君を守るためのかくれんぼ 3
アレルヤは、自分の腕の中で涙を落として意識を失ったニールに必死に呼びかけた。
「ロックオン!!ロックオン…っ!!―――、何をしたんです!?」
彼は眼帯をした俺の目を見て問うた。俺は正直に答える。
「眠らせた。コイツでな」
麻酔銃を掲げて見せて二人に近づくと、眠っているニールにそっと指を伸ばした。しかしア
レルヤは俺からニールを守るように背を向ける。
「どうして!?貴方はいったい誰なんです!?」
「俺はニールの兄貴で、ニールが死んだら替わって“ロックオン・ストラトス”になるはず
だった男だ。ニール、ってのはそいつの本名だって、知ってるよな?」
薄笑いを浮かべてアレルヤを窺うと、彼は前髪に隠されていないほうの目を大きく見開いて、
双子、と呟いた。俺は肩を竦めて肯定する。
「アレルヤ、お前はニールが好きか?」
唐突に尋ねた俺の問いに、アレルヤはサッと頬を朱に染めた。同じ顔、同じ声をした人物か
ら尋ねられたからか、それとも“好き”の意味合いを“LOVE”として受け取ったのか。おそ
らくその両方だろうが…。
「す、き…です…っ」
「だな。俺がお前の好きなロックオンとは違うって気づくくらいだもんな」
俺は笑って、先ほどのニールの言葉を思い出す。
“死ぬまで一緒にいたい奴”。
優しいニールのことだから、このプトレマイオスのクルー全員を大切に思っているに違いな
い。けれどあの時ニールが叫んだのは、きっとアレルヤを指して言ったのだ。
相思相愛。その関係に――互いが男ということは気にならない――嬉しく思うと同時に、少
しだけ寂しかった。
自分が独りになってしまった気がして…。
「どうしてロックオンを麻酔銃で眠らせたんですか。まさか、殺すなんて…――」
アレルヤの震えた低い声が俺を問いただした。今度は触れることを拒まれなかったニールの
髪に指を絡めながら答える。
「逆さ。俺はニールを死なせたくないんだ。だから記憶を消してソレスタルビーイングとは
関係のない場所に送ろうと思ったんだよ。けど、忘却薬は駄目にされてしまった。でもせめ
て、プトレマイオスから脱出させてやれれば‥‥」
「―――確かに、いつ次の襲撃があるかもわからない。いつこの艦が墜ちるかもわからない。
それならせめて‥‥」
アレルヤの瞳がニールを見下ろして微笑んだ。そして悲しみの苦痛に僅かに歪んだ。
「離れるのは、嫌だけど…ロックオンが死ぬのはもっと嫌だ…」
俺はニールの髪から指を離すとアレルヤに向き合う。
「協力してくれるか?ニールを争いから関係のない所に送りたいんだ」
アレルヤは少しだけつり目の表情を凛々しく見せて、強く頷いた。俺は「サンキュ」と言っ
てアレルヤの頭を軽く撫でる。
「パイロットスーツなんか着てたんじゃ捕虜にされちまう。アレルヤ、ニールを普通の宇宙
服に着替えさせてやってくれ」
「わかりました」
「俺も取り敢えず着替えてくる。作業するのにパイロットスーツはおかしいからな。整備と
誤魔化してポッドの準備をしておくからお前は見つからないようにポッドまで来てくれ」
「了解」
そして一時間後。ユニオンの協力者と通信機で連絡を取り、万事の準備を終えた頃、アレル
ヤがニールを宇宙服に着替えさせてやって来た。
「よく寝ています。思わず悪戯したくなっちゃいました」
「キスくらいはしていいんだぜ?それから先は駄目だけどな」
「言われなくても」
――ちゃんとキスマークは残しておきました。
俺はポッドのハッチを開く手を止めてアレルヤを見た。ニコリと微笑むアレルヤに、俺は思
わず吹き出す。
「思ってたより度胸あんなぁ、お前!ちゃっかりしてやんの!」
「ありがとうございます」
褒めてねぇっての!と笑いながらニールを受け取り、ポッドにゆっくり寝かせた。
「二人用のポッドだからな。もし万が一何かあっても予定の二倍は食料も酸素も保つ。アレ
ルヤ、何か言っておくことは?」
後ろに立っているアレルヤを振り返り、訊ねる。彼は眉をハの字にして言った。
「万が一にも何もないことを祈りますよ」
「そりゃそうだ」
俺はハッチに手をかけて、囁くように言う。
「じゃあな、ニール。少しの間一人にさせちまうが、お前ならすぐに一人じゃなくなるから。
それまで…――」
「ロックオンは、一人になんかなりませんよ」
不意にアレルヤの声が近くで聞こえて、トン、と背中を押された。
「え‥‥?」
一瞬、何が起きたかわからないまま、俺の体はポッドの中に転がり込んでしまう。
「宇宙を漂流するのって、ホント、気が狂いそうになるんです。でも家族がいればそんなこ
ともないでしょう?」
「アレルヤ!!」
すごく優しく微笑みながら、アレルヤは強引にハッチを閉めた。ハッチを叩くも、彼は開け
てくれそうにない。そうしている内に傍らのニールが目を覚ました。
「ライル‥‥?え、これ、どういう…」
「ニール、お前も何か叫べ!!―――出せアレルヤ!!ふざけんな!」
ニールは自分がポッドの中にいるということ、アレルヤが俺も一緒にプトレマイオスから脱
出させようとしていることをすぐに理解して、奴も俺の隣でハッチを叩き始める。
「アレルヤ!なんでだ!?おい!」
「っ、ロックオン…!」
同じ声の筈なのに、わかるのだろうか。ハッチの外でアレルヤが息を呑む。何かを耐えるよ
うな声でアレルヤは告げた。
「僕‥‥僕、ロックオンに死んで欲しくないんです…。けど、だからといって、お兄さんに
