誰にも言えない秘密の過去 後編




ニールの手を引いて改札を通り、電車に乗って、僕は自分の住んでいるアパートに帰ってきた。その間、
何度も何か話しかけようとしたけれど、ひどく怯えた様子のニールの顔を見ると、上手く言葉が出てこ
なくて、結局一言も話すことはなかった。
学生が住むには立派すぎる僕の家は、成人祝いだと施設と養父が用意してくれたもの。
僕は恵まれている。両親がいないからといって、不幸なことはほとんどない。今の僕には、何よりも愛
している恋人もいる。
だけど彼は悲痛な面持ちで、地面を見つめていた。僕まで悲しくなって、早く安心させたいと思う。
部屋の鍵を探すため、彼の手を離した。鞄のポケットに入れてある筈だ。

「‥‥あ、あった。さぁ、ニール…ニール?」

僕は部屋の鍵を開けて彼を振り返るが、ニールは唇を噛んで後ずさった。

「ニール…、どうしたの?」

手を伸ばしても、逃げるように後ずさるだけ。ニール、ともう一度呼ぶと、彼は「駄目だ」と掠れた声
で言った。

「駄目だ…。やっぱり俺‥‥アレルヤみたいな綺麗な人間と、付き合っちゃいけなかったんだよ…」

よく見ると、彼は目の端に涙を溜めている。拳を握り締め、溢れてくる感情を抑えつけようとしている
のが窺えた。

「‥‥俺は、だらしない、駄目な奴だから…。お前と一緒にいたら、お前まで駄目にしちまう。だか
 ら…っ」

うつ向いていた顔を上げ、おそらく別れを告げようとしたのだろう唇をキスで封じ、そのまま抱きしめ
て、玄関の内側へ閉じ込めた。後ろ手で鍵をかけて廊下へ押し倒す。

「アレルヤ…っ」

「誰が、駄目な人間ですって?」

仰向けで僕を見つめる瞳。僕はその瞳から視線を逸らすことなく、もう一度キスをした。

「貴方が昔、どんな仕事をしていたとしても、僕の貴方を愛する気持ちは変わりません。それは前にも
 言った筈です」

「でも…っ、だって‥‥エロビデオだぞ…?カメラの前で腰振って、双子の弟とヤってたんだぞ!?‥‥
 軽蔑、すんだろ…普通…」

ニールの声は弱くなり、やがて目を伏せる。
僕はその時、ギ、ギ、という音を聞いた気がした。それはガラスを釘で傷つけるような音で、ニールを
見つめているとその音を感じた。

「それに、一回だけ…モザイクなしの裏ビデオを撮られたこともあった…。男に好き放題にされてよがっ
 てる俺を、知ってる奴がいる…」

ギ、ギ、と音は続く。そして僕は気づいた。

「そんな俺と一緒にいたら、アレルヤ、お前だって嫌な目で見られるかもしんない…。だからアレルヤ、
 俺たち、一緒には‥‥」

この音はニールの傷つく音。
僕は悲しくなって、辛くて、泣いてしまった。

「アレルヤ…?」

僕はニールを抱きしめる。ギ、という音はニールが口をつぐむと止まった。

「ニール…、僕が守ります…」

「え‥‥」

「もう誰にも、貴方を傷つけさせない。貴方自身にも。嫌なことは嫌だと言っていいです。行きたくな
 い場所、したくないこと、無理しなくていいです。僕は貴方に笑っていてほしい。僕は貴方がいない
 と生きられないくらい、貴方が好きなんです」

一息に告げたせいで乱れた呼吸を落ち着かせて、体を起こすとニールの横に座った。

「貴方が苦しんでいた時に、傍にいてあげたかった。これからは、僕を呼んでください。力にならせて
 ください」

ニールは瞬きを繰り返し、僕を見つめている。そんなニールの手を握って、僕も彼を見つめ返した。

「好きです、ニール。一生、傍にいさせてください。頼りないかもしれないけど、でも、一生懸命貴方
 を守りますから」

ニールは小さな声で僕の名前を呟くが、同時に洪水のように涙を溢れてきたせいでちゃんとした言葉に
はならなかった。
僕が優しく頭を撫でると、手で顔を隠していたニールは途切れ途切れに言った。

「いい、の、かなっ…。だって、俺、こんな‥‥、幸せ、なるっ…資格なんて、ない…のに…っ!」

「どうして…?」

微笑みを浮かべ、ただニールの髪の手触りを感じながら撫で続ける。

「ニールは何か、悪いことをしたの…?誰かに、僕と一緒にいちゃいけないって、言われたりした…?」

ニールは首を振る。

「でも…っ、ライルは‥‥弟は…っ!」

「だから貴方は幸せになっちゃいけないの?そんなこと、弟さんだって思ってないよ」

むしろ貴方の幸せを祈っていたように感じたのに…。
ニールはしゃくり上げながら、なんとか涙を抑えようとする。

「誰も、貴方の幸せを罰したりしない。幸せになりましょう、ニール。ね…?」

顔を隠していた手の下から、赤く腫れた目が覗く。今度はその手が僕の腕を引き、何かをねだった。

「――…馬鹿、アレルヤ…」

「えっ?」

ニールに引かれるまま、少し体を屈める。ニールの手は僕の頬に触れた。

「お前さ、さっき、俺の為に尽くすようなことばっか言ってたけど、俺はそんなんじゃ嫌だ」

ちゅ、とニールの唇が僕の唇に触れる。

「俺にも、お前の為に何かさせろよ。お前の幸せの為に、何かさせろ」

ニールが少し怒った風にそう言うのが可愛くて、僕は無意識に表情が緩んだ。

「じゃあ、まずは‥‥笑ってください」

一瞬だけキョトンとしたニールだったが、すぐにフワリと柔らかい笑顔を見せてくれた。
僕はニールの額に再度キスをする。

「ありがとう」





それから僕たちは二人でシャワーを浴び、初めて体を繋げた。

僕はニールに昔のことを思い出させないように気をつかったのだけれど、彼は過去の記憶に気を飛ばす
よりも、僕との具合が良すぎて、意識を飛ばさないようにするので必死だったと、事が済んでから聞い
た。





一緒に住もうか、とニールは言った。
嬉しかった。けど、僕は色々と理由を挙げて断った。
せっかく、僕を育ててくれた人たちが用意してくれた場所を、まだ手放したくないということ。
此処に一緒に住むにはちょっと不便だということ。
僕たちが就職したら、また結局、住む場所を変えるかもしれないということ。などなど。
ニールは同意して納得してくれた。
ごめんね、と謝ると、気にするな、と笑ってくれた。







ごめんね、ニール。



僕、貴方に一つだけ、言っていないことがあるんだ。



それを話せるようになったら、
一緒に住みましょう。



ごめんなさい、ニール。





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涙もろくてすごく乙女なニールです。たぶんこのシリーズはデレた後のディランディ兄弟はすごく乙女
になると思います。

てかアレルヤ、隠し事すんなしwww

2009/09/08

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