誰にも言えない秘密の泣き言-5 クラウスが出て行ってから、しばらくは玄関で泣きじゃくっていたが、俺は暖房のかかった部屋に戻る と、まずはタオルを引っ張り出してきて荷造りを始めた。丁寧に写真立てを包んでいく。 家族全員で撮った幼い頃の写真。妹と兄さんと三人の写真。 兄さんはどうやってこの世界から抜け出したんだろうか。昼間の世界で普通の生活をすることに、後ろ めたさは感じなかったんだろうか。 そういえば恋人がいたな……。黒い髪の、片目を隠したがっちりした体格の。一見無愛想なように見え て、話しかけてみると今度は頼りなさそうで、でも本当はすごく頼もしい奴。 兄さんは彼に昔の話をしたの?その時は怖くなかったの? 「兄さん…」 兄さんなら俺を助けてくれるかもしれない。俺は手の中にある写真立てを見つめて思った。 AVの仕事をやめようと決めた時、戒めとしてなのだろうか、兄さんが撮ろうと言って二人で映った写 真。 兄さんを頼ればきっと俺を助けてくれるに違いない。新しい仕事が見つかるまで住まわせてくれるだろ うし、仕事探しだって手伝ってくれる。 「(でも……)」 その時、隣に置かれていた時計を見てハッとした。ぼーっとしている場合じゃない。夜までにはここを 出て新しい寝場所を確保しなくてはならないんだ。 テーブルの上を片づけて、取り敢えず必要なものを並べていく。 ―――俺は兄さんを頼れない。兄さんの今の生活を俺が崩すわけにはいかないんだから。 ◇ 夕方。駅前の広場でベンチに座りながら呆然と人の流れを眺めていた。手元にあるのはキャスター付き のトランクと大きめのショルダーバッグ。服はいつもの仕事用ではなく、カジュアルなコート。仕事用 に買ったりもらったりした服はボストンバッグに詰めて、駅のロッカーに押し込んできた。他の私服も 同様に。ここにあるのは数日分の着替えと一着の仕事用の服、それから貴重品だけだ。 家具はすべてリボンズが処分するだろうし、持ちきれなかった服や日用品も他の同僚に回されたり捨て られたりするのだろう。 「はぁ……」 俺は朝から何度目かわからないため息をついた。 クラウスに言われた通り、ここらのビジネスホテルに泊まろうかと考えたが、奴の言うとおりにするの は癪にさわる。かと言って行くあてもないし、俺は途方に暮れていた。 駅のこちら側の広場は反対側と違って健全な店ばかりで、ベッドに誘うような人間は見あたらない。目 に付くのは学生が多く、みなそれぞれにクレープを頬張ったり、ブティックを覗いたりと楽しんでい た。 俺は居心地が悪くてショルダーバッグを抱え、手袋の上から息を吹きかけた。なんとなく、肌寒い気が したのだ。 「兄さん……」 辺りはもう薄暗い。すぐに闇が訪れて一段と冷え込むことだろう。このまま此処に居続けるわけにもい かない。先の見えない不安に泣きそうになって、深く俯いた。 泣いてどうする。大の男がこんな所で泣いてたって、気味悪がられるだけだ。 ぐっと唇を噛んで前を向く。するとちょうど、「あ……」という声に重なった。 顔を上げた先に、見たことのある人物が立っていた。黒髪で、片目を隠した……。以前うっかり客に誘 ってしまった、兄さんの彼氏だ。 「あ、あの……、こんばんは。お、大きい荷物ですね……。どうしたんですか?」 旅行ですか?と尋ねる彼の名前を俺は知らない。記憶が確かならば、兄さんはアレルヤ、と呼んでいた ような気もするけれど。 俺は泣きそうになっていたことを知られないように、無理矢理笑顔を作って微笑んだ。 「アパート、追い出されちゃったんだよ。アンタは?兄さんとデートの待ち合わせとか?」 「あ、僕はテストが終わったので友人達と遊びに来ていた帰りで……。あの、追い出されたって……?」 「そのまんまの意味。行く場所ないんだ」 俺はそう言って、軽い調子で笑う。 本当にない訳でもなかった。リボンズに解雇されたなら他の店に雇ってもらえばいい。そうすれば寝る 場所くらい手に入る。