告げられない熱



俺がアレルヤに対して恋心を意識してから一年。
どうしようもなく切ない気持ちになったことは幾度となくあった。けれど、一度もこの恋愛感情をアレ
ルヤに告げることはなかった。
なにしろアレルヤは俺が告白なんかしなくても、一緒にお茶もしてくれたし、望めば抱きしめてくれた。
そんな普通の恋人のような関係を保っていたせいで、無闇に俺の気持ちを告げてこの関係を壊したくは
なかったのだ。
人付き合いにはそこそこ自信があったので、きっと誰も俺の気持ちには気づいていない。当のアレルヤ
でさえも。

「ロックオン」

ほら、だからこうして相も変わらず声を掛けてくる。

「ん?」

いま俺たちがいるのは各コンテナにあるマイスターが待機する為のコンテナ内が見渡せる小部屋。
アレルヤはわざわざキュリオスのコンテナから俺のいるデュナメスのコンテナまで訪れて、俺にミルク
ティーを差し出した。

「食堂で淹れてきました。気分が落ち着くから、よかったら飲んで」

「‥‥あぁ、ありがとう…」

伸ばした手の指先が震えている。それを見たアレルヤは俺のもう片方の手を取り、持っていたカップを
両手で持たせた。

今日もまた訓練だった。それも、特殊機器を使ったバーチャル訓練。先のマイスター達が実戦に出向い
た際に残した課題を、実戦に出る前に克服しておこうという訓練だ。
即ち、人を殺すことに対する恐怖を克服させる為の訓練。
なにも非道になれというのではない。ただ、いざ戦場に出てパニックになってしまっては、ソレスタル
ビーイングの活動に支障を来す。
今回のバーチャル訓練は、これまで以上にリアルに出来ていて、正直、どこからが仮想空間なのかわか
らなかった。
そんな中で、俺はデュナメスに乗り、モビルスーツを狙い撃った。
作戦自体はこれまでのシミュレーションと同じだったのに、その前段階で兵士の存在を擦り込まれたせ
いか、今日の訓練は後味の悪い訓練だった。

俺は両手に乗せたミルクティーをふぅ…と冷ましてから口に含んだ。熱すぎず、ちょうどいい温もりが
体の緊張をほどいていく。

「サンキュ、アレルヤ。気を遣わせちまったな、悪い…」

アレルヤは首を横に振る。

「気にしないでください。それより、大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だよ。俺だってちゃんと覚悟を決めてソレスタルビーイングに参加してるんだ。どんな
 理念を掲げていようが、人殺しには違いない…わかってるさ」

「でも頭ではわかっていても、体や心がついていかないってこともあるよね…」

俺の横に腰掛け、苦笑するアレルヤ。あぁもう、いつものパターンだよ。
俺はアレルヤの肩に頭を乗せる。目を閉じると暖かい手が髪に触れた。

「慣れろ、なんて言いたくはないけど…でも…」

「大丈夫さ、慣れる。ていうか、そうやって割り切っていかなきゃ、世界は変えられない」

「ロックオン‥‥」

人殺しなんて、本当は慣れてはいけないことだ。だけど、覚悟を決めたなら割り切らなければならない。

「一応、適応力はあるほうだと思ってるんだぜ。今日はちょっと、パニクったけど…。そうだ…――」

俺はパッと目を開けてアレルヤの肩から頭を上げた。

「そうだ、刹那とティエリアは!?ていうかお前もだよアレルヤ!!俺なんかの心配より、むしろ年下のお
 前らのほうが精神的にまいったんじゃねぇのか…!?」

訓練が終わって、自分の心を落ち着けている間にアレルヤが来て、いつものように苦しさを委ねてしま
ったのですっかり失念していた。
自分がこんなにもまいったのだ。年下の彼らも相当ショックを受けた筈だ。
しかしアレルヤは柔らかく微笑むと「やはり貴方は優しい人だ」と穏やかな声で言った。

「僕らは大丈夫ですよ。ティエリアはもう完璧に割り切っているみたいで、さっきすれ違った時に声を
 掛けたら『何がだ?用がないなら行かせてもらう』ってあっさりと」

「刹那は?」

「刹那も食堂で会いました。貴方の心配をしていましたよ、ロックオン」

刹那が俺の心配を?嬉しいが、少し情けない気もする。

「いいんですよ、僕らは…。僕らの心配はいらない」

アレルヤはそう言って目を伏せた。少し様子がおかしい?
翳らせた表情を無理矢理明るく見せて、アレルヤはいつもの眉尻を下げた苦笑を浮かべる。

「僕も、そしてたぶん刹那も、人を殺めるのはこれが初めてじゃない」

その言葉にハッとしてアレルヤを見た。アレルヤは俺の手を見ている。

「勿体無い気もするね。せっかく、綺麗な手なのに…」

パイロットスーツの上半身を脱いで露にしている俺の両手は、男にしては華奢だという自覚はある。
アレルヤの指先が伸ばされ、けれど触れる直前で引っ込めた。

「僕が触ったら汚れちゃうね。今更、なんですけど…」

「そんな…!!」

「っ…!?」

退いていくアレルヤの手を追って掴む。アレルヤの息を呑むのが聞こえた。
俺は両手でアレルヤの手を握り直して向かい合う。

「そんな、自分を傷つけるようなこと言うな!!俺は…――」

ゆっくりと額を寄せた。アレルヤは戸惑うように指先を震わせる。

「――…俺は…好きだぜ。アレルヤの手。どうしようもなくなった俺を慰めてくれるアレルヤの手が、
 好きだ…」

アレルヤは困惑しながらも俺の手をほどき、そしてそっと俺の頬を撫でた。
俺はそれが心地よくて、うっとりと目蓋を閉じる。そのまま頭をアレルヤの膝に乗せて横になった。
ぽつりぽつりとアレルヤの声が降ってくる。

