open your eyes-4 ソレスタルビーイングのアジトへニールを連れて行った後は、傷の手当てをしてもらった。スメラギさ んやみんなに報告を済ませると、僕は僕の部屋で眠っているニールの元へ戻った。 使われていない部屋はたくさんあったけれど、どの部屋も埃だらけで、ニールを寝かせられる部屋なん て、医務室か誰かが使っている部屋しかなかった。だからニールは僕の部屋の、いつも僕が寝ているベ ッドで安らかな寝息を立てている。 首元には僕の付けた牙の痕。ごめんね、と呟いて、僕はベッドの脇の床に横になった。 時刻は夜中の三時をまわっている。朝になったら、きっと何事もなかったようにこの人は目を覚ますか ら。僕もしっかり休まなきゃ。 吸血鬼の僕でも「好きだ」と言ってくれたこの人をこれからも守り続けるために。 そして翌朝、僕は目を覚ましたニールに、昨日は話せなかった詳しい事情を説明した。この世界には人 間以外にも、妖精や精霊、人狼や僕のような吸血鬼が存在することを。そのことで、種族間に争いが起 こり、現在ではそれが悪化していること。ソレスタルビーイングの果たしている役割とは何か。 ニールは飲み込みが早くて、僕の拙い説明でほとんど理解してくれたみたいだった。 頭を使ったらお腹がすいて、僕らは二人で一緒に食堂へ向かった。そこで他のソレスタルビーイングの メンバーを彼に紹介する。 「まずは、僕と同じマイスターで吸血鬼の刹那とティエリア。刹那は青の輝石、エクシアのマイスター で、ティエリアが紫の輝石、ヴァーチェのマイスターだよ。エクシアは水、ヴァーチェは火が使える んだ。それから、マイスターではないけれど吸血鬼でアジトの防衛にあたってくれるラッセ。あと、 ドクターで輝石の浄化や調整をしてくれるモレノさん。僕を含めてこの五人は全員吸血鬼」 「え、他の…彼女たちは…?」 「私たちは人間よ。あなたと同じ、ね。おはようニール。私はミッションプランナーのスメラギです。 こちらの二人はクリスティナとフェルト。戦況報告と私の指示をマイスターに伝えてくれるオペレー ターよ。それからマイスターたちの退路を確保したり、結界を張ったり、それらをエージェントと連 携して行ってくれてるのがそっちのリヒティ。あとはアジトのセキュリティを管理してくれてるイア ン」 ソレスタルビーイングにいるのは吸血鬼ばかりだと思っていたらしくて、僕は自分の説明の下手さに少 し落ち込んだ。ティエリアにはなんだか睨まれてる気もするし、クリスティナとリヒティに口パクで 「ドンマイ」と言われた。 スメラギさんは食事が済んでも待機してもらっていたメンバーを解散させて、僕とニールの座った前の イスを引くと、そこに腰掛ける。 「アレルヤから聞いてるわ。貴方の存在が一部にとはいえ、向こうに知られてしまった以上、貴方を通 常の生活に戻すことは危険なの。しかも、貴方がアレルヤの特別な存在とあれば尚のことね」 僕はなんだか恥ずかしくなってくる。“特別な存在”なんて、他の人に言われるとなんだか照れてしま う。隣を窺うと、ニールは涼しい顔をしていたが、ゆるくウェーブのかかった髪から覗いていた耳が少 しだけ赤くなっていた。 スメラギさんは僕らの様子を見て苦笑すると、「それでね」と話を続けた。 「取り敢えずこちらに引っ越してもらえないかしら?任務に協力して、なんて物騒なことは言わないけ ど、せめて身の安全だけでも確保したいの。もちろん、此処も決して安全ではないけれど、人質に取 られる心配はなくなるわ」 「わかった。保護だけしてもらうってのも悪いから、俺に出来ることがあったらなんでも言いつけてく れよ」 「ニール!?」 迷う間もなく答えたニールに、僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。彼は照れ笑いをしながら僕を見て 言う。 「だってさ、ただアレルヤに守ってもらって、俺の血を飲ませてやるだけじゃ、なんか…よ」 「血を飲ませてもらえるだけで十分ですよ!昨日だってきっと…痛かっただろうに…」 僕が申し訳なさそうに傷口を覆うガーゼに視線をやったら、なぜかニールはさらに顔を赤くして目を逸 らしてしまう。 「ニール?僕、なにかおかしなこと、言いました…?」 「い、いや!言ってない!気にすんな!!」 声が上擦ってる。絶対に嘘だ。スメラギさんだって首を傾げている。 「嘘だ!