紅いナイフの鞘は誰-5




「答えておくれ。きれいなきれいな人形(ドール)のニール坊や。お前はあの時、どうして‥‥」




  ◇◆◇



北アイルランド。イギリスとアイルランドとの国境沿い。
暗く淀んだ空。重苦しい曇天。
雨はまだ降っていない。けれど地面は濡れていた。

緋色の血によって。



「くそ!囲めぇぇっ!!」



――無駄だよ…



「撃‥‥」

六回、引き金を引く。廃墟になりかけの一軒家に響く銃声は一つ。――否、六つの銃声が重なって
一つに聞こえるだけのこと。

「ニール!おま‥‥」

無表情に、仲間だった――仲間だと思えていた男の眉間を撃ち抜いた。派手な音を立てて地下室へ
の階段を転げ落ちて行く。

マガジンを取り替えながら階下を覗く。血痕の先にある金属製の扉。

そこに、あの人がいる…。

階段を降りながら、上がった息を整える。
腰に差したもう一丁の銃を左手に持つ。

カタン

冷たい地下室の扉。ゆっくりとドアノブに手をかける。

バダンっ

蹴り開くと同時に姿勢を低くし、膝を屈曲させる。頭上を掠めていく銃弾。

「‥‥っ、」

一瞬だけ呼吸を止めて、翡翠色の瞳に鋭い光を灯す。

「あ゛あ゛あ゛っ」「ぎゃぁっ」「うがぁっ」「ぐはっ」

両腕を交互に、慣れた振動が伝わる。部屋の中にいる男たちの命を一秒に何人も、この数秒で十人
を超す男たちの命を、俺の銃が奪っていく。ただ一人の命を残して。

カチリ

右手の引き金が軽くなる。――ということは左手に残った弾はあと二発。

「ニール」

「ナナシさん…」

一分の隙も見せないように立ち上がり、左手の銃を右手に持ち直した。

「ニール坊や。どうしてこんなことを?」

男は――ナナシは笑みを浮かべて俺を振り返る。

「せっかく質のいいクスリが手に入ったのに‥‥あぁ、すべて血塗れ。台無しだ」

ガツン、と足元にあったアタッシュケースを蹴飛ばした。血飛沫を吸ってぐずぐずになった麻薬の
袋が辺りに散らばる。

「どうしたんだニール。お前の声を聞かせておくれ。なぜ、彼らを殺した?」

「俺は…テロリストが憎い」

「知っているよ。ご両親をテロで亡くしたのだったね。しかしそれでどうして、俺の取引の邪魔を
してくれたんだ?」

「アンタ達もテロリストと同じだ!!」

俺は自然と叫んでいた。そんなつもりはないのに、体が勝手に震え出す。

「同じ?どうしてそう思う。俺たちは無差別に街を爆破したりなんてしないだろう?」

「それでもアンタらはクスリをばら蒔き、臓器を奪い取る!!下層階級の人間は無差別に拉致され売
り飛ばされる!!」

腕が震えて照準が狂う。唇を噛み締めた。せめて涙がこぼれるのだけは防ごうと。視界がぼやける
のだけは。

「ニール」

「同じなんだ!!テロリストもマフィアも!!なんの罪もない人間をたくさん殺していく!!」

「違うよニール」

「同じだ!!世界は穴だらけ!人の命を引きずり込む、悪意と利己的な欲望をアンタらは無限に生み
出す!!」

「だから俺たちを殺す…?」

「そうだよ!!」

緊張が極限にまで達している俺を嘲笑うように、ナナシは額に手を当てて笑った。

「アハハハハ!ニール!お前は世界の広さを知らない!!俺たち一組織を壊して世界が変わるのか!?
変わらないだろう!?」

「それでも「ニール坊や」

「!?」

突然、声音を低くしたナナシに肩をビクつかせる。

「まだ間に合う。きれいなお人形のニール坊や。銃をしまって許しを乞いなさい。俺とお前なら、
二人だけでもこの裏の世界でやっていける」

さぁ、とナナシは微笑む。
俺は激しく首を振り、悲鳴のような叫びを上げて引き金を引いた。

「うぁぁぁっっっ!!」

「チッ!」

首を振った所為で狙いが外れ、ナナシの右腕を撃ち抜く。
利き腕を失った彼だったが、反対の手でナイフを投じてきた。

「っ!!」

ガキィン!と金属と金属が弾き合う音がして、俺の手から銃が落ちる。

「ニール」

「嫌だぁっ!!俺はもう誰も殺したくない!!」

人を刺す感覚に怖くなって、一年前からずっと鞘に収めたままだった自分のナイフを取り出す。
刃渡り20センチの鋼を握りしめて駆け出した。

「あああああああああああああああ

「ニール坊や」

あああああああああああああああっっっ!!!!」

きつく目を瞑った後に手の平に伝わる感触。

「あぁ…ぁ、ぁぁあっっ!!」

ナナシの胸に突き刺したナイフを抜くと、ブシュッと音を立てて血が吹き出した。
返り血でぐしょぐしょになった躯に恐怖してナイフを取り落とす。
血塗れになるのなんて初めてじゃなかった筈なのに、テロで家族を失ってから最も慕っていた者を、
よりによって銃ではなく、己の手で刺した恐怖からか、ナナシの鮮血を拒絶するように視界から一
切の色彩が消えた。
白黒の世界の中で、俺は足元に倒れたナナシに触れようと腰を屈める。その時だった。

「!!」

警察(ヤード)のサイレンの音が遠くに聞こえ、弾かれたように伸ばした手を引っ込めた。

「逃げねぇと…!」

愛用していた銃は使わずに腰に差したままだったので、ナイフだけ持ち去ればよかったのだが、色
を失った世界はどこに物があるのかさえ判別するのが難しい。
仕方なく、ナイフを探すのは諦めて隠し通路に飛び込んだ。



飛び込む寸前、『ニール坊や』と、あの人の声が聞こえた気がした。





-------------------------------------------------------------------------------------------

過去回想のお話。ナナシさんがロックオンを「ニール坊や」と呼ぶのが好きvナナシさんの一人称が
「俺」なのもこだわりvv
ロックオンが銃だけじゃなくナイフも使えたらいいな♪と思って書いてみました。



2008/01/20

BACK -6へ