Encounter with wound-2 木漏れ日差し込む林の中、近くには小川が流れていた。そこは自分の知らない場所。 見馴れた後ろ姿に声を掛けたら、見馴れない不敵な笑顔。首を傾げて名前を呼び直す間もなかった。 ナナシはサーシェスに容易に押し倒されてしまう。 「っ、アリーぃっ!?」 「んー、どうした。いつものお前らしくねぇじゃねぇか」 ナナシの目は怯えと動揺を映し、押し倒され、両手を頭上に拘束された状態でサーシェスを見上げた。 「ど、したんだ…っ。いつもと違うのはお前のほうだろう!?」 「あァン?俺はいつも通りだぜ?俺を殺る気がねぇなら…――」 ――ヤらせろよ。 「っ!?、ぁ、アリー!?」 襟を開かれ、サーシェスの舌がナナシの鎖骨をなぞる。 「や、めろ!!外だぞ!!」 ナナシの足がサーシェスが跨いだ躯の向こうでバタバタと抵抗を示すが、同様に引き抜こうとする両腕は サーシェスの強い力で自由にはならなかった。 「お前がンなこと気にするとは意外だな。路地裏でヤったこともあっただろうが」 「なんの話だ…っん、!?」 慣れない感覚だったが、ナナシはサーシェスが何をしたのか敏感に感じる。鎖骨の辺りに紅い徴を残され たのだ。 サーシェスはナナシの白い肌に散らした紅い花弁を舐めながら、ふと気づく。 「――…お前、躯熱いな。六年前を思い出すぜ」 「六年、まえ…!?」 サーシェスは僅かに眉を潜め、改めてナナシの顔をまじまじと見た。 「お前‥‥ナナシか?」 サーシェスの疑念はナナシが欠片も殺気を放たないことにある。むしろ目の前のナナシはサーシェスに対 して、心を許しているような雰囲気があった。今のナナシは無理矢理襲われることは初めてではない筈な のにひどく動揺が見られる。 「なに、言って…?」 ナナシは怯えた瞳でサーシェスを見ている。一度も見たことのない弱々しい視線。 サーシェスは喉奥でククッと笑った。 「たまにゃぁ弱気なお前を抱くのもいいかもな。いつもの倍以上鳴かせて喘がせてイかせてやるよ!!」 サーシェスの不穏な宣言に身を強ばらせるナナシ。サーシェスの指がナナシの服の裾に滑り込む。乱暴な 愛撫にナナシは悲鳴をあげた。 「アリーやめろ…っ、!!嫌だ!やめろ!!」 「よしよーし―――もっと鳴け」 「っぁ、ゃぁ、あ…っ!!」 ナナシの両足はただ空を蹴るばかりで、その足が数瞬、快楽に震える。頭を左右に振って「嫌だ」と叫び 続けるもサーシェスの笑みを深く刻むだけだ。 「――今のお前ならやってくれそうだな、口」 ナナシはサーシェスの言う意味が理解できなかった。否、理解したくなかった。 サーシェスがベルトの金具を外し始めて、ナナシはこれまで以上に抵抗を激しくする。 「い、やだ…っ!嫌だ、アリー!!アリー…!!」 その時だった。 「ナナシ!!」 いま目の前にいるサーシェスと同じ声が、此処とは違う場所から聞こえた。 「あァ?」 「!?」 ナナシに跨がったサーシェスがベルトを直しながら背後を振り向く。ナナシもまたサーシェスの体ごしに 声のした方向を見た。 林の向こうから現れたのは、押し倒されたナナシが最も求めていた人物…、 「アリー…――」 もう一人のアリー。しかし彼の名はアリー・M・サーシェスといった。 「俺と同じ顔だと?ハッ、気味が悪ィなァオイ!!」 ナナシに跨がったまま、サーシェスはジャケットの内から拳銃を取り出し、銃口をアリーに向けた。 「くっ…!!」 「アリー!!」 