Lacrimosa〜crossing-1 今年もいよいよあと三日。いや、あと二日、か。 今日は12月28日。あと十分やそこらで日付は29日に変わる。 僕は読んでいた本から顔を上げ、部屋の時計を見る。それから傍らに置いた携帯電話のメールを確認。 着信はなし…と。 「心配…だな‥‥」 一緒に暮らしているロックオンは、今日は以前働いていたバイト先の忘年会に呼ばれて出かけている。 遅くはならないと言っていたけれど…。自分は少し心配症なのかもしれない。 今日び、大の大人の男が十二時になって帰って来ないからといって、一体なんの心配をする必要がある のか。しかもロックオンが出かけたのはバイト先の忘年会。帰りが遅くなるのは当たり前だ。 それでも気になることは気になるというもの。 いま彼はどこにいるんだろう。まだお店なのか。それとも、もうすぐそこまで帰ってきているのだろう か。 ―――気になる。 もう一度、部屋の時計を見て携帯電話のメール作成画面を開いた。 返事を返されなければ、それはそれで心配を増長させるものでもあったが、きっと聞いてみないよりは マシだ。そう言い聞かせてメールを打つ。 送信ボタンを押して、返事を待つ間、また読書でもしていようと膝に置いていた文庫本を開こうとした 時、耳に慣れた着信音がどこからか聞こえた気がした。 ロックオンの携帯電話のメール着信音だ。 「気の…せい、だよね?」 ロックオンの携帯電話がここにあるはずがない。なにせ持ち主が外出中なのだ。 それともまさか、ベランダに隠れているとでも言うつもりか。 念のため家中を見て回ったが、どこにもロックオンの姿はない。 「うん。やっぱり気のせいだ」 自分じゃあるまいし、彼はしっかりしている。携帯電話を不携帯なんてうっかりはしないはず…だ。 「ね、念のため…」 アドレス帳から彼の携帯電話の番号を呼び出す。そしてそのまま発信ボタンを押した。 一瞬の沈黙。 続く洋楽の着信メロディ。 「‥‥‥‥‥‥‥‥」 柱に頭をぶつけそうになった。 彼は連絡手段を忘れていったのか。この部屋のどこかにロックオンの携帯電話がある。 「どこからだろう…」 取り敢えず探し出そうと、自分の携帯電話を片手に持って部屋を歩き周り始めた。 着信音はテーブルの上から聞こえる。 「新聞の下かな…?」 サッと新聞を持ち上げてみると、そこには案の定ロックオンの携帯電話。僕は黙って携帯電話の通話終 了ボタンを押した。 「さて、と‥‥」 この事態をどうすべきか。 連絡手段さえあればある程度安心して帰りを待っていることもできたが、そうもいかなくなってしまっ た。 届けるべきだろうか。しかし部外者の自分が顔を出したりしたら場が白けるのではないか。 ていうかそもそも、よく携帯電話を忘れて忘年会など行けるものだ。待ち合わせに不便ではなかったの だろうか。 まぁとにかく、起きてしまったことはしょうがない。今はどうするかを考えなくては。 「ライル、は…もう寝ちゃったかな」 ライルなら、ロックオンのバイト先の誰かのアドレスを知っていて連絡がつくかもしれない。そうすれ ばわざわざ届けなくても用は済む。 早速玄関を出て、隣の部屋のチャイムを鳴らした。中でドタバタと暴れる音がして、しばらくするとハ レルヤが顔を出す。 「なんか、用か…」 なにやら疲れた様子だ。 「お取り込み中だった?」 「笑えねぇ…」 「ドンマイ」 苦笑して見せると、ハレルヤはハァと深いため息をついて「で?」と言った。 「こんな時間になんの用だ?」 「あぁうん。ライルは起きてるかな?ロックオンがケータイを忘れて行ったらしくて、心配だから誰か の連絡先を知らないかと思って」 ハレルヤはチラ、と部屋の中に視線を向ける。 「あー…ライル?聞こえてたか?」 「‥‥‥聞こえてた」 意外と近くでしたライルの声に思わず部屋の中を覗き込むと、廊下の途中で衣服を着崩した状態のライ ルが立ち上がるところだった。 「ニールのバイト先の人の番号だっけ?」 