Lacrimosa〜crossing-2



昼の三時を過ぎてもアレルヤから連絡はなく、電話も繋がらなかった。
さすがにおかしいと思ったハレルヤとライルもやって来て、ニールと一緒に連絡を待つ。

「本当に何も言ってなかったのか?」

リビングのソファーに座る二人にニールは再度問いかけた。ライルが見た弟の目は、泣きすぎて赤くな
っている。

「本当に何も。店長に電話して、ニールがちょうど帰ったところだって聞いた。それで俺とハレルヤが
 アレルヤに『迎えに行ってやったらどうだ?』って言ったんだ」

「でも…俺はアレルヤに会ってない‥‥」

「――…ニール」

今まで黙ってアレルヤにメールを打っていたハレルヤがふいにニールの名前を呼ぶ。その鋭い声にニー
ルはビクッと肩を揺らして、ハレルヤに視線を向けた。
ハレルヤの金色の瞳がニールを見て細くすがめられる。

「おめぇ、朝になってから帰ってきたんだよな‥‥?」

「え、あぁ…。久しぶりに飲みすぎて気持ち悪くなっちまって…。足元ふらついて危なかったから、た
 またま一緒に帰ることになった先輩に付き添ってもらってホテルで休んできたんだ。だからたぶん、
 アレルヤとは行き違いになっちまったんだと思うけど‥‥」

「その先輩ってのは女だろ?しかも歳上」

ハレルヤの声は相変わらず厳しい。怒られているような気分になって、問いには小さく頷くことしかで
きなかった。
するとハレルヤは長いため息を吐き、最後に「馬鹿が」と吐き捨てる。

「なっ、なにが…!!」

ニールは狼狽えるしかなかった。その斜め前でライルが手の平を叩き、ハレルヤと同じようにニールを
見てため息をつく。

「確かに…それは馬鹿だよ、ニール。注意が足りなかったかな」

ハレルヤとライルの、何もかも悟ったような仕草が何故か釈然としなくて、ムキになってニールは怒鳴
り返した。

「注意って…だから何が!!俺はちゃんとホテルから、飲みすぎて歩けないから帰るのは朝になるかも、
 って家の電話に連絡入れたぜ!?」

「でもそれを、アレルヤは聞いてない」

「そ、う…だけど‥‥」

自分に非はないと訴えるものの、ハレルヤの冷たい声に威勢もなくなる。
大人しくなったニールに、ハレルヤは諭すように、自らが行きついた推測を話して聞かせた。

「仮にアレルヤが伝言を聞いていたとしても、きっと今と似たようなことになってたと思うぜ。アイツ
 はおめぇを迎えに行って、そこでおめぇが女とラブホに入って行くところを見ちまったのさ。思い込
 みの激しいアレルヤのことだ。裏切られたと思ったんじゃねぇのか」

「しかもニールの好みは“歳上で家庭的な女性”って、ソレスタルビーイングにいた頃に他のクルーと
 話してたそうじゃないか。そりゃ、ニールが浮気したと思いたくもなる」

「俺はそんなつもりは…!!」

「なくても、アイツにはそう見えたんだよ。だから現に、こんな時間になっても連絡一つ寄越さねぇじゃ
 ねぇか」

ニールは黙って手の平の上の携帯電話を見つめた。
ハレルヤの言う通りだ。自分の行動が軽率だった。もしも自分がアレルヤの立場だったら自暴自棄にな
って、何をしでかすかわからない。

――…だけど、

「‥‥だけど、少しくらい信じてくれたっていいんじゃないのかよ。言い訳くらいさせてくれたってい
  いじゃねぇかよ!!電話くらい…させてくれたって‥‥」

ニールは再び泣きそうになって俯き、沈黙が訪れた部屋に暫くしてライルのため息が響いた。

「ま、確かにな。いくら怒っててニールの声も聞きたくないって言っても、俺やハレルヤの着信を拒否
 するのはやり過ぎだと俺も思うよ。さすがにこれだけ連絡がないと、何かあったんじゃないかって心
 配にもなってくるし」

ライルはソファーを立ち、ニールの座っている椅子の横に並んで肩を擦ってやる。

「ちょっと言い過ぎた。ごめんな。大丈夫、アレルヤはちゃんと帰ってくるって」

アレルヤとハレルヤがいなかった三年間も、こうしてライルがニールを慰めていたのだろうか。ハレル
ヤは肩を寄せ合っている双子を見て、自らの片割れにもう一度ため息をついた。
するとちょうどその時、ハレルヤの携帯電話に着信が入る。画面を見ると、件のアレルヤの名前が表示
されていた。
迷う素振りも見せず、ハレルヤは通話ボタンを押す。

『あ、ハレルヤ…?僕だけど…』

「ばっっっか野郎が!!!!今まで何してやがった!?」

側にいたライルとニールが耳を塞ぐほどの大声で、ハレルヤは開口一番に電話の向こうのアレルヤへ怒
鳴り散らした。
電話からは「うわぁっ!」というアレルヤの声と、「おやおや」という聞き覚えのある声がする。

