かさなる掌編 後編


ダブルオーガンダムを降りた刹那は、乾いた大地に人々が築いた町へ駆け込んだ。
少し離れた戦場では、操られたアロウズの部隊を相手に他のガンダムたちが奮闘していた。刹那だけは、
この戦闘の首謀者を追って町へやって来た。
町には他の町へ繋がる地下通路が多数存在する。そこへ逃げられたら一貫の終わりだ。
奴は世界の歪みの一つ。ここで逃げられては、世界は変わらない。
けれど、ひどく荒んだ町になってしまったがまだ住人はいる。ガンダムで殲滅するわけにはいかなかっ
た。
町の高台から全体を見渡す。通りを走っていく首謀者が見えた。

「くそ…っ!!」

「逃げられちまう、ってか?」

舌打ちした刹那の横で誰かが言った。驚いて振り向くと、手摺から乗り出して、同じように獲物を探し
ているロックオンの姿があった。戦闘が終わり、追いついてきたのだろう。

「俺が足止めしてやる。行けよ刹那」

バサバサッ、と手に持っていた鞄を剥ぎ取る。中からスナイパーライフルが現れた。

「わかった。頼んだぞロックオン」

「はいよ‥‥」

高台を降りて首謀者を追う刹那。
手摺にライフルを固定して、スコープを覗いたロックオンは集中して狙いを定め…――

ッッタァァンッ―――ッ

荒野を銃声が響いた。首謀者の男は正確に足を撃ち抜かれ、その場に倒れる。やがて追いついた刹那が
その男を拘束した。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

ふぅっと息をつき、銃を下ろすロックオン。

「ロックオン!!早いわね、いつの間に!?」

アロウズを撃退し、今後の襲撃に時間が空くと予測したスメラギがトレミーから降りて来たらしい。フ
ェルトたちも一緒だ。

「よぉ、ついさっき…な」

スナイパーライフルを片手に笑う。その様子に何か違和感を感じるメンバー。
その時、彼らの側に降り立つセラヴィーガンダムとケルディムガンダム。スメラギたちの表情が固まっ
た。
ロックオンは着地の風圧に、長い髪を押さえてケルディムを見上げている。コックピットが開き、緑色
のパイロットスーツを着た人物がワイヤーに掴まって降りてきた。セラヴィーからもティエリアが姿を
現す。
ケルディムから降りてきたのは、もちろんロックオンだ。
彼自身も、そしてフェルトらも、目の前にいるライフルを持ったロックオンに視線を注いだ。
沈黙を破ったのはハロだった。