だけど……。 ―――違法風俗なんてしなくても、君にできる仕事は必ず他にある アイツの言葉が頭から離れない。そのせいか、顔なじみの店だっていくつも思い浮かぶのに、そのどこ にも足を向ける気にはならなかった。 「兄さんのところに行こうかとも思ったんだけど、迷惑かけたくないし……。それに第一、俺、兄さん の住所知らないしさ」 俺がそう答えると、兄さんの彼氏は悩むように顎に手を当て黙ってしまった。少しの間そうしていたか と思うと、ふいに俺に向かって手を差し出してくる。 「それじゃ、僕の家に来ますか?ニールの住所を教えることはできるけど、まだテストが残っている筈 だし。迷惑をかけたくないというのなら、暫くは僕の所にいればいい」 俺は驚いて、差し出されたその手と彼の顔を何度も視線が行き来した。ずっと前に、兄さんを夜の仕事 の勧誘から守った時と同じ凛々しい表情が俺を見ている。俺がじっとその顔を見つめていると、彼は照 れたようにはにかんで、凛々しさの欠片もない情けない表情をしておどおどと言葉を付け足した。 「あ、あの……、そんなに広くもないし、もちろんライルさんがよければ、ですけど……」 あぁ、と思った。彼は俺を娼夫だと知っているはずなのに、体のことを抜きにして俺を招待してくれて いる。「いいのか…?」という俺の声に彼は笑顔で頷いた。 「はい、もちろん。あ、僕はアレルヤっていいます。アレルヤ・ハプティズム」 純粋な彼に触れることを恐れ、差し出された手に己の手を伸ばしながら躊躇していると、優しく掬い取 られる。手袋をしていたわけでもないのに暖かいアレルヤの手の平。俺の鼓動が一瞬弾んだ。 「(兄さんはいつもこうしてドキドキしてるんだな)」 無意識に頬の力が緩んで、俺は緩んだ表情でアレルヤを見た。 「俺はライルだ。悪いけど、少しの間だけ世話になるぜ」 はい、と彼は笑う。キャスター付きのトランクの取っ手を引き出すと「持ちますよ」とアレルヤの手が 伸び、断る間もなく歩き出してしまった。 「電車で少しかかるんです。今日のお夕飯は何がいいですか?たいていは僕、作れますけど」 振り返りながら言われた言葉は慣れない内容で、俺はたじろいで言葉に詰まる。 「え、あ……なんでも。あるものでいいよ……」 自炊などあまりせず、いつも家にいる時はコンビニだったし、夜はベッドの相手に奢ってもらうことが 多かったから、手作りでできる料理というものがどんなものなのかよくわからず、少しだけ俯いた。 けれどアレルヤは俺の戸惑いに気づいた素振りも見せず、にこやかに会話を続けた。 「じゃあ、じゃがいも料理にしますね。ニールが好きだから、いくつかレパートリー増やしたんです。 食べてみてください」 じゃがいも料理……。それは昔から俺も兄さんも好きだった。 「あぁ、頼んだぜ」 俺が微笑むとアレルヤもニコリと笑う。駅の中に来て明るい場所の来たせいか、ふいにアレルヤの目の 下に隈ができていることに気が付いた。 「アレルヤ、目の下に隈ができてるぞ。お前、疲れてるんじゃないか?」 え、と彼は空いているほうの手で自分の目の下に触る。 「ホントですか?やっぱり寝不足かな…。ここのところテストと課題レポートばかりでろくに寝てな かったから」 「アレルヤは大学生、だよな?そんなに大変なのか、大学生って」 「僕は要領が悪いから……。テストの時期になるといつもこうなんです。前回のテスト期間の時もニー ルに心配かけちゃって。自分の分のテストもあるのに、彼ってば手伝うなんて言い出して……」 あの時は困りました、と苦笑するアレルヤ。そうか、兄さんも大学に通っているのか……。 「そっか、テストってのは大学生になっても大変なんだな……。ごめんな。俺、途中までしか学校行っ てないからよくわかんないんだ」 裏や夜の仕事を始めてからは学校とは無縁の場所でばかり過ごしてきた。 勉強といえば、どうすれば相手が喜ぶのか、体の勉強ばかりだった。 