Lacrimosa〜lie-2




どしゃ降りの雨の中、三年間探し続けたあの後ろ姿を

僕はまた探している――





何度人とぶつかって謝ったかわからない。十字路に突き当たったら立ち止まって肩で息をしながら
あの人を探した。

二時間が過ぎていた。ロックオンが―――ニールが僕を拒絶し、僕の前から走り去ってから。
勿論僕は彼の後を追いかけた。嫌いだといきなり言われても納得できないし諦められない。
「なんで」と理由を訊いて「ごめんなさい」と謝罪して「そんなこと言わないで」「愛してるから」
と抱きしめてキスしたい。

「‥‥キスから先…」

ニールは僕にそう言った。僕がそれを断ったから、彼は怒ってしまったのか。
そんなに“行為”が大事なのだろうか。キスと言葉じゃ伝わらないのだろうか。

「――…馬鹿だな、僕‥‥」

そんな疑問は建前だ。本当はカッコ悪い自分を彼に知られたくなくて“行為”を断ってきただけだ。

「僕‥‥馬鹿だ…――!」

建物と建物の間の路地にしゃがみ込んで頭を抱えた。暫くの間そうしていたが、不意に通りがざわ
めき出し、僕は顔を上げて立ち上がる。路地を出て周囲を窺うと、それは何百メートルも先だった
けれどすごい騒ぎになっていた。

「どうしたんだろう…」
「通り魔だとよ」

横にいた会社員の男性が一言そう言った。連れの女性が「怖いわね」と呟く。

「背の高い、茶色い巻き毛の女の人が刺されたらしいわ」
「そうですか…」

会社員のカップルは立ち去る。僕もまた救急車のサイレンを聞きながら、まだ近くに通り魔がいる
かもしれないと警戒して足を動かし、止める。



『背の高い、茶色い巻き毛の…――』



僕は一目散に救急車の向かったほうに駆け出した。

「ニール‥‥ロックオン…!!」

背が高くて、茶色い髪で、毛先がくるんと巻いていて。彼は男性だけれど、女の人みたいに綺麗で。

「すいません、通してください!」

野次馬達を押し退けて最前列に出ると、血溜まりの向こうの救急車が発進したところだった。僕は
近くの人に倒れていた人物の容姿を尋ねるがどの人も『背の高い、茶色い髪の人』としか答えられ
なかった。ニールかどうかの確信が得られない。

「っ、そうだ電話!」

僕は近くの店に駆け込んで電話を借りる。自分の携帯電話は店のバンに置きっぱなしだった。
情けない話だが、覚えている彼の携帯電話の電話番号はソレスタルビーイングにいた頃のもので、
今は自宅と彼らの家の電話番号しかわからなかった。

『もしもし?』
「ロックオン!?」
『いや、俺、ライル』

出たのは彼でなく、彼の双子の兄だった。僕は謝罪してニールの帰宅を尋ねる。

『え、ニール?ニールは‥‥』

すると電話の向こうでハレルヤの声がした。「ちょっと待て」と聞こえる。しばらくすると電話の
主がライルからハレルヤに替わって、珍しく張りつめた声で告げた。

『落ち着いて聞けよ?』
「ハレルヤ?どうしたの!?」
『ニールと‥‥連絡がつかない』
「そんな…!!」

電話の向こうで「嘘だぁ!?」とライルが叫んでいる。

『マジだ。何かヤバいことに巻き込まれてるかもしれない。お前、ケータイは?』
「店!どうしようハレルヤ!?どうしよう、今‥‥」
『いいからお前は一旦ケータイ取りに行け!お前の荷物置きっぱだから。んで、お前からもっかい
  連絡してみろ!』

僕は最悪の場合を考えてしまって涙ぐんだが、ハレルヤの声に鼻をすすって頷いた。「じゃあな」
と通話が切られる。電話を貸してくれたお店の人にお礼を言って、僕はもう一度公園に戻る為に走
った。
かなり遠い所まで来ていたようだ。全速力で走っているのに未だ公園のあるビルの並びに着かない。
救急車のサイレンが頭にこびりついている。僕は忙しく吐く息と一緒にひたすら「ごめんなさい」
と叫んでいた。

