紅いナイフの鞘は誰-13




落ちる――そう思った時だった。



「ロックオン!!」

痺れた右手が強い力に掴まれて、無意識に閉じていた瞼を上げて見ると、そこには灰色の瞳と金色
の瞳―――左右で色の違う瞳で自分を見つめる彼らがいた。

「アレ、ルヤ…?ハレルヤ?」

手すりから身を乗り出し、俺の右手を掴んで支えている彼らは額に汗を浮かべて「左手も貸せ!」
「引き上げるから!」と訴えた。
手袋の所為ですり抜けそうになる右手を握り直し、俺は躊躇いながら左手の手袋を口で外した。傷
痕で醜いその手を伸ばす。手袋は階下に落とした。

「――…悪い‥‥っ」

「何が!!」

「もう少し頑張って!!」

返り血を浴びた腕を俺の体にまわし、後ろに倒れながら完全に俺を引き上げる。仰向けに倒れた体
は激しく呼吸を繰り返した。その上に俺はうつ伏せに抱きしめられていて、腕の中から、前髪を戻
したアレルヤを見上げた。

「アレルヤ‥‥」

アレルヤは黙ってきつく俺の体を抱きしめる。
さっきまで恐怖に凍りついていた体はその温もりに安堵して、とてつもなく愛しく感じた。と、同
時に辛かった。

「アレルヤ‥‥ごめん、好きだ」

血だけじゃない。躯の中まで汚れている。汚れきっている。

だけど、アレルヤは純粋で綺麗な人間。自分は彼を穢してしまう。
愛すれば愛するほど…。

抱き合えば抱き合うほど…。

だけど

「好きなんだよ、アレルヤ‥‥。ごめんな、こんな俺で…」



汚くて、淫乱で、人殺しで…――

それでも離れられない弱い人間で…。




アレルヤは俺の手を握って「ロックオン」と呼んだ。胸にうつ伏せていた顔を再び上げる。

「ごめんなさい、僕も貴方が好きです。ちゃんと守りきれないくせに貴方が好きなんです」



――大好きなんです…。



アレルヤの言葉がぎゅ、と胸をしめつけた。震える声で笑みを浮かべる。

「なに、言ってんだ…。ちゃんと…、ちゃんと、助けに来てくれたじゃないか‥‥」

「でもホラ、僕すぐに貴方を泣かせてしまうから‥‥」

アレルヤの指が俺の頬に触れた。渇れたと思った涙が溢れてくる。

「い、んだよっ…これは!嬉しくて泣いてんだからっ!」

クス、と笑ったアレルヤが今度は優しく俺の頭を抱いた。





「――…そうだ」

少しの間、俺はアレルヤに抱かれていたが、暫くして腕をついて起き上がる。右肩に痛みが疾った。

「アレルヤ、ナナシさんは‥‥?」

次いで起き上がったアレルヤは一度顔を逸らし、暗い表情をして答えた。

「手加減は、できませんでした…」

アレルヤが指した方向に、壁にもたれるように倒れたナナシさんの姿があった。
首から大量の血を流し、頭からも血が垂れている。手前には三節に分かれたアレルヤの棍とナナシ
さんのナイフが落ちていた。

「頸動脈を切っても死ななかった。腕を折って、足の骨も砕いて、頭を打って、やっと倒れた…」

殺すつもりで戦っても勝てなかった、と苦々しく悔やむようにアレルヤは告げる。俺は腕を伸ばし
てアレルヤの頭を撫でた。

“殺すつもり”ではなく、アレルヤはナナシさんを“殺し尽くす”つもりで棍を振るった。それは
ひどく残虐な感情で。けれど残された武器が三節に分かれた棍であることからアレルヤは敢えてハ
レルヤに人格を渡さずに自らの手でナナシさんの命を奪った。
ハレルヤの用いる刃のついた棍では小回りがきかなかったのかもしれない。
どちらにせよ、アレルヤに深い心の傷を負わせてしまったのは事実だ。



「ごめん、ありがとな」

撫でていた手をアレルヤの頬に添えて笑顔を促す。

「お前が気に病むな。あの人は本当に、それくらいの覚悟がなきゃ勝てない人だ」

俺はもう一度倒れたナナシさんの方を眺めて言った。

「俺には…できなかった‥‥」



その時の表情はアレルヤにはどう映っただろうか。
泣きそうに見えただろうか。確かに辛い気持ちではあった。

「だから‥‥ありがとな、アレルヤ…」

アレルヤに人殺しをさせてしまったこと。
自らの手で過去に区切りをつけられなかったこと。

現在はともかく、一時は親のように慕った人を再び失ったこと。



辛くて、悲しかった――




-------------------------------------------------------------------------------------------

姫ロックオン救出おめでとう!!だけどなんか手放しでハッピーエンドとは言えないような結末です
よね…。
ニールの過去話とか読んでくださった方にはわかるかと思いますが、本当にニール坊やはナナシさん
のこと慕ってたんですよ…(;_;)確かに夜はちょっと怖かったかもしれないけど、それでもテロの後、
触れ合い方は間違ってしまったけれど本当に大好きな人で大切な人で、その人を刺したことがひどく
トラウマになってたんです。
無闇に罪のない人たちを殺すマフィアやテロリストは恨んでいたニールでしたが、ナナシさん自体は
憎んでなかったと思うんですよね。ただマフィアの幹部だったからニールは…。

次回、ビルから帰還するアレルヤとロックオン。あとがき長っ!(汗)


2008/04/15

BACK -13へ