「アレルヤは今何年生なんだ?なんの勉強してるんだよ?」 普通の生活をしている人間と、仕事を抜きにして会話することに後ろめたさを感じなくなったわけでは ない。けれどアレルヤは―――アレルヤとアイツだけは、俺を夜の人間と知っていながら、全く意識せ ずに話をしてくれるから……―― ――……少しだけ、ううん……すごく、楽だ……。 ◇ 日はすっかり暮れて、星も見えるようになってきた。 アレルヤの住んでいるアパートは俺の住んでいた所よりも新しくて、リビングもついている広い部屋だ った。 ひとまずそのリビングに荷物を置かせてもらい、コートを脱ぐと夕飯作りを手伝う。出来上がったら小 さなテーブルに料理を並べて、テレビを見ながら一緒に食べた。食事が終わって一息つくと、アレルヤ は腕まくりをしながら流しに立つ。 「あ、洗い物なら俺が……」 「大丈夫です。ついでに明日の朝の下準備もしちゃいますし。ライルさんは先にシャワー浴びてくださ い。タオルは洗濯したやつが洗濯機の横に重ねて置いてありますから」 気の弱そうなしゃべり方のくせに意外と強引な奴だと思った。 俺は言われるままにトランクから着替えを出して、洗い物を始めてしまったアレルヤを窺った。 「じゃあ、お言葉に甘えて……」 「はい、ごゆっくり」 スポンジを泡立てるアレルヤを横目に風呂場へと向かう。 脱衣所で見た鏡に映った自分の姿には、まだ赤い鬱血の痕が点々と残っていた。 他人の痕が残っていても、むしろ負けじと自分色に染めようとしてくる客。誰もが夜の仕事をする俺に 夢中になっていたというのに、アレルヤとアイツだけは引っかからなかった。 シャワーを頭から浴びながら、今朝のことを考え続ける。 ―――違法風俗なんてしなくても、君にできる仕事は必ず他にある 俺は強く頭を振った。水が壁に飛び散り、また同じように流れていく。 なに、信じそうになってんだよ、俺。 じり、と胸が痛んだ。 アイル、と呼ぶ声。夜の客と同じ名前で呼ぶくせに、アイツだけなぜかまったく違く聞こえる。 ―――新しくやり直すんだ、アイル 俺は唇を噛んだ。 「俺の名前も知らないくせに……。知らない、くせに……!」 教えなかったのは自分なのだと、なぜか悔やむ気持ちが生まれたけれど。俺はシャワーの音に紛れて、 ほんの少しだけ泣いた。 ◇ 風呂場から出て行くと、ソファーでうつらうつらしていたアレルヤがパッと立ち上がり、交代でシャ ワーを浴びに行った。 俺は着替えた服をトランクに詰め直し、改めて部屋の中を見回す。 よく見ると不思議な部屋だ。置いてある雑誌やCDは完全にジャンルが二分されているし、かといって 同居人でもいるのかと思えば、食器の数が合わない。自分に出されたのは客用の皿やカップで、色違い のカップのどちらがアンタのだとアレルヤに聞いたところ、片方はニールのだと言っていた。ならば二 種類の雑誌のうち、片方が兄のもので、片方がアレルヤのものでいいじゃないかと思いたいのだが、な んとなく違う気がしてしまう。 ソファーに寄りかかりながらそんなことを考えていると、風呂場からドライヤーの音がして、それが止 むとアレルヤが出てきた。 「何か飲みますか?」 冷蔵庫の前に立ちながら言うアレルヤに手を振る。 「いや、大丈夫だよ。ありがとう」 「喉が渇いたら好きに飲んで下さいね」 彼は自分のコップを取るとミネラルウォーターを注いでごくごくと飲み干した。コップを軽くすすぎ、 シンクの脇に置く。 「あの、寝る場所なんですけど…。場所はあるんですけど布団がなくて。幸い毛布はあるので僕がここ で寝ますからライルさんはベッドを使ってください」 「いいよ、大丈夫。世話になってるのは俺のほうなんだし、アレルヤがベッド使えって」 「そういう訳にもいきませんよ」 アレルヤはそう言って、玄関脇の部屋から毛布を持ってきた。俺の座ったソファーによいしょと置い て、困ったように眉尻を下げる。俺は毛布を広げて肩に被ると笑ってみせた。 