fellow shadow-2


深呼吸をして、火照った頬をぱんぱんと叩いて表情を締める。
アレルヤは床を見つめて、ため息を吐いた。

「綺麗な人だったね、ハレルヤ」

『男だけどな』

「うっ‥‥」

『俺は別に男でも構わないぞ。気持ち良ければ』

「なっ、なななな‥‥っ!!」

再び赤面するアレルヤ。飄々としたハレルヤの声に否定するように頭を振る。

『やめろ馬鹿。目がまわる。それより‥‥噂をすれば影。色白美人が歩き出したぞ』

「え‥‥」

そう言われてもう一度ロビーの方を見ると、彼の人は颯爽とロビーを横切っていくところだった。
自然、その様子を目で追って、ハレルヤが疑念の声をあげる。

『アイツの持ってるのは…』

「え?なに?…うわ、何あれ可愛い!」

ハレルヤにつられて目を向けた先に、さっきの男の持つ鞄からオレンジ色の球体が頭(?)を覗かせ
て目(??)をピコピコ光らせていた。
アレルヤの視線はその球体に釘付けで、ハレルヤは意図したものと異なる展開に呆れると共に言葉
を無くした。

『――…俺が言いたいのはあの物騒な銃のほう‥‥』

「まだ時間あったよね。頑張って声かけて見せてもらおうか」

人の話にまったく聞き耳を持たないアレルヤに、ハレルヤはいざとなったら自分が表に出ればいい
と諦めて、

『――…勝手にしろ‥‥』

と、激しく脱力した様子で答えた。

嬉々としてさっきの男の後を追いかけ始めたアレルヤ。
同時に、同じ人物を追う影があることにはまだ気づいていない。



  ◇◆◇



ロックオンは目的のテロリストの男と一定の距離を保ちながら後をつける。

「(どこに行く気だ‥‥?病院の主要な施設はこっちじゃないぞ)」

尾行に気づかれたかと思ったが、そのような素振りは見られない。
相手を仕留めるのは人目のない場所のほうが都合がいいので、テロリストの男が人気のない方へな
い方へと歩いて行くのはロックオンとしても好都合だったが…。

訝しみながら、ロックオンは慎重に歩を進めていく。
と、その時、おもちゃのフリに飽きてきたハロが鞄の中を転がり始めた。

「(ちょっ、こら!ハロ!)」

壁の影に隠れて、シィーッと人差し指を立ててハロを叱る。
ピコピコと目を点滅させたハロは不満げに羽(耳?)を動かした。

「(もう少し我慢してくれ。すぐに済むから)」

ロックオンは壁を背に、腰から銃を抜いて構え…――

「避けろ!」

「!?」

横から伸びてきた腕と、それを蹴り弾いた足。
ロックオンはその一瞬に銀色に光る瞳を見た。



  ◇◆◇



頑張って声をかけてみる。と言った割に、アレルヤはこそこそとストーカーじみた尾行で色白美人
の後を追いかけていた。
その目はオレンジ色の球体に釘付けで、彼以外に同じ人物を追っていれ者がいるとは微塵にも気づ
いていなかった。

アレルヤは――勿論ハレルヤも――知る由はなかったが、実は彼の視線を奪った北欧の男は裏社会
では名の知れた狙撃手だった。
オレンジ色の球体人工知能を連れた狙撃手。狙った獲物は必ず狙い撃つ。対テロリストの暗殺者。

“ロックオン・ストラトス”

彼の狙うテロリストは、彼の視線の先にいる一人だけではなかった。彼も、アレルヤもハレルヤも
その存在に気づいていない。
気配を殺したもう一人のテロリストの手の平に鋭い輝きが握りしめられた。

