君を守るためのかくれんぼ





「くそ…いつまでこうしてりゃいいんだよ‥‥」





ロックオン・ストラトスはデュナメスのコンテナ内にある空の用具入れに監禁されていた。
四肢も口も自由だったが、無重力空間の場所故に部品が宇宙に流れないようにその用具入れ
は内側からは決して開かない構造になっていた。大声で誰かを呼ぼうにもコンテナ内の隅の
隅にあるその場所にはカレルすら近づかない。

「睡眠薬も切れた。腹減った。俺はいつまでこうしてりゃいいんだよ‥‥」

実はロックオンがその場所に監禁されてからかなりの日数が経っていた。ロックオン自身は
睡眠薬で眠っていたのでせいぜい二日や三日程度しか過ごした感覚はないのだが、確実にそ
の倍は日は過ぎている。

「アレルヤぁ…。お前、俺の恋人なら気づけよなぁー…」

ロックオンは数週間は会っていない恋人に向けて毒づく。地上に降りてからは通信しかして
いなかったので久方ぶりに直接肌で触れ合えると思って宇宙に上がってきたらいきなりの拉
致監禁。正直、欲求不満だったりする。

「アレルヤとハレルヤの間抜け!アイツらの目は節穴かよっ!」

本来ならアレルヤやハレルヤだけでなく他のプトレマイオスのクルーも、刹那やティエリア
と共に宇宙に上がってきた筈のロックオンの姿がなければ不審に思うはずだった。しかし誰
一人として、デュナメスのコンテナまでロックオンを探しに来る気配はない。
その理由は至極簡単で。プトレマイオスの中にはちゃんとロックオンが存在していたからで
ある。

緑色のパイロットスーツを着て、翡翠色の瞳で笑い、仲間のマイスターを案じる優しくて頼
もしいロックオン・ストラトスという男が…




――コンテナ内に監禁されている彼とは別のもう一人が。





始まりはスメラギの招集で地上での待機から宇宙に上がってきて、プトレマイオスにデュナ
メスで着艦した時からだ。

「んじゃハロ、整備頼むな〜」

着艦後すぐにブリッジに集合するように指示を受けていたのでハロをコンテナに残して去ろ
うとした時だった。
背後に人の気配を感じて振り向こうとした。が、体を羽交い締めにされて拘束される。

「っ!?」

「暴れるなニール。俺だ」

「〜〜っ、ぷは!お前!!」

塞がれていた口だけ解放され、頭を後ろに向けると、鏡がある訳でもないのに自分と同じ顔
がそこにはあった。

「話は待て。まずはお前を連れて行かなきゃいけない」

ロックオンとまったく同じ声でそう言って、彼はロックオンを抱えたままコンテナ内を移動
する。ロックオンは大人しくしていたが、空の用具入れを開かれてその中に押し込まれた時
はさすがに抵抗した。

「ちょっ、ちょっと待て!!お前と俺が会話してるのを他のクルーに見られたらマズイのはわ
かってるつもりだ。けど、いくらなんでも此処はおかしいだろ!?」

「いいんだ、此処で。ニールは暫く此処で寝ていてほしい」

「はぁっ!?」

にこやかな顔して不釣り合いなことを言われた。
どう考えても空の用具入れなんて昼寝するにはおかし過ぎるし、むしろその前にこんな所に
いたのでは敵襲があった時に出撃できないし、呼び出しをされているブリッジにすら行けや
しない。ロックオンはもう一人の自分を納得いかない目で睨んだ。

