紅いナイフの鞘は誰-10 ごめん なんて、 言うべきは僕の筈なのに ロックオンはスーツ姿の男に仰向けに拘束されて、服を脱がされかけた状態で僕を見つめた。 震えた声で「ごめんな」と呟いて、後は嗚咽を漏らしながら泣いている。 ごめん、なんて、すぐに助けに来れなかった僕が言うべき言葉なのに、 なぜ貴方が泣きながら言うの? きっと僕がひどく傷ついた顔をしていたんだね。一度も重ねたことのない貴方の肌が、僕の知らな い男に染められてしまったから。 けれど貴方は気づいてない。 貴方自身が一番傷ついた表情をしていることに。 ――ごめんなさい。泣かないでください‥‥! どうして僕の腕はこんなにも貴方に届かない‥‥ ◇ ナナシは喉奥で楽しそうに笑ってアレルヤに尋ねる。 「俺の部下達では相手にならなかったみたいだな。けれど、もう少しニールと二人きりの時間を楽 しませてくれる気はなかったかな?」 「お前は…なんなんだ‥‥!?ロックオンを離せ‥‥!!」 ナナシの言葉に応じる気はアレルヤには毛頭なく、拳を握り締めて、辛うじて気丈に叫び返した。 ナナシは嫌な笑みを浮かべ、ロックオンの腕を掴むと体を起こさせアレルヤの方に向け、膝立ちの 状態になったロックオンの髪を掴んで上向かせた。苦しげな声が涙を溢すロックオンの口から漏れ る。 「俺の名はナナシ。ニールに銃とナイフと躯の扱い方を教えたのは俺だ」 「ナイフ‥‥?」 アレルヤの知るロックオンは多種に及ぶ銃を駆使し、ソレスタルビーイングの任務をこなす狙撃手 の役割を担っている。刹那のようにナイフを使って戦う姿など見たことがない。 そして更に… 「から、だ…?」 「やめてくれナナシさん!言わないで!アレルヤには…アレルヤにだけは‥‥ぅぅっ!!」 髪を強く引かれ、苦痛の声を上げるロックオン。ナナシは笑みを携えたままアレルヤの呟きに答え る。 「情報屋やタレコミ屋に躯を売って情報を仕入れる。裏の社会ではおかしくない取引だ」 アレルヤの視線がロックオンの乱れた服に向く。そうしたくなかったが、ナナシの手がロックオン の髪から首筋をなぞるように動いたので引かれてしまった。 「言わないで!お願いだナナシさん!!もうそれ以上は…、ぁっ」 ナナシの指が滑った跡を紅い舌が這った。ナナシはクククと笑う。 「俺は嬉しいよ、ニール。俺が教えた癖をまだ覚えていてくれて。そんな出来のいいお前だから、 情報屋達は喜んでお前を犯して殺されていったんだろうな」 「ん、んんっ!!」 「今更恥ずかしがることではないだろう?昔はよく、部下が邪魔に入ってきたじゃないか。せっか くお前がいい声で鳴いていたというのに…」 羞恥に染まった頬、涙の膜の張った瞳、喘ぎを漏らす反らされた喉。 アレルヤは見たことのないロックオンの姿に愕然とする。 「ここまで言えば、俺とニールの関係をわかってくれたかな?ニールの王子様?」 膝を折り、アレルヤの瞳は呆然とロックオンを映していた。ロックオンは一際大きな涙の粒を落と す。 「もう一度俺の物になりなさいニール」 「嫌だ…!俺は…もう、違う!俺は…、っ!?」 「!!」 見せつけるようにナナシはロックオンに深く口づけした。ロックオンは嫌だ、と顔を左右に振るが 顎を掴まれて逃げられない。どちらのものともわからない唾液がロックオンの口の端から流れた。 翡翠色の瞳がアレルヤの方を向く。それは「見ないでくれ」と訴えているようにも見えたし、「ご めん」と謝っているようにも見えた。けれどもわかる。心の奥でロックオンが最も願っているのは 『助けて』―――だ。 「ロックオン‥‥」 銃の扱いの訓練は受けた。だけど今は近くにいるロックオンに当ててしまうかもしれない。だから アレルヤは棍だけを握り締めた。 「ロックオンは‥‥」 ナナシがアレルヤの動きに気づいてロックオンの唇を解放する。スーツの懐に手を入れた。 「ロックオンはソレスタルビーイングのスナイパーだ!お前には渡さない!!誰にも渡さないっ!!」 瞬間的に駆け出したアレルヤは床を蹴り、ナナシの投げたナイフを棍で払い落とし、一歩下がった ナナシの眼前に棍を叩きつけた。ロックオンはナナシに拘束されたまま引きずられるようになんと か両足で立ち上がる。 「アレルヤっ…!」 ナナシはロックオンを引き寄せ、アレルヤは盾にされることを恐れて棍の勢いを緩める。しかしナ ナシはロックオンを脇に突き飛ばし、 「落ちてはいけないよ、ニール」 「っ!?」 「ロックオン!!」 ふらついたロックオンの体は欄干を越えて宙に投げ出された。 「ロックオォォン――っ!!」 アレルヤの叫び声がビルの中に木霊した―― -------------------------------------------------------------------------------------------- あ、この二人(ていうか三人。アレハレロク)はまだ肉体的な関係はありません。 ひとつはロックオンが昔を思い出すからうまく断っているのと、もうひとつはアレハレが未経験だか らなんですよね(苦笑) さて、欄干から落とされちゃったロックオン。これ、ナナシさんがアレハレと決着つけるためにわざ とロックオンを落としたんですが、このあとどうなるのでしょうか。 次回は最初、アレルヤ視点であとはロックオン視点です。 2008/04/09 |