Encounter with wound-1 ロックオンらと別れ、森の中を歩いていくナナシ。その後をアリーが追う。 「何故ついてくる」 「ん?お前が気になるから」 ナナシは舌打ちし立ち止まると、素早く後ろを振り返ってアリーにナイフを向けた。 「うぉ、あぶね!」 早歩きのナナシに追いつこうと急ぎ足だったアリーは鼻先にナイフを突きつけられて、慌てて踏み出した 足にストップをかける。 「巫山戯るな。俺は言った筈だ。お前の顔は俺の殺したい奴と同じ顔だってな」 「だからって、そう邪険にすることないだろ」 アリーは両手を肩の高さまで上げて降参の意を示しながら笑った。しかしナナシの眼光は鋭く光り、僅か に殺気が漏れる。 「それ以上近づくな。お前が俺の世界のアイツとは別人だとしても、アイツと同じ姿で俺に触れるなら、 容赦なく殺す」 ナナシの言葉が威しでないのは、平凡な弁当屋を営むだけのアリーでもわかる。どこか哀しげにアリーは 苦笑した。 「お前が俺の世界のアイツとは違うとわかってても、いざ同じ顔に“殺す”なんて言われるとショックで かいな」 ナイフを人差し指の先に引っ掛け、そっと避ける。ナナシとの距離を縮めようとしたが、ナナシはアリー の指を払って、ナイフをアリーの喉元に突きつけた。 「殺すぞ…っ!!」 「それはちっと困るかな」 ナナシの怒声に対し、アリーの返答は穏やかだ。今度は左手で、ナイフごとナナシの右手を掴む。薄皮が 切れて血が滲んだ。 「お前の世界の俺は、お前にどんだけ酷いことしたんだよ」 ナナシはナイフを強く握って体を引こうとするが、それ以上に強い力でナナシの手を掴んでいるアリーか ら離れることができない。 「離せ…!」 「まだ駄目だ」 アリーは静かな声で断言し、新たに懐からナイフを取り出そうとしたナナシの左手首も捕まえて、グイと 引き寄せた。 ロックオンやハレルヤに対する紳士的な態度、敵と相対した時の凄まじい殺気、立居振る舞い、口調、雰 囲気…――。 そのどれもが、今ここにいるアリーの知るナナシとは違ったけれど、腕に抱いた線の細い体は確かに元の 世界のナナシと同じ。思っていたよりもずっと華奢な体だった。 「――…震えてる‥‥。怒ってんのか?――怖いのか、“俺”が」 アリーの肩口に頭を乗せるように抱かれ、ナナシは更に強く拳を握りしめる。自分でも自覚していなかっ た“アリー”に対する恐怖が、さっきよりもひどい震えとなってナナシの体に露になった。 ナナシの左手を離したアリーの手が、優しくナナシの頭を撫でる。 「大丈夫だ。俺は何もしない。ただ、お前の震えが止まるまで、抱きしめさせてくれ」 ぎゅ…とアリーの大きな手の平がナナシの頭ごと体を抱きしめた。 「力を抜け、ナナシ‥‥」 アリーの声がナナシの耳に柔らかく響き、いつの間にか短く早くなっていた呼吸が、アリーの心臓の音に 合わせて元に戻っていく。 ナナシは初め、強い警戒を見せた。そして次に戸惑い。 ロックオン―――ニールを抱くことは何度もした。抱きつかれることもあった。 けれど、こんなのは初めてだった。 「アリー…――」 ともすれば聞こえなかったかもしれないほどの声で、ナナシはアリーの名を呟いた。 「――…お前が、俺の世界の“アリー”だったら、ニール坊やにあんなトラウマを残したりしなかったの に…。刹那君の両親も殺されたりしなかったのに…」 ナナシの手が弱くアリーの腕に添えられる。それはナナシにとって、生まれて初めて、人にすがるという 行為。 別人――とはいえ、アリーにはナナシが滅多にそのような素振りは見せないことぐらいわかる。 別世界の刹那やロックオン、ナナシにこれほどの憎しみや恐怖を植え付けた、もう一人の自分とは一体ど んな人間なのか。 「そっちの世界の“俺”は何者なんだ…?」 ナナシは表情をアリーの肩に隠したまま答える。 「殺し屋だ。興味を持った物は手に入れ、飽きたら捨てる。