではめられていたので、頷いて
「大丈夫」と答えた。
ソーマの心づかいが嬉しくて微笑んだつもりだったが、ソーマは切なげに目を逸らした。



「明日は本部への報告に連れていくから拷問は禁ずると言ったはずだぞ!」

「拷問じゃありません中佐。自分達はただ、捕虜を風呂に入れてやっただけです」

風呂、ねぇ…。
確かに、身体中に泡をつけて洗ってくれた。口の中も目も。
その泡を綺麗に洗い流してくれた。肌が切れるような冷水で。
お湯にも入らせてくれた。足先から頭のてっぺんまで。

「ふざけた言い訳もいい加減にしろ!!」

「――…セルゲイさん」

僕は痛む喉で呼びかける。
ソーマが「黙ってろ」と押さえるが無視する。

「セルゲイさん…僕の身体、綺麗に…なったでしょう?これで明日、垢にまみれた姿で本部に出なくて
済みます…」

生憎と洗剤が目に染みた所為で痛くてまだ目が開けないのだが、セルゲイさんにはちゃんと僕が微笑ん
でいるのがわかったのだろうか。

その後、僕はいつも通り、ベッドに身体を縛りつけられてから眠りに落ちた。というか気を失った。
苛められ続けた身体が限界だったらしい。

翌日、つまり今日、なんとか目は見えるようになったけれど伏せ気味にしていないとヒリヒリする。
首輪に鎖と、袖口のない拘束具、轡にマスクをされて僕は人革連の基地を出た。
セルゲイさんは拘束具をつけられた僕を見て、とても申し訳なさそうに「すまない」と言った。
僕は微笑んで首を振る。セルゲイさんはもう一度、「すまない」と言った。



そもそもセルゲイさんもソーマも、僕が超兵開発施設を破壊したり、ハレルヤが人革連の兵士をいたぶ
るように殺したりした所為で激しい憤怒を感じていただろうに僕が、殺してほしい、と自ら申し出たの
で躊躇いが生まれてしまったらしい。



「殺してください。‥‥いや、それでは貴方達の気が済まないでしょう。生かさず殺さず…どんなに苦
しい痛みも僕は甘んじて受ける。さぁ、まずは爪を剥がしますか…?」

「待て、自虐に走るな。貴様、本当にガンダムのパイロットか?」

「えぇ。ガンダムキュリオスのパイロット、アレルヤ・ハプティズムです」

「中佐…」

「ふむ‥‥」



それからセルゲイさんは何度か考え込む様子を見せながら、僕に問いかけを始めた。
僕はソレスタルビーイングの危機に陥りそうなことだけは「答えられません」と応え、それ以外のこと
はすべて正直に話した。

「わかった‥‥。君は私の監視下に置き、私の力の及ぶ限り、君に拷問を受けさせはしない」

「っ!?‥‥なぜ!?」

「死にたいと思っている人間をいたぶったところで、有益なことは何一つあるまい?」

「っ、‥‥‥‥‥」

僕が黙っていると、ソーマがセルゲイさんの横に立つ。僕は彼女を見て訊いた。

「君は…いいの?僕が生きていても…」

「生きて、苦しめ。お前には、それが一番の苦痛なのだろう」

僕は唇を噛んで下を向く。
セルゲイさんの溜め息が聞こえた。

「‥‥脳量子波の遮断は上手くいっているようだな」

「!?」

そういえばソーマが近くにいるというのに頭痛がしない。
セルゲイさんは苦笑して僕を見下ろしていた。

「脳量子波の影響でまともな会話もできないのでは尋問にもならんからな。くれぐれもその耳のピアス
は取るなよ」

手で触れて確認しようにも、その時の僕は手枷と足枷が繋がれていて容易に動けはしなかった。



それからというもの、ソーマは毎日僕の世話をしに顔を出してくれたし、セルゲイさんは他のマイスタ
ー達の情報を教えに来てくれた。
しかし二人は軍人だ。上に呼ばれれば姿を見せに来られないこともある。
そんな時、僕は他の兵士達から拷問を受ける。

