What is this?



「あまり乱暴に扱うな。これから拷問の毎日だ。せめて今ぐらいは優しく扱ってやれ」

「「はっ!」」

まだ若いだろうに、と私はハネツキのガンダムから降ろされたパイロットを眺めた。
ステーションブロックの時や、宇宙での鹵獲作戦時に聞こえた音声の通り、コックピットから気を
失ったまま引きずり出されたパイロットは、長身ではあるがやはりまだ成人したかどうかという青
年だった。
私は両脇から兵士に拘束されたパイロットに近づくとヘルメットを脱がせる。

「っ、‥‥くっ…!!」

「君がガンダムのパイロットかね」

呻き声をあげた青年に問いかけた。長い前髪が邪魔そうだ。

「僕は‥‥‥あぁ…」

前髪で右目を覆い隠したまま、青年は辺りを見回し、やがて納得したように再び項垂れる。

「状況は理解できただろう?君はガンダムのパイロットだね?」

同じ内容の質問を、今度は確認の形で繰り返す。彼は疲れた声で「えぇ、そうです」と呟いた。

「ここは人革連の陣営ですよね?ならばお願いがあります。僕を殺してください」

「そんなこと、できる訳がなかろう。君には聞きたいことが山ほどある」

「中佐っ!!」

「ピーリス小尉…」

「っっっ!!」

呼ばれて振り返ると、パイロットスーツのままこちらに駆け寄ってくるソーマ・ピーリス小尉の姿
があった。同時にガンダムのパイロットがもがき、苦しみ出す。

「ぅぁ、ぁ、ああああああっ!!」

「コイツ!なんだ!?」

「しっかり押さえろ!中佐!これは!?」

パイロットを支えていた兵士達が慌てふためくのを制して、私は改めてハネツキのパイロットの顔
をよく見る。

「あああ!!はぁっ!!ぁぁっ!」

「‥‥“E-57”‥‥‥」

「っっ!?なぜ、それを…!!」

青年は苦しみ喘ぐ息の下からハッとして顔を上げた。
私は勘が当たったことの嬉しさと同時に、人権を否定した超兵実験の存在に不快感を覚えた。

「お前がハネツキのパイロットか!?」

ピーリス小尉が間近に寄って来て青年を見上げて睨みつける。
青年は恐らくピーリス小尉の発する脳波に影響を受けて苦しんでいるのだろうが、懸命にもその苦
しみに耐えて彼女を見つめ返した。

「君は‥‥超兵、だね…」

「!!‥‥あぁそうだ!!超兵一号、ソーマ・ピーリス小尉だ!!」

「ソーマ…ちゃん‥‥」

「!!変な呼び方をするな!!」

額に汗を浮かべつつも、青年は微笑む。ピーリス小尉が自分と同じように苦しんでいないことを喜
んでいるように見えた。
しかしそれもピーリス小尉の発言で暗い表情に変わる。

「貴様がハネツキのパイロットだというのなら私は貴様を許さない!!ミン中尉をあんな惨い‥‥っ!!」

「っ!!」

ピーリス小尉の言葉に、周りにいた兵士達の間に緊張と殺気が生まれた。

――そうだ。この青年は、私の部下を‥‥

ぎりっ、と奥歯を噛み締めた時、青年から驚きの言葉を聞かされた。



ごめんなさい…、と。



「ごめんなさい‥‥!僕が、未熟だったから…あんな…あんな酷いことを‥‥っ!!ごめんなさい、
ごめんなさい!!ソーマ、君の気が済むまで僕を殴ってくれ!僕は殺されて然るべきなんだ!!」

その反応に、今度は我々が戸惑いを持った。これがあの時のパイロットと同一人物だというのか…。
ピーリス小尉は一瞬の逡巡の後、握り締めた拳で青年の左頬を殴った。
ぼたっ、と、青年は口の端から血を落とし、辛そうな表情でピーリス小尉を見る。