のそりとハレルヤの背中にのしかかり、携帯電話のアドレス帳を開くライル。 「てっめ…!!」 「風呂入るとこだったから寒いんだもん」 「あ、すいません…」 「アレルヤはいーよ、気にしなくて」 にっこりと笑うライルにロックオンの姿を重ね、なんとなくハレルヤを羨ましく思う。 ハレルヤはライルが甘えてくることを歓迎している様子はないが、自分だったら嬉しいと思うだろう。 ロックオンはあまりこうやって甘えてきてくれない。それは確かに、ソレスタルビーイングにいた頃よ りは抱きついたり、ねだったりしてくれるようになったけれど。それでもそれは、やけに感傷的になっ たり、眠かったり理性が薄くなっている時に限られていた。 そんなことを思っていたらいつの間にかライルは電話をかけていたらしくて、二言三言、電話の向こう の主と会話を交わして通話を切ってしまった。 「ニール、ちょうど今帰ったところだってさ。どうせなら迎えに行ってあげたらどうだ?」 ライルは電話を片手に首を傾げている。 「部屋に戻ってもどうせ心配して部屋ン中うろちょろしてんだろ?だったら行ってきやがれ」 「う、うん!ありがとうライル!!ハレルヤ!!行ってくるね。あ、ライル、風邪ひかないでね」 ハレルヤにまで背中を押され、二人の返事も聞かぬまま部屋に戻って上着を取ってくると、自分とロッ クオンの携帯電話を持ってマンションを飛び出した。 忘年会を開くお店の場所は聞いていたから、真っ直ぐマンションまで帰ってくるなら道は一つだ。 小走りに駆けていく夜道はいつもより人通りが多い気がする。みんなも飲み会やパーティーの帰りなの だろう。 誰かにぶつかったりしないように、急く気持ちを抑えて、でも抑えきれず、小走りでロックオンの姿を 探しながら街を駆けていた。 マンションを出て10分ほど。もうそろそろロックオンと行き合っていい頃だ。 「もしかしてどこかに寄ってたのかな…」 行き違いになってしまっただろうか。 そんな焦りが胸に生まれ、マンションの方を振り向きかけた時だった。 視界の端に見慣れた姿を見た気がした。 「ロックオン…?」 通りを挟んだ反対側。フラフラと歩くロックオンの姿があった。 「ロックオン…!」 心なしか呟いた声が弾んだ。 ロックオンはフラフラしながら頼りなさげに歩いている。お酒がまわっているのだろうか。見るからに あぶなっかしい。 息を吸って、今度はちゃんと相手に聞こえるように呼びかけようとした。 「ロッ…―――…え‥‥?」 僕は我が目を疑った。 女の人がいた。 ロックオンの体に隠れて最初は見えなかったが、彼の更に向こう側には彼と同じか、歳上に見える女の 人がいたのだ。 ロックオンはその女の人の肩に腕をまわして、楽しそうに笑っている。 女の人も、ロックオンの顔をすぐ近くで見つめながら笑顔を浮かべていた。 ―――そんな、まさか‥‥。 いやいや。バイトの忘年会だったんだ。夜も遅いし、送ってあげているだけかもしれないじゃないか。 にしては顔が近くないか?というハレルヤの嘲るような声が聞こえた気がした。 見ていないのに決めつけないで!と叫びそうになって、今のはハレルヤではなく、自分が思ったことな んだと気がつく。 「ご、誤解だよ、ね。うん。出かける時だってキスもしたし、それに指輪も‥‥指輪…も‥‥」 なんとか自分に言い聞かせようと努力したのに、その時ばかりは自分の視力の良さを恨んだ。 ロックオンの左手に指輪がない。出かける時は確かにプレゼントしたクラダリングを着けていたのに。 仮にそれは見間違いだったとしよう。しかしロックオンと女性が立ち止まり、次に足を向けた先は見間 違いだったとは思い直せなかった。 「――…うそ…だ」 二人は肩を並べて微笑み合いながら、いわゆるラブホテルに入って行った。 ガシャン、と何かが音を立てた。自分の心かと思ったら、取り落とした自分の携帯電話だった。 「ロックオン…」 嫌われた?