「意味がわからない。ちゃんと説明してくれ」

「そんな時間はない。ミススメラギに呼ばれてるんだろ?刹那やティエリアより遅れては怪
しまれる」

「“話は待て”って言ったのはお前だぞ!」

「あぁ。だから時間ができるまで此処で待っていてくれ。大丈夫、睡眠薬を打ってカロリー
消費量を抑えてやるから二日は食事を摂らなくても保つ」

「二日、って!!」

俺はどれだけ此処に閉じ込められるんだよ!!―――そんな言葉を吐く前に首筋に注射針を刺
される。

「っ、ぁ‥‥」

途端に意識が薄れ、相手のパイロットスーツを掴む腕が外れた。優しく体を用具入れの中に
押され、外側から鍵をかけられる音と最後に意識は暗闇に落ちた。



それからどれだけ眠っていたかわからないまま目が覚め、数分と経たぬ内に扉が開かれた。

「やぁ、おはようニール」

「さ、説明してくれ」

「飯は?」

「腹はまだ減ってない。お前の睡眠薬のお陰で。まさか睡眠薬じゃなくて仮死状態になる
薬だったとか言わないよな?」

「そこまでの効果はないさ。近い物ではあるけれど」

快活に笑いながら男は携帯食料――パックにゼリー状の栄養剤の入った代物――をロックオ
ンに渡す。しぶしぶ受け取って口に含みながら「で?」と説明を促した。

「機嫌悪ぃなぁ…」

「当たり前だ」

久々の恋人との逢瀬を邪魔しやがって…とまでは言わなかったが、アレルヤの反応だけは気
になるところだった。まさか躯を重ねたりなどしていないだろうか…。

「ニール、もしかしてこの艦に恋人とかいるのか?」

「な!?いな、いねぇよ!!」

同じ姿をしているなら思考もお見通しなのか。だとしたら自分に相手の考えが読めないのは
対等じゃないと思った。しかし彼はクスクスと笑って右手を振る。

「安心しろよ、誰ともセックスなんてしてないしキスもしてない」

「ばっ、勝手に言ってろ!!けど、この後で俺と替わるならくれぐれも変な真似はしないでく
れよ!!」

「わかってるわかってる。大丈夫だって。今は俺も他の奴らも、そんな暇ねぇから」

「――…どういう意味だ?」

そもそも自分が宇宙に上がって来た理由と状況を思い出して問いてみた。すると彼は真面目
な顔をしてロックオンを見つめ返した。

「どうして俺がパイロットスーツを着たままなのか考えたか?スメラギから各コンテナでの
待機命令が出たんだよ。敵さんの襲撃に備えてな」

「!!」

「おっと待てよ」

男の横をすり抜けて出て行こうとしたが腕を掴まれて引き戻される。そしてそのまま前と同
じように注射器を打たれそうになった。

「待、て‥‥!待ってくれ!!」

「抵抗するなよニール。敵が来たらどうするんだ」

同じ顔が、片や悲痛に歪み、片や煩わしそうに眉をひそめた。
ロックオンが半ば叫ぶように言う。

「俺が出る!それが“俺”の役目だろ!?」

「大人しくしろよ。デュナメスに乗るのは今は“俺”だ。お前は此処にいろ」

ドスッ。と、膝蹴りを食らったロックオンは呻き、その隙に注射器を打たれた。

「今度のはもっと長く眠っていられると思う。おやすみ、ニー…――」

「――…ぬ、なよ‥‥!」

「ニール…?」

男は腰を屈めて、ほぼ力を失ったロックオンの口元に耳を寄せる。途切れそうになっている
意識を必死に繋いで言葉を残そうとしているロックオンの声を聞き取る為に。
ロックオンは掠れる声で告げる。

「死、ぬ…なよ!俺はお前の替わり、なんだ…。お前は、俺が死んでから…“俺”に‥‥――」

そこまで告げて、ロックオンは意識を失った。
ロックオンと同じ姿をした男は慈しむように額にキスを落とすと、前と同じようにロックオ
ンの身体を用具入れに閉じ込めた。



「ありがとう、ニール。けれどね、次に俺がお前に打つ薬はお前が俺になれなくなる薬だよ。
でもきっとその前に俺は…」





「おぉーい、ロックオン!どうしたんだそんな所で!!」

「!なんでもねぇよおやっさん。ちょっとした探検だ」

デッキの端から身を乗り出したイアンに声をかけられ、男は笑って手を振る。「なんだそりゃ!」
と笑われながらデッキに戻る。そして僅かに用具入れを振り向いて微笑んだ。



「―――会えてよかった、ニール。お前にも、お前の守りたい人達にも…」





―――“一人目”はお前じゃなくて、俺に変わったんだよ。だから…





死ぬよ、俺        お前の代わりに          喜んで









用具入れの中での二度目の目覚め。今度はすぐに彼は現れない。



「出せよ〜。くそっ、“俺”の馬鹿やろーっ!!」



ロックオンが内側から用具入れを蹴っている外で、デュナメスは大量のカレルによって修理
されていた。



コックピットを破壊されたデュナメスが…――





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アレルヤと恋人関係になってるの前提でお願いします。言い忘れてました。
中途半端にネタバレを見ちゃってものすごく落ち込んでた時にこれを書きました。まだ“ライ
ル”って名前を知らない時の作品です。別名「君を守る為の放置プレイ」シリーズ(笑)

タイミング的には「絆」の回の後、「変革の刃」でトレミーに戻ってきたところを、デュナメ
スのコンテナで拉致られた感じです。


2008/03/12

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