bloody snow 14年前の吹雪の夜。ネオ・ヴェローナ城、キャピュレット夫妻の部屋はモンタギューによる反逆で 血の海だった。 そして更にモンタギューの殺戮は側近達にまで及ぶ。 寝室にいないジュリエットを探し、コンラッドを筆頭に親衛隊の面々は城の中を走りまわる。 当時10才やそこらだったキュリオとフランシスコも両親と共にコンラッドに付いてジュリエットを 探して走った。 そしてジュリエットを見つける前に母親達は幼い二人の目の前で命を落とした。 必死に涙を堪えた。遅れを取らないよう、足を急かした。 「ジュリエット様!!」 コンラッドがモンタギューの手下を斬る。左右にいたもう二人はキュリオの父とフランシスコの父 が斬る。 「ジュリエット様、こちらへ。コーディリアも来なさい」 コンラッドはジュリエットを抱き抱え、コーディリアを背に担いだ。 「コンラッド殿!!此処は我々が食い止めます!」 キュリオの父が敵の剣を受けながら叫んだ。 「ジュリエット様を安全な所へ!!さぁ、早く!」 フランシスコの父も血で斬れなくなった剣を敵に突き刺して叫ぶ。 コンラッドは大きく頷いて走り去った。 キュリオとフランシスコは距離を取り、父たちが仕留め損なった敵を足止めし、追いついた父が再 度止めを刺した。 何度も何度も繰り返す。 何度も何度も…。 しかし一向に敵が減らない。 そしてついに限界は来た‥‥。 「ぐっ…!!」 「お父様っ!!」 敵の剣がフランシスコの父の体を深々と貫く。 その隙に敵が幼いキュリオとフランシスコの二人に狙いを定めて駆け出した。 「そうはさせん!!」 「父上!!」 キュリオの父が全身で盾となり、敵の行く手を塞ぐ。 「キュリオ!フランシスコ!お前たちはもう逃げろ!充分足止めになった!さぁ、早く!!」 「嫌だ!俺たちも戦‥‥」 斬ッ!! 大きく袈裟がけに斬られたキュリオの父の躯が仰向けに倒れた。 「父上ぇぇっっ!!」 思わず駆け寄ろうとしたキュリオの腕をしがみつく様にフランシスコが止める。 「離せフランシスコ!!父上の仇を!!」 「駄目だ!!早く逃げるぞ!!」 キュリオはフランシスコを振り切るように、前に前にと走ろうとする。 そこに素早い敵が一瞬にして近づき、剣を振り下ろした。 「死ねぃ!ガキ!!」 「っ!!」 ギィン!! 「ぅっ‥‥!!」 一瞬早く、近くに落ちていた剣で剣撃を受けたフランシスコが呻きを漏らしつつも弾き返した。 「フランシスコ‥‥!?」 剣先を引きずりながらも渾身の力で振り抜いた刃は敵の胴体を深く切り裂く。 「早く…逃げるぞ…っ」 振り返ったフランシスコの目からは涙が流れていた。 父に駆け寄りたいのはキュリオだけではない。考えればすぐにわかることだった。 キュリオはフランシスコの手から剣を取るとそれを敵に向かって投げつけ、 「行くぞ!」 フランシスコの手を取り、走り出した。 階段を下り、影に身を潜め、廊下がこんなにも長いと感じたのは罰掃除を受けた時以上だ。 その内に走りながら気づく。フランシスコから手を握り返される気配がない。 少しだけ振り返って様子を見てみた。 キュリオが握ったほうの腕は引きずられるまま、もう片方の腕もブラブラと揺れているだけだ。 フランシスコの両肩は大人の剣撃を受けたことで脱臼したのだとわかった。 キュリオは激しい後悔にさいなまれた。 「(俺があの時、すぐに逃げていれば…!!)」 キュリオの視線に気づいたのか、息を切らしながらうつ向いて走っていたフランシスコが顔を上げ、 微笑んだ。 「大丈夫だよ、キュリオ」 キュリオは一瞬だけ息を詰める。再び前を向いて走った。 城を抜け出し、町をさまよった。 夜が明けて、吹雪はただの雪になった。 大公の死に町中が騒然とする。 キュリオとフランシスコはモンタギューの手下に見つからないように路地を歩いた。 「フランシスコ」 「うん…?」 「大丈夫か?」 「うん、大丈夫だよ」 嘘つきめ。と思った。 少し前に休んだのにフランシスコの呼吸はまだ荒い。 「休もう」 「平気だよ」 「駄目だ。休もう」 「大丈夫だよ。