けれど、嫌われる原因に思い当たる節はない。 嫌いにはなっていないが、飽きてしまった?それともやっぱり女の人のほうがよかった? 「ロックオン‥‥!!」 押し殺すように名前を呟いて、自分の携帯電話を拾うと、マンションへの道を駆け出した。いま見た現 実から逃げるように。 玄関の鍵を開け、ソファーに倒れ込む。 ―――今のは嘘だ。全部が夢だ。 そう自分に言い聞かせながら一時間を過ごした。 ロックオンは帰って来ない。 時計を見上げ、その拍子に涙がこぼれ落ちた。 「――…僕、此処にいたら邪魔かもしれないな‥‥」 ソファーから立ち上がり、上着は羽織ったままだったので、新たに財布だけ持って部屋を出た。 ◇◆◇ 夜が明けて、ニールは帰ってきた。 「ただいまー…」 返事がないのは、きっとまだアレルヤは寝ているからだろうと思って、そっと寝室の扉を開ける。けれ どアレルヤの姿はベッドにはない。 それではリビングのソファーだろう。きっと自分を待っているうちに寝てしまったのだ。 しょうがない奴だな、と思いながらリビングに向かったが、そこにもアレルヤはいない。 「アレルヤ…?」 昨日忘れていった携帯電話がソファーの上にあった。着信履歴が昨夜の12時近くにアレルヤからの番号 で残っていた。メールも見てみると、自分を心配した言葉と帰宅時間を問う文言があった。 心配になって探しに出かけた?あり得そうだが、さすがに朝にもなれば一度、家に帰ってくるだろう。 事故や事件に巻き込まれたなら携帯電話に連絡があったり、何より隣に住む兄弟たちが黙っていない。 携帯電話を忘れたのは悪かったし、朝帰りしたのも謝ろう。けれど、どうして急にいなくなってしまっ たのか。ニールには皆目見当もつかない。 「取り敢えず電話してみっか」 ニールは軽い気持ちで通話ボタンを押した。 電話は呼び出し音もしないで通じた。 『おかけになった電話番号は、現在、電波の届かない所にあるか‥‥』 「え?」 聞こえてきたのは通話を拒む音声アナウンスだった。二度、三度かけ直してみたが変わらない。 「え‥‥?」 電池が切れたのか?それならいいのだが‥‥。 ニールは取り敢えずシャワーを浴び、朝食を作った。 アレルヤの帰りを待ったのだが、一時間経っても帰って来ないので、申し訳ないが先に食べさせてもら うことにした。 食べ終わって三時間が経った。アレルヤは帰って来ない。 ライルとハレルヤに、アレルヤが何処に行ったのか聞きに行った。自分を迎えに出て、それから一度帰 ってきたようだったが、また出かけたようで、行き先はわからないと言われた。 昼の十二時になった。アレルヤは帰って来ない。相変わらず電話も通じない。 ニールはアレルヤのくれた指輪を着けた左手でリビングのカーテンを開け、窓の外を見た。くすんだ曇 天が嫌な気分にさせる。 部屋の中を振り返ると、これまで以上に寂しい気持ちが溢れてきた。 今日は二人で、午後から買い物に出かけようと約束していた。年越しや年明けのお祝いの食べ物を買い に行こう、と。 「アレルヤ‥‥」 左手の指輪を見下ろして名前を呟いたら、ぞわり、と背筋が震えた。 去年の今頃は、ライルと二人でテレビを見ていた。他に誰もいなかった。 「アレルヤ‥‥」 アレルヤのくれたクラダリングが、あの時のリストバンドに見えてきて、 「アレルヤ‥‥、何処にいるんだ‥‥」 ニールは窓に寄りかかるように崩れ落ちながら、ぼたぼたと涙を落とした。 --------------------------------------------------------------------------------------------- アレルヤとロックオンが喧嘩する話を書きたいと思って始めたお話。あれ?喧嘩してなくね?(汗) 次!きっと次ですよ!! 地の文が長くなってしまったのはちょっと反省…。あと、なんで時間が夜の話とかってこういう始まり 方しか書けないんだろうか自分。 2008/12/31 |