紅いナイフ 瞳を映し碧 鞘は誰でもない ◇ ◆ ◇ 目を閉じていても灯りがついているか否か、窓さえあれば昼か夜かの違いはわかる。 眠りの淵で、俺は今が真夜中だという確信を持っていた。 右手が温かい。きっとアレルヤがまだ手を握っていてくれているんだ。 ふいに額から頬にかけて何かが触れた。気配も何もなく突然のことだったが驚いて飛び起きたりは しなかった。なぜなら、 なぜならそれは とても馴染みのある、懐かしい手の平だったから‥‥。 「ニール…――」 瞼を上げて姿を見たい。けれどできない。何故?これは夢だから? だって貴方は‥‥ ‥‥俺が殺した 「泣かなくていいんだよ、ニール坊や。どうやら俺は相当悪運が強いらしくてね」 記憶と変わらない指は、今度は恐怖の欠片もなく、優しく目尻の涙を拭った。 「お別れを言いに来たんだ。それから、お前のナイフを届けに」 枕の左側が何かの重みに沈む。なんとなくそれを感じた。 「お前がこのナイフを嫌っているのは知っている。何人もの血を吸い、命を奪ってきたナイフだ。 わかっている」 そうだ…。俺はそのナイフが怖い。怖くて嫌いだ。だってそれは俺が貴方を刺したナイフ‥‥。 「けれどね、俺は、お前にこれを渡しておきたいんだ」 ――なんで?嫌だ…嫌です‥‥ 「これを渡してしまえば、もう俺の元にお前の欠片はなくなる。そうすれば俺はもうお前の前に姿 を現さなくて済む」 微かな気配が近くなった。腰を屈めたのか、はたまた床に膝をついたのか。 「俺は歪んでいる‥‥。お前を傷つけずに守ってやれない。抱いてやれない…」 初めと同じ。優しく優しく俺の頬を撫でる手。 「俺はお前に殺されたかった。だからお前が傷つくのをわかっていながら再びお前の前に現れた」 ――昔と同じ。 「いい子だね、ニール坊や。ちゃんと俺を殺そうとしてくれた」 溢れてくる涙。けれど瞼を開くことはできない。 「お前は綺麗だよ。十五年前に出会った時と変わらない」 声が離れた。きっと立ち上がったんだ。 「穢れは俺が背負う。お前は、お前を綺麗なまま愛してくれる人の胸に抱かれなさい。幸せになり なさい」 行ってしまうの? 「俺を慕ってくれてありがとう。さよならだ…」 待って…!! 「――…って、ナナシ、さ‥‥」 左手の指先がコートの裾を掴んだ。薄くしか開けない瞼。けれどその先に佇んだ姿がある。 「…れ、‥‥。お、れ…まだ…ナナシさんの、こと‥‥っ」 ナナシさんは俺の手を取って甲に口づけを落とすと、去ろうとして向けていた背を戻し、枕の脇に 手をついて俺の額にキスした。 「ありがとう、ニール…」 ――愛しているよ‥‥ 大きな手の平が両目を覆う。途端に朦朧とする意識。 ニール… ◇ ◆ ◇ 唐突に意識が覚醒した。窓の外の空が明るみ出している。傍らではアレルヤが寝息を立てて、時折 離れそうになる俺の右手を握り直す。 その様子に口元を綻ばせた時だった。 思い出す――― 「ナナシさ…っ!!っ、ぁつっ…!!」 傷が深いというのに叫んだ所為で少し傷が開いたのかもしれない。半端じゃない痛みが襲った。 「ロックオン…!?」 当然のことながらアレルヤも目を覚ます。アレルヤの手をほどいて左向きに横になり、体を折り曲 げて痛みに耐えた。腕や背中をアレルヤが擦ってくれている。 「ロックオン、どうしたの!?」 俺は苦痛に閉じていた目を開く。 そこに、鞘に収まったナイフを見つけた。 のろのろと手を伸ばしてそれを取る。鞘から刃を抜いた。 『俺もナナシさんみたいなかっこいいナイフがいいです』 『なるべくお前の扱いやすいナイフを選んだんだ。お前の為にね』 『本当ですか‥‥?』 『本当だよ。我慢してくれないか?俺に免じて』 『我慢なんて…っ。ありがとうございます、ナナシさん!』 『いい子だね、ニール』 「ロックオン‥‥?ナイフ‥‥」 背後から手元を覗き込んだアレルヤが呟く。 ナイフに新たに刻まれた文字を見て、ぼたぼたと涙をこぼした。刀身には俺の瞳が映っている。 ルーン文字“エオ” “災いから守る力” 「ぁ、ぁぁっ‥‥!!ナナシさっ…、ナナシさん…――っ!!」 ナイフを鞘に戻しすがるように抱きしめて、声を上げて泣いた。 「ぁぁぁっ…ナナシさ、‥‥ごめんなさ…っ、ごめんなさい‥‥っ!!」 次から次へと溢れる涙。アレルヤがいるというのにあの人を呼ぶことを抑えられない。 ――ナナシさん…っ、ナナシさん…っ!! 「嫌、だ…っ!!さよならなんて嫌だぁっ…!!」 アレルヤが黙って俺を抱きしめてくれた。 俺はアレルヤにしがみついて子どもみたいに泣き続ける。 ――さぁ、お前を綺麗なまま愛してくれる人の胸に抱かれなさい。 貴方はもう「ただいま」と言ってはくれない。 さ よ う な ら 「さようなら‥‥ナナシさん…――」 -------------------------------------------------------------------------------------------- さぁみなさん、「替え歌」にあげてある『スナイパー』を読んでください♪ ナナシさんのニールに対する思いが綴ってあります! あー、アレルヤはホントに災難(苦笑)ナナシさんに一途なロックオンとか見たくないよねー(^^; この後、泣きやんだロックオンはアレルヤにナナシさんのことをちゃんと話します。どういう関係だっ たのか詳しくちゃんと。そうしてようやくアレルヤと体を重ねるわけですね。勿論怪我が治ってからね! 作中のルーン文字については正式な文献を調べていないので信じないでください!! ナナシさんはオリジナルキャラだから皆様の反応が気になります。。。 けれどこれで『紅いナイフ』シリーズは完結です!ありがとうございました(o^-^o) 2008/04/15 |