僕が拘束されてから何日か経ったある日。僕は声を聞いた。



『アレルヤ!どうした、アレルヤ!!』

『くそ!思うツボかよ!!』

『アレルヤーーっ!!』



「アレルヤ‥‥」

「っっ!!?」

混濁していた意識の中に聞こえた、自分を呼ぶ声に飛び起きる。身体中が悲鳴をあげた。

「ぁ、くっ‥‥!!」

「アレルヤ、大丈夫か」

拷問された苦痛に表情を歪めながら声のほうを見れば、そこにいたのは茶色い髪で翡翠の瞳の彼…では
なく、白銀の髪にハレルヤと同じ金色の瞳をした少女だった。

「ソーマ、か…。ソーマ、いま僕のこと呼んだ?」

「ひどく魘されていたから。悪い夢でも見たか?」

僕はゆっくりと首を横に振る。

「夢は、見てないよ…。疲れちゃって熟睡しちゃった」

苦笑してソーマを見ると、彼女は眉をしかめて僕の身体に手を伸ばした。触れる寸前で拳を握って手を
引く。
そしてぽつりと呟く。

「私はソーマ・ピーリス小尉だ」

「?…うん」

「中尉以上の命令には逆らえない」

「‥‥‥‥僕ならだいじょう「大丈夫な訳あるか。私なら、耐えられないぞ、あんな…」

ソーマが言うのは、僕が受けた拷問のことだろう。見た目はそんなに残酷ではなかっただろうに、ソー
マはきっと僕の身体についた火傷と打撲の痕に顔をしかめたのだ。

「‥‥大丈夫だよ。僕はたぶん、ソーマより頑丈なタイプの超兵開発をされたんだ。だから、大丈夫」

「―――すまない…中佐がいらっしゃれば、こんなことには…」

セルゲイさんは上層部に呼び出されて留守にしている。
“中佐”の保護をなくした僕に、将校達の拷問から免れる術はない。

「いいんだよ。僕はこうしてほしかったんだから」

――じゃないと、僕は僕をどう罰すればいい…。



ソーマは暫しの沈黙の後、「聞いていいか?」と僕を見る。「なに?」と応えると、金色の瞳は僕を見
つめながら言った。

「なんで魘されていた…?」

これには答えようか迷ったが、結局答えることにする。少し、懺悔をしている気分になった。

「――…声、がね、聞こえたんだよ」

「“声”?」

「そう…通信機越しの…最後の、あの人の声‥‥」

「…恋人か…?」

「答え、まだ聞いてないから…片想い、だけど…ね」

へへ、と情けなく笑う。
僕はそんな笑みを浮かべたまま告白を続けた。

「すごく僕のこと心配してくれて、離れてしまう最後まで僕を呼んでいてくれた。でも、僕は‥‥ソー
マが近づいてくることだけに恐怖して、彼の声なんて応えていられなかった…」

ソーマは微かに眉をしかめる。たぶん、僕の片想いの人=男性=同じガンダムのパイロット、という図
式に気づいたからだろう。
けれど僕の懺悔は止まらない。

「僕が、あの時…、ちゃんと自我を保っていられたら‥‥あの人をエクシア達と合流させることができ
たかもしれない…。僕が囮になってソーマ達を引き付けていられれば‥‥なのに、僕は…っ!!」

ぎりっ、と口の端を噛んだ。
じわりと血の味が口腔内に広がる。

「!!やめろ、馬鹿っ!」

ソーマが僕に手を伸ばす。ぼたりと顎を伝って血が滴り落ちたからだろう。

「僕の所為だ!僕の所為だ!!僕があの時止まったから!僕があの人に甘えてしまったから…っ!!」

叫ぶと身体の傷に響くがどうでもいい。今は自分を呪い殺したかった。
ソーマは細い腕で、僕が自分の身体を、爪が剥がれそうな力で引っ掻くのを防ごうとする。

「やめろアレルヤ!やめろ!!」

「僕を殺してよ!早く殺してよ!!ミッションを失敗させたマイスターに‥‥あの人を守りきれなかった
僕に、生きてる価値はない!!!!」

「ば、「馬鹿者!!」

バチン!と音がして、暫くすると左側の頬がじんじんと痛くなってきた。
動きを止め、僕はのろのろと一喝した人の方を見る。

「セルゲイさん…」

「中佐…」

「拷問を受けたようだが、叩いてしまってすまない。正気になったか?」

「僕‥‥僕‥‥ぁぁっ!!」

正気になった。というより、頭の中をあの人の最後の声が埋め尽くして、

「ロックオン…っ、ロックオン…!!」

みっともない程にシーツを涙で濡らした。
セルゲイさんは静かな声で僕に言う。

「ユニオンのオーバーフラッグ隊が鹵獲したガンダムのパイロット。名前をロックオン・ストラトスと
言うらしい」

「!!」

僕は涙を止められないままセルゲイさんを見上げた。セルゲイさんは真剣な表情で僕を見つめ返す。

「約束しよう。いつか必ず彼と君を再会させると。だからその代わりに‥‥」

ぽん、と僕の頭に手を置く。目線を同じにしながら、彼は言った。

「再会を約束する代わりに、彼に会うまで自ら命を絶とうとするな。いいな…?」

「ぁ、…は、はい‥‥はい…っ」



回想に耽っていると、ソーマがやはり心配そうに僕を見ていた。
「大丈夫」そう伝えるつもりでもう一度微笑む。

僕はそのまま窓の外の中庭を眺めた。
今僕らが歩いているのは一直線の通路で、壁も床も一面が白色。左手にある壁だけは特殊ガラスがはめ
られていて中庭が見える。
とは言え、噴水があったり色彩鮮やかな花が植えてあるわけでもなく、限りなく殺風景だった。
その中庭の向こうにもう一つ、ここより幅の広そうな通路が見えた。そこに数人の人影を見出す。

「あれは‥‥ユニオン軍の制服?」

ソーマの声に、僕はヒリヒリと痛む目を凝らして見てみた。





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うぅ…痛い…アレルヤが痛いよう…(肉体的な意味で)
アレルヤはタクラマカンの前にロックオンに告白してるんですが答えをもらってなくて片思い状態のまま
なんですね。
それにしてもそまたんやセルゲイさんがいい人すぎる…!
人革連は尋問が容赦なさそうなイメージなんで…すいません偏見ですm(__)m


2008/02/01

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