紅いナイフの鞘は誰-6 「お前はあの時、俺を殺すのは裏の世界を憎むから、そして人殺しをやめたいから、だと」 「あぁ、言った‥‥」 ナナシの言葉にロックオンはうつ向きながら弱々しい声で答えた。 「では何故、お前は未だに銃を撃ち続ける?ソレスタルビーイングなんて組織に身を寄せているん だ?」 「っっ!!」 ロックオンはぎゅっと目を瞑り、銃を握りしめる。ナナシの顔を見ないように。 ナナシは深く溜め息を吐くと手にしていたナイフをロックオンの手元に落とした。 カン!と乾いた音がして、ロックオンは目の前に跳ね返り落ちた鋼色の刃を凝視する。 「ナイフを取りなさい」 弾かれたようにナナシを見上げるロックオン。 「ナイフを取りなさい、ニール。お前が俺を殺せたらもう我々はお前の前に現れない。しかしお前 が俺に負けた場合、お前は再び俺の配下につけ」 「ナナシさん!」「ふざけてます!」「いきなりそんな」「ナナシさん」 「お前らは黙ってな!!」 ざわめき立った部下達を一喝して、ロックオンから距離を取りつつ、ナナシはスーツの下から、曲 線を描く細い刀身のナイフを取り出した。 「さぁ‥‥ニール‥‥」 「‥‥‥‥‥‥‥」 ロックオンは握りしめた銃を腰にあるホルダーに納め、ナイフを手に取る。 手に馴染む感覚は最後にナナシに胸を貫いた時と変わらない。 「俺が…アンタを殺せば…!」 「帰してやろう。お前の望む場所へ…!」 ロックオンはナイフを逆手に持ち、立ち上がる。 口の端を上げたナナシが手首を軸にナイフを回し、終えると同時にロックオンは駆け出した。 「、ぁぁぁああっっ!!」 下から振り上げたナイフは曲を描くナナシのナイフに受け止められ、絡め取られそうになりながら 流される。 「そうだ。忘れていた訳ではないだろう?俺のナイフは、上手く流されないとテメェの獲物が飛ば される…!」 「っ…!!」 ロックオンは思わず舌打ちした。 分が悪い。 彼のナイフの師はナナシだ。そしてロックオンはナナシを刺して以来、ナイフを握っていない。そ れどころかナナシを刺す以前も避けていた道具だ。 腕が鈍っている上に、相手は自分の癖をすべて知っている。 そして極めて最悪なのが、 「どうした、ニール?ナイフの腕は落ちたか?それとも…俺が怖いか…?」 「黙れぇぇぇっっ!!」 ――怖いに決まってる。アンタは俺の中では死んだ筈の人間だったんだから めちゃくちゃにナイフを振っても無駄なのはわかってる。 だが、“落ち着け!”と言い聞かせる己の声は頭の隅に追いやられて、目の前の悪夢を殺すことに 必死だった。 「(殺すんだ!もう一度‥‥!殺せ!殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ…――!!)」 「ふむ‥‥」 弾かれたならその衝撃を身体全体で受け流して。反転して斬りつけて。屈んでバネのように素早く 刃を閃かせて。 しかしすべてが無効化される。ナナシのナイフはジャグラーの曲芸のように、変幻自在に舞う。 「‥‥ニール。ニール坊や」 「っ!!」 落胆の色を見せたナナシの目が、一瞬だけ殺気を放つ。 息を詰めたロックオンの手からナイフが弾き飛ばされた。 「ぁっ…!!」 飛び退く反応が遅れて、ロックオンの頬をナナシのナイフが掠める。白い肌に紅い血が垂れた。 ナナシは空いているほうの手でロックオンの腕を捕まえると、強引に引き寄せる。 「っ…!?」 「ちゃんとナイフを握りなさい。俺はお前のきれいな肌に傷をつけたくはない」 つ、と頬を浅く切ったナイフの痕に滲んだ血をナナシの冷たい指がなぞった。 びくん、と震えるロックオンの肩。 途端に蘇るのは、今まで忘れかけていたナナシに調教された躯の記憶。 「お、れに‥‥俺に触れるなぁぁぁ‥‥っっ!!」 悲鳴じみた声がビルの中を、 躯に刻まれた恐怖を呼ぶ感触が脳髄を、 戦慄させ 暗転させ そこに 聞こえたのは 「ロックオォォンっっ!!」 「!!アレルヤ‥‥っ。アレルヤぁぁっっ!!」 堪えていた涙が、一粒だけ落ちた。 ------------------------------------------------------------------------------------------- 王子様参上!…ってまだ一階とン十階っていう距離ですけど(苦笑) 戦闘シーン書くの好きなんですけど皆様に上手く伝わっているかどうか…。 ていうか“調教”とか言っちゃってるし(汗)まぁ、ナナシさんとニールはそういう関係だったわけで すよ…(^^; 次回は久々のアレルヤ視点。 2008/01/26 |