求めた体温 なくした温もり 刹那がソレスタルビーイングに来て三ヶ月が過ぎた。 さすがにもう勝手はわかるからと、相部屋をしていた部屋から刹那は一人部屋に移った。残された俺は 年長者の特権というか、他のマイスターよりも私物の多い人間への配慮というか、普通の一人部屋より も多少広いその部屋で変わらず寝起きをしていた。 トレミー外での訓練を終え、コンテナにデュナメスを着艦させる。 今回訓練を行っていたのはデュナメスとキュリオスで。 デュナメスにとっては飛行形態の敵をどれだけスコープの内に入れられるか、キュリオスにとっては射 撃タイプの敵からどれだけ逃げきれるのか、という内容の訓練だった。 「アレルヤ、お疲れさん」 「はい、お疲れさまでした」 各コンテナから交差する通路でアレルヤと会う。俺は既にパイロットスーツの前を寛げていたが、アレ ルヤはまだきっちりと着込んでいる。律義だな、と思った。 「アレルヤの操縦するキュリオスは照準を合わせるのが一苦労だぜ。目が疲れちまった」 「でも、やっぱり逃げるのが精一杯で。あれでデュナメスを撃破するとなると大分難しいです」 「謙遜すんなよ。キュリオスの機動性なら、敵のカメラを撹乱させて瞬時に接近し、ビームサーベルで 一閃だろうが」 「それで頭部カメラと攻撃手段だけを無効化できればいいけど…」 なかなか上手くいかないよね、と眉をハの字にしてアレルヤは苦笑した。 なんて奴だ。コイツはあくまで無闇に敵の命を奪わないつもりらしい。とは言え、それは自分も同じこ と。手加減のできる余裕があるのなら人殺しなんて避けたいものだ。 「そうだな。ま、お互い頑張ろうぜ」 「はい」 そう言って、アレルヤは自室へ帰ろうとした。 「アレルヤ、この後なんか予定あんのか?」 なんとなく、特に意味はなかったが自然の流れで聞いてしまった。アレルヤは素直に答えてくれる。 「着替えて、体力トレーニングを」 「げ。お前ちょっとは休めよ。体壊しちまうぞ」 俺は元々体育会系じゃないので、訓練に訓練を重ねるようなサディスティックなアレルヤの返答に素が 出てしまう。そんなの、個人の自由なのに。ましてや必要以上の関わりを避けるこの組織においては特 にそうだ。 「よかったら一緒にコーヒーでも飲まないか?俺の部屋でさ」 それなのに俺はアレルヤを誘ってしまった。ほらみろ、アレルヤはきょとんとした顔で俺を見ている。 それから少し迷う素振りを見せて、 「お邪魔じゃないですか…?」 「なぁに言ってんだよ。俺が誘ってんだから邪魔なわけあるか。それに、刹那がいなくなってちょっと 部屋が寂しくなっちまったんだよな」 「え?あぁ、そうか。ついこの間までは相部屋してたんでしたっけ」 アレルヤは一瞬首を傾げそうになって、すぐにその疑問は腑に落ちて頷いた。 「じゃあ、お言葉に甘えて。シャワーを浴びて着替えたら伺います」 「おぅ、待ってるぜ」 そうしてアレルヤとは別れた。 部屋に戻ってシャワーを浴び、濡れた髪をタオルで押さえながら出てきたところで来客を告げるノック の音。扉を開ければ予想通り、アレルヤが立っていた。 「すいません、少し早かったですか…?」 「んにゃ、俺がゆっくりシャワー浴び過ぎたんだ。取り敢えず入れよ」 「はい、失礼します」 アレルヤを招き入れ、一先ずベッドに座らせる。 「本当だ。僕の部屋よりちょっとだけ広いですね」 だろ?と笑いかけ、部屋の中をキョロキョロ見回すのは失礼だと思ったらしいアレルヤがハッとしたの を見て、また笑った。 「別にいいよ。守秘義務に反するようなもんはちゃんとしまってあるし、気にすんな」 「す、すいません…」 おろおろして俯くアレルヤがなんだか気の毒になって、俺は紙媒体の本を机から取り上げる。 「アレルヤ、お前、本とか読むか?」 「え?あぁ、はい」 「英語圏…だよな?ここに並んでる本は俺のお気に入りなんだ。他にもあるけど、ここにあるのでなん か読めそうなのあったら持ってけよ」 「いいんですか…?」 「同じ趣味の話相手がいなくてちょっとストレス溜まりかけてたとこ。刹那にも勧めたんだが、まぁ、 無理強いはしねぇから」 本が嫌いなら無理に読まなくていいと告げる。けれどアレルヤはベッドの端から立ち上がり、俺の横に 立つと並べられた本の背表紙に指を添わせた。 「僕、紙の状態の本って読んだことないんです。