鹵獲捏造編 ロックオン・ユニオン

AEU、ユニオン、人革連、合同演習の本部に、鹵獲されたロックオンは連れて来られていた。
とは言っても、既に尋問は終わり、数人の兵士に囲まれてユニオン軍基地に再び連行されるところだ。
手錠と首輪をはめられただけで、首輪に鎖も付いていなければ、手錠も無理矢理に手を引き抜こうとさ
えしなければ傷などつかないほどに緩く錠がしてある。
稀代のテロリストにも関わらず、こんな甘い拘束をされているのは、ひとえに前を歩く二人の男のおか
げだろう。



「手錠はきつくないか?」

はめられた手錠を見つめる俺に対し、グラハムと名乗った男は訊ねた。

「平気だ。むしろもっときつく絞めるべきじゃないのか」

「いいんだ、それで。君は狙撃手なのだろう?手首から先、傷ついては後々支障をきたす」

「俺をアンタらの軍に引き込む気か?」

「君のような美しい人と仕事ができたらさぞ素晴らしいだろうね!!‥‥と、私は思っているよ」

大丈夫か、コイツ…。
頭も――軍人としての立場も。

そう思っていたら、カタギリという白衣を着た男に金属製の首輪をはめられた。

「苦しかったら言ってくれ。調節するから」

「なるほど。これに鎖をつけりゃ俺は庭先の犬だな」

「何を言ってるんだ?鎖なんてつけないよ。美しくないじゃないか」

カタギリの言葉通り、俺の首につけられた首輪に鎖はつけられなかった。金属製で硬い感触はするが、
見た目は装飾品のように滑らかで整っていた。



今、目の前を歩く二人は無防備に俺に背を向けている。その背を蹴り飛ばして逃げることなど容易なの
に何故自分はそうしないのだろう。
それはきっと…――



「他のマイスター達は…?」

俺がそう訊ねたら――初めて俺がまともに口をきいたからだと思うが――グラハムとカタギリは驚いた
顔をして、そして優しい表情で答えてくれた。

「青い機体のガンダムはどこの陣営にも確認されていない。おそらくは離脱したのだろう。AEUは隠
しているつもりのようだが、巨大なビーム兵器を持つガンダムを鹵獲したという情報が入ってきている」

「アレ‥‥キュリオスは!?オレンジ色の、変形するガンダムは!?」

焦らすグラハムに、思わず必死になって訊ねると意外そうな顔をして、今度はニヤリと笑った。

「そのキュリオスとやらに君の想い人が乗っているらしいな。どれ、私も許可申請をして拷問に加わっ
てこようか」

「っ!!やめっ、やめてくれ!!俺は何されてもいいから他の奴らだけは…っ!!」

「グラハム」

「冗談だ」

俺があまりに泣きそうな顔で懇願するものだから、カタギリは咎めるようにグラハムを呼び、呼ばれた
彼は肩を竦めて答えた。

「オレンジ色のガンダムは人革連が鹵獲し、パイロットも彼らが拘束している。残念ながら君の想い人
がどんなに酷い扱いを受けていたとしても我々にはどうすることもできない」



すまないな



「僕もコネクションは多いつもりなのだけど人革連はガードが固くてね…。力になれなくてごめんよ」

グラハムに続いてカタギリまでもが俺に謝罪を述べる。

「なんで…アンタらが謝る…?」

「僕はガンダムという機体を隅から隅まで調べたいだけだからね。パイロットとしての君には大変興味
を抱くが、一人の人間としての君はひどく脆そうで手助けしたくなるんだよ」

