眠りの繭から抜けたくない 玄関のベルが鳴り、グラハムは窓枠から腰を下ろす。扉を開けたそこにはビリーが立っていた。 「やぁ。眠り姫の様子はどうだい?」 「相変わらずさ。夢を見続けているよ」 グラハムはビリーを招き入れて、「飲み物なら勝手に出して飲んでくれ」と告げる。ビリーは言われ るより前にキッチンに向かい、グラスを二つ取り出すとアイスコーヒーを作って片方をグラハムに渡 した。 「ドーナツを買ってきたんだ。一緒にどうだい?」 「いただこう」 グラハムとビリーは二階に上がり、南側の部屋に向かう。そこはさっきグラハムが窓辺に座り、読書 をしていた部屋だった。 そしてその部屋にあるセミダブルのベッドには、グラハムが連れて帰った男が眠り続けている。一ヶ 月以上の時間を。 「カタギリ、私は悩んでいる」 「何をだい?」 「彼の名前だ。“フリーデリケ”と“オーロラ”のどちらで呼ぶべきだろうか」 「グリム童話かディズニーか、だね。難しいなぁ…」 ねぇ、君はどちらで呼んでほしい?とビリーは眠っている彼の頬に手を添える。 グラハムが連れ帰った当初、傷ついていた彼の右目は、ついこの間完治した―――はずだ。眠ってい る彼が目を覚まし、両目がきちんと見えることを教えてくれなければ断言できない。 その他の怪我もすべて治療を終え、外傷はないはずだった。けれど元ガンダムのパイロットの彼は、 未だに目を覚まさない。 「グラハム、そろそろ頃合いだと思うんだけど…」 ビリーは静かに話を切り出した。カラン、とグラスの中の氷が溶けて音を立てる。 「私もそう思っていたよ。軍の広報部に掛け合って、一度だけ彼の情報を一般人に募集してもらう。 写真は送った。悪いが眼帯をしていた頃の写真は頼んでいいか?」 「御安い御用。だけど…」 「曖昧な情報や怪しい話は無視する。当たり前だ」 「そうじゃないよ」 グラハムの瞳がビリーに向く。ビリーは眼鏡の向こうから諭すような目でグラハムを見つめた。 「もしも何も情報がなかったら?彼がソレスタルビーイングの一員ならそう簡単に引き取りがあると は限らないし、そもそも彼らは宇宙で全員‥‥」 グラハムは瞳を伏せる。ビリーはベッドに眠る青年の髪を撫でながら続けた。 「それを彼は知りたくなくて眠り続けているのだとしたら?科学的じゃない意見だというのは承知し ているよ。けれどね…」 「それでも私は待つ」 ――待ち続ける そう言ったグラハムの瞳は強い光を宿していた。 数日後、全世界に青年の情報を求める映像が流れた。人革連から、彼が何度か人革連の軌道エレベー ターを利用していたらしい情報が入ったが確実な身元特定には至らなかった。 ビリーは連日、グラハムの家を訪ねていた。特にすることはなかったけれど、気になって仕方がなか ったのだ。今は技術関連の仕事はなく、時間が多くあったというのも事実だ。 そんなある日、グラハムの部下であったダリル・ダッジが血相を変えて連絡を寄越した。 『大尉!!』 「どうした?何か有力な情報でも…?」 『情報も何も…!!大変です!』 「落ち着きたまえ。一体どうしたというのだ」 ダリルは軍の基地から連絡をしているようだった。背後の風景には嫌というほど見覚えがある。 グラハムが宥めてやると、大きく深呼吸をしたダリルが重大な事実を告げた。 『現れました。大尉の元にいる男の仲間だったという人物が‥‥』 「証拠は?何故そうだと確信した?」 『彼らはソレスタルビーイングのガンダムのパイロットだった、と』 「「!!」」 グラハムとビリーは互いに顔を見合わせる。すぐにグラハムはダリルに問い詰めた。 「他にそれを聞いた人物は!?」 『自分だけです。たまたま手の空いていたのが自分だけだったので…』 よし、と頷くとグラハムはダリルに今すぐこちらへ来るように指示する。尾行には十分注意すること を強く言い含めて。 一時間もしない内にダリルはグラハムの家に到着した。グラハムは尾行がないことを確認してから玄 関を開いて彼らを通す。 元ガンダムのパイロットという人物は二人いた。一人は以前、アザディスタンで会ったことのある少 年だった。 「アンタ…っ!!」 「なるほど、君か…。できればもう一度、君の乗るガンダムと手合わせしたかったな‥‥」 もう一人は少年より歳上だろう、前髪で右目を隠した青年。 二人は身体中に包帯を巻いていたが、青年のほうがより酷かった。歩く度に不自由そうな足元は恐ら くつい最近ギプスが取れたばかりなのだと想像がついたし、首から下げた包帯に左腕を吊るし、頭に は大きな包帯を巻いていた。 