へぇ…」 本当に嬉しそうな顔をして、一冊一冊手に取ってはペラペラとページをめくっている。その横顔が実際 の年齢よりも幼く見えて、同じガンダムマイスターとして紹介されてから大分経つのに、こんな表情も するんだと今更ながらに気がついた。 「これ、面白そう…」 アレルヤがぽつりと呟いた。手にしているのはシリーズものの推理小説。その第三巻。 「あぁそれは途中の巻だな。一巻から貸してやろうか」 俺は下の棚からサッと一、二巻を取り出す。そこに入れていた家族の遺品は見られてはいないだろう。 アレルヤは夢中になって読んでいた箇所から顔を上げて目を輝かせた。 「ほらよ。なんだ、お前さんはもっと娯楽とかに興味のない人間かと思ってたぜ。刹那やティエリアみ たいにな」 そう言うと、アレルヤはさっき廊下で見せたような苦笑を浮かべる。 「趣味とか、自分の好きなことって、なんだかわからなくて…。体を動かすのは好きだけど、でもそれ はむしろ、いつもトレーニングをして身体能力を維持しないとなんだか怖いからしてるだけで‥‥」 そこから先の言葉は守秘義務に違反する。今アレルヤの言ったことだけでも色々と窺い知れる部分もあ ったが、そこは歳上として聞かなかったことにしてやった。 アレルヤは「ありがとうございます」と丁寧に礼を述べ、俺の手から二冊の本を受け取る。 「休暇中には返しますね」 「いいよ、ゆっくりで。それにそのシリーズまだ続くし‥‥って、休暇?」 あと一週間はそんなものなかった筈だ。毎日、戦闘シミュレーションのスケジュールが組まれていたと 思ったが…。 「あれ?見てないんですか?さっきスメラギさんから連絡が来てて『シミュレーション機器の不具合が 見つかったので、急遽調整が入ることになった。よってこれより一週間、ガンダムマイスター各位は 自主トレーニングに励むこと』って」 自主トレなんていったら、確かにほとんど休暇みたいなもんだ。俺は慌てて部屋の端末を立ち上げ、届 いていたメールを漁り出す。 「あ、ホントだ」 「ね?」 少し離れた場所に移動してアレルヤが言う。俺はそのまま机の前にしゃがんで端末に見入った。 「ロックオン、そろそろ髪を乾かさないと風邪をひきますよ」 「んー?んー…」 生返事を返し、続いて俺はスケジュール変更による今後の予定も考え始める。後ろで小さくため息が聞 こえた気がした。 「失礼」 「ぅわっ、なんだ!?」 今度はすぐ後ろで声がして、いきなり頭にかぶっていたタオルをわしゃわしゃとかき混ぜられる。 「せめてちゃんと拭かないと。さっきから洋服に滴が落ちてますよ」 アレルヤの声に俺は大人しく、されるがままに髪を拭かれていた。なんだか子どもに戻ったような気分 だ。ついこの間まで刹那に対して自分がしていたようなことである分、少し恥ずかしい。 「‥‥僕も少し意外ですよ」 「何がだ?」 一度俺の髪を拭く手を止め、アレルヤは言う。 「ロックオンは僕ら四人のマイスターの中で一番歳上でしょう?だから一番しっかりしてて、なんでも きちんとやる人なんだと思ってました」 俺としてはそれぞれ課せられた分だけすればいいトレーニングメニューを、律義に全部こなしてる奴に 言われたくない。 「はっ、“なんでもきちんと”はティエリアやお前のほうだろうが」 「一番上のお兄さんのほうが意外とルーズだったみたいだね」 くすくすと笑うアレルヤを他所に、俺は僅かに目を見開いた。だがその動揺を感じさせないように俺は 軽く笑ってみせる。 「ははっ、俺なんか全然“兄”らしくないだろ?」 言いながら、自分の言葉にも心が揺らいだ。 そうだ、俺は全然“兄”らしいことなんて‥‥。 「うーん…でも、どうかな。僕がもしロックオンの弟だったら、きっと幸せだと思いますよ。よく気に かけてくれて、優しくしてくれるし‥‥」 「いや、俺は…―――…っ」 俺はハッとして口をつぐむ。アレルヤは俺を見下ろしている。 何を言おうとしてた、俺は…――。 「サンキュ、アレルヤ。手間のかかるお兄さんは髪を乾かしてくるよ。ちょっとだけ待ってろな?」 「あ、はい…」 アレルヤの手からタオルを受け取り、俺はシャワールームの方へ移動した。 アレルヤと別の場所へ移って、何故か俺は安堵する。 鏡の前の台へ手をつき、深く息を吐いた。鏡に映った自分の姿に泣きそうになった。 