キリエ・エレイソン




だれか

嘘だと言ってくれ



現実じゃない、すべてが夢であると―――







「10年前?俺はまだクルジスにいた。それから10歳の頃に紛争に参加したがそれまでは親と暮らし
ていたぞ」

――刹那じゃない



「10年前に俺が何をしていたか、だと?答える義理はない」

「頼む、教えてくれ…!」

「貴方らしくない…。まぁ、地球にはいなかったな。これで満足か?」

――ティエリアでもない



残りは‥‥‥







『仇と一緒に戦ってる奴の気が知れねぇな!!アハハハハッ!!』

去り際に残された通信。
“仇”と言われ、蘇ったのは祖国の、10年前のあの風景。

初めにフェルトに尋ねた。“10年前にアイルランドにいたか?”と。10年前と言えば彼女は4歳
だ。当たり前だが返事はNO。
安堵すると同時に心の闇が波立つ。
それから一人一人、ソレスタルビーイングのメンバーに訊ねてまわった。

“10年前に何をしていた?”

“10年前にアイルランドにいなかったか?”

スメラギ、クリスティナ、イアン、ラッセ、リヒテンダール‥‥

刹那、ティエリア。

全員が否と答えた。
仇ではないとわかる度に安堵し、仲間を疑う己を嫌悪する。

――やっぱりデマだったんだ。

最後の一人、今は想いを寄せる年下の彼の元へ足を運ぶ。プトレマイオス内に点在する展望室の一
つに彼はいた。

「やぁ、どうしたの?ひどく疲れた顔をしていますよ?」

「あぁ、うん…。すごく疲れた」

「あの兄妹とやり合ったって聞きました。その所為?」

隣に立って頷きながら苦笑する。

「まったく、アイツらが現れてから心の休まる暇がない」

「出撃は一度もないのにね」

大仰に吐いた溜め息に、隣の彼もまた苦笑いを浮かべた。そして唐突に「ねぇ」とこちらを見る。

「ん?」

「僕には訊かないんだ?」

「何をだ?」

「10年前のこと」

「なん…っ!?」

なんで、と言おうとして口をつぐんだ。プトレマイオス内の全員に訊いてまわったこと。誰かから
聞いていたとしてもおかしくはなかった。

「――訊く必要ないだろ。お前の10年前って言ったら、その‥‥」

「うん…まだ超人研究施設にいました。脳をいじられて、人体実験も‥‥」

「話すなよ。思い出させたくない」

「忘れられませんから」

そう言って彼は手を組むと、真っ暗な宇宙に向けて祈りを捧げた。目を閉じて祈りながら、彼は言
う。

「――たくさん、殺した。殺し合った」

彼のそれはまるで懺悔だった。



でもその告白が



俺を悪夢にいざなった



「実験の成果を見る為に被験体同士を戦わせたり、実戦に投入したり…。同胞や敵だけじゃない。
民間人まで、あんなテロまがいの隠密作戦に従ってしまったばかりに‥‥」

「ちょっと待ってくれ」

「ロックオン‥‥?」

組んでいた指をほどき、彼は俺を見る。無垢な子どものようなその目を、何故か俺は直視すること
ができなかった。
どうしたの?と尋ねる彼に答える口は、のろのろと開き、吐き出す問いが鉛のように重い。

「お前、さ…。その隠密作戦実験とやらで…アイルランドに行ったこと、あるか‥‥?」







「      はい      」







「いつだったか、よくわかりませんが、一度だけ地球に降りて行った実験がアイルランドでした。
そこで僕は…――」

「――…俺の家族を殺したのか」

「え‥‥?」

灰色の瞳が向けられた銃口と俺を、状況が理解できていない風に行き来した。

「ロッ、ク…オン‥‥?」



――どうしてお前なんだよ…



「え、コレ…。家族…殺したって‥‥?」



――どうして、どうして…っ



「僕が‥‥ロックオンの家族を、殺したの‥‥?」



――あぁ神様…



「僕が、殺したんだね」




――どうして‥‥っ!!





彼は悲しそうな瞳をした。そして瞼を下ろす。

他のメンバーが仇だったからといって楽な訳がない。
だけど




「どうしてお前なんだよぉっっ!!」



どうして‥‥よりによって‥‥



「アレルヤぁぁぁっっ!!!!」



一番愛した人なんだ







プトレマイオスの船内に

銃声が鳴り響いた



俺は硝煙の匂いを纏い

生暖かい温もりの中で

ただ涙を流した





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2008/02/14

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