かさなる掌 前編



ガンダムマイスターのスタンバイルーム。そこには、戦闘が終了して帰艦したばかりのロックオンとア
レルヤがいた。

「助かりました、ロックオン。ナイスサポートです」

「俺でもびっくりしたぜ。あんだけ撃って百発百中だったのは、あれが初めてだ」

先の戦闘で、敵機に囲まれ窮地に陥ったアリオスを救ったのは、ケルディムの連続射撃だった。一瞬で
も遅れていたらアリオスはアヘッドのサーベルに貫かれていたに違いない。
アレルヤの隣に腰かけたロックオンは虚空を見つめ、そして手の平に視線を移した。

「妙な感覚がしたんだ。何か温かくてそれから…アレルヤ、お前を死なせたくないって気持ちがすごく
 強くなって‥‥。変だな。まるで自分が自分じゃないみたいな‥‥そうだ、まるで兄さんが乗り移っ
 たみたいな…」

その時、アレルヤはロックオンを見つめていた目を自分の正面に向ける。そこには輪郭のぼんやりとし
たロックオン―――ニールが立っていた。
ニールは『よかった』と呟いてフワリと床を蹴ると、宇宙空間でもないのにゆっくりと浮遊して、アレ
ルヤの胸の中に抱きついた。

「助けて、くれたんですね…」

ニールはアレルヤを見上げ、ニコリと微笑む。隣にいるロックオン―――ライルには彼が見えていない。

「たぶんな。とにかくよかったな、無事で」

「はい‥‥」

立ち上がるライル。ニールは苦笑してアレルヤから離れる。基本的に彼はライルから離れずに、ライル
の背後にフワフワと飛んでいることが多かった。
アレルヤは立ち上がったライルと、その背後に移動したニールを見た。

「ゆっくり休めよ」

「えぇ、ありがとうございます。ロックオンも、おやすみなさい」

アレルヤは二人に向かって微笑みかける。ライルもニールもそっくりの笑顔を返してくれた。
ふいに、ニールの笑顔が消え、ハッとした表情にすり変わる。

「ロックオン?」

「うん?」

ライルが返事をしたが、アレルヤが呼んだのは彼ではない。アレルヤは、自分の掌をじっと見つめて動
かないニールを見ていた。

「ロックオン?」

もう一度呼んでみる。ニールはぽつりと呟いた。

『‥‥行かなくちゃ‥‥』

「え…?」

「アレルヤ…?」

ライルは自分を―――自分の背後を見て動かないアレルヤを不思議に思って手を伸ばした。

『――…悪い、アレルヤ。俺、行かなきゃいけないみたいだ‥‥』

「行く?行くって…どこへですか…!?」

「何言ってるんだよアレルヤ。部屋に戻ってシャワー浴びるだけだ。そんなに血相変えなくても…?」

ライルはアレルヤの肩に触れ、その時ようやく、アレルヤが見ているのは自分ではないことに気づく。

『わからない…。でも、もう此処にはいられない…。体の感覚が消えていくんだ‥‥』

「ロックオン!!」

ライルは背後を振り向いた。しかしそこにはいつもの部屋の様子があるだけで、それ以外は何も見当た
らない。

「アレルヤ、どうしたんだ」

ライルの声はアレルヤには届かない。彼はニールのことしか見えていなかった。
ニールはスッと身を滑らせ、アレルヤの傍に寄る。天使が祝福のキスを送るように、アレルヤの額にそ
っと唇を近づけた。

「ロッ…クオ、‥‥」

『ごめんな、アレルヤ。もうずっと一緒にいられると思ってたのに。もう、時間みたいだ‥‥』

「ロックオン!!」

アレルヤの伸ばした掌にニールの掌が触れる。感触はなく、温もりさえもゆっくりと消えていった。

「駄目だ!行かないでロックオン!!もう嫌だ!貴方を失うのはもう嫌だ!!」

足の先が見えなくなる。腕が、足が、身体が‥‥段々と白けていき、消えていく。

『アレルヤ‥‥』

聞かせて?とニールは言った。アレルヤは首を振る。ニールはもう一度アレルヤの名を呼んだ。

『愛してるぜ、アレルヤ』

涙に滲んだ瞳でニールを見上げた。彼は穏やかな表情で笑っている。
涙を堪えて、アレルヤは言った。

「愛してます、ロックオン…」

嬉しそうに笑って、ニールは『ありがとう』と言った。

『ライルを頼んだぜ、アレルヤ』

「っ、ロックオン!!」

さぁっ、と風が吹いたように感じた。その風にニールの姿がかき消えて、アレルヤはガクリと膝をつい
た。

「アレルヤ‥‥?アレルヤ、なぁ、今の‥‥」

アレルヤは歯を食いしばって涙を流している。アレルヤの言葉が、自分に向けられたものではないと悟
りながら、しかし何が起こったのかわからないライルはただ困惑してアレルヤの背を撫でるだけだった。
少しの時間が過ぎ、ミレイナ、ラッセ、イアンがスタンバイルームにやって来た。

