目覚めた先が悪夢なら 国連軍が一機のガンダムの撃墜に成功したその頃。漸くユニオン軍所属の上級大尉、グラハム・エー カーが、彼専用にチューンされたフラッグを伴って宇宙に上がってきた。 「狙撃タイプのガンダムが墜とされただと!?馬鹿な!!」 「本当だよ」 「パイロットの生死は!?」 「わからないそうだ。生きていて欲しいのかい?」 待機室で憤慨するグラハムを、技術顧問のビリー・カタギリはなるべく温厚に宥めようと努力する。 彼にはこの後、機体テストをしてもらう。冷静にテストしてもらえなければせっかく仕上げた機体を 壊されかねない。 「彼らは僕らの仲間をたくさん殺したよ?」 「だからといって殺して復讐するのは私の感情が納得しない!!」 理性では理解しているらしい。けれど、一度好意を抱いてしまった存在なだけに感情が追いつかない ようだ。 「グラハム…」 「テストに出る。モニターを頼んだ」 「――…わかったよ」 ギリギリの理性で怒りを心の内に収め、ハンガーに向かうグラハムの背を見送る。 数時間後。 ビリーはモニタールームの椅子に頭を抱えて座っていた。 グラハムが指定のコースから離れて姿を消したのだ。 逃走、の二文字が頭をよぎる。 ビリーは部下達に固く口止めをして、ひとまず他の作業に移らせる。ビリーの心配は実は無用で、テ ストに立ち会っていた整備士達は皆、グラハムが逃走したとは思っておらず、むしろ逆に、落ち込む ビリーを励ましてやりたいくらいだった。 その時、モニターから雑音混じりにビリーを呼ぶ声がする。 「グラハムかい!?」 『…タギリ、聞こえ…か?』 「大尉!!」「おかえりなさい大尉!!」 部屋の中にいた部下達が一斉に騒ぎ出す。ビリーはそれを手で制してから一度だけ深呼吸した。 「グラハム!君ねぇ…!」 『説教は後だカタギリ!!私は眠り姫を見つけたよ!』 「――…はぁ?」 やっとモニターに映像が映り、ヘルメット越しにも嬉々とした表情がわかるグラハムにがくりと肩が 落ちた。怒鳴る気力も失せる。 「眠り姫?」 『そうだ!しかし怪我をしているようだから救護班を待機させておいてくれ』 グラハムの膝の上にぐったりと気絶している、緑色のパイロットスーツを着た人物。ビリーは肩を竦 めて「わかったよ」と答えると、背後にいた部下達に指示を出した。 帰還したグラハムは開口一番にビリーを呼んだ。連れ帰った眠り姫を救護班に託し、その後について 行きながらビリーに胸の高鳴りを伝えようとする。 「だからってねぇ、僕にくらい行き先を教えてから消えてくれてもよかったじゃないか」 「お前ならわかってくれると思ったのだ、この衝動を!」 「科学的に説明してくれないかい?僕は君と違って乙女座ではないからね」 「ならば聞け!私が暗い宇宙に漂う眠り姫の姿を見つけた時の感動を!!」 だからそれ科学的じゃないって…、という苦笑いもなんのその、グラハムは10回目になる“感動”を 語り出した。 グラハムがチューンされたフラッグで指定されたコースを最大加速でまわっていた時だった。 急に押さえていた感情が沸き上がったらしい。衝動に駆られ、ビリーに連絡を入れることもせず、彼 はフラッグを、先の戦闘があった宙域まで飛ばした。 胸は高鳴り、ガンダムが近くにいると思った彼がすぐに周囲を確認したのは言うまでもない。 けれど虹色に光る粒子はどこにも見つからなかった。―――否、微量の光を彼は見つけた。 まるで神に守られているかのように、虹色のGN粒子を身に纏い、天女のように漂う一人の人間の姿。 グラハムは我が目を疑い、ゆっくりとその人影に近づいてコックピットを開いた。 緑色のパイロットスーツに付着した微量のGN粒子と血。割れたヘルメットの奥、右目を眼帯で覆い ながらもその美貌は失われてはいなかった。 グラハムは恐る恐るその体に触れてみる。すると驚いたことにまだ暖かかった。コックピットに戻っ て胸に耳を当ててみると弱々しくもトクントクンと心臓の働く音がする。迷わずフラッグを旋回させ たグラハムはビリーの待つステーションに帰投した。 「確かに綺麗な顔をしているよね、このお姫様」 「だろう?まさに眠り姫だ」 そう言ってグラハムはベッドに眠る男の髪をさらりと撫でた。 「だけど見たことのないパイロットスーツだよ。素材だけ調べてみたけどユニオンのとも人革連やA EUのものとも違う。PMCのともね」 カタギリはベッドの脇に置かれた緑色のパイロットスーツを見遣り、そしてグラハムを見た。グラハ ムは視線を受けながらも気づかぬ振りをしてベッドの端に腰掛ける。そっと布団の中に手を忍ばせて、 白く滑らかな眠り姫の手を外気に晒す。 「美しい手だと思わないか?兵士ではないお前の手より美しい」 「そうだね。まるで彫刻のよう」 「――…‥‥‥」 グラハムの碧眼が瞼に遮られる。 「‥‥‥彼はガンダムのパイロット。そうだな、カタギリ」 「――…恐らくね」 瞳を開いたグラハムはベッドから立ち、床に膝をついて、眠っている男の手の甲に口づけを落とした。 「直接会うのははじめましてになるだろう。私はグラハム・エーカー。ユニオン軍のパイロットだ」 深い眠りについている手の主は反応を示さない。しかしグラハムは続けた。 「貴方が緑色のガンダムのパイロットだというのなら、私は二度、ダンスの相手をさせてもらった筈 だが、覚えているだろうか」 布団の内に腕と手を戻し、黒い眼帯の上から頬にかけて指を滑らせる。 「タクラマカン砂漠では少し手荒なエスコートをしてしまい、申し訳なかった。怪我はなかっただろ うか」 どのような問いにも、眠ったままの彼は答えない。グラハムは目を伏せると今度はビリーを呼んだ。 「整備士や救護班に口止めは…?」 「してあるよ。むしろみんな協力体制」 「それは心強い」 フッと口元が緩む。最後にもう一度、ウェーブのかかった長い茶色の髪を撫でて踵を返した。 「遅くなったが新型フラッグの機体テスト結果の会議をする。皆に招集をかけるぞ」 「じゃあデータをまとめておこうね」 グラハムの後についてビリーも部屋を出る。 危害を加える気はない。けれどわざわざソレスタルビーイングに彼を返すつもりもない。 グラハムは眠り続ける彼の存在を外部に知られないように、密かに治療を受けさせ、共に地上に降り た。宇宙にいる必要がなくなってしまったからだ。 ソレスタルビーイングの母艦は墜ち、ガンダムの脅威は去ってしまった。 一方的になる連合軍の猛攻にグラハムやビリーは眉をしかめるしかなかった。 グラハムは自分の家に眠る彼を置いて、自らは今まで貯めに貯めていた休暇を三ヶ月分まとめて取っ た。 風がそよいでカーテンがベッドに腰掛けた己の足元まで揺れている。 地上に降りてから一ヶ月が過ぎても 元ガンダムのパイロットの美しい容姿をした男は グラハムが頬に落とす口づけに反応を返さず 眠り続けている。 ---------------------------------------------------------------------------------------------- CBに回収されなくてもせめてこんな展開であってほしかった。 それにしてもグラハムはフリーダムだ(笑) 2008/03/24 |