ガキみたいな人殺しだ」 なんとはなしに尋ねた問いに返ってきた答えは、半ば予想していたものだったが、それでも少しショック だった。 顔を上げ、震えの治まったナナシは伸ばした腕でアリーの胸を押す。 「お前とは全然違う」 切れ長の瞳は微かに笑っていた。 「“俺”はどうなんだ?お前が俺の知るアリーとは全然違うように、俺もまた別人なんだろう?」 距離を取り、斜にアリーを見ながら今度はナナシが問う。アリーは少し考える素振りを見せてから答えた。 「ん?いや、似てるっちゃ似てるかな。抱きしめようとしたら攻撃してくるとことか」 「ナイフでか?」 「ぐーパンチか蹴り。たまにキッチン用品。フライ返しとかお盆とか」 フライ返しもお盆も、少年期にボスの愛人たちの世話をした時以来触れてもいない。 「‥‥‥‥俺は何者なんだ?」 表情を険しくするナナシに追い討ちでもかけるようにアリーは言う。 「機械音痴でなんとなく天然でツンデレで、あ!ホットケーキが美味い!!」 ツンデレでホットケーキを作る…――最早ナナシには想像の域を越えていた。 自然と眉間に皺が寄り、アリーはそんなナナシの表情を緩めるように眉間をぐりぐりと指先で解しながら 微笑む。 「…その、眉をしかめた顔も似てる」 アリーが手を離し、ナナシは自分で自分の眉間に触れて苦笑した。 「まるで正反対だな、俺たちは」 手近な岩に腰掛け、ナナシはナイフを手の内で弄ぶ。素人目に見てもナナシがナイフの扱いに長けている のは明らかだった。 「俺はハッキングもするし臓器売買も麻薬密売もする。作れる物と言ったら人間の死体くらいだ」 自嘲とも取れる笑みを浮かべ、ナナシはナイフを懐にしまう。 「ナナシ‥‥」 アリーの声がひどく心苦しかった。どういう風に生きれば、アリーのような人間と巡り会えたのだろうと 考えてしまう。 否、どういう風に生きても、いま目の前にいるアリーとは出会うことはなかったのだ。 「?何してんだ?」 ナナシはステンレスのケースを新たに取り出す。その中には小さなビニール袋に入った白い粉と注射器、 筒状の容器に入った白い粒があった。 「ニール坊やのいる所では、あの子に気を遣わせてしまうからな。俺の罪悪が、俺の身体をこうさせたの だというのに…」 「?」 アリーが首を傾げ、ナナシが注射器にその“薬”を込めて自らの腕に押し当てた時、 ―――…〜〜ッ!! 林の奥から叫ぶような声がした。アリーとナナシは咄嗟に声のした方向を見る。 「!?」 「悲鳴?」 「――…ナナシだ」 アリーはそう呟くや否やその方向に向かって走り出した。 「待っ、まさかアリーが…!?」 「ナナシ!!」 ナナシの制止も聞かず、林の奥に駆けていくアリー。 「っ、くそっ!!」 ナナシはそう吐き捨て、注射器をケースの中にしまい、白い粒を数個、口の中に放り込んでからアリーの 後を追う。 それは通称“DS”、Dragon Speed(ドラゴンスピード)と呼ばれる覚醒剤。スピード(覚醒剤)より効きが よく、効き目は長い。 動きの鈍くなっていた四肢が再び思い通りに動くようになり、煩わしさから解放された解放感と、こんな 薬に頼らなくてはならない身体に嫌悪感を感じる。 ナナシは鮮明になった視界の先に、自分の知る赤毛の男を捉えた――。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 切ないです。『どうすればアリーのような人間に出会うことができたのだろう。否、どんな生き方をして もアリーに出会うことはできなかった』ってとこ。 FSナナシさんに安らぎが訪れることはないんでしょうか…。 とまぁ、こんな話をしていた時だったかどうだったか。 「それならサーシェスの双子の兄弟、ゲイリーの登場でしょう!!」みたいなことをDに言われたんでした。 その結果がどうなったかは、ネタメモ集をごらんください。 それからすいません、またパクりです。覚醒剤の名前。某麻薬取締局マンガから拝借しました。 2008/05/27 |