「ロックオン!ロックオン!オカエリ!オカエリ!」

ライルの後をついて来たハロは、ピョーンと勢いよく胸に飛び込んできた。もう一人のロックオンは慣
れた様子でそれを抱きとめ、笑顔でハロを覗き込む。

「よぉ相棒!ただいま。元気だったか?」

「ゲンキ!ゲンキ!」

「ははっ、そうか!」

「ロックオン!ロックオン!」

はしゃいでいるハロを撫でて、彼は言う。

「違うぜ。俺はもう“ロックオン”じゃない。今の“ロックオン・ストラトス”はライルだろ?」

視線の中央にあった彼の目がライルの方を向いた。ようやくライルは口を開くことができた。

「兄…さん‥‥?」

「よせよ。一度も俺のこと“兄さん”なんて呼んだことなかっただろ」

苦笑する彼に、ライルは表情を崩す。泣くことを堪えるように表情を歪ませた。

「ニール…っ!!」

「久しぶり、ライル。つっても、俺は一方的にずっとお前の傍にいたんだけどな」

「ロックオン!!」

泣きながら駆け寄ってきたのはフェルトだ。ニールはフェルトを優しく撫でてやりながら微笑みかける。

「フェルト、綺麗になったな。やっとちゃんと言ってやれる」

コクン、コクン、と頷きながら涙を溢している。
ニールは他のメンバーにも視線を遣った。

「ミス・スメラギ。俺がいなくなったことで、随分気負わせちまったな。すまない」

スメラギは無言で首を振る。声は嗚咽を堪えていたため、出せなかった。

「ラッセ、おやっさん、久しぶり。二人とも変わってないなぁ。あ、おやっさんはちょっと老けたか?」

「お前も変わってないな、ロックオン」

「馬鹿言え。もう何歳だと思っとるんだ」

だよなぁ!とケラケラ笑うニールはミレイナに視線を向けた。

「はじめまして、は変だよな。小さい頃の君には会ってるし、それに…」

「はい、ストラトスさんの傍にいらっしゃった時も見てたです。でも、お話するのは初めてですよね」

「あれを見られてたんだよなぁ…。大人として恥ずかしいというかなんというか‥‥」

ガシガシと照れくさそうに頭をかいて、一息つくと、今度はティエリアの方を向いた。

「随分と柔軟になったじゃないか。驚いたぜ」

「貴方のおかげですよ…」

「まさか再会まで泣いてもらえるとはな。嬉しいよティエリア」

「それは、貴方が‥‥っ!」

ニールは黙ってティエリアに近づくと、俯いた頭を優しく撫でてやった。堰を切ったようにティエリア
の涙が溢れる。

「ロックオン…ストラトス‥‥?」

刹那の声だ。首謀者をカタロンへ引き渡し、戻ってきた刹那は、二人のロックオンに言葉を失った。

「おかえり、刹那。ご苦労さん。ブランクがあったにしては、なかなかの腕前だっただろ?」

おちゃらけてみせるニールに刹那は小さく「馬鹿が…っ」と言った。

「おいおい、お前にそれを言われる筋合いは…」

「なぜだ…っ。生きていたなら、何故‥‥!!」

刹那はニールに詰め寄り、そして胸ぐらを掴んだが、やがてすがるように両手をニールの胸に置いた。

「ですよ!どうして幽霊になってストラトスさんの傍にずっといたですか?」

ミレイナも問う。それには困ったように笑ったニールは、もう一度髪の毛をかき混ぜた。

「幽霊になってたわけじゃない。所謂、幽体離脱ってやつだな。って、同じか?」

刹那の手を払い、ぽんと宥めるように手を置く。フッと小さく息を吐いた。

「ずっと意識不明で、ユニオンの宇宙ステーションで眠っていた。意識が戻ったのは一ヶ月前。死ぬ気
 でリハビリして、やっとこさ追いついた」

「一ヶ月前‥‥」

刹那が呟く。ニールはいつまで経っても振り払われない手に気をよくして、満足げに手を下ろした。
一ヶ月前。それはニールが突然、ライルの傍から姿を消した頃だった。

「あの時、まさか自分が生きてたなんて思ってなかったから、アレルヤにはちゃんとしたこと言えなく
 て、悪いことしちまったな」

ニールは辺りを見回す。

「そういやアレルヤは?まだ戦ってんのか?」

サッと皆の表情が翳った。ニールは思わず首を傾げる。

「ニール…」

振り返るとライルがいた。ニールの手を取り、トレミーへ向かう。

「ライル?」

「黙ってついて来いよ。アレルヤはこっちだ」

ライルに手を引かれるまま、ニールはトレミーに入って行く。
何も表示のない部屋の前でライルは立ち止まった。

「アレルヤは中だ」

ニールは自分と瓜二つの弟の顔を見て、そっと部屋の扉の開閉ボタンを押した。シュッと音がして扉が
開く。
部屋の中に入ったニールは少し進んで、そして呆然とその場に佇んだ。
部屋には一つの大きなベッドとたくさんの医療機器類。
ベッドには、彼の見知った男が横たわっていた。

