その隻眼に映るは紅玉の瞳


ジュリエットがエスカラスの種木となり、ネオ・ヴェローナは再び平穏を取り戻した。
俺は戦場で指揮を取るのは得意だが、政治に向いていないのは自分でもよくわかっている。人付き
合いも得意なほうではなかったが…。
コンラッドは隠居し、コーディリアやウィリアムは貴族街に、ティボルトはマンチュアと城を行っ
たり来たりで政務に追われ、

「キュリオー。これとこれとこれ、いただくよー」

「毎度ー」

俺は町でマンチュアから届いた青果を売り、
フランシスコは新しいネオ・ヴェローナの大公として城で貴族たちをまとめ、二度とあんな悲劇が
起きないように死力を尽くしていた。
ここ数ヵ月、まともに会っていない。配達に行った青果売りと大公がそんなことできる筈もなかっ
たが、生まれてから二十数年、ずっと一緒だった親友がこうも離れてしまうと、なんだか寂しく思
えた。

「(もうお互い、そんな年じゃないだろうが‥‥)」

自分で自分に突っ込む。というか言い聞かせる。「これは与えられた役目なのだから仕方ない」と。
その時、店先に再び人が立ち止まる。

「美味しそうな林檎だな、キュリオ。一つもらおうか」

「まい…ど‥‥っ!?」

――フランシスコ!?

外套に身を包み、頭までフードをかぶってはいるが、長年一緒にいたのだ。わからない訳がない。
後ろ襟をむんずと掴んで店の奥に引っ張っていく。

「随分乱暴だな」

部屋の隅で放してやると、のほほんとそんなことを言うもんだから一気に力が抜けていく。

「何を暢気な…!こんなところで何してる!」

「店の店主がそう怒鳴るものではないよ、キュリオ」

「人の話を聞け!」

「キュリオー。いないのかーい?」

店のほうで呼ぶ声が聞こえた。

「お客さんのようだね」

暢気に微笑むフランシスコをひと睨みして店に出ていく。

「すまない。何を買ってくれるんだ?」

軽く謝罪しながら出ていけば、常連になってくれている奥方だった。

「今日は息子の誕生日だからご馳走にしようかと思って」

そう言った婦人はあれとこれと…と手伝いの者と二人で持ちきれるかギリギリの量を選び出す。
俺は言われるままに袋に詰めてやるが、正直追いつかない。その内に他の客がやってきてしまった。

「すまない、少し待って…――
「いらっしゃいませ」

俺の言葉を遮って客の相手を買って出たのはフランシスコだった。
外套を脱ぎ、どこから見つけてきたのかエプロンを付けて笑顔で応対する様は流石と言える