「お前…お前なのか‥‥。ミン中尉を殺したのは…私に名前を訊いてきたのは…!!」

叫びながら、ピーリス小尉はもう一度青年を殴った。
ぐったりと、再び気を失った青年を睨む。小さな肩を上下させて、ピーリス小尉は唇を噛み締めた。

「小尉」

「すいません、中佐。感情の制御ができませんでした。処罰を与えてください」

「いや‥‥。着替えてきなさい。休憩室でコーヒーでも飲むといい」

「‥‥はっ」

私がまったく咎めないことに抵抗を抱いたようだが、彼女は敬礼をすると回れ右をして去って行こ
うとした。
そこに――

「待てよォ。ソーマ・ピーリス」

「「!!?」」

ピーリス小尉が振り返る。
私はハネツキのパイロットを驚愕の表情で見下ろし、本能的な危機感から銃に手を伸ばした。

「ウゼェんだよ、テメェら」

「何!?」

青年は足を振り上げて私の銃を蹴り飛ばすと、両腕を掴まれた状態のまま空を蹴り、後ろへ一回転
して拘束を振りきった。
同時に抜き取った兵士達の銃で、それぞれの持ち主に向けて発砲する。至近距離からの射撃。狙い
が外れる訳もなく、二人の兵士は絶命した。

「貴様!!」

「おめぇは俺と話がしたかったんじゃねぇのかよ?え?ソーマ」

「貴様、誰だ!?」

話をしながらも、男は背後で銃を抜いた一般兵に対して発砲し、更に命を奪っていく。
先程まで泣きそうな表情で謝罪を繰り返していた青年とはまるで別人。
瞳の色は銀から金へと変わり、凶暴そうな犬歯を覗かせて不敵な笑みを浮かべている。

その時、私の脳裏に回収した超兵実験の資料にあった一文が浮かんだ。

『E-57。実験中に凶暴・凶悪な人格が生まれた為に廃棄処分』

「(これがそうか‥‥!!)」

不運なことに辺りには整備兵ばかりで、彼を取り押さえるには人手が足らなさすぎる。
そうこうしている内に、男はガンダムを調査していた整備士達にも銃口を向け、歩み進めていた。

「それは俺の機体だぜ!?さっさと離れろよ!!」

「ピーリス小尉!彼から離れろ!!誰か!増援を呼べ!!」

「おっと、そうはいかねぇなぁ…!!」

男の声と共に、足に激痛が疾る。足を撃ち抜かれたらしい。

「中佐!!」

「ソーマァ、おめぇは人質な」

「ぐふっ!!」

男によってピーリス小尉は鳩尾に拳を食らい、肩に担がれてガンダムに運ばれる。

「は、なせっ…!!」

「黙れよ、暴れるな。ただでさえテメェの所為で頭痛が酷いんだからよ」

ハネツキのコックピットが閉じられ、起動を示すようにジェネレータの音が倉庫内に響いた。

「小尉ーっ!!」

輝く粒子を纏って、ガンダムは倉庫の屋根をビームライフルで破壊し、飛び去った。



  ◇◆◇



ハネツキのパイロットは私を膝の上に乗せると、反撃の隙を与える間もなく、スタンガンのような
もので私の体の自由を奪った。唯一自由が効くのは首から上の部分だけだ。

「まさか俺の後の超兵一号が、こんなガキとはなぁ…」

「ガキじゃない!私は今年で19になる!」

「はァ!?俺と一歳しか違わねぇのか!?」

試験管ベビーだからか超兵実験の為か、自分は感情の起伏に乏しいと思ってはいたが、男の言葉に
軽くショックを受ける。そんなに私は幼く見えるのだろうか。
そんな私を余所に、彼は歯ぎしりをすると殺気を放ちながら呟いた。

「人革は…俺が一度潰したにもかかわらず、一年もしねぇ内に実験を再開したって訳かよ…!!巫山
戯やがってェッ!!!!」

ガンッ!!

