まずはその手に温もりを どこかくすんだような曇り空に、目が覚めるような冷たい空気。 そんな中、FOXHOUND部隊、凄腕の狙撃手、スナイパー・ウルフはある男の後をつまらなそうに歩いて いた。 「ごめんねウルフ、もう少しだから」 肩に狙撃銃の入った鞄を下げ、懐には拳銃も持っている。そんな物騒な姿の彼女に気弱に話しかける 男の名はハル・エメリッヒといった。 「本当にごめんよ。せっかくお休みの日だったのに僕の買い物に付き合わせてしまって…」 「構わないわ。命令だもの。別に貴方の為に付いてきている訳じゃない」 ハルは僅かに彼女を振り返り、微苦笑しながら眼鏡をクイと押し上げる。ウルフは彼の表情に気を向 けることもなく、暗がりの路地からこちらを窺っている物乞いやチンピラに意識を張っていた。 ハル・エメリッヒはまだ年若い青年でありながら新型戦車・メタルギア開発チームの中枢を担う博士 である。 今日はその設計の為のテスト部品を買い出しに町へやって来た。わざわざチーフの彼自ら町へ出てき たのは、自身の目で部品の良し悪しを見定める為と、もう一つ…―― 「そうだ、ウルフ。買い出しに付いてきてもらったお礼に、何か好きな物を買ってあげるよ」 彼女、スナイパー・ウルフに気がある為だ。現在ハルは、ウルフに対して密かに片想い中なのである。 この買い出しを、なんとか買い物デートにランク上げしたいハルだったが、現実はそうもいかない。 「私は仕事で付き合ってあげているの。だからそういう気遣いは無用だわ」 彼女はクールでドライな性格だった。 しかしハル・エメリッヒも粘り強い男だった。 「わかった。それじゃ、あのお店で最後だから、お店の前で待っててくれる?」 「私も行くわ」 「僕なら大丈夫だよ」 「誤解しないでエメリッヒ博士。私は貴方の護衛だけを命令されている訳じゃない。貴方の監視も仕 事のうちなのよ」 そうウルフにすげなく告げられ、一瞬暗い表情をしたハルだったが、すぐに気持ちを取り直すと「そ れじゃ」と顔を上げる。 「一緒に来て。ウルフの好みを聞かせて」 「好みって…」 ウルフは店の看板を見上げた。紅茶やハーブティーの専門店だ。 「…紅茶の?」 「うん!」 「私、紅茶の好みなんてないわ。どれも一緒に思える…ってちょっと!!」 ウルフの話している間にハルは彼女の腕を取って店内に入った。仕方がない、と諦めたウルフは店内 に展示された品物を眺めながらハルの問いに答える。 「甘いのと苦味が強いのとどっちが好き?」 「甘すぎるのは嫌い。けれど、薬みたいなのは嫌」 「じゃあ香りが強いのも駄目だね。柑橘類は好き?」 「そうね…嫌いじゃないわ」 適当に答えながら、ハルは「じゃあこれにしよう」と言うとレジへ歩いて行った。 「プレゼントにしてください」 「かしこまりました」 店員は慣れた手つきで包装紙を取り出し、別の店員が会計を済ませる。値段を言われ、ハルは自分の 財布から紙幣を出した。 その時、ウルフは右手が少し冷えたように感じて己の右手を見つめる。 「あ、嫌だった?何も言わないからずっとそのままにしてたんだけど…」 おつりを財布にしまいながらハルは言った。 「狙撃手、だもんね。手を触られるのは嫌だったよね」 ごめん、と苦笑するハルに、ウルフはまさかと思う。 「ハル‥‥貴方もしかして、今まで私の手を握っていた…?」 「え?うん」 ウルフは表情を変えずに内心でひどく驚いていた。自分が他人から触れられて拒絶しなかったことに。 しかも狙撃手の命とも言える右手だ。グローブ越しとはいえ、なぜ自分はすぐに彼の手を振り払わら なかったのか。 無意識のうちにハルに心を許していたとでもいうのか。 「ごめんよウルフ。怒らないで」 「‥‥怒ってなんかいないわ」 戸惑っているだけだ――。 「ところで、ソレは誰へのプレゼントなの?開発チームに好みの女性でもいた?」 少し強引にだが、ハルの持っている包んでもらったばかりのプレゼントを指差してウルフは問う。 「これ?これは…はい!」 すると彼はウルフに向かって、その手に持っていた包みを差し出したではないか。 「待って、‥‥私に…?」 「そうだよ。いつも、任務がない時まで精神安定剤を飲んでるでしょう?いくら職業病だって言って もあんまり身体には良くないから…。心を落ち着かせるのにはお茶でもどうかな、って。迷惑…か な…?」 首を傾げ、眼鏡の向こうの気弱な表情にウルフはまたしても戸惑う。 どうしてすぐに迷惑だと言い切れないのだろうか。手を握られていた時もだ。 その答えに辿りつけず、ウルフの視線は地面とハルの手の包みをさ迷った。 「お茶の淹れ方なんて…知らないわよ‥‥」 「それじゃ、僕が淹れてあげる。研究に行き詰まった時はよくコーヒーや紅茶を淹れるから慣れてる し」 ウルフは静かにハルの表情を眺める。小さく笑みを漏らした。 「そう…じゃあ、ありがたくいただくわ」 ハルの手の平から包みを受け取り、大事にポーチにしまう。 「飲みたくなったら貴方を訪ねればいいのね」 「うん。いつでもどうぞ。君なら大歓迎だ」 ウルフは笑った。本当にしょうがない男だと。 ハルも釣られて笑う。「それじゃ、基地に戻ろうか」とウルフに向かって手を差し出した。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 女性の言葉、久しぶりに書いた…。ていうかまさか、これがこのサイト初のノーマルとか言わない よな!?言いますか!? それはともかく(ぇ 最後にハルの手をウルフが取ったかどうかは、読む人のご想像にお任せしますv 2008/09/28 |