いや。もう既に嗚咽を堪える表情が既に泣いているように見える。 鏡に手をつき、鏡像に別の人物を重ねて許しを乞うように項垂れた。 「俺は…――」 『よく気にかけてくれて、優しくしてくれるし‥‥』 「俺は‥‥違う。俺は優しいんじゃなくて、俺は‥‥」 ただ、変わってしまった自分を赦してほしいだけ…。またもう一度、一緒に笑い合える日を自ら捨てて しまったことを赦してほしくて…。 「ライル、俺は‥‥」 「ロックオン、どうかしました?」 扉の向こうからアレルヤの声がかかった。いつまで経ってもドライヤーの音がしないので不審に思った らしい。 俺は慌てて声を返した。 「あぁはいはい!すいませんね!まぁた別のこと始めちまった。すぐ行くから待ってろ!」 やけくそになったみたいに返事をすると、扉の向こうでアレルヤの笑う声がした。 「いいですよ、ごゆっくり、兄さん?」 「っ‥‥」 息を詰め、誤魔化すようにドライヤーのスイッチを入れる。 「…ゃ、めろよな…“兄さん”なんて…っ。俺は…俺はぁ…――っ!!」 コォォォというドライヤーの音に紛れるくらいの小さな声で叫んだ。 アレルヤがさっきの発言を受けて冗談を言ったのはわかっている。わかっているが、何故だ。何故こう も苦しくなる?家族が恋しくなる…! カタン。スイッチを切ったドライヤーを洗面台に置いた。毛先はまだ乾ききっていないがもう十分だ。 扉を開く前に深呼吸。 大丈夫。大丈夫だって。いつもみたいに飄々とした感じでいけよ、俺。 そう言い聞かせて扉を開いた。 アレルヤは何故か立ったまま貸した本を読んでいた。そういや適当に座ってろって言わなかったな…。 「悪いなアレルヤ。座っててよかったんだぜ」 「いえ、大丈夫です」 「そっか?ま、いいや。ベッドにでも座っとけよ」 「はい。あ…ロックオン…――」 唐突に、アレルヤの手が伸びてくる。ふわりと髪を撫でられた。 「変な風に跳ねてましたよ。ちゃんと鏡見て乾かしました?」 くす、と笑う穏やかな表情。 俺はその手の感触と笑顔に、急に胸の中の感情が波立ち、淋しさが抑えきれなくなってアレルヤの広い 胸に抱きついた。 アレルヤの体温に触れたことで、切なさがスッと体から抜けるような気がした。 「え、ロックオン…?」 けれどアレルヤの戸惑う声が抱きついた頭上から聞こえて我に帰り、慌てて一歩離れる。 「っ、!!わ、悪い!!」 謝りながら自分の顔が赤くなるのがわかった。 「な、なんだか刹那がいなくなったからかな、人恋しくなったっつーかホームシックっつーか…!!」 なんという失態だ。必死になって言った言い訳もひどい。二十歳にもなって―――もう帰る家もないと いうのに―――ホームシックもないだろうに。 窺うようにアレルヤを見た。きっと笑われる。最悪の場合は軽蔑だ。 「アレルヤ‥‥?」 視線を上げると少し困ったように考える素振りのアレルヤがいて、俺が首を傾げる前に、再びアレルヤ が俺に向かって手を伸ばしてきた。 「えっ‥‥!?」 温もりが体を包んだ。アレルヤの腕に抱かれている。俺は混乱した。 「ア、アレルヤ‥‥?」 「ごめんなさい」 なんだ?なんで謝られる?むしろ謝るのは俺のほうで…。 益々混乱しかけた頭を撫でられて、俺は息を詰める。 「ごめんね、ロックオン。貴方が“淋しい”と言っていて、僕はなんとかしてあげたいんだけど、どう すればいいかわからないんだ。僕って薄情なのかな?」 アレルヤの優しい声が胸を締め付ける。 身を委ねてしまいそうになる。求めてしまいそうになる。此処に来る前にそうしていたように、温もり を求めて付き合ってきた女性たちとするような、結局は孤独を拭い去れないあの虚しい行為を…。 駄目…駄目だ。そんな行為を男のアレルヤに求めるなんて駄目に決まってる。 こうして抱きしめられているのも異様な光景だというのに。 「ロックオン、どうすればいい?こうして抱きしめることで貴方が楽になるのなら、いつまでもこうし ていてあげる…」 耳の後ろでアレルヤの声がする。俺はきつく目を瞑った。 「ロックオン…?」 「――…それ、やめてくれ‥‥」 「え?」 「“ロックオン”はコードネームだ。俺の本当の名前じゃない」 じゃあどう呼べというのだろう。けれどアレルヤは「はい」と頷くだけで、次の俺の反応を待っていた。 「――…頭、撫でて。