機内だというのに、男は足元の壁を強く蹴りつける。
私は驚いてしまって、男の横顔を見上げた。

つ、と、前髪に隠された彼の左側の頬を一筋の涙が伝う。

「泣いている…のか?」

思わず呟いてしまってから、ハッと口をつぐんだ。
男は右の目で私を見ると、空いた手で涙を拭う。

「アレルヤだ。アイツが勝手に泣いてんだよ」

「“アレルヤ”?」

「おめぇを“ちゃん”付けで呼んだほうの俺だよ」

男は前方を見据えながら答えた。レーダーに他機の表示はなく、彼にとっての追っ手はないのだと
わかる。
凶暴さの失せた彼の横顔は、なんだか寂しそうに見えて、私はまたしても、思わず尋ねていた。

「お前の名前はなんだ」

「あァ…?」

「もう一人のお前の名前はアレルヤというんだろう?ならばお前の名前はなんだ?」

彼は訝しむ目で私を見たが、静かな声で「ハレルヤ」と答えた。

「ハレルヤか…。覚えておく」

「はンっ!変な女だな、お前は」

彼は――ハレルヤは、私の顔を覗き込むと嬉しそうに微笑む。

「お前も俺と同じ“金の目”なんだなァ…。俺の名前を訊いたのはお前は二人目だが、同じ色の目
をしてる奴はお前が初めてだ」

基地で銃を撃っていた時とはまた違う、優しい、声だった。

「ソーマ‥‥」

「んっ‥‥!?」

優しい声のハレルヤは、唐突に私の唇を奪った。血の味が口の中に残る。
ハレルヤは言った。

「お前とは戦場で会ったほうが興奮するな…。こんな窮屈な場所でお喋りなんかよりも、銃で撃ち
合っていたほうが血が騒ぐ…!」

「ハレルヤ‥‥?」

「じゃァな、ソーマ。次は一対一で殺し合おう、ぜ‥‥」

ガクン、とハレルヤの頭が項垂れた。
私がもう一度ハレルヤに呼びかける前に、がばっと彼は顔を上げた。

「ハレルヤ!?」

“ハレルヤ”は彼自身の名前の筈なのに、驚愕の表情で彼は叫ぶ。

「あぁ…もう…、また勝手に替わって‥‥く、うぅ…!」

彼は片手で頭を押さえて、呻き声を漏らした。ああ、と合点がいく。

「お前、アレルヤか?」

「!!――…あぁ、うん、そうだよ。僕はアレルヤ」

「ハレルヤと目の色が違う」

そう言ってから、自分がどこか残念がっていることに気づいてしまった。アレルヤの銀色の瞳も、
優しそうで好きだと思えるのに‥‥。

――あれ…?

「ごめんねソーマ、手荒な真似をして…。でも逃げられちゃったからこのままソレスタルビーイン
グに帰らせてね」

アレルヤは私の戸惑いに気づかなかったのか、周囲の景色を見渡して、砂浜しか海上に残っていな
いような孤島に向けて高度を落とし始めた。

「お前達でも、仲間は大切か」

無意識の内に問いかけた。
アレルヤは微笑みながら答える。

「そりゃあね。でも今は大事な人ができたから」

「恋人か」

言うと同時に、アレルヤの顔が真っ赤になる。なんてわかりやすい…。

「ととととにかく!彼処に君を降ろすから、後で人革連の人に迎えに来てもらってね!」

アレルヤはどこにでも出回っている小型の通信機を渡すと、高度をギリギリまで下げてコックピッ
トを開いた。

「さ、降りれる?」

アレルヤの膝から立ち上がり、砂浜を見下ろす。

「――…ハレルヤは」

「え?」

「ハレルヤも、その人が大事な人なのか‥‥?」

――何を言ってるんだろ、私…

「…好きかはわからないけど、大事な人、だと思うよ」

「そうか」

ある程度自由が効くようになった体で砂浜に飛び降りる。

「じゃあね、ソーマ。気をつけて!」

気をつけるのはお前だろう、と思う。
飛行形態に変わって、数秒もしない内に消えていく機体を、私は随分と長い時間眺めていた。

















「ああああっっっ!ハレルヤ大変だよ!!」

『ンだよ、うるせぇなぁ』

「ソーマにロックオンが無事なのか訊くの忘れたぁぁぁ!!」

『馬鹿かおめぇ。もう機体は戻ったんだから通信してみろよ』

「あ、そっか」

『(馬鹿‥‥)』




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第一期が終わったらなんか色々とこの話はあり得ない展開ばっかりでした(苦笑)
でもこれハレソマだよね?

デュナメス鹵獲捏造編と連動してます。
この後のオチ(?)↓

2008/01/22

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