「アレルヤ‥‥?」

「そうだよ」

ニールの横をすり抜け、ライルは部屋の中へ足を進める。アレルヤの側にある機器に手を添え、視線だ
けニールへ向けた。

「ケルディムを守って、アリオスで盾になった。アリオスは中破。アレルヤは…―――意識が戻らない」

「!!」

アレルヤの脈を知らせる電子音が一定間隔で鳴っている。心細い音だ。アレルヤの脈は、日に日に弱く
なっていた。

「つい一週間前だ。一週間前の戦闘で、アレルヤは俺を守って戦闘不能になった」

ニールは恐る恐るベッドに近づく。傷だらけの身体を想像していたが、アレルヤの身体は包帯一つ巻か
れてはいなかった。

「致命傷は負っていたが、治療用カプセルに入って、昨日完治したところだ」

四年前より性能の上がった治療用カプセルは、アレルヤの傷を綺麗に完治させた。

「じゃあ、なんで‥‥」

「さぁ。ニールに会いに行くつもりなんじゃないのか?」

「っ!?」

傷は完治した。脳にも特に異常は見られない。ならばなぜ目覚めない。

「脈が弱くなってきてる。今日中に意識が回復しないと危ないって、ドクターが」

ニールはカクン、と膝を折ってベッドの脇に座り込んだ。ライルは静かにその場を離れる。いつの間に
か他のメンバーも部屋にやって来ていた。

「アレルヤ‥‥」

アレルヤの手に触れる。いつも温かかった手が冷たくて、ニールはビクリと肩を震わせた。

「アレルヤ、ただいま。どうした、手、冷たいぜ…?」

指を絡め、キュッと握る。

「待たせたな、ごめん。やっと、ちゃんとお前に触れられるようになった」

愛しげに両手で包み込む。ぽたりと涙の雫がベッドのシーツに落ちた。

「お前が俺を待ってくれてたように、今度は俺が待っててやる」

ニールはベッドに腕をつき、体を起こす。眠っているアレルヤに覆い被さるように腰を屈め、いつもし
ていたようにアレルヤの額にキスをした。

「だから、駄目だ。許さないぞ」

耐えられなかった。涙が止まらなくて、ニールは固く目を閉じる。

「許さないぞ、アレルヤ。死んだら駄目だ。そっちに俺はいないんだ‥‥!」

ベッドの縁に座るニール。
自分がわがままを言っている自覚はある。だが霊体でいた間、どんなに甘えてみせても、やはり触れら
れないことに心が痛んだ。
何度、抱きしめてほしいと願っただろう。それがようやく叶うと思ったのに…。

「アレルヤ‥‥っ」

その時、アレルヤの手に重ねられていたニールの手に、微かな力が加わった。

「‥‥‥‥?」

ニールは涙に霞んだ目を擦って視線を下ろす。もう一度、アレルヤの手が微かに動いた。

「アレルヤ?」

ニールはアレルヤの手を強く握りしめる。アレルヤの唇が薄く開き、息が漏れた。
扉の辺りにいた他のメンバーも息を呑む。

「アレルヤ?アレルヤ‥‥!?」

「ロックオン‥‥‥」

アレルヤの声だ。ゆっくりと瞼が開き、アレルヤのオッドアイが現れる。ニールは新たな涙に視界を歪
ませた。

「アレルヤ!俺だ!!わかるか!?」

「ロックオン‥‥どこ、ですか?僕の目、開いてますか…?」

長い時間眠り続けたせいで視力が衰えているらしい。自分もそうだったからよくわかる。

「大丈夫、すぐ見えるようになる」

「ロックオン…。本当に、そこにいるの…?」

「いるぜ。ほら、これでわかるだろ?」

ニールはゆっくりと、アレルヤの体に自分の体を重ねた。その時チラリとライルの方を見る。感動の再
会だが、ぶっちゃけ見られていると恥ずかしい。
ライルは兄の心を汲んで踵を返した。他のメンバーも気をきかせて部屋を出ていく。
そうしてようやくニールは安心してアレルヤの頬に手を添わせた。

