Lacrimosa〜lie-1





――どうしてこうなったんだ…





それは昨日、ライルが俺に変なことを言ったからかもしれない。

それは今朝、急に明日を休みにすると言われたからかもしれない。



――どうしてあんなことを言っちまったんだ…



それはアレルヤが、キスから先をしてくれないから‥‥‥



「嘘…嘘だよアレルヤ‥‥っ」



――“嫌いだ”、なんて‥‥



  ◇



夕方の4時を過ぎるとテーブルを片付け、持ち帰り用のサンドイッチセットを作り始める。ランチ
やお茶、という客はなくなり、持ち帰って夕食にする客に変わるからだ。残った材料次第のサンド
イッチの種類と個数。売れ残ったとしても自分達で食べ切れてしまう数しか残らないということは
なかなか繁盛している証。
持ち帰り用サンドイッチセットを作り終え、ライルとハレルヤはゴミを捨てに公園を出て行った。
俺はテーブルをバンの裏に片付け終えて、アレルヤが椅子を片付けているのを手伝おうとしたら彼
の運んできた椅子が最後だった。
天気が曇りの所為か辺りは晴れの時と比べて薄暗い。

「一雨来ますかね」
「かもな」

アレルヤはバンの中からブルーシートを引っ張り出してきて、まとめて置いたテーブルや椅子にそ
れを被せた。端をしっかり止め、

「これでよし、と」

俺は立ち上がりながら結っていた髪をほどく。軽く頭を振って片手で髪を払うと、こちらを見てい
たアレルヤと目が合った。

「ん?」
「な、なんでもありません!!」

そんな慌てて真っ赤な顔隠して、何がなんでもないんだか…。
俺はバンの影にアレルヤを引き寄せてキスをした―――というか、引き寄せたらキスされた。

「ぁ、む…ん‥‥アレルヤ…」
「ロックオ…すいません、ニール‥‥」

舌を絡め合って熱くなっていた声でアレルヤを呼ぶ。彼も俺を呼んでくれたけれど、申し訳なさそ
うに眉尻を下げた。

「わざわざ呼び直すなよ。その内慣れてくれればいいから」

俺は気にしてない。そう言ってもアレルヤの表情は落ち込んだままだ。きっとハレルヤと自分を比
べてしまっているのだろう。ハレルヤは会った時から俺を“ニール”と呼べていたから。

「もう、大分経つのに…」
「どっちの名前でも、俺は俺なんだから気にすんなって!」

な?と無理矢理納得させてアレルヤの首に腕をまわして唇を塞いだ。
薄く開いていた瞼を閉じて、さっきよりも深く、熱く、口づけを交わす。
アレルヤの腕は俺の腰を抱き寄せている。でもそれはただ俺を離さないように抱いているだけでそ
の先に進むものではない。

「――…な、アレルヤ‥‥」
「はい…?」

何を訊きたかった訳でもないのに呼び掛けてしまった。昨晩ライルに言われた通りに誘うつもりも
なかった筈だ。なのに俺は視線を逸らして俯いて、



――…俺のこと‥‥好き?



「え?そ、そんな…当たり前の、こと…っ」

動揺してる声に俺はアレルヤの方を向いた。真剣な目をして。

「じゃあ、なんでキスから先はしないんだ?」
「キ、キスから先って‥‥でででできないよ!!」

顔をぶんぶんと横に振って、俺の腰を抱いていた腕も外して一緒に振る。俺はアレルヤの首にまわ
していた腕を下ろして、奴のエプロンを掴んだ。頭の中で警鐘が鳴ってる。

「明日、店休みだって。ハレルヤには俺とライルの部屋に泊まってもらって‥‥」

アレルヤの肩に顔を埋めた。「な?アレルヤ…」とねだるような声が口から出て、もう自分が自分
じゃないみたいだった。
アレルヤの手が俺の肩を押し返す。

「どうしたのロックオン?なんか、いつもと違う…」
「いつもと同じさ。俺はアレルヤと…」
「い、言わないで!!」

アレルヤは俺の言葉を遮るように、バンに俺の躯を押しつけて乱暴にキスをした。

「ロックオン…」
「なんでだ?嫌なのか?俺、大丈夫だぞ?きっと、たぶん、下手じゃないし…アレルヤにだって」
「違う、違うんです…!た、確かに、貴方のことを心配してるのはしてるんですけど…」

今度はアレルヤが俯いて口をつぐんだ。
俺の頭の中は“なんで?”という問いばかりが覆い尽くし、おまけにガンガンと“もう止せ”とい
うアラートが鳴っている。こんなに勇気を出して告白をしているというのに。

「僕‥‥僕が…――」
「なんだよアレルヤ、言ってくれよ」

アレルヤはきつく瞼を閉じて、絞り出すような声で、

「――…言えません‥‥!!」

そう言った。「なんで」と俺の口が返す。

「だって…貴方に知られたくない…っ」



――何を?何を?



「…それは、俺だから‥‥?」
「そう‥‥そうです…っ」

アレルヤが泣きそうに顔を歪めて半ば叫ぶように泣いた。俺は心の中にぽっかりと穴が空いたみた
いに表情が一瞬だけ無くなった。



あぁ、なんだ‥‥



――本当は男の相手なんかしたくないんだ‥‥



がっかりしたら、急に沸々と怒りが湧いてきた。握り締めた拳がガタガタ震える。

「…な、んだ。じゃ、俺、馬鹿みたいじゃん‥‥」
「ロックオン…?」



デートして抱きしめてキスして愛してるって言って

今までたくさんたくさん

それは、全部…



本気じゃなかった‥‥?



顔を俯けた俺の肩から頬に触れようとしたアレルヤの手をはねのけた。驚いた気配が伝わってくる。

「俺に触んなよっ!!」
「ロックオン…どうし
「触んな近寄んな!!」

アレルヤの顔を見ないようにしながら離れていく。地面が濡れた。

「ロックオン!」
「来んなよ!!」

ぽたりぽたりと雨が落ちてきた。でも俺のほっぺたを濡らしていたのは俺の涙だった。

「――嫌いだ、アレルヤ…」
「え‥‥」



ひどく傷ついた声。けど、きっとアレルヤはわかってない。



「アレルヤなんか嫌いだ!!」



――俺のが傷ついてるんだ、って



「ロックオン!!」

アレルヤの声が俺の背中を追いかけてくる。俺は無我夢中でアレルヤから逃げた。公園を出てオフ
ィス街を抜けて。
いつの間にかアレルヤの声は追ってきていなかった。俺を見失なって店に戻ったか、それともアレ
ルヤが追ってきてくれたと思ったのはそもそも俺の思い違いだったのか…。

結局帰る所はアレルヤの住むマンションの隣の部屋だというのに。

ザアザアとどしゃ降りになった雨。誰も傘を差さずに歩いている人などいない。
閉店になった店の軒下で、ずぶ濡れになった今更だが雨宿りする。帰宅を急ぐ会社員たちに俺の姿
は映っていないようだった。それを幸いに、俺は俯いて大泣きする。




――嘘だよ、アレルヤ…

“嫌いだ”なんて嘘だよ。

ごめんな、お前を困らせるようなこと言った俺が悪かったんだ。

だから、お願いだ

キスまででいいから

もう一度俺を好きになってくれ‥‥



ねぇ…っ

アレルヤ…――っ





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なにこの無理矢理な誤解とすれ違いの喜劇(爆)
すいません、この後も強引な展開ですが生暖かい目で見逃してください。

次回はアレルヤ視点。ネガティブ思考は彼に任せた(苦笑)

2008/04/01

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