ビリーがそれぞれにどのガンダムに乗っていたのか訊ねると、少年は接近戦タイプの機体、青年は飛 行タイプのガンダムのパイロットだったと答えた。 そのうち、イライラした表情をしていた少年がビリーの質問をはねのけた。 「話なんていい!!早くロックオンに会わせろ!」 「刹那、焦っちゃ駄目だ。僕らを信用してもらわないと彼には会わせてもらえないよ」 「俺たちは信用しているのにか!?お前だって会いたいんじゃないのか!!」 アレルヤ!と怒鳴り、刹那というらしい少年は青年を睨み上げた。アレルヤと呼ばれた青年は唇を噛 んで俯く。 「焦らしてすまなかったな。こっちだ、来たまえ」 グラハムの声に、そちらを向いた刹那とアレルヤが後について行く。その後ろにビリーが付き、ダリ ルは一階で待っていてもらうことになった。 階段を上がり、南側の部屋の前で立ち止まる。「この部屋だ」と扉を開くと、刹那が真っ先に駆け出 した。 「ロックオン!!」 ベッドの脇に屈んで叫ぶ。 「ロックオン!俺だ、刹那だ!!目を覚ませ!」 しかし彼は眠ったまま、刹那の声に瞼を上げる気配を見せない。 ヒョコヒョコと跛をひいて近づいたアレルヤに気づき、刹那は涙を拭って立ち退く。 「ロックオンは、ずっと眠ったままなんですか…?」 ゆっくりとベッドの端に腰掛けながらグラハムに尋ねるアレルヤ。グラハムは短く「あぁ」とだけ返 した。 アレルヤは右手で眠っている彼の前髪を梳く。優しい声で「ニール」と呟いた後、恥ずかしそうに 「ロックオン」と呼び直した。 「ロックオン…、どんな夢を見ているんですか?」 幸せな夢ですか? 平和な夢ですか? ――そこに僕らはいますか? 「嫌な戦いだったよね。僕らはたくさん殺した。それを忘れられる夢なら、このまま眠っていたほう が辛くはないよね」 「でも」と呟いたアレルヤの声が震えた。隠された右側の頬を涙が落ちる。 「でも、ロックオン…」 腰を屈めて――刹那の制止を無視して――両腕で体重を支えて真上から覗き込むような体勢になる。 案の定、左腕が痛むのか苦しげな声が一瞬だけアレルヤの口から漏れた。しかし彼はすぐに笑みを浮 かべて額にキスを落とした。 「僕は、ひどいね…」 アレルヤの濡れた瞳が閉じられたロックオンの瞳を見つめる。 「貴方が幸せな夢を見ているのに、僕は貴方にもう一度、僕を見て欲しいと願ってしまうんです」 ――貴方の声で僕を呼んで…? アレルヤの指がロックオンの唇に触れる。 ――貴方の瞳に僕を映して…? アレルヤの指がロックオンの瞼に触れる。 「ロックオン、もう一度…。もう一度、貴方の声で“愛してる”って聞かせてください‥‥っ」 その前の行為からもわかっていたが、アレルヤのその言葉は二人が―――男性同士でありながら―― ―恋人であったことを認識させ、 アレルヤのした口づけは、真に愛しい者に送る口づけだった。 深い、長い――祈りのような口づけ。 その祈りは、翡翠色の瞳に届いた 唇を離すアレルヤは目を閉じて泣いていた。その耳に掠れた声で「アレルヤ?」と届く。 「アレルヤ‥‥?どした?ひどい怪我だな。痛いのか…?」 白くて綺麗な手がアレルヤの頬を撫でた。指先は彼の頭に巻かれた包帯に触れる。 「ロッ…ク、オ…――」 「どうしたんだよ?…って、あれ?俺、右目…」 「ロックオォォンっ!!」 「うぇっ!?」 半身を起こしてアレルヤの頭を撫でていたロックオンに、アレルヤが勢いよく抱きついて、彼は再び ベッドに倒れた。そこに刹那も加わって、男二人の泣き声大合唱が始まる。 「おいおいお前ら…。なんか知らんが人の見てる前で‥‥」 「ロックオンの馬鹿野郎!お前はただの馬鹿だ!!」 「よかったよぉ。また貴方が目覚めてくれて、本当に‥‥っ」 ロックオンはため息を吐いて二人の頭をそっと撫でた。そしてこっそりとアレルヤに顔を上げるよう に仕種で伝えて、触れるようなキスをする。 グラハムとビリーは、彼がアレルヤにキスをする前に部屋を出ていた。扉の前で苦笑する。 「またしてもフラレたな」 「せっかく見つけたお姫様だったのにね」 実は満月の夜にキスをしたら目覚めないかと試したグラハム。それは胸の深くに留めておこうと誓う のだった。 ------------------------------------------------------------------------------------------- あ、ダリルが生きてる(汗) ちょっと待て、下の日付ウソだろ絶対!!(笑) 王子様のキスで目覚めるお姫さま、というアレロク話でしたv 2008/03/24 |