「ロックオン…ロックオン‥‥、ごめんなさいっ…ごめんなさいぃ‥‥」

びしょ濡れになった服が重い。顔に張り付いた前髪を躊躇しながら大きく掻き上げて額を曝した。
ハレルヤと別々になったから、僕は僕のまま、金色の瞳と灰色の瞳で前方を見据える。涙で視界が
歪む度にゴシゴシと手の甲で瞼の上から擦って目を開けた。
漸く見馴れたビル街に戻ってくる。公園に続く路地を転びそうになりながら必死に駆け抜けて、見
えてきた店のバンに気が急いて、足を縺れさせた。
鍵の閉められたバンの使えない運転席に僕の荷物が置きっぱなしになっていた。
ズボンのポケットから鍵の束を取り出す。マンションの部屋の鍵、ニールとライルの部屋の鍵、バ
イクの鍵…。どうしてこういう時に限って目的の鍵を一回で出せないのか。自分の運の悪さを呪い
ながらバンの鍵を探し当てて鍵穴に差し込む。
バンに背を預けて鞄の中から携帯電話を探す。震える指でアドレス帳に登録してあるニールの番号
を選び、祈るようにして通話ボタンを押した。

「ロックオン‥‥っ」

呼び出し音までの僅かな間すら恐ろしい。淡々とした女性の声に繋がることすら拒絶されてしまう
恐怖。トゥルルル‥‥と鳴り始めた呼び出し音に小さく息をつく。

「出て‥‥お願い、繋がって…!」

コール数を数える余裕はない。ただ祈るばかり。
額を押さえて、濡れた髪から落ちる滴と一緒に落ちる血は、狂いそうになる頭を繋ぎ留めておく為
に強く噛んだ唇からだ。

「お願い…!お願いだから‥‥っ!」

プツ、と呼び出し音が切れる。両目を見開いて電話を当てている耳に意識を集中させた。無音の向
こうに愛しい人の息遣いを探して。

「ロックオン?もしもし、ロックオン!?」



『――…アレル、ヤ‥‥』



ずるりと足の力が抜けて地べたに座り込んだ。

「ロックオン‥‥今、何処に…?」
『‥‥ん…お前の‥‥』
「僕の‥‥?」

少し声が掠れて聞こえた。寝ていて、起きたばかりのような。けれど言葉の間に鼻をすする音が聞
こえて、彼もまた自分と同じように泣いていたのだとわかった。

『お前の――アレルヤのベッドの上‥‥』
「マンションに帰ってるんですね?」

恥ずかしそうに「うん」と頷く声がした。

「怪我とかしていませんね?」

もう一度同じように頷く声。
僕は今度こそ安堵して、深く息を吐いた。

「っっよかったぁぁ〜!!」
『アレルヤ?アレルヤは今どこにいるんだ?』

自然と笑みがこぼれてしまう僕とは逆に、ニールの声はひどく心配している声だった。僕は空を見
上げて答える。

「店ですよ。待っててください、すぐに帰りますから」
『店って‥‥。お前、今まで雨の中、街にいたのか!?』
「ええ。けれど、貴方が家にいるのならすぐに帰ります」



――僕は今すぐ貴方に会いたい



電話の向こうで小さく息を詰める気配がした。

「――本当は直接言いたいんで、帰ったらもう一度言いますけど、取り敢えず今言わせてください」
『‥‥な、んだ…?』
「ごめんなさい」
『なんっ…!?』
「ごめんなさい。僕が馬鹿でした。貴方をまた泣かせてしまった。本当にごめんなさい」

って、謝っているのに、きっとまた電話の向こうであの人は泣いている。電話口にかかる息でわか
った。


――あぁ、本当に僕は駄目な男…。


「ごめんなさいロックオン。僕を許して。嫌いだなんて言わないで…」
『も…言わねぇよ!言うたびあちこち痛くて苦しいんだ!』

早く帰って来いアレルヤ!!そう叫んで、後は嗚咽ばかりが残った。
僕は一番優しい声でこう言って電話を切った。



「ありがとうニール。僕、世界で一番貴方を愛しています」



鞄を肩に掛けて、バンの鍵を閉めて、僕はマンションに向けてもう一走り。



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甘々アレロク。最後のアレルヤの台詞はものすごい攻め声のアレルヤを想像してください(笑)
ていうかさすが超兵ですよね。よくもまぁ雨の中を延々と走り続けられますよ(お前がそうさせた
それからちゃっかり髪を上げさせました。マンションに着いたらドアの前で直すと思いますけどね。

次はロックオン視点。アレルヤとちゃんと仲直り(^^)

2008/04/01

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