も身代わりになって欲しくない」
「俺までいなくなったら誰がデュナメスに乗るんだよ!?」
「いいんですよもう!!―――世界は…ガンダムの破壊をもって、一つになろうとしている。
それには少なからずパイロットの死も絡んでくる。だから、貴方たちはデュナメスに乗らな
いでいいんです…乗らないでくださいっ」
アレルヤは泣いている。見えないけれど嗚咽を堪えているのが伝わってくる。
俺は唇を噛んでポッドの内側からハッチを開ける方法を探した。隣のニールはハッチにすが
って叫び続けている。
「アレルヤ!アレルヤ!!嫌だ!俺、お前と離れたくない!!なんでだよっ!ずっと一緒にいる
んじゃなかったのかよ…!!」
「ごめんなさいっ…。ごめんなさい‥‥。好きです、ロックオン。ずっと愛してます…!」
「俺も好きだよ!!だから、頼むから、ここを開けてくれ!!」
操作盤を見つけたが、自らが設定したロックが仇になり、あと一時間はしないと内側からハ
ッチを開くことができなくなっていた。チッと小さく舌打ちする。
ニールはぼろぼろと涙を流してアレルヤの名を呼んでいる。
アレルヤは嗚咽を堪えながらその声を聞いているようだ。そうして唐突に言葉を返す。
「ロックオン…」
「アレルヤ!!」
「ロックオン、聞いて…。僕のリストバンド、わかりますか?」
「当たり前だろ!!今度新しいのプレゼントしてやるって約束した!」
「そう…そうです。―――その、僕のリストバンド、今は貴方の手首にある」
「っ!?」
ニールは反射的に自分の両方の手首を押さえた。宇宙服に覆われて視覚ではわからないが、
触れて感じるものはあるのだろう。ひとさし指がリストバンドの際らしき場所を辿る。「な
んで」とニールの唇が呟いた。
「左手のを僕、右手のをハレルヤだと思って。ずっと一緒にいます。だから、許して…――」
ガコン。ポッドを固定していた金具が外れる音。
「くそっ…!」
「っ!アレルヤぁっ!!」
「ロックオン、ロックオンのお兄さん。二人で、ずっと、幸せに…」
アレルヤの声がゆっくりと遠くなっていく。ニールはめちゃくちゃに頭を振って「ふざけん
なァッ!!」と叫んで泣いた。
「お前がいなきゃ幸せになんかなれるかよ!!馬鹿!馬鹿アレルヤぁ!!」
半無重力だった空間が完全な無重力空間に移行していく。
ニールは叫ぶ。喉が切れそうなほどの大声で。
「探しに来い!!新しいリストバンド買う約束を果たさせろ!!何年経っても待ってるから‥‥
何年経っても愛してるから…!!」
その声がアレルヤには届いたのかはわからない。すごく遠くで「ロックオン」と叫ぶ声が聞
こえた気はしたが、定かではなかった。
俺とニールは予定通り、ユニオンの高軌道ステーションに待機していたユニオン軍の協力者
に拾われて、一ヶ月の監視生活の後に解放された。
その間に、俺とニールはテレビのニュースで国連軍の勝利を知る。
テレビでは何度もプトレマイオスが大型ビーム砲に撃墜される姿と、ガンダム達が破壊され
ていく様が放送された。
ヴァーチェが、エクシアが、
キュリオスが、
無惨に破壊されていく様子を何度も見た。
その度に俺は戦争とは無縁の一般人の振りをして苦笑し、ニールは俺の服の裾を掴んで涙を
堪えた。
そして夜には、アレルヤとハレルヤのリストバンドをした腕を俺の背中にまわして、部屋の
外にいる監視に気づかれないように静かに泣いた。
三年が過ぎた。
俺とニールはアメリカにいる。まともな仕事――ピザの配達だったり、カフェテリアの店員
だったり、色々だけど、この三年間、銃は握らず普通に暮らしていた。
二人でアパートの一室を借りて、平和に、のんびりと。
「ニールぅ、早くしろー!」
「わぁってるよ!ライルは急かすの好きだな!」
ニールが部屋に鍵を掛けて降りてくる。
今日から、今までバイトしてきた店の人達とお客さんの協力で、公園で小さなサンドイッチ
屋を開く。バンを改装して、少しの椅子を用意して。
「んん〜んっ!いーい天気!」
「ニール、リストバンド」
「ヤダ!外さないぞ!」
「わかってるよ。汚すなよ、ってこと」
「大丈夫だよっ」
俺とニールは材料の入った紙袋を持って、フラッグが青空の遥か高くを旋回する街を歩く。
三年が過ぎた。
けれど、誰も俺とニールを訪ねてくることはなかった。
「おい」
「なに?」
「見つけた」
「あっ!ははっ!」
「行こうぜ」
「うんっ!…あ、僕らが別々になってたらびっくりするかな?」
「するだろ、普通。いいんじゃねぇの?笑って誤魔化せば」
「「ロックオン!!」」
それからアメリカのある小さな公園では二組の双子の兄弟が営むサンドイッチ屋が密かに人
気を博したとかしないとか‥‥
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壁を一枚隔てての叫び合いってグッときません?しかもそれがどうしても会えない恋人同士
とか…。
ていうかニールは物持ちいいですねぇ…。三年間もアレルヤのリストバンドしたまま暮らし
てたんですよ?すごくないですか?私は絶対に無理ですね(ムードの欠片もない。。。)
ここから先は捏造どころかパラレルですのでアニメ本編ファーストシーズンのラスト三話は
なかったことにしてください(苦笑)
2008/03/16
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