サーシェスの拘束から逃れられないナナシは悲痛な声でアリーの名を叫ぶ。その声に重なって銃の引金は 引かれた。 キィィンッ、と甲高い金属音が響く。 「怪我は?」 銃弾を弾いたのは冷たく光る銀色のナイフ。アリーの前に立ちはだかったナナシの一閃だ。 「っ、ない、大丈夫だ!」 「ならいい」 サーシェスは、現れたもう一人の自分とナナシに目を細める。僅かな時間思案し、やがて口の端を吊り上 げた。 アリーは自分と瓜二つの凶悪な顔と、ナイフを構えたまま微動だにしないナナシを見比べて警戒を強くす る。 「ナナシ、アイツがお前の世界の俺か」 「あぁ。彼処にいるのはお前の世界の俺だな?」 背後のアリーが頷く気配を読み取り、ナナシは鼻で笑った。 「情けない姿だ。虫酸が走る」 「漸く合点がいったぜ。別人だと思ってたコイツはまさしく別人だったわけだな。パラレルワールドって やつか!アハハハ…!!」 「パラレルワールド…。じゃあ、このアリーは…――」 地面に押し倒されたナナシがサーシェスを見る。サーシェスは豪快に笑っていた声を治めるとニヤリと邪 悪な笑みを浮かべてナナシを見下ろした。 「まぁ、別人でも、ナナシと同じ顔が恐怖にひきつるのは見ものだったぜ?」 サーシェスは腰から大振りのナイフを引き抜く。そのままナナシの顔の横まで持っていった。 「ちゃんと最後までやりてぇなァ…。ってことで、続きはもう一人のお前を殺してからだ」 ナナシの腕の拘束はとっくに解かれているのに、何故か身動きが取れない。ひんやりとした物がナナシの 頬に触れた。 「こいつァ、それまでの予約のシルシだ!!」 「っっ、ぁっ…!!」 「ナナシ!!」 「チッ…!」 サーシェスはナナシの頬をナイフで切り裂く。真っ赤な血が散って、ナナシは反射的にその箇所を両手で 押さえて顔を背けた。 「アリィィッ!!」 「ナナシィッ!!」 ナナシは絶叫し、放たれたナイフを弾いて、嬉々とした笑みを浮かべたサーシェスは横に飛ぶ。飛び退き ながら、数回の銃撃をナナシに向けた。それをナナシはアリーを横に突き飛ばしながら反対に飛んで避け る。 「アリー!“俺”を」 「すまねぇ!!」 アリーは地面に手をつきながら立ち上がり、倒れているナナシに駆け寄った。サーシェスの攻撃が二人に 向かないようにナナシはサーシェスに対して猛攻を仕掛ける。 「ナナシ!ナナシ…!!」 「アリー…っ!」 苦しげなナナシの声がアリーを呼んだ。アリーはナナシの横に膝をつき、優しく引き寄せて腕に抱きしめ た。 「大丈夫か!?」 「アリー…、アリーだな?お前は俺が知ってる“アリー”なんだな?」 「あぁそうだ…!もう大丈夫、大丈夫だからな!!」 アリーは紐がほどけて乱れたナナシの黒髪を撫でる。恐怖に強ばっていたナナシの体がアリーの温もりに 和らいでいくのを感じた。 「あれは“俺”なのか?パラレルワールドって…」 アリーの腕の中でナナシが問う。アリーは少しだけ体を離して、落ち着いた声で答えた。 「今、俺たちの世界は他の“俺”たちの世界とごっちゃになってんだよ。お前を怖い目に遭わせたのは別 の世界の俺で…――」 「別世界のお前と戦っているのが別世界の俺、か…」 「――…そういうことだ」 アリーの腕に抱かれながら、ナナシは幾本ものナイフを操り死闘を繰り広げるもう一人の自分を見る。ア リーもまた、その視線に釣られて目をそちらに向けた。 サーシェスとナナシは殺気を纏いながらナイフを向け合う。 「もう一人の“俺”はどうだった?