どうしたんですか!?もしかして他にもどこか怪我を…」 「し、してないしてない!!」 「じゃあどうして…っ!!」 「はいはーい、ストップストップ」 パンパンとスメラギさんが手を叩いた。ニールに詰め寄っていた僕は大人しく腰を下ろして、それでも ニールには視線で問い続ける。 「いきなり痴話喧嘩始めないでちょうだい。もしかして吸血行為に関すること?それなら、昨日はとも かく、普段のアレルヤは貴方を貧血にさせるほど血を吸ったりしないわよ。別に昨日の貴方が貧弱だ ったとか、そういうわけじゃないんだから」 その時、近くを通りかかったモレノさんも話に加わり、ニールを説得してくれる。 「それに通常時は、献血してもらった血液パックから血を飲むようにしている。今後、貧血になる確率 は極めて低くなると思うが?」 「や、あの…そうじゃなくて‥‥」 それでもニールはまだ口ごもり、俯く。僕もスメラギさんもすっかりお手上げで、モレノさんに意見を 求めるように目を向けた。 モレノさんも暫く口元に手を当てて考えていたが、やがて僕の隣に来ると小さく耳打ちをしてきた。 「え?えっ?で、でも…」 「いいから。大丈夫、少しでいいんだ」 「えっと…じゃあ、その…ニール、ごめんね?」 僕はモレノさんに言われるままに、ニールの手を取った。 「えっ?ちょっ、アレルヤ!?」 ちゅっ、と人差し指の付け根にキスをする。医者のモレノさんが言ってるんだから大丈夫だよね。 僕は牙の先端をニールの指に食い込ませ、薄くにじみ出た血をほんの少しだけ頂戴した。 「っ、ぁっ…、ん…っ、ぁ…アレルヤぁっ…」 ニールの甘い声が小さく漏れる。眉根を寄せて、頬はさっきと変わらず紅潮している。傷口を舐めて唇 を離すと、ニールは呼吸を乱し、僅かに潤んだ瞳で僕を睨みつけてきた。 「い、いきなり噛みつくな!」 「ご、ごめんなさい!!」 やっぱり怒られた。そりゃ痛かっただろうし、突然の吸血行為は失礼にあたるって、同じ吸血鬼のモレ ノさんならわかるだろうに…。 「ふむ、やっぱりな…」 「なにがやっぱりなんですか」 怒られたことに対してだったら、今度は僕が怒ってやる。しかしモレノさんはニールの指に絆創膏を貼 りながら別の答えを言った。 「共鳴現象だ」 「「共鳴現象?」」 その当時の僕もスメラギさんもそんな単語は初耳だったので、見事にハモりながら聞き返す。モレノさ んは僕の手を引っ張って立たせると、スメラギさんの方まで連れて行って、ポケットから取り出した手 帳に数字の羅列を書き始めた。 「ニール、いま私の書いているものが読めるか?」 無理に決まってる。ニールの座った場所からは僕とスメラギさんの体が邪魔になって、モレノさんの手 元すら見えていないはずだ。 けれどニールは「えっと…」と目を閉じ、すらすらと数字を答え始めた。 「2、1、5、5、7、4…」 「合ってる…」 「これは…どういうことですか、ドクターモレノ」 モレノさんは僕を元の席に座らせると、また何かを書き始める。 「ニール、今度はどうだ?」 隣のニールは首を振って「わかりません」と答えた。モレノさんはスメラギさんの隣に座って、共鳴現 象について説明を始める。 何万分の一の確率で出会う相性の者との吸血行為。それが引き起こす不思議な現象のこと。 「え、それじゃ…、もしかして昨日の戦闘を、ニールは…」 「おそらく、自分のことのように感じていたはずだ。気を失ったのは貧血というよりも、共鳴現象によ る戦闘の疑似体験の疲労が大きいだろう」 そうだったのか…。僕とスメラギさんは納得する。するとちょうどその時クリスティナに呼ばれた彼女 は席を立った。 「それじゃ、ニール。共鳴現象のことは考慮しつつ、貴方には今後いくつか協力をお願いするかもしれ ないけど、その時はよろしくね」 「あぁ、了解した」 テーブルに残ったのは僕とニールとモレノさんだけ。周りにももう誰も残っていない。 アジトを案内しようかと、僕も席を立とうとしたらモレノさんに止められた。 「まだ忠告しておくことがある。ニールの命にも関わることだ。ニール」 「は、はい…」 「共鳴現象は血を吸われる者にある種の快感を感じさせる。覚えがあるな?」 そう問われた瞬間、ニールの顔がさっきと同じように赤くなった。 「快感…?」 「性的快感だ」 「せいて…っ!?」 いきなりの答えに僕まで顔が赤くなる。しかしモレノさんは淡々と表情も変えずに話を進めた。 