「気にしなくても、今日だけだ。明日からはたぶん夕方から出て朝まで帰ってこないだろうし、昼間に 少しベッドを借りて寝るよ」 アレルヤの表情が一瞬だけ曇る。 「お仕事、ですか……」 「あぁ」 意識していなかった事実を目の当たりにして戸惑うアレルヤは視線を彷徨わせている。そんなアレルヤ を見て、俺は笑みの種類を仕事用のものに変えた。 「なぁアレルヤ。俺、ここで世話になるお礼で渡せるものっていったら金くらいしかないんだけど……」 毛布の下でシャツのボタンを外す。立ち上がりながら毛布とシャツを床に落とし、アレルヤの手を取っ て自分の腰に添えさせた。アレルヤはビクリとして、驚愕の目を俺に向けた。 「ライ……っ」 「物じゃなくてよければ、今日はお前のベッドでお仕事、するけど……?」 キスするくらい近くに顔を寄せて妖艶に微笑むと、綺麗なグレーの目が大きく見開かれた。 もう片方の手を取り、胸に導こうとした時、ドンッと強く肩を押されて思わずよろめく。そのまま押さ え込まれてソファーに仰向けに倒れ、その上からアレルヤがのしかかってきた。 やっぱり強引な奴、と頭の隅で思っていると、ペチンと額を指で弾かれる。へ?と上に覆い被さってい るアレルヤを見ると、彼は尖った犬歯を覗かせて「ばっかじゃねぇの」と言った。 「礼でセックスするくらい体使う気があんなら、掃除でも料理でも手伝うって選択肢はねぇのかよ。こ こんとこ、レポートにかかりきりで掃除なんてしてる余裕なさそうだったから、拭き掃除でも手伝っ てやりゃ、アレルヤの奴、喜ぶんじゃねぇの?」 投げやりな口調でそう言うと、アレルヤは俺の上から起きあがってシャツを放り投げてくる。大きな欠 伸をして眠そうに髪をかき混ぜる彼は、まるでさっきまでの彼と別人のようだ。いや、今の話の内容か らすると別人、なのか……? がらりと変わってしまった態度と口調に驚いて、彼の顔を凝視していると、俺の視線に気づいたアレル ヤがこちらを向いた。 「あ?んだよ。俺の顔になんかついてっか?」 「い、いや……」 俺が口ごもると、彼はあぁ、と合点がいったように手を打つ。俺のほうに体を寄せながら、前髪で隠れ ていない右目を指さして言った。あれ?右目……? 「俺はハレルヤ。アレルヤの別人格だよ。目の色が違ぇだろ?俺が表の時はこっちの目を晒すって決め てンだ」 「ハレルヤ……?」 そうだ、と彼は言う。 「おめぇがいきなり色目使ってきやがるからアレルヤがパニクって、俺を呼んだんだよ。ヘタレだよ なぁ、もう一人の自分とはいえ情けないぜ」 ハレルヤは肩の位置で両手を広げ、呆れたように大きなため息をつく。 二重人格……。なるほど。それでこの部屋の不自然さにも納得がいった。 そこでハレルヤはふあぁ……ともう一度欠伸をかみ殺す。どうやらかなり眠いらしい。だけど俺は一つ だけ気になってハレルヤに問いかけた。 「兄さんは……。兄さんはハレルヤの存在を知っているのか?」 金色の目がこちらを向く。それから小さく首を振った。 「言っただろ。アレルヤの野郎はヘタレだって。ま、確かに二重人格なんてのは気味が悪ぃ上に面倒な だけだけどな」 ハレルヤの吐くため息がやけに重く聞こえる。 彼は立ち上がると毛布も投げて寄越しながら軽く伸びをした。 「さて、と。俺ももう眠くて限界だ。俺はお優しいアレルヤ様とは違って客にベッドを譲る気はねぇ。 暖房はつけたままでかまわねぇからここで一晩明かしな」 リビングから出て行く背中を眺めていると、「あぁ、それとな」と言って彼は振り返る。 「普通の奴は一宿一飯の恩っつうと、掃除やら家主の仕事やらを手伝うもんなんだよ。ここで世話にな る気があるなら“普通”でいろ。いいな」 まるで俺が解雇されたことを察しているかのような口ぶり。俺はシャツの袖に腕を通し、ボタンを留め ながら戸口で返事を待っているハレルヤを見た。 「あぁ、わかったよ。