もっと、抱きしめて」 「はい‥‥」 アレルヤの手が後頭部に伸ばされ、俺はアレルヤの肩に額を乗せる。抱く力を強められた腕の熱と、密 着した体の温もりが心地よかった。 この腕を解かれた時の虚しさは、苦しいほどわかっているのに。流されてしまった。 三ヶ月付き合った女性でも、一夜限りの女性でも、埋められなかった孤独。 他人の温もりを求める行為は、殊更それを増長させるだけなのに。 アレルヤは黙って俺の頭や背を撫でている。俺はすがるようにアレルヤの背に腕をまわした。 「――…悪い。俺たち、男同士なのに‥‥」 温もりに身を委ねたまま呟く。 なぜわざわざこの異様な状態を再認識させるようなことを言ってしまったのか。言ってから自分を呪っ た。肯定されて、どうするつもりだ。 けれどアレルヤは否定した。 「いいえ。僕が役に立てるなら嬉しいです。気にしないでください」 俺は思わず顔を上げてアレルヤを見た。間近に銀灰の瞳を見てどきりとする。そのどぎまぎを誤魔化す ように聞いてみた。 「お前‥‥男に興味あったりするのか…?」 「ないですよ!!あ、いや、かといって女性ばっかりとかそういうのでもなくて…うぅ…」 「わかったわかった。つまりは普通の男だってことだよな?」 慌てるアレルヤの顔は真っ赤だ。気の毒になって確認をすれば、必死になって頭を縦に振っている。 アレルヤは俺から手を離して、弁明するように両手を顔の前で振った。 「僕はただ誰かが辛そうにしているのは嫌なだけで…!特に貴方は、僕と同じガンダムマイスターで、 同じ仲間としてやっぱり、力になってあげたいというか…!!」 俺は表情が緩むのを感じる。微笑んで、もう一度アレルヤに抱きついた。 「ありがとう、アレルヤ。嬉しいよ。お前のほうこそ優しい奴だ」 アレルヤが困惑しているのがわかる。たぶん、そんな言葉を掛けられ慣れていないんだと思った。 ―――今日はアレルヤに対して、色んなことに気づかされてばかりだ。 アレルヤは俺が思っていた以上に人を傷つけるのを嫌う優しい奴で、体格の良さと切れ長の瞳に惑わさ れるが実際は十六歳という年齢以上に幼くて…――。 アレルヤはそっと俺の背を抱く。 「僕が力になれることがあったら、いつでも言ってください。仲間なんですから」 「あぁ…ありがとう‥‥」 俺は目を閉じて、もう一度アレルヤの温もりに感じ入った。 アレルヤが他のクルーに比べて話しかけやすかったからじゃない。 単に温もりを求めたなら女性クルーもいるし、行動の制限はされるが街にも出ていける。 「なんなら、このまま一緒に寝てあげましょうか?」 「大の男二人じゃベッドが狭いだろう?それでもいいって言うならお願いするかな」 軽い気持ちで笑い合う。たまにはこういうのも面白いね、なんて言いながらアレルヤは俺の隣に寝転ん だ。 アレルヤはクラスメイトとお泊まり会でもしているような気軽さでベッドの中でクスクスと笑う。 俺はアレルヤの腕を引っ張って枕にしながら、そうだな、と返した。 安心する。束の間とは言え、アレルヤがいれば元気になれる。 ――あぁ、だけど…これからは憂鬱になることのほうが多いかもな‥‥。 今日はアレルヤに対して、色んなことに気づかされてばかりだ。 アレルヤはすごく優しい奴で、どこか幼いところがあって、それから…―― ――俺はアレルヤが好きだ。 抱きしめられて自覚した。 俺はアレルヤが好き。 ---------------------------------------------------------------------------------------------- アレルヤがロックオンに片想いし続けてるっていうお話は読んだことあるのに、逆ってあんまり記憶に ないなぁ…と思って書き始めたお話。 どれだけ長いことロックオンが片想いし続けなくちゃいけないのかは不明(苦笑 取り敢えず、この段階ではアレルヤはロックオンの片想いに微塵も気づいていません。 頑張れロックオン…!! 私の中のアレルヤ像。アレルヤはSすぎて自分に対してもSだから一見Mっぽく見えてしまう。 ということで文中の“訓練に訓練を重ねるようなサディスティックなアレルヤ”という部分は私がそう 思ってるから、こういう記述になっちゃいました(笑 本来ならきっとマゾヒズムってなるんでしょうね…。 2008/11/14 |