そして疲れた心に糖分を 暇を持て余していたウルフは、気まぐれにハルの研究室を訪れた。 するとクリームのついたフォークを楽しげに揺らしながら振り返る部屋の主。 「やは、うふふ。ひひほはへふふぁい?」 何かを尋ねたようだったが、口いっぱいに何かを頬張っているせいでまったく通じない。 ウルフは聞き取れない言葉に顔をしかめた。 「食べるか喋るかどちらかにして」 ハルは人差し指を立て、“ちょっと待ってね”と合図すると、机に置いていたティーカップから紅茶を すする。 「ごめんごめん。やぁウルフ。よかったら君も食べないかい?」 「なにそれ」 「ブッシュ・ド・ノエルだよ。もうすぐクリスマスだと思ったらクリスマスケーキが食べたくなってし まってね。そしたら昨日、バルカン・レイヴンが町へ買い出しに行くっていうから、クリスマスケー キを一つ買ってきてくれるようにお願いしたんだよ」 一つ…。確かにそれはクリスマスケーキ一つだ。ただし、一切れではない。 「そしたら1ホールまるまる買ってこられちゃって、ちょっと困ってたんだ」 案の定、彼と同僚の間には小さな食い違いが起きていたようで。 ハルはウルフにケーキを見せるように椅子を引いた。 「一緒に食べない?」 ウルフは机の上に広げられたブッシュ・ド・ノエルを凝視し、やがてハルを見る。 「そうね、いただこうかしら」 その返答にハルは気をよくし、近くの空いた椅子を勧めた。ウルフは音も立てずそこに腰掛け、取り皿 とフォークを探す。けれどハルの持つ物の他に同じ物は見当たらず、するとハルはアッと声を上げて詫 びた。 「あぁ、ごめん。フォークが一つしかないんだ」 ウルフはしょうがないとため息を吐き、フォークを取りに行こうと腰を浮かせかけたが、ハルがウルフ の手を制して留まらせる。 何かと目を遣ればもう片方の手でフォークを操り一口大にケーキをカットしている。ハルはそれをフォ ークの先に刺した。 「僕が食べさせて上げるから口を開けて」 「は‥‥」 予想外の事態に目を丸くし、ウルフは言葉に詰まる。顔が熱くなるのを感じた。 「恥ずかしいの?大丈夫だよ。ここは僕の研究室で、僕以外はここにはいないから」 ハルが目の前で首を傾げて微笑んでいる。グラスの向こうの瞳は優しくウルフを見ている。 動揺して視線が彷徨ったのは否定しない。 「ウルフ?」 ハルの呼ぶ声に自棄になったような気がしたのも確かだろう。 それはスナイパーの仮面を一時手離して“自棄になった”ではなく“素直になった”と言うとはその時 のウルフは気づいていない。 グローブに包まれた手で長い髪を押さえ、ハルの差し出したフォークに口を寄せる。 ハルは喜んで、ウルフの口にケーキを運んだ。 「美味しい?」 ウルフは小さく頷いて、嚥下し、そして僅かに微笑んでみせた。 「えぇ、美味しいわ」 甘い香りと共に胸の中には温かい気持ちが広がる。 ―――平和ボケしそう。 ウルフは再び差し出されたケーキを口に含みながら、この部屋から出たらそのまま射撃場へ向かおうと 決めた。 しかしきっとその前に、ケーキを差し出すこの男は笑顔でこう言うのだろう。 「ウルフ、MerryChristmas!」 その言葉、返してやってもいいかもしれない。 何年振りかわからない言葉。 言われるのも、言うのも。 「えぇ、MerryChristmas。エメリッヒ博士」 ―――MerryX'mas!――― --------------------------------------------------------------------------------------------- 短っ!!まさかこんなに短いネタになるとは思ってなかった!! ウルフがなんだか普通の女の子で変な感じ? きっとレイヴンはマンティスにシュークリームをたくさん買っていってあげたと思います。 宿禰さんの中では蟷螂は甘いもの好き。超能力って血液中の糖分を消費するっていう自分設定だから。 2008/12/25 |