Encounter with wound-4 「ナナシ!」 食堂に入ってきたアリーに一番に反応したのはパトリックだった。 「親父!」 「パトリック、ナナシは…」 「ん…なんか‥‥」 パトリックはアリーを見て、食堂の奥の方に目を遣る。そちらを見ると、なんとなく甘い匂いが漂っ てきた。 「なんか、イアンさんに手伝ってもらいながら‥‥ホットケーキ作ってる…」 「は?」 その時、ちょうど奥から皿を持ってナナシとイアンが現れる。 「ナナシ!!」 「!アリー…!!」 アリーはナナシに駆け寄り、取り敢えずホットケーキを乗せた皿をテーブルに置かせてぎゅうぎゅう と抱きしめた。 「アリー…っ、ちょっ…苦しい…!!」 「ナナシ、ごめんな!辛い時に一人にさせるようなこと頼んで…!!腹痛いって?そうだ顔の傷…!」 「簡単にだがパトリック君が手当てしてくれた。モレノの手が空いたらちゃんと診てもらうから大丈 夫だ。…っ、大丈夫だから離せ!!」 ナナシはチラチラとパトリックの方を見る。恥ずかしいというのもあったが、この場合は違う。 アリー、パトリック、ナナシを巡る気まずい人間関係が原因だ。 16歳にして子どもを作り結婚し、パトリックの父親になったアリー。しかしパトリックが三歳になる 頃に離婚。原因はアリーが弁当作りに熱中し、家庭がうまくまわらなくなったことらしいが本当は違 う。 本当の原因は、アリーが気づいてしまったことだ。アリーはナナシを親友以上の存在として求めてい た己の心の内に気づいてしまった。また、ナナシもアリーに好意を持っていたことに気づいてしまっ た。 パトリックはナナシを恨んでいるわけではない。そうではないのだが、ナナシがパトリックに対し、 苦手意識を持っているのでパトリック自身にもそれが伝染してしまっていた。 「傷は平気だ!だから、は・な・せっ!!」 ナナシの踵がアリーの足の甲に入った。 「うぎゅおっ!!」 奇声をあげてうずくまるアリーを見下ろす。 「馬鹿が!!――…アリー?」 その時になって、ナナシはアリーの唇の端が腫れ、血が垂れているのを見つけた。アリーはナナシの 目が自分の口に向いているのに気づき、笑ってみせる。 「大丈夫だ。もう一人の俺に蹴られただけだから。ただ…――」 突然、アリーの表情に翳りが落ちた。 「ただ、もう一人のナナシを…守ってやれなかった‥‥」 ナナシはハッとし、反射的に右腕を庇う。パトリックとイアンの表情も曇った。 「痛いのか?」 「さっき、一瞬だけすごい痛んだんだ。まさか、腕を…?」 「あぁ、もう一人の俺が踏み砕いた」 「っ!!」 ナナシは悲痛な面持ちで、イアンがナナシの肩を軽く叩く。 「なんとかなるのか?」 「モレノさん達がいま治療してる。たぶん、大丈夫だ」 「そうか」 イアンは宥めるようにナナシの頭を撫でた。 「ほら、大丈夫だと言っているだろう。アリー、ナナシは機械が扱えんから俺も手伝ったが、ナナシ の作ったホットケーキだ。一息入れたらどうだ」 「だな!ん〜、やっぱナナシのホットケーキは美味そうだ!!」 アリーは起き上がり、テーブルに着くとフォークを手に取る。 「腹痛かったり腕痛かったりしたんだろ?なんでホットケーキ作ってくれたんだ?」 「な、別にお前の為に作ったわけじゃない!!」 向かいの席に着きながらナナシは叫んだ。イアンが苦笑して答える。 「いつもお前さんを待っている間はホットケーキを作って待っているから、同じ待つでもこのほうが 落ち着けるんだとよ」 「ばっ…ヴァスティ!!余計なことを言うな!!」 「“いつも俺を待っている間”?」 「弁当運んでるからだろ」 「あぁ…!あれ?でもいつもホットケーキがある時は“お前が遅いから昼飯を作っていたんだ”って…」 「いっ、いいから黙って食え!!」 ナナシはアリーから顔を逸らし、もう一本のフォークをアリーの指の間に突き刺した。パトリックと イアンは少し後ずさり、アリーだけは動じずに持っていたフォークでホットケーキを切る。 「んじゃ、いただきまぁー…、っつ、痛…」 大きくホットケーキを頬張ろうとして開けた口の端に血が滲み、アリーは口を押さえてフォークを皿 に置いてしまった。 「馬鹿蟻…」 ナナシはアリーの置いたフォークを取り、ホットケーキを更に小さくする。それを再びフォークの先 に刺して、アリーの方に向けた。 アリーはそれとナナシを見比べ、情けなく顔を崩して笑う。 「サンキュ!」 ぱくっと、あーんしてもらったホットケーキを満面の笑みで堪能するアリー。