おやすみ、ハレルヤ」 ハレルヤは満足げに笑うと「おぅ」と手を挙げて部屋に去っていく。 俺は眠くなるように牛乳とマグカップを拝借してホットミルクを作るとそれを飲み、リビングの電気を 消してソファーに横になった。 意外と寝心地のよかったそこは、夜型人間の俺をすぐに夢の世界へと誘った。 ◇ 翌朝。アレルヤは開口一番にハレルヤの非礼を詫びたが、それよりも俺は兄さんの恋人でありながら セックスを迫ったことを詫びた。 それから朝食を済ませると、ハレルヤに言われた通りに家の掃除を手伝った。 午前中いっぱい掃除して、昼食にすると、午後はアレルヤが俺の住む場所を一緒に探すと言ってくれ た。 「まずはインターネットを使ってみようか。ライルさんはどんな部屋がいいですか?」 「ありがとうアレルヤ。でも、パソコン貸してくれるだけでいいよ。アレルヤは自分のことを……」 そこまで言った時、唐突にアレルヤの携帯電話がメールの着信を報せた。ニール?と呟いたところを見 ると、どうやら兄さんからの着信専用に着信音を設定していたようだ。 「ちょっとすいません……」 パソコンを立ち上げてパスワード入力を済ませると、アレルヤは携帯電話を開いてメールをチェックす る。 俺がインターネットを開いている間に「えっ」という戸惑いと驚愕のどちらともつかない声が背後で上 がった。 「どうした?」 椅子を回転させて振り返ると、メールの文面を読んだアレルヤが険しい表情をしている。 「えっと……。風邪をこじらせて熱が下がらないので、明日の約束を延期にしてくれないかっていう メールだったんですけど……」 心配で今すぐにも駆けつけたいという様子が手に取るようにわかる。俺はくす、と笑うと「行ってあげ ろよ」と言った。 「行って、看病してあげたら、きっと兄さん喜ぶぜ。食事ができそうなら昨日のじゃがいも料理を食わ せてやるといいよ。すごく美味かった」 「――お言葉に甘えさせてもらっても、よろしいでしょうか……?」 幸せ者だな、兄さん。アレルヤのおずおずといった様子に俺は思わず笑みがこぼれた。 「あぁ、いいぜ。夕方に出かけるから、鍵はどこに置いて行ったらいい?」 「じゃあ、郵便ポストの中に……」 「オーケー。気を付けてな」 アレルヤは急いで身支度を整えると、家の鍵を持って戻ってくる。 パソコンの脇に鍵を置き「それじゃ、お願いします」と玄関へ早足で歩いていった。 「あ、アレルヤ!」 玄関の手前でアレルヤが返事をして振り返る。俺は立ち上がってアレルヤを追った。 「なにか?」 アレルヤはトントンと靴を慣らしながら尋ねる。俺は少し視線を逸らして言った。 「兄さんには、俺が世話になってるって言わないでくれ。心配させたくない」 「……わかりました」 アレルヤは仕方ないという風に微笑んで、玄関の扉に手をかけた。 「いってきます」 「あぁ、いってらっしゃい……」 俺は軽く手を上げて見送る。小さく頷いたアレルヤが扉の隙間から消え、扉はガチャンと音を立てて閉 じた。 俺はパソコンの前に戻り、新しい家探しを始めたものの時間ばかりが過ぎて、すぐに夕方になってし まった。 シャワーを浴び、香水をつけると仕事用のコートを羽織る。戸締まりをして、鍵を郵便ポストの中に入 れると駅へ向かった。 なんとなく空を見上げたら星を見つけた。それから小さく「兄さん……」と呟く。 俺は唇を噛んで俯いた。 傷ついてしまう、と触れてくる冷たい指は今の俺の傍にはなかった。 --------------------------------------------------------------------------------------------- ハレルヤ初登場ですか?初登場ですよね!?ニールより先にライルと遭遇するというのは私も予想外でし た(笑 私、思うんですけど、よくライルはアレルヤに惚れなかったもんですよね。路頭に迷ってて優しくされ たら、惚れちゃうと思うんだけどなぁ……。 2009/11/06 |