それより早くコンラッド隊長を探さなきゃ…」 「俺はお前が心配なんだよ!」 キュリオの大声にフランシスコは驚いて口を閉じる。 「あ‥‥悪い。怒鳴ったりして…」 キュリオは頭を下げる。 「お前が大丈夫だって言うなら、いいんだ…。お前の言う通り、早く隊長を探して――」 ぐらり。キュリオの言葉の途中でフランシスコの躯が大きく傾いた。 「フランシスコ!?」 「ぁうっ…!!」 咄嗟に抱き止めるが、肩に触れてしまい、フランシスコは呻く。尋常じゃない熱が出ていた。フラ ンシスコの吐く息も当然熱い。 路地に座り込んで、キュリオは周囲を見渡す。 「(医者…医者…っ!!)」 ところが見渡す限り高い壁ばかりで窓すら見当たらない。 焦るキュリオにフランシスコは呟く。 「ごめん、キュリオ…。俺のことは此処に置いて行ってくれ‥‥」 「何言ってんだ!」 「隊長を探して、見つけたら、迎えに来て…――」 力のなかったフランシスコの躯が更にがくんと力を失う。 「フランシスコ!?フランシスコ!!」 キュリオは何度も名前を呼ぶが返事は返ってこない。 みんな 死んでいく‥‥ 「嫌だ!駄目だ!!フランシスコ!!返事しろ!!返事しろってば!!フランシスコぉっ!!」 路地にはキュリオの叫び声が響いては消えていく。 キュリオの涙がフランシスコの頬に落ちた時だった。 「キュリオ!?フランシスコ!?」 「コンラッド…隊、長?」 傷だらけのコンラッドが路地の向こうから駆けてきた。 「無事だったかお前たち!!」 キュリオはすぐさまコンラッドに向かって言う。 「フランシスコが!!怪我して!!医者に!早く!!」 表情を変えたコンラッドはキュリオからフランシスコの躯を預かり、抱き上げるとキュリオの手を 引いて早足で歩き出した。 それから数日。 提供してもらった隠れ家の一室で、キュリオはろくに飯も食べずにフランシスコの看病をしていた。 熱で魘されるフランシスコが両親を呼びながら涙を流す度に、自分の涙を堪えつつ、安心させるよ うに手を握ったりキスしてやったりした。 ある夜明け前。 連日の看病の上、モンタギューの襲撃以来、疲れを癒す暇もなかったキュリオは身体の限界もきて、 眠ってしまっていた。 ――キュリオ 微かに呼ばれた気がして、何かが唇に触れて離れていった。 「キュリオ、ありがとう」 瞼を開いたキュリオの目に、起き上がったフランシスコが微笑んでいるのが映った。 「フランシスコ!!」 「ずっとついててくれたんだろう?ありがとう」 「夢じゃない…よな」 「まさか俺が幽霊だとでも?失礼な。勝手に殺すな」 冗談を言う様は確かにいつものフランシスコだ。 キュリオは久しぶりに笑顔を見せた。 数ヵ月後。 脱臼したフランシスコの肩は完治し、普通に生活も戦闘もできるようになった。まだフランシスコ の身体が成長期だったのが幸いしたのだろう。しかしフランシスコは剣の練習はそこそこに、どこ かから見つけてきた弓の練習をするようになった。 「キューリオー。ちょっとコレ持ってそこに立っていてくれないか?」 フランシスコはキュリオに林檎を渡して十メートル程離れていく。 「何をするんだ?」 「頭に乗っけて」 「?こうか…?」 「そうそう。そのまま」 「‥‥ってちょっと待て!!」 弓を構えたフランシスコにキュリオは慌てて逃げようとする。 スパンッ 弓矢が林檎のど真ん中を射抜いた。 キュリオが感心したのも束の間、林檎の汁がキュリオの顔をベタベタにする。 「フランシスコーーっ!!!!」 「アハハっ!そう怒るなよ!!」 「追いかけっこー?私も混ぜてー」 「こら、ジュリエット…じゃなかったオーディーン!!」 弓を持って逃げるフランシスコを追いかけるキュリオ。それを見たジュリエットが遊びと勘違いし て走り出す。コーディリアが慌ててその後を追った。 青い空。そよぐ風。 その頃はまだ、エスカラスの意志は眠ったままだった。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 幼少ネタ。回想シーンのコンラッドやら色々見て書きたくなりました。 (2007/11/02) |