なァ、ナナシ」 「何がだ!!」 ナナシの投げた細身のナイフは既に見切られているのか、いとも容易く避けられた。サーシェスが間合い を詰めてきて、嫌な形に歪められた口で囁きかけてくる。 「ヤったんじゃねぇのかよ?」 ナナシは二本のナイフを舞うように翻してサーシェスを牽制した。再びお互いに距離を取り合う。 「アイツはそんな男じゃない!!アイツは…!!」 「ハハッ!なんだよ、その顔!!好きにでもなっちまったかァ?別の世界の“俺”をよ!!」 「‥‥っ!!」 図星とは思いたくなかった。自分が優しさや温もりを求めているとは思いたくなかったし、思えなかった。 ――それにあの“アリー”は、別世界の“俺”を…。 ナナシは無意識に、ナナシを抱き起こしたアリーの方へ視線を向けてしまう。そこでハッとして、二人を 逃がしそびれていたことを思い出した。 「何をしている!?さっさと“俺”を連れて逃げろ!!ニール坊やたちを呼んでこい!」 言われた方のアリーとナナシも、そこで漸くサーシェスとナナシの戦闘に見入ってしまっていたことに気 づく。慌てて立ち上がって林の中へ駆けて行こうとした。 手を握り合ったアリーとナナシの去ろうとする場所で、別世界の自分達が憎しみの言葉を吐きながら殺し 合いをしている。 「っ、死ねよアリィィィ!!」 「死ぬのはテメェだナナシィィィ!!」 ナナシの右足がサーシェスの銃を蹴り飛ばし、黒光りする凶器は小川に落ちた。サーシェスのナイフがナ ナシを追って横薙ぎに空を裂くがナナシは地面を転がって避ける。振り返り、ナナシは逆手に持ったナイ フでサーシェスの喉元めがけて伸び上がった。 サーシェスの頬をナナシのナイフが掠める。 「また俺の勝ちだな、ナナシ」 返したサーシェスの刃がナナシの左脇腹を深く抉った。 「っっ!!」 「ナナシ!!」 避けられたナイフを手元に戻すより前に、更にサーシェスはナナシの腹を蹴って吹っ飛ばす。ナナシは為 す術なく地面を何回転もしてから、やがて止まった。夥しい量の紅が地面を濡らす。 「くそっ!ナナシ…!!」 アリーが慌ててナナシの傍に駆け寄った。横向きになっていた体を仰向けにして、出血している箇所を両 手で押さえる。 ナナシの目蓋が薄く開いてアリーを見た。 「ば、か…。おまえ、はやく、逃げろ…て‥‥」 「喋んな!!――ナナシ!モレノさん呼んできてくれ!林を抜けた先のコンテナに居るから!!」 アリーに呼ばれたほうのナナシは腹を裂かれて瀕死の自分から目が離せない。 「ナナシ!」 アリーがもう一度ナナシを呼ぶ。そうしてやっと血の呪縛から解かれたナナシは踵を返して林の向こうへ 駆け出した。 心臓が脈打つ度に真っ赤な血がドビュッ、ドビュッ、と傷口を押さえたアリーの指の間から溢れ出る。 ほんの数秒で脳裏にその光景が刻みつけられたナナシは、頭を振って前方を見据えた。木々の合間にコン テナを見つける。絡まりそうになる足を急かした。 刺されたのは自分ではないのに左の脇腹がひどく痛んだ…―― ----------------------------------------------------------------------------------------------- まったく違う関係性を持つ二人と二人。 それぞれお互いの姿を目にした時、感じる心は嫌悪か恐怖か。 争いと平和の世界に生み出された彼らの出会った道の先は…――。 なんとなく次回予告風に言ってみました(笑) 2008/05/27 |