アレルヤは壁に隠れてロックオンの持つ鞄を凝視している。
オレンジ色の球体が目を光らせながら鞄の中を転がり始めた。

「わっ、見て見てハレルヤ!動いたよ!ねぇ、ハレルヤ!」

『はいはい‥‥』

ハレルヤはあまりに馬鹿らしくてまともに会話する気にならず、アレルヤの視野からすらも目を逸
らそうとしたその時、閃く銀光が視界に入った。

『アレルヤ!俺と代われ!』

「えっ…!?」

ハレルヤの声に魅惑を解かれたアレルヤは、ロックオンの背後に迫るナイフを持った男に漸く気づ
く。

「(ハレルヤと人格交代をするにはタイムロスがある。その間にあの人はやられる…!)」

アレルヤは隠れていた壁から飛び出して叫んだ。

「避けろ!」

「!?」

後ろから振りきったまわし蹴り。踵でナイフを弾き飛ばし、左の拳を突き出す。
刹那、翡翠色の瞳と視線が絡んだ。



ロックオンは銃を握り直すと元から狙いを定めていたテロリストに銃口を向ける。



アレルヤはもう一人に続けて攻撃を仕掛けるが避けられ、逆に頭を掴まれて壁に打ちつけられた。
意識が遠のく。
脳に衝撃を受け、普段ならすぐにハレルヤが交代できる筈が上手く変われない。

「っ‥‥く、そ…っ」



ドサッ、と背後に倒れた青年を、ロックオンは庇うように姿勢を下げる。
最初に狙ったテロリストは既に十メートル先で夢の中だ。もう一人のテロリストに照準を定め、
一秒とかかる間もなく掠れた音を残してその男は床に落ちた。

「オワリ!オワリ!」

「仕事はな。――おい、アンタ大丈夫か!?」

床に膝をついたロックオンは鞄の中で喜んでいるハロに麻酔銃を投げ渡して、床に倒れた青年の体
を抱き起こし、頭を自分の膝の上に乗せた。

長い前髪をどけると、血こそ出ていないが額の左上が酷く腫れている。

「一般人…だよな。さっきロビーで大騒ぎしてた」

「ロックオン!タスケラレタ!タスケラレタ!」

ハロの声にロックオンはどきりとする。



そう、自分はこの青年に命を救われた。
テロリストなんてなんの関わりもない一般人のこの青年に…。



晒された額にそっと伸ばされたロックオンの指が優しく触れる。

「ぅっ‥‥」

青年が呻き声をあげて身じろぎをした。

「おい…大丈夫か?」

震えた瞼がゆっくりと開き、ロックオンはその瞳に釘付けになる。

「(銀の瞳と金の瞳‥‥オッドアイか…?)」

二つの瞳は虚ろにロックオンを見上げ、青年は口を開く。

「あなたは‥‥」
「おまえは‥‥」

気の所為だろうか。青年の声がダブって聞こえた。
唐突に、ロックオンが再度怪我を訊ねる前に青年は体を起こし、頭を抱えてその場にうずくまって
しまう。

「あ‥‥ぁあぁぁ…っ!」

「おい!どうした!?」

ロックオンが伸ばした手を払って、青年は「僕は…。俺は…」と何事かを呟く。
どうすればいいのか戸惑っている内に、廊下の先からやってきた看護婦が「アレルヤ!」と叫んで
駆け寄ってきた。