「ごめんなさい…。僕も、弱い貴方に甘えている。なんだか、貴方に優しくすることで罪を償っている
 気になって…」

俺は目を開いてアレルヤを見上げた。下から見たアレルヤの表情はとても苦しげで、そういえば初めて
アレルヤの右目を見る。
アレルヤは綺麗な金色と銀色のオッドアイの持ち主だったんだ。
そんなことを思っていたら、次にアレルヤの呟いた言葉をスルーしそうになってしまった。あまりに信
じられなかったからだ。
アレルヤは言った。

「僕は昔、罪もない仲間を…殺したんです‥‥」

守秘義務なんて単語、今この空間には存在しないかのようにアレルヤは話す。俺の頭を撫でていた手が
震えていた。

「みんな、僕が…殺した。この手で、引き金を引いて…みんな…」

「アレルヤ…――」

俺は両手を伸ばしてアレルヤを撫でる。
俺ばっかり苦しんでいたわけじゃないんだ。なんで俺ばっかりアレルヤに甘えていたんだろう。
アレルヤの支えになろうと努力してこなかった訳じゃない。
他のクルーと上手くコミュニケーションが取れない、と相談しに来たアレルヤにアドバイスをしてやっ
たり、会話の場面を作ってやったりしたのはそんな試みの一端だ。
守秘義務が邪魔をしていた。俺もアレルヤも。きっと刹那やティエリア、他のクルー達だって、守秘義
務を課せられた過去の部分に深い傷を負っていたんだ。
俺はただ黙って、アレルヤを慰めるようにアレルヤの頬から頭を撫でた。

「ロックオン、僕は…怖いです…。きっと僕はまだ、過去を清算できていない。いつか必ず、僕はまた
 過去と…もう一人の自分と向き合わなきゃいけない時が来る。その時にまた誰かを傷つけてしまいそ
 うで怖い…、怖いんです‥‥!!」

俺はしばらく何も言えなかった。
両手で顔を覆い、輝くオッドアイを隠してしまったアレルヤは、まるで自分の中にある相反する感情と
戦うように唇を噛んでいる。
やがて声を発したのは俺だった。

「俺はむしろ、傷つくのはお前自身のほうだと思うぞ」

俺は指先で、血の滲んだアレルヤの唇をなぞる。

「お前、なんでもかんでも溜め込みそうだから。本当に辛いことは誰にも相談しないで、自分の中に塞
 ぎこんじまってるみたいな。――…って、俺も人のことは言えないが」

一瞬苦笑し、同時に指先についた血をペロリと舐めてみせた。

「俺たちは仲間だ。お前の力になれるなら、俺にできることはなんでもするぜ」

アレルヤは俺を見下ろしてキョトンとした。それが徐々に頬が緩み、笑顔に変わる。

「ありがとうございます、ロックオン」

ゆっくりとしたまばたきの間に、アレルヤの顔が近づいてきて、俺はチュッ…という音を残して、額に
キスをされた。
その瞬間、一年前と同じドクン、という鼓動の音が俺の中に響く。

「そういえば、一年くらい前に僕が貴方に言ったのもそんなような言葉でしたね」

はにかんで笑うアレルヤ。
そうだよ。それから俺はお前が好きになったんだ―――

「仲間って、いいですね。あったかくて、すごく安心できる‥‥」

――…なんて、言えない…な。

「あぁ、そうだ。これから俺たちはもっと長い時間を過ごしていくんだ。それこそ家族にでもなったよ
 うにな。守秘義務抱えた家族なんておかしなもんだが、俺たちが一緒に戦っていく仲間だってことに
 変わりはない」

「家族…ですか。そうなれたら嬉しいですね」

アレルヤは照れくさそうに笑っている。俺もその笑顔に嬉しくなって微笑みを浮かべた。

唇どうしが重なることはなかった。
俺は結局、一年越しの想いをまた持ち越すことになる。
この心地よい温もりに本当の想いを隠したまま、また…――



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早く告れよ!!みたいな(笑)
書いた日付はバラバラですけど上げた日時が一緒だから片想いろっくんに皆さんやきもきしてるんじゃ
ないでしょうか(汗)
これね、実はまだろっくん、片想い延長戦なんです。鹵獲作戦くらいまで(爆)
私別にSじゃないですよ!?ろっくんが告白しないのがいけないんです!!(開き直るな

3年の月日を感じさせるくらいの間を空けてから更新したいと思います。単にまだ書いてn(ry

2008/11/29

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