fellow shadow-1 「あぁ、かったるいなぁ…」 『俺が代わって暴れてやろうか?』 「うわっ、駄目だよ!ていうかいきなり話しかけてこないでよ!」 いつもと同じ。 平凡な町。単調な問診。 消えないもう一人の自分。 アレルヤ・ハプティズムは“ハレルヤ”というもう一つの人格を宿す、 それ以外はいたって普通の保育園の保育士。 今日は二週間に一度の定期カウンセリングの日。養父のセルゲイが一つ の体に二つの人格を宿すアレルヤを案じて病院も費用も用意してくれた のだが、 「(正直なところ、別にハレルヤのこと負担になんか思ってないし。― ―…そりゃ確かにいきなり話しかけられるのはびっくりするんだけど…)」 ぼんやりとそんな事を思いながら、アレルヤは病院の中庭で昼下がりの午後 を過ごしていた。 飲んでいたカフェオレが空になったのを機に院内へ戻ろうと腰を上げる。予 約の時間までまだしばらくあるが、待合室の椅子も空いた頃合いだろう。 勝手知ったる薬の匂いのする風景をのんびりと歩く。 ――と、不意に違和感を感じて立ち止まった。 「‥‥‥?」 キョロキョロと辺りを見回すが特に目を引くものはない。 リノリウムの床に貼られた『段差注意』の表示も相変わらず角が剥がれたまま だし。リネンを目一杯カゴに詰めて歩いていくおばさんもいつもと変わらず会 釈をしてくれた。 会釈を返して、アレルヤは首を傾げると廊下を来た方へ数歩戻ってみた。 「あっ‥‥‥」 違和感はそこにあった。 外来受付の広いロビーの隅に佇む男の姿。 晴天の陽の光を浴びて、彼の色白の肌はまるで透けているように見えた。 自分と同じくらいの長身で、どちらかというと痩せている。だが、ひ弱という 印象は受けない。 髪は肩にかかるくらいの長髪で少し癖があるようだ。 目の色までは見えないが北欧の出身だろうか…。 『へぇ…美人だな。お前にしては趣味のいい』 「なっ、ちょっ、違うってば!」 『だが、アイツは男だぞ?いくら美人でも守備範囲外じゃないか?』 「だから違うってば!!」 ロビーにいた患者や看護師の目が一斉にアレルヤの方へ向く。 アレルヤはハレルヤと会話しているつもりだが、ハレルヤの声が聞こえない他人 にはただの独り言にしか見えないからだ。 一人で腕を振り回すアレルヤに集中する視線。その内に看護師たちや顔馴染みの 患者はいつもの光景、と各々の手元に目を戻すが、それ以外の人物は好奇の眼差 しをアレルヤから外せない。 それは窓際に立つあの男も同じで。 口元に指を寄せてクスリと笑った彼と、赤面してハレルヤに抗議するアレルヤの 視線が一瞬だけ交じった。 「!?」 『恥ずかしい奴…』 慌てて視線を逸らしたアレルヤは呟いたハレルヤの言葉に叫び返したいのをグッ と堪えた。 壁に背を預けて周囲の視線から逃げる。 『阿呆』 「‥‥‥‥‥」 ◇◆◇ 「ハロ!オデカケ!ロックオン!オシゴト!」 「お出かけ気分はいいけど、もう喋るなよ。敵さんにバレちまう」 旅行鞄を持ち上げた男は鞄の中にあるオレンジ色の球体に向かって人差し指を口 元に立てた。 オレンジ色の球体――人工知能のハロはピコピコと目(?)を光らせると了解の意 を示す。 ハロの傍ら。鞄の中には黒光りする銃のカートリッジが二、三転がっていた。 「よーし。それじゃ、お仕事に行きますか…」 そう言った男が見上げた先は市内有数の総合病院。 彼の名はロックオン・ストラトス。見た目は長身痩躯の北欧出身の男だが、実は テロ防止組織の狙撃手だ。 『ロックオン』というのもその組織内のコードネームだったりするが、もう二度 と本名を告げられる相手もいないと彼自身が胸に塞いでしまっている為、ロック オン・ストラトスが今の彼の名前になっている。 風になびいた茶色の髪を片手で押さえて、ロックオンはざわめく院内のロビーへ 足を踏み入れた。 概観して、二日前に偵察に来た時から目立つ変化はなかった。これなら後は、目 的の男が現れるのをただ待つだけである。 外来受付のロビーの隅、柱の側で鞄を足元に置いて患者の出入りをさりげなく見 張る。 今日の仕事は、隠密に入院している官僚を狙ったテロリストの処理。 用いるのは麻酔銃だが、念のため実弾も用意してきている。 「(目印は‥‥――)」 指示書にあったテロリストの特徴を頭に思い描きながら周囲を窺う。殺気は消して。 ふいに 「なっ、ちょっ、違うってば!」 ロビーに男の叫び声が木霊する。 ロックオンが声の主を探すと『小児科・精神科・眼科』の案内のある廊下の入り口 に、腕を上下に振って言い訳でもするように喚いている一人の青年がいた。 右目を長い前髪で隠し、その黒髪は色的にも自分の髪より硬質なんだろうなぁとな んとなく思う。 背は自分と同じか少し高いくらいで、引き締まった体つきはしなやかに狩りをする 豹を思わせた。 少し掠れるような声で叫んでいる。独り言には見えないので様子を見ていたら、あ まりに必死な姿に思わず笑みがこぼれた。 と。唐突にその青年と目が合う。 「おっ…」 青年は一瞬だけ体を硬直させると、パッと壁の向こうに姿を消した。 赤面して背を向けたその姿に愛しさのようなものを覚える。 「くくっ、変な奴‥‥」 耐えきれず、声を漏らしたその時、彼の脇を一人の男が通り過ぎて行く。 ロックオンの脳裏にひらめくものがあった。 「(アイツは‥‥)」 ピコピコ… 鞄の中のハロが目を赤く点滅させる。 「ミッション開始だぜ、ハロ。頼むから大人しくしててくれよ」 屈んで裾を直す振りをして、しっかりと標的を見据える。腰に差した麻酔銃がちゃ んとそこにあるか確認するのも忘れない。 鞄を持って立ち上がり、人目のない場所まで、ロックオンはテロリストの男の尾行 を開始した。 ---------------------------------------------------------------------------- このころはまだハロがミッションに同行してたんだなぁ、としみじみした(苦笑) 2007/12/07 |