「アレルヤ!どうしたの!?アレルヤ!!」

看護婦はロックオンを見、そして辺りに倒れている男達を見て、再びロックオンに視線を戻して訊
ねた。

「これは…彼がやったんですか?」

「いや…これは‥‥」

“自分が銃で撃った”とは言えず、返答に窮していると、アレルヤというらしい青年が看護婦の手
を取って、顔を上げた。

「アレルヤ、大丈夫!?」

「えぇ…すいません‥‥」

ロビーで見た時と同じ。右側の前髪で顔の半分を隠し、銀色の瞳でロックオンを見る。

「あ…怪我はないですか…?」

「怪我してんのはアンタのほうだろ…」

「それもそうですね…」

「やだ!アレルヤ、酷い…。おでこすごく腫れてるわよ」

ロックオンの言葉に苦笑したアレルヤ。横にいた看護婦はアレルヤの額に手を伸ばしかけて、止め
る。代わりに立ち上がってアレルヤも立たせた。

「取り敢えず怪我の手当てをしましょう」

「あ…待ってください」

看護婦を先に行かせたアレルヤは、同じく立ち上がったロックオンの所に戻ってくる。

「怪我はないんですね。よかった。綺麗な人に怪我はさせたくない」

「“綺麗な人”?俺のことか?」

「!!あっ、いや!あの…っ!」

思わずこぼしてしまった感想らしく、アレルヤは初めて見た時と同じように顔を赤くして手をバタ
バタ振り回す。

「あ…ぼ、僕はアレルヤです。アレルヤ・ハプティズム」

ロックオンは真っ赤な顔をしたアレルヤに、悪いと思いながらもクスと笑みをこぼしてしまった。

「ロックオンだ。ロックオン・ストラトス」

「ハロ!ハロ!」

いきなり鞄の中から飛び出したハロを、ロックオンは慌てて抱き上げる。

「わっ、馬鹿!喋るなっつっただろうが!」

「アレルヤ!ヨロシク!ヨロシク!」

ロックオンの腕に収まったハロは得意げにアレルヤを見上げて羽を動かす。
アレルヤは嬉しそうに表情を綻ばせるとロックオンの腕の中にいるハロをポンと撫でた。

「よろしく、ハロ」

その時、アレルヤの打ちつけられた額がロックオンの目に止まり、吸い寄せられるように指を伸ば
す。同時に、無意識に腫れた部分に手を遣ったアレルヤ。

ロックオンとアレルヤの指が触れ合う。

「っと‥‥!」

「あっ‥‥!」

一瞬だけ沈黙が流れ、ロックオンが先に口を開いた。

「さっきはありがとう。助かった」

「や、ただ殴られて気を失っただけだし…」

再び沈黙。
そこに戻ってきた看護婦がアレルヤを呼んだので、彼は「それじゃ」と背を向けた。
その背に向かってロックオンは声を投げかける。

「またな、アレルヤ」

その声にハッとしたアレルヤは振り返り、

「えぇ、またどこかで」

微笑を浮かべて応えた。



離れていく二人の距離。



 ◇

アレルヤは看護婦の後について歩きながら額を擦る。

「いたたた…」

「大丈夫?アレルヤ。ちょっとこの部屋で待っててね」

事務室のような休憩室のような場所に一人残されて。ぼーっとしたアレルヤはロックオンの指に触
れた自分の手を見つめる。

「ハレルヤ…」

『なんだ?』

「また会えるかな?」

『ハロにか?それともロックオンにか?』

「どうしてそういう意地悪な言い方するんだよ」

アレルヤはため息を吐いて手の平を下ろす。
唐突にハレルヤは言った。

『…会えるといいな』

「ハレルヤ?」

普段と違う肯定的な返事にアレルヤは銀色の瞳を瞬かせる。

『気づいてるだろ、アレルヤ』

「何に…?」

首を傾げるアレルヤ。
ハレルヤは笑みを含んだ声で答えた。

『俺も、お前も。あの男に惚れちまってる、ってこと』

「っ!?」

『クククッ‥‥認めろよ?また会えるといいな、アレルヤ?』

「うん‥‥うん。そうだね、ハレルヤ…」



 ◇



ロックオンはアレルヤの姿が見えなくなって、ハロを鞄に戻して持ち上げる。
鞄の中からハロが言った。

「ロックオン!ヒトメボレ!ヒトメボレ!」

「なっ…ちげーよ!そんなんじゃない…!そんなんじゃ‥‥」

「テレルナ!テレルナ!アァー!」

鞄の口を閉じてハロを黙らせる。
ロックオンは翡翠の瞳をアレルヤがいなくなった廊下の先に向け、そして逸らす。



爆薬を回収したロックオンは、そのまま病院から姿を消した。




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この回でやりたかったこと。
・アレルヤを変態っぽくする(注:これでもアレルヤファンだと言い張る作者)
・ロックオンに膝枕をさせる。
・ハロに「ヒトメボレ!」と言わせる。
・アレルヤとハレルヤが同時に出てきた時に起こる、混乱のようなもの。

上三つがギャグ要素なんて気にしない。


2007/12/12

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