「ロックオン‥‥」

力のない手がニールの背中を撫でた。アレルヤの口元が綻ぶ。

「ごめんな、アレルヤ。お待たせ。これからは本当に、ずっと一緒にいられる…」

「はい…はい‥‥!」

虚空に焦点の合わない瞳を向けながらアレルヤは笑った。

「なぁアレルヤ。もっと抱きしめてくれよ。ずっとそうして欲しいって思ってたんだ」

「はい‥‥」

アレルヤは両手を動かして、ニールの体をぎゅっ…と抱きしめる。二人の心にふわりと温かい気持ちが
膨らんだ。自然と笑みがこぼれる。

「アレルヤ‥‥」

ニールは背伸びしてアレルヤの唇に自らのを重ねた。啄むように小さく何度も繰り返し、それから舌を
絡ませ合った。
アレルヤはニールの髪に指を差し込み、かき混ぜながら、空いたほうの手を重ね合わせた。
ちゅ…と音を残して唇を離す。ゆっくりと開いた瞼の下、アレルヤの金色と銀色の瞳はぼんやりとニー
ルの影を映した。
頭を支え直し、アレルヤはニールの瞼に口づけを落とす。泣き腫らした目が痛くないようにと。くすぐ
ったそうにニールは笑った。

「なぁ、アレルヤ…」

「はい…?」

こてん、と額と額を合わせて、唇が触れ合うような距離でニールが囁く。

「足んない」

「ロックオン…?」

「俺、もう“ロックオン”じゃない」

「ニール?」

くすりと笑って呼び直すアレルヤに、ニールは嬉しそうに微笑んだ。

「足らないって、どうして欲しいの?ニール」

「‥‥わかってるくせに。俺がいなくなった間に意地悪になったな」

口を尖らせるニールにくすくす笑うアレルヤ。「それで?」と促す彼に、耳まで赤くしたニールが小さ
な声で答えた。

「――…抱いて、アレルヤ」

「はい‥‥」

するりと服の中へ侵入するアレルヤの手にふるりとニールは震えた。アレルヤは優しく肌を撫で擦って
いたが、ふと触れたざらりとした感触に眉をひそめる。

「ニール…?」

「ん、気づいたか」

ニールは体を起こして上に着ていた服を脱いだ。白い肌の数ヵ所に、引きつれたような傷跡があった。

「何年も意識が戻らないような重傷だったんだ。ほとんどは元通りになったけど、ならなかったものも
 ある…」

その時、ニールの表情が泣きそうに歪んだ。

「俺の肌、手触りよくて好きだって、言ってくれてたのに‥‥っ」

「ニール」

ギシ、と体を起こしたアレルヤは黙ってニールを抱きしめた。肩から胸にかけて残った傷跡にキスを落
とす。

「愛しています。貴方の心も、身体も、何もかも―――」

「アレルヤ…俺、もう…綺麗じゃないぜ‥‥」

「綺麗じゃなかったら好きになっちゃいけないんですか?」

アレルヤの鋭い瞳がニールを見た。

「それ以上、僕を拒むようでしたら手加減しませんよ」

妙な脅しをするアレルヤに一瞬ニールはきょとんとし、次いでククッと笑う。遂にはアハハッと笑って
アレルヤに抱きついた。

「むしろ加減をしなきゃいけないのはお前の身体だろうが!」

肩に頭を乗せ、耳の後ろで笑っているニールをしばらくそのままにしておきながら、ふいにアレルヤは
ニールの体を押し返した。またしてもきょとんとするニール。

「あれ、ニール。僕がなんなのか忘れてません?」

「え…?」

どういうことだろうかと考える間もなくニールは体の位置を入れ替えられ、あっけなく仰向けに押し倒
されてしまう。
瞬きを繰り返すニールを見下ろし、アレルヤはニッコリと微笑んだ。

「僕は超兵で、普通の人より丈夫にできてるんです」

その微笑みにニールも笑みを漏らし、両手をアレルヤに伸ばす。誘うような目でアレルヤを見上げた。

「忘れてた」

引き寄せられるままアレルヤはニールに覆い被さる。



キスを交わす二人の掌は、ベッドの上で互いにかさねられていた。



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狙撃する兄さんが好きだ…!!
四年間意識不明だった人が一ヶ月のリハビリで元気になるのかってところはおいといて(汗)
甘える兄さんも可愛くていいです。
こんな再会、二期でないですか。そうですか…。

2008/11/09

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