「ある種のトランス状態に陥り、傷口の痛みや急激な血圧の変化によるめまいなどの症状が強い快感に よって無効化される恐れがある。吸われる血の量が多ければ多いほど快楽は強いものになる。従っ て、血を吸われる者は吸血鬼に対してもっと血を吸ってくれとせがむ。これがどんなに危険な行為か わかるな…?」 「大量出血により、失血死…?」 「その通り」 僕はサッと血の気が引いた。昨日は確かに、ニールは僕を制止しなかったし、僕もニールの血の味に酔 いしれて、敵が迫っていなかったらきっともっと血を飲んでいた。 「じ、じゃあ…僕、ニールから血をもらわないほうがいいんじゃ…!!」 そう言うと、死の危険を察したというのに、隣に座っていた彼はひどく寂しそうな目で僕を見る。わか ってる。僕だって逆の立場だったら、せっかく恋人の役に立てる行為を否定されて傷つかないはずがな い。 けれどモレノさんは「いや…」と、僕の申し出のほうを否定した。 「共鳴現象を引き起こす相性の者との吸血行為は確かに危険だ。しかし、ハイリスク・ハイリターンと いう言葉もあるだろう。共鳴現象を引き起こす相手からの吸血行為は、通常のものより数倍の力を引 き出す上に、直接肌に牙を立てて行えばさらに強い力を呼ぶ」 モレノさんは懐から煙草を取り出して口に挟みながら続ける。 「大切なのは快楽に惑わされないことだよ。そうすれば、君たちの絆は何よりも強力な力になる。男性 同士の行為ならば、性行為よりも現実的かも知れないな」 「「モレノさん!!」」 「ははは、少しからかいすぎたかな」 モレノさんは紫煙をくゆらせて笑う。 「話は以上だ。アレルヤ、ニールに此処の案内をしてやるつもりだったんだろう?長居させて悪かった な」 「いえ…。ご忠告ありがとうございました」 「医者として当然のことをしたまでだよ」 医者のくせに煙草を手放さない彼は、飄々と立ち上がり、僕らより先に食堂を出て行ってしまった。 僕はニールの指と、首にそっとキスをして「大事にするからね」と誓う。それから恥ずかしそうに笑っ て頷いた恋人の手を引いて食堂を後にした。 それから半年間。ニールはソレスタルビーイングのアジトから僕と一緒に大学へ通い、夜は武力介入へ 向かう僕に大切な血を分けてくれた。時にはリヒティと一緒に後方支援へ回ってくれることもあって、 他のメンバーとの交友も深まり、ソレスタルビーイングにとっても大切な人物になっていた。 そして僕とニールの仲も、付き合い始めた頃より更に深くなって、キスと吸血行為だけの関係ではなく なっていた。 「ア、レル、ヤぁっ…!!」 血を吸われている時と同じ声でニールは僕を呼ぶ。その声でもっと、と強請られることもあった。 「でも、ニール…っ」 これ以上したら抑えが効かなくなりそうだ、と告げてもニールは汗を額に滲ませて笑い、僕の頬に触れ た。 「いいん、だよ…っ。血を吸われてる時は、抑えてばかりだろ…っ」 ―――だから、こういう時はもっとめちゃくちゃにしていいんだ…っ。 そんな風に言われたら、もう我慢なんてできない。ニールの腕が僕の首に巻きついて、僕が枕に額を押 しつけて繋がりを深くしていくと、ニールは白い喉を反らせて喘ぎ、鳴いた。 その次の日はニールの声は少し掠れ、とても怠そうにしていたけれど、僕が気を遣って傍にいくとふい にキスをしてきて、悪戯っぽく笑った。 僕は吸血鬼で、あの人は人間で…。 でも、そんなことは気にしなかった。 ニールは僕の一部になれることを喜んでいたし、僕だってセックス以上に彼と繋がれる吸血行為が共鳴 現象を呼ぶもので、しかも恋人同士ということに運命すら感じていた。 僕は吸血鬼。ニールは人間。 そんな関係の崩れる日は、唐突に訪れた。 --------------------------------------------------------------------------------------------- モレノさんモレノさんモレノさん…っ!! モレノさんを出すとやけにたくさん動かしたくなる。だけど動いてくれないモレノさん(笑) 色々と美味しい設定が生まれていくのに、決して自ら語ってくれないモレノさん。いつか番外編として 書きたいと思います。 断片だけ言ってみると、モレノさんは腹違いのお姉さんと共鳴現象の間柄だった、と。 アレニルのターンなのにモレノさんばっかり言っててサーセンwww 2009/04/26 |