紅いナイフの鞘は誰-4



視界が上下し、定まらない。
当たり前だ。自分は鞄に入ったまま何十メートルも落下し、今は張られたネットの上でただ揺られ
ていることしかできないのだから。
通信機に繋がった所為で鞄から出られず、限られた視界の中にロックオンの姿を探すが、スラリと
した長身もクセのある茶色の髪も見当たらない。
パニックに陥る集積回路に、補助系のもう一つのICがストップをかける。さっきまでは相棒に落
ち着けと言っていた自分が、今では滑稽だと判別される。

無限に見える階の中にロックオンの姿を探しながら、ハロは通信機の端末からスメラギの元に暗号
通信を送った。



  ◇◆◇



「スメラギさん、デュナメスから暗号通信です」

「開いてちょうだい」

オペレーターのクリスティナは暗号通信を解析しつつモニターに表示した。同時に、作戦を無事に
終えて帰還したアレルヤ、刹那、ティエリアが通信室に入ってくる。

「どうかしたんですか?」

「‥‥嘘、でしょ…。マズイわね…」

スメラギの声に、一同はモニターに注目した。

『デュナメス、帰還途中にテロリストと遭遇。応戦するが敵の数による圧倒的不利な状況に拘束さ
れた模様』

「拘束!?スメラギさん!!」

アレルヤはモニターに映った文面に驚愕し、スメラギを見る。

「これ、ハロからだわ。アレルヤ、ちゃんと全部読んで」

スメラギに言われ、アレルヤは焦る気持ちを抑えて再びモニターに目を向ける。

『ハロ、ひとりぼっち。ロックオン、心配するな、言った。でも、ハロ、無理。ハロ、ロックオン、
心配、心配。ハロ、ロックオン、助けに行けない。助けて、助けて。アレルヤ、ロックオン、助け
て、助けて』

「!!」

アレルヤは絶句する。すぐさま飛び出して行こうとしたアレルヤをティエリアが腕を掴んで止めた。

「勝手に行動するな」

「ロックオンが危ないんだ!離してくれ!!」

「待て。落ち着け」

刹那がアレルヤの前に立ってモニターを示した。そこには地図と、敵のだいたいの武装状態などの
情報が映し出されていた。

「無闇に突っ込んで行ってもやられる。作戦を立てよう」

「それをアンタが言うの、刹那?――まぁ、いいわ」

スメラギは苦笑して軽く考え込む。そしてモニターと三人とを見比べて、決断した。

「これよりソレスタルビーイングはデュナメス、ロックオン・ストラトスの救助、及びテロリスト
殲滅の作戦を開始します。‥‥とは言うものの、情報が足らないわ。慎重な作戦プランを立てなけ
れば危ない。けれど悠長なことをしていればロックオンはその分、危険な状態になるでしょう」

スメラギはアレルヤの前に立つと、トン、と胸を突いた。

「アレルヤ、貴方は私の無謀な作戦に付き合ってくれるかしら」

「彼を助ける為なら百の刃の中にも、千の銃弾の嵐にも飛び込みます」

アレルヤの答えにスメラギは口元を綻ばせる。

「頼りになる王子様ね」

緩んだ表情を再び引き締め、モニターを振り返ると、目的地までの地図を表示した。

「ロックオンが拘束されたビルは此処。先のミッションでデュナメスが配置されてたビルよ。アレ
ルヤは一人でそのビルに乗り込んでもらうわ」

「無茶です」

即座に反対したのはティエリア。その横では刹那も固い表情をしている。

「無茶でも、時間がないのよ」

スメラギは唇を噛んで、「わかってちょうだい」と呟くように言った。

「アレルヤはすぐにビルに向かって。脱出のことは考えなくていいわ、刹那とティエリアにお願い
するから。二人は周囲の地理や現場の状況を頭に叩き込んでから出てもらいます。退路の確保とフ
ォローよ」

「アレルヤ、これ、ハロの通信コード。これで直接ハロと連絡取れる」

「ありがとう。行ってきます、スメラギさん」

フェルトから通信端末にハロのコードを入力してもらって、アレルヤは通信室を飛び出して行く。



  ◇◆◇



時折、空からロックオンの声がこぼれてくる。
いつもは柔らかい、優しい彼の声が恐怖を振り切るような悲鳴じみた声に変わってハロの集音装置
に届いていた。

「(ハロ、ロックオン、助けたい、届かない。ロックオン、ロックオン‥‥)」

ハロはAI故に感情というものはない。けれど漏れた整備オイルが落下の衝撃によるものではない
としたら、それは“涙”と言えたかもしれない。

「(ハロ、動きたい、助けたい。どうして、ロックオン、ハロ、落とした。ハロ、ロックオン、一
緒、一緒。一緒、いつでも、なのに、ロックオン‥‥)」

集積回路に判別できない電子信号がハロの中にわだかまる。もしもそれを人間の感情に置き換える
としたら、一人で背負い込もうとするロックオンへの“怒り”と、何もできない自分の姿に対する
“悔しさ”だっただろう。

今はただ、ハロは通信機にすがるしかない。
フェルトからアレルヤが向かっていると連絡を受け、安心するよりもより一層、焦りが生まれた。

「(アレルヤ、ハレルヤ、早く!早く!)」

もどかしい…もどかしい…

『お前は俺の、大事な相棒だ!』

そう言って笑う彼の胸に飛び込むには、この冷たい空間は高すぎる。

「ロックオン!ロックオン!」

一定の音量しか出せない機械の音声は、誰に届くこともなく、虚空に消えた‥‥





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まさかのハロック、ハロ視点☆
アレルヤの王子様台詞が会心の出来だと思う(^^)ちょうどこの頃シェークスピアを読んでいたので
王子様台詞がスルリと浮かんできてそのまま書いてしまった。

次回は回想のお話です。


2007/01/19

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