「どうした?いつまで経ってもブリッジに顔見せに来ないから何かあったのかと‥‥アレルヤ?」

「泣いてる…ですか?」

「ロックオン、何かあったのか?」

イアンの問いにライルは首を振る。

「知るかよ。突然俺の名前叫んで、それきりだ」

イアンは困ったようにアレルヤを見下ろした。ラッセとミレイナも心配そうにアレルヤを見ていたが、
やがてふいに周囲に視線を巡らせて互いの顔を見合わせる。
ラッセがアレルヤの横にしゃがみ、優しく問いかけた。

「ロックオンは…行ったのか…」

アレルヤは小さく頷く。ミレイナは口を押さえて涙を浮かべた。
悲しげに笑ったラッセがアレルヤの髪をかき混ぜるように乱暴に頭を撫でる。

「もうずっと一緒にいるもんだと思ってたんだがな。そうか。行っちまったか…」

「おいおい、なんの話してんだよ。俺は仲間外れか?」

敢えて飄々と言うライルにミレイナが涙を拭って応えた。

「ストラトスさんは、もう一人のストラトスさんが見えてなかったんですよね」

「は‥‥?」

「刹那やおやっさんも見えてなかったからな。見える人間と見えない人間がいたらしい」

「だからいったい何のこと…っ」

ミレイナとラッセの意を得ない答えに痺れをきらしたライルが叫ぶ前に、答えにたどり着いたイアンが
声を上げた。

「まさかっ…ロックオンがいたのか!?」

「――…なんだって?」

ライルは訝かしげに眉をひそめる。その時、ようやく泣き止んだアレルヤがライルを見上げて言った。

「ずっと、貴方の傍にいたよ。僕が貴方に初めて会って驚いたのは、貴方があの人にそっくりだったか
 らだけじゃない。いきなりあの人が、貴方と一緒に現れたあの人が僕に抱きついてきてくれたから‥‥」

するとその頃の様子を思い出したのか、ミレイナも小さく笑みを漏らす。

「ホントにラブラブだったです。いつもストラトスさんの傍にいらっしゃいましたが、ハプティズムさ
 んもいらっしゃる時はずっとべったりで…」

「生きてた間はあんなじゃなかったのにな。おかげで見えてない振りが容易じゃなかったぜ」

ラッセが苦笑する。ニールの姿が見えていなかったイアンは黙ったまま、目を伏せていた。
ライルは改めてアレルヤに問う。

「兄さんが…俺の傍に‥‥?」

アレルヤは頷いた。

「僕に会いたかっただけじゃない。貴方を見守るためにも、あの人はいつも貴方の傍にいた」

部屋に沈黙がおりる。ミレイナの目には、また涙が浮かびそうになっている。
やがてライルが口を開いた。

「―――…兄さんは、最後になんて?」

アレルヤは風のない湖面のように揺らぎのない双眸をライルに向け、静かに答える。

「『ライルを頼んだぜ』って」

「っ‥‥‥そうか」

無意識に詰めた息を吐きながら、ライルは俯いた。
ふいにアレルヤの声が響く。

「任せて」

「あぁ?」

自分が泣きたいのか、笑いたいのかわからないまま顔を上げたライルは怪訝な表情をアレルヤに向けて
しまった。対するアレルヤは強い決意に満ちた表情をして、ゆっくりと立ち上がる。

「僕はちゃんと、貴方を守ってみせます。任せてください」

「‥‥‥‥‥‥」

ライルは今度は何も言えない。やっと言えた言葉は、少し残酷な含みを持っていた。

「俺は…ぶっちゃけまだ、アンタらを、自分の命をかけてまで守りたいとまで思っちゃいない。俺とお
 前の気持ちの天秤は水平じゃないんだぜ?そんな奴、本気で守れるか?」

「守れます。貴方はあの人が最期まで想っていた大事な家族だから。あの人の望みは、僕ができること
 なら全部叶える」

「恋は盲目、か‥‥」

「ロックオン…!」

さすがに言い過ぎだと、鋭い声でイアンがライルを咎めた。
しかしアレルヤはいつものように眉をハの字にして苦笑すると、

「もう…盲目にならざる、得ないでしょう…?」

ライルはハッとして、今更ながらアレルヤが兄に向けていた気持ちの強さを知る。もう彼がニールの姿
を見守ることはできないのだ。思い出の中で彼を想うことしかできない。

「アレルヤ‥‥」

ライルの声を遮るように、殊更笑顔になるアレルヤ。ラッセとミレイナの脇を通り、扉の前へ立つ。

「休みます。おやすみなさい」

「あぁ‥‥」

「おやすみなさいです…」



同情されたら涙が止まらなくなるから、同情を許さぬアレルヤの心のように、部屋の扉は閉ざされた。


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なんか、少ししか出番がないのにラッセがかっこいいと感じた自分はなんだろう(どきどき

2008/11/09

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