「誰だ、今の」

『ご、ごめんよハレルヤ…。昨日、電話を落とした拍子に壊れてたみたいで。ついさっき気がついてカ
 タギリさんに直してもらったんだ。連絡が遅くなってごめん』

「カタギリ…?メガポニん家にいるのか?」

『う、うん…。公園で一晩過ごそうかと思ったら、仕事帰りのカタギリさんに拾われて。お掃除とか食
 事の支度を手伝う代わりに泊めさせてもらった』

軍隊も大半は年末年始を交代で休みを取っていたが、技術者のカタギリは開発が一段落するまで抜けら
れず、予定期間を一週間延長してようやく今日から休みだったらしい。
ろくに家に帰っていなかったため、研究所に籠っていた間の洗濯物や書類が溜まり、無駄に広い家なの
で掃除も憂鬱に思っていたところ、ちょうどいいところにアレルヤが家出をしていたというわけである。
ハレルヤは一先ずアレルヤの居場所がわかり、安堵の表情を浮かべる。ソファーに寄りかかって電話を
持ち直した。

「で?怪我とかは特にねぇんだな?」

『うん、大丈夫。心配かけたね』

「べっつに。誰もおめぇの心配なんかしてねぇ‥‥
「嘘だからねアレルヤ!本当はハレルヤもすっごい心配してずっとケータイ離さなかったんだから!!も
 ちろん俺もニールもね!」

いつの間にか接近していたライルがヒョイとハレルヤの携帯電話を取り上げて、逃げながらアレルヤに
告げる。

「っ、てめ、ライル!!勝手に取んじゃねぇ!!」

ハレルヤには意味不明のウィンクを送り、一心にアレルヤへ話しかけるライル。

「俺もハレルヤもニールもすんごい心配してた!なに、ケータイ落として壊したのか?よかったな、タ
 ダで直してもらって!」

『ライル…。うん、そうだね。高層マンションの窓拭きなんてやらされたけどね』

「うわ危ねぇ!!」

アレルヤの苦笑混じりの声にけらけらと笑うライルは、無邪気にしているように見えて場の雰囲気とア
レルヤの緊張を和ませようとしている。
ニールは楽しそうに笑っているライルを見て、無意識に身を乗り出していた。当然ライルはそれに気が
ついて、ひとしきり笑った後、ニールをチラリと見る。

「ん、そんじゃニールにかわるぜ」

『えっ、ちょっと‥‥』

電話の向こうでアレルヤの戸惑ったような声がしたが、ライルは華麗に無視してニールに電話を差し出
した。
おずおずと伸ばされた手に無理矢理電話を握らせて、ライルは少し距離を取る。
躊躇いながらニールは口を開いた。

「あの‥‥アレルヤ…?」

『ロックオンですか…?』

「あ、あぁ…うん。アレルヤ…」

『はい?』

答えるアレルヤの声にさっきまでとは違う冷たい感情を感じる。ニールは唇を少し噛み、それでも話を
続けた。

「あ、あの、昨日、寒くなかったか?」

『別に、大丈夫でしたよ。すぐにカタギリさんに拾ってもらいましたからね。問題ありませんでした』

「そ、そうか…」

アレルヤの言葉に敏感になる。その言葉に含まれる“怒り”という感情に。
普段は気にならないアレルヤの敬語が、今は自分と彼との間に壁を作ろうとしているように感じられて、
余計に辛くなった。

『ロックオンは?』

「へ?」

『ロックオンは寒くなかったですか?』

「あぁ、大丈夫だったよ」

ニールの身を案じるような問いに、アレルヤが怒っているというのは誤解かと思ったニールだったが、
その期待はすぐに打ち砕かれる。

『ですよねぇ。家には何時頃に?鍵は忘れてなかったようですから、ちゃんと入れましたよね?』

アレルヤの言葉にニールはひどく傷ついた。泣きそうになるのを堪えたら、今度はがむしゃらに怒鳴り
たくなる衝動に駆られた。

「なん…だよ…!なんなんだよ!!俺がこんなに心配してたのに!何が年末大掃除だ!何がですよねぇだ!
 えぇ家には入れましたよ、ご心配おかけしました!いいから早く帰ってこいバカルヤ!!」

『なっ‥‥バカ、って…!!』

ニールは一息に叫んだせいで息切れを起こし、肩で息をしながら呼吸が整うのを待った。その間、アレ
ルヤは何故か黙っている。
ようやく呼吸が整い、ニールはふいに落ちた涙を拭いながらぽつりと呟いた。

「――…帰ってこい、アレルヤ。帰ってきて、直接話がしたい」

数秒の沈黙。ハレルヤとライルは静かに成り行きを見守っている。
やがてアレルヤの声が電話から返ってきた。

『――…わかりました。一時間以内に帰ります』

それじゃ、という声を最後に電話は切られる。ニールは止まらなくなった涙をゴシゴシと手で擦りなが
ら、電話をハレルヤのほうへ差し出す。

「帰ってくるってか」

ハレルヤの声にニールは頷く。声はなく、ただ泣いているだけのニールの前にしゃがみ、ハレルヤはニ
ールの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。

「なんかあったら呼べよ。あまりにもアレルヤの聞き分けが悪いようだったら俺がぶん殴ってやっから」

ニールはフ、と小さく笑い、ハレルヤを見下ろした。

「それは…痛そうだな…」

「大丈夫だ。一応アイツだって超兵だかんな」

ハレルヤは不適に笑う。釣られてニールも笑うが、涙はなかなか止まらなかった。



アレルヤが帰ってくるまであと一時間。



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無表情で怒ってるアレルヤもかっこよくて好きです。やられたら怖いけど…。
00セカンシーズンのアレルヤ奪還作戦でティエリアからの通信に「‥‥了解…ッ」って言うシーン好き
です。あの、アリオスに乗る直前のところですね。

さて次回ですが、二人はちゃんと仲直りできるんでしょうかねぇ…。まぁ、しますけど(ちょっ
しなかったらLacrimosaじゃない!!ラブ甘がこのシリーズの大前提だかんね!(初耳な件について

2009/01/04

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