紅いナイフの鞘は誰-14




ぼんやりと霞がかった頭の中で、最初にわかったのは規則正しく鳴る電子音と右手を包む温もり。

鈍痛のする脳内を刺激しないように慎重に瞼を上げた。
数回瞬きを繰り返し、漸くそこが病室だということがわかる。白い天井に薄水色のカーテン。
左手には点滴が打たれ、口には呼吸器のマスクがはめられていた。正直言って煩わしい。けれどそ
れほどの重傷を負った自覚はあった。

「あら、目が覚めた?」

ベッドの脇のカーテンが揺れて、ベッドの左側にミススメラギが現れた。

「‥‥、っつ…!」

「あぁっ、喋るのはまだ無理よ!命に別状はなかったとはいえ、かなりの重傷だったんだから!!」

そういうのは早く止めてほしい。内臓が痛む。

「みんな心配してるわ。彼だけじゃなくて、ね」

スメラギの目が俺の右手の方に向いた。傷に響かないように恐る恐るそちらを向くと、俺の手を握
り締めたままスヤスヤと眠るアレルヤの頭があった。

「さっき様子を見に来た時は起きてたのよ。でもさすがに三日も寝ないで貴方の傍にいたから体が
限界になっちゃったのかも」

しょうがない子ね、とクスクス笑うスメラギの目の下にも隈らしきものができていた。せっかくの
美人がもったいない。

寝ているアレルヤの頭を撫でてやろうと右手を抜こうとしたが、しっかりと握られていて叶わず、
左手は点滴が邪魔で届かなかった。
苦心しているとスメラギがベッドの反対側から手を伸ばしてアレルヤの額をちょん、とつついた。

「う、ん‥‥」

せっかく気持ち良さそうに寝ているのに可哀想だ。そんな意を込めて彼女を見たら「いいのよ」と
答えた。

「貴方が目覚めたの、一番初めに知りたいのはアレルヤだろうから」

えいっ、とばかりに人差し指でアレルヤの頭をつつくスメラギ。重い瞼を上げて、灰色の瞳がゆっ
くりと俺を見る。

「――…ぁ‥‥ゃ…」

息だけが漏れてほとんど声にはならなかったが、それでも俺が呼んだのがわかったのだろう。

「ロックオン…っ!!」

アレルヤは勢いよく上半身を起こして身を乗り出してきた。俺はなんとか声を絞り出そうとする。

「ァ…ル、ヤ‥‥アレル、ヤ…」

ただ名前を呼ぶだけなのに息が切れた。アレルヤは泣きながら俺の右手を握って「はい!はい!!」
と返事を繰り返している。

俺の呼ぶ声が届いている。
手が…届いている‥‥。

嬉しかった…――。



「ご、めん…な?‥‥たく、さ…心配、かけ…て…」

「ロックオン…っ」

「ありがと…な。助けに…来て、くれて…っ、ぅっ…!」

呼吸が苦しい。腹部なのか腰部なのかそれとも肺か、とにかく激しい痛みが襲った。アレルヤの手
を握ってその痛みに耐える。
歯を食いしばって苦痛に歪む表情にスメラギの小言が飛ぶ。

「無理し過ぎよ!まだ喋っちゃ…。話したいことあるならちゃんと傷が塞がってからにしたら…」

呼吸器のマスクが俺の吐く息で白く曇ったり晴れたりしている。それでも視界が曇るわけではない
ので、俺はただじっとアレルヤを見つめていた。
アレルヤは俺の手を優しく撫で、柔らかく微笑んだ。

「――…スメラギさん‥‥」

唐突に呼ばれた彼女は首を傾げながらアレルヤの方を向く。

「呼吸器、一旦取っちゃ駄目ですか‥‥?」

「は!?なに言ってんの!!駄目に決まって‥‥」

アレルヤの問いに声を荒げるスメラギ。当たり前だ。少し話すだけで呼吸が苦しくなる人間の呼吸
器を外すなんて普通は考えられない。
けれど彼女は苦笑いを浮かべて頭を振った。アレルヤと、俺の視線を受けて。

「――…まったく。しょうがないわね。苦しいだろうけど、我慢することね」

そう言うとスメラギは背を向けて、来た時と同じように揺れるカーテンの向こうに姿を消した。

俺の手を離したアレルヤの両手がそっと呼吸器のマスクを外す。

「ロックオン‥‥」

俺は唇の動きだけでアレルヤの名を呟く。

――アレルヤ…





たった五秒の短いキス。

だけどその口づけの間はアレルヤの鼓動すら聞こえてきそうなほどアレルヤしか感じられなくて――。





「僕、ここにいるから…。おやすみなさい、ロックオン‥‥」

再び呼吸器のマスクをはめて、アレルヤは俺の髪を梳いた。温かい手の平が右手を包む。

「…おやすみ‥‥アレルヤ…」

俺は笑みを見せ、そして夢に落ちることを名残惜しく思いながら瞼を閉じた。おやすみ、とアレルヤ
の声がもう一度した。




-------------------------------------------------------------------------------------------

アレルヤは健気ですね、三日も付きっきりでベッドの横にいたんですよ!?スメラギさんもこんなバカ
ップルが部下で困っちゃいますね(^^;
あと、一つ謝罪が…。
私、入院経験も手術の経験もないんで呼吸器とかよくわかんないんです(汗)
わかんないのに書いてすいませんっていう…(あ、今更…?

実は次回が『紅いナイフ』シリーズの最終回になります。ただしもしアレロクハッピーエンドで終わ
りたい方はここでおやめになってください。

最終回はロックオン視点。BACKの下の方に入り口あります。

2008/04/15

BACK





_