君をまもるためのかくれんぼ 2



空腹も限界に近づいてきた頃だった。
監禁されていた用具入れの前に人の気配を感じて、次いで鍵を差し込む音がした。扉を開か
れて第一声、取り敢えず怒鳴る。

「おっせぇよ!!俺を餓死させる気か!!――…って‥‥」

「悪い悪い。ちょっとトラブっちまってさ」

“トラブった”の一言で済ませるにはでかい衝撃だった。
ロックオンを閉じ込めた男は右目とその周囲を覆い隠す黒い眼帯を付け、姿を現したのだ。
ロックオンは思わず絶句する。

「腹減ったんだろ?ほら、飯」

男の差し出した携帯食料を跳ね退けて、翡翠色の両目に涙を溜めたロックオンが男に掴みか
かる。

「死ぬな、つっただろ!?なんだよこの眼帯は!!俺を眠らせている間に何があったんだよ!!答
えろ!!」

「っ、‥‥答える、さ!だから、放せ!!」

男に言われ、ロックオンは怒りを治めぬまま、しかし男の胸ぐらを掴んだ手は放す。男は宙
を流れた携帯食料を引き寄せるとロックオンに押しつけた。ロックオンがそれを口に含むの
を確認してから話し始める。

「お前を寝かせている間に敵襲があって、戦闘の最中にヴェーダのシステムが落ちた」

「ヴェーダが!?くそっ、ついにか…!!」

「それを予測していたミススメラギはすぐに用意していたシステムに切り替えたけど、ヴァ
ーチェだけシステムエラーを起こしちまった」

「ヴァーチェ‥‥ティエリア!?ティエリアは無事なのか!?」

「あぁ。デュナメスで庇った。フルシールドも貫通されてコックピットも大破しちまったけ
ど、ヴァーチェとティエリアは両方無事だ」

ロックオンは男の言葉に安堵してため息を吐くも、直ぐさま顔を上げて男を睨んだ。翡翠色
の両目は男の右目を覆う眼帯に向けられている。

「それで、その怪我か…。ハロのバックアップを入れても混戦の中での精密射撃は…――無
理だ」

「かもな。けどもうデュナメスにお前を乗せる気はない」

暗にロックオンは男に“帰れ”と告げたつもりだったが逆に男に居場所を追い払われてしま
った。

「な、なんでだよ!?俺はすべて命令に従ってきただろ!?解雇、なんて…」

足元の床がガラガラと崩れ落ちていくような絶望感に、ロックオンは必死に男にすがりなが
ら訴える。男はそんなロックオンを宥めるように彼の両手を撫でながら、笑みを浮かべて慈
しむような目線をくれる。

「“解雇”なんて誤解だ。俺が命令違反をしているんだよ。俺が無理矢理“ロックオン・ス
トラトス”に替わったんだ」

ロックオンの瞳が混乱の中から「どういう意味だ」と問うてくる。男は告げる。

「俺は生まれた順番が先か後かなんて理由で生きる優先順位を決められたくないんだ。だか
らニール…――」

一度言葉を切ったロックオンと同じ姿をした男はウエストポーチに手を伸ばした。ロックオ
ンはその動作を見て逃げ出そうともがき出す。

「や、めろ…!嫌だ!!俺は此処に居たい!」

「大丈夫だニール。ちゃんと連絡を取って、お前の身柄を保護してくれるように取り計らっ
てある。AEUじゃなくてユニオンだけど、俺も信頼してる人達だ」

男が取り出したのはやはり薬の入った注射器。ロックオンには何故かその注射器の中身がた
だの睡眠薬ではないとわかった。

「全部忘れて。平和に暮らすんだ。これから救命ポッドでお前をユニオンの高軌道ステーシ
ョンに向けて送るからそこで…――」

「イヤだ!!嫌だ嫌だ!忘れたくない!!此処に居たい!!」

「お前に死んで欲しくないんだよ!普通に暮らしていればユニオンなら戦争なんて…!」

ロックオンは男の手に握られた注射器を壁に叩きつけて割ろうとするも、ろくな食事を摂っ
ていない身体は上手く力が入らない。けれど、だからといって言いなりにはなりたくない。

「ニール!!」

「イヤだ…っ!忘れたくないっ。此処にいたい‥‥死んでもいいから、死ぬまで一緒にいた
い奴がいるんだよ!!」

かしゃん、と軽い音がして注射器が割れ、中身の薬は無重力の空間にたゆたう。ロックオン
は肩で息をしながら、いつの間にか流れていた涙を拭った。

「だから‥‥駄目だ。頼む、俺を此処から消さないでくれ…――っ」

「ニール‥‥わかった…」

「っ!ホントか!?」

「わかった。――だけど、それでもお前にはパイロットはさせられない」

そう言った男が新たに取り出したのは麻酔銃。ロックオンは今度こそ本気で逃げ出そうとし
た。
男がロックオンを眠らせて、その間にポッドに乗せてプトレマイオスから射出してしまうこ
とが容易に想像できたからだ。

「ふざ、け…っ!」

ロックオンはもう一人の自分を殴り、銃を蹴飛ばす。そして彼の脇をすり抜けてコンテナの
出口に向かった。

「頼むから、ニール。もう一度眠ってくれよ!!」

「嫌だぁッ!」

追いかけてくる声に、子どものような返答をする。

駄目なのだ。もう心がもたない。



――会いたいっ。アイツらに‥‥!



「止まれニール!」

「断る…っ!!」

なんとかデュナメスの機体の下を潜る。コンテナの出口が見えた。
そこにオレンジ色のパイロットスーツを見つける。

「アレルヤぁっ!!」

「え!?――っ、ロックオン!?」

自分もアイツも、アレルヤも、パイロットスーツを着てはいるけれどヘルメットはかぶって
いない。だからきっとすぐに、アレルヤはどうして自分を呼んだロックオンが眼帯をしてい
ないのか不思議に思ったはずだ。
しかしアレルヤは眼帯をしているほうの“ロックオン”ではなく、泣きながら己を呼ぶ“ロ
ックオン”に向けて手を伸ばした。

「ロックオン!!」

それがとても嬉しくて、愛しくて。
床を蹴ってアレルヤの腕の中に飛び込もうと、自分も手を伸ばした。

「アレルヤぁ‥‥っ!!」

その時だった。

「――…ごめんな、ニール」

ジクッ、と肩の真ん中辺りに痛みが疾り、次いで意識が朦朧としてきた。振り返って確認す
るまでもなく、背後には麻酔銃を構えたもう一人の自分がいることだろう。
霞む視界の中で必死にアレルヤに向けて手を伸ばす。

「っ、ぅ…ア、…ルヤ…っ」

指先がアレルヤの手の先に触れた。力強く引き寄せられて、大好きな彼の腕の中に身を委ね
る。

「ロックオン!?しっかりして!ロックオン!!」

「アレル、ヤぁ…」

何百年ぶりかのような温もりに笑みを浮かべ、喜びの涙で頬に一筋の跡を残して意識を手離
した。




それが最後の抱擁だと気づかぬまま…――






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タイミング的には「トランザム」の終了後、すぐってとこですかね。
なんだか「絆」の回はロックオンっぽかったのに「変革の刃」「トランザム」の回のロックオ
ンは別人っぽいような気がして・・・。刹那に戦闘をけしかけるようなこと言うし。ティエリ
アのことばっかり気にかけてアレルヤには何も言わないしさ!!(それはひがみだ)

本当に姫ロクが好きだな、自分。。。


2008/03/13


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