「私も興味があるのはガンダムとそのパイロットだけだ。だがカタギリと違って私が君に対して抱いた
のは同情ではない。恋心だ!!」

「アンタ馬鹿か?」

真面目な顔してグラハムが熱弁を振るうものだからつい声に出してしまった。「マズイ」と思うより先
に、

「恋に落ちた男は皆、愚かになるものだよ!!」

と、グラハムは更に熱く叫んだ。カタギリが笑いながら「彼、乙女座なんだ」と、さぞ楽しそうに言う。

「(…いや、これはもう星座とかの話じゃ済まないと思う)」

呆れると同時に笑いがこみあげてきて、クスクスと声を漏らす。
そして同時に、ぼろぼろと涙がこぼれた。

トレミーで、マイスター4人でこんな風に笑ったことなんてほとんどなかったなぁ…、とか。
俺を捕まえたのがこんな馬鹿だったのかよ、とか。



こんな馬鹿がはっきりと告白してくるんだから、俺もちゃんとアレルヤに、「好きだ」って言えばよか
ったな、とか。



いろんな思いが混ざりあって、涙が止まらなかった。

「泣くな、姫。――…いや、今は思う存分泣きたまえ」

グラハムの指が涙を一滴だけ掬う。俺はしゃくり声を上げながら言った。

「っ、ぐずっ…姫って、言うな…っ!俺は…、ロックオン、だ…っ」

「ロックオン‥‥、いつか必ず私が君の仲間に会わせてやる。だからその時に笑顔で会えるように、今
は好きなだけ泣きなさい」

グラハムの手が俺の頭を押さえて、うつ向いた俺にそのままでいい、と教えてくれる。

「っ、っっ‥‥あり、がと…ぅっ!!」

――まったく、24にもなってこんなに号泣するなんて…。でも、グラハムもカタギリも俺より歳上なん
だし、たまには甘えさせてもらっても、いいよな…。





きっとあの時に、俺が泣くのを笑いもせずに、優しく見守ってくれた二人だから、俺は大人しくユニオ
ン軍に従っているんだろう。
とは言え、ソレスタルビーイングの危険に繋がるような情報は喋っていない。専ら俺自身のことや既に
ユニオンにも調べがついているだろうデュナメスの武器装備のことばかりだ。
それでもグラハムや、特にカタギリは武器についての話になると食いついてくる。
熱のこもった口調で部品の一つ一つについて事細かに説明されては、軍のお上さんも呆れるだろう。

とにかく。俺は捕虜という立場にありながら、そう悪い待遇は受けていなかった。
でも、そんな状態でも、気持ちが暗く沈むのは止められない。
一週間が過ぎて、他のマイスター達のことやソレスタルビーイングの動きについてグラハムが逐一教え
てくれていても、やはりなんだかんだであのメンバーで任務をこなしていた時が恋しいらしい。

ユニオン軍基地を離れて本部に連行される前に、あまりに俺がふさぎこんでいたのでグラハムが日程を
延長するか訊ねてきたが、一日や二日休んだところで吹っ切れる自信がなかったので、無理矢理笑顔を
作って「大丈夫」と答えた。
それでもやはり勘のいいグラハムは俺の精神的な不調に気がついて、「体調が悪いようなので担当医を
同行させる」と、医療は専門外の筈のカタギリを同行させて、少しでも俺の気が紛れるようにと配慮し
てくれた。

だけど、俺の機嫌は一向によくならなかった。むしろ演習基地本部=あの時、全力でガンダムを鹵獲し
ようとした組織の奴らに会うってだけで腸が煮えくりかえった。――それが相手に対してだけの憤りな
のかはわからなかったけれど。

「(アレルヤ‥‥刹那、ティエリア‥‥)」

通路を歩きながら窓の外を眺める。窓、というより特殊ガラスだろう。継ぎ目もなく、延々と100メート
ル近い直線の通路の片側に、中庭を覗けるウィンドウがある。空港の搭乗ロビーのようなものだ。
外は暗い。屋内であるのに、照明がこの通路と、中庭を挟んだ反対側の同じような通路にしかない為だ。
中庭といっても植物も何もないただの石畳なので、特に眺める価値もないのだが。

その時、カタギリが反対側の通路を指差してこう言った。

「あれ?あの軍服って、確か人革連のだよね?」

俺は何を思うでもなく、カタギリの示した方を見た。



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ミッション前にアレルヤから告白されていあたロックオン。けれど返事を延ばしていた間にアレルヤ
と離ればなれになってしまったわけですね。。。
ユニオン編のほうが平和です。

2008/01/30

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