パトリックは呆れて苦 笑いした。 もう一つ差し出したナナシに、アリーがもう一度「あーん」と口を開けたところで何者かの手が間に 入ってナナシの手を掴む。 「俺にも食わせてみろよ」 「っ、!!」 フォークの先にあったホットケーキのひと切れが現れた人物の口の中に消えた。 アリーの背後に立ってホットケーキを横取りしたのはもう一人のアリー――――別世界のサーシェス だった。 「甘ぇ…。どれ、お前はどうなんだ?」 「っ、やっ、!!」 飄々と体を乗り出し、ナナシを無理矢理立たせるとテーブルの上に手をついてナナシの唇を奪う。 「テメェ!やめろ!!」 いきなりの事にアリーとパトリックが我に返ってサーシェスを引き離したのは、手の早いサーシェス が散々ナナシの口内を犯した後だった。 息を乱したナナシを見てアリーはサーシェスに掴みかかる。 「へぇ、やるか?俺と」 サーシェスは目を細めて笑い、掴みかかったアリーの手をいとも簡単に外すと反対に捻り上げてしま った。 「い、っつ…くそ!!」 「親父!」 「アリーっ!!」 加勢しようとしたパトリックを裏拳で弾く。 「坊主!」 「パトリック君!!」 倒れたパトリックにはイアンが駆け寄り、関節を拘束し首を絞めようとしているサーシェスにナナシ は飛びついた。 「アリーを離せ、アリー!!」 ナナシはサーシェスを睨む。その目を眺め、サーシェスはアリーの拘束を解きながらナナシの腰を抱 き寄せた。 「殺気がまるでない。何もかも甘々だ。けれど…」 サーシェスの長い指がナナシの唇をなぞる。 「…――お前のほうが俺の世界のアイツより強そうだ」 「俺にあんな真似はできない!!」 「ククッ、そういう意味じゃねぇよ…、!!」 もう一度ナナシと唇を重ね合わせようとしたサーシェスが、大きく上体を逸らした。その場所をアリー の拳が空振りする。 「ナナシから離れろ…!!」 一瞬だけ感じた殺気。サーシェスはアリーをじっと見つめている。やがて小さな声で「アイツに似て いる…」と呟いた。 「あァ!?」 「こっちの話だ」 自嘲のような笑みを浮かべ、サーシェスはナナシの体をアリーに向けて押し出す。二度と奪われない ようにナナシを抱きしめるアリーを一瞥し、背を向けた。 「アリー・アル・サーシェス!!」 食堂に駆け込んできたのは別世界の刹那。容赦なく持っていた剣をサーシェスに突きつける。 「怪我はないか」 視線をサーシェスに固定したまま、刹那が言った。後を追ってこの世界のロックオンもやって来る。 「俺は足を怪我してんだぜ?それをあっさり逃しちまうなんて…。お前らの目は節穴だろ」 ククッとサーシェスは喉奥で笑った。ロックオンが銃を突きつけたのでサーシェスは嫌々両手を上げ る。剣をかざしたまま刹那は告げた。 「部屋を用意した。元の世界に帰るとなったら出してやる。それまで大人しくしていろ」 「随分と偉そうな口きくようになったな“ソラン”」 「っ!!」 小さく息を呑む刹那に代わり、ロックオンがサーシェスの後ろにまわって歩くように急かす。 「しゃァねぇな。行ってやるか。ちゃんと三食と酒、用意しろよな」 「飯は運んでやるさ。無駄口叩いてるんだったら早く行けよ。…刹那、行くぞ」 「、あぁ…」 刹那は剣を収め、しかし柄には手を添えたままロックオンと共にサーシェスを連れて食堂を出て行っ た。 「邪魔をして悪かったな。後は安心して食事にしてくれ」 それじゃ、と笑ってみせたロックオンの背も見えなくなる。 後に残された四人。そのうちナナシはアリーに抱きしめられたままなのだと気づいて、 「あでゃでゃでゃ…!!」 「今すぐ離れろ馬鹿!!馬鹿蟻!!」 抱きついた腕をぎりぎりと捻った。 それからもう一人のナナシが治療を終え、別室で目覚めるのは半日が過ぎ、日も落ちた頃だった…―― -------------------------------------------------------------------------------------------- 地の文が少ないと読みづらい!! すいません、こんなんが感想で(苦笑) 奥スナナナシさんはFSナナシさんよりも精神的には強いと思います。多分それはアリーがいるから だと思います。アリーがいるから、自分の弱い部分はアリーに任せられるというか、だから身軽で気 が楽なところがあるんじゃないかな、と。FSナナシさんは弱みを見せられる相手がいない分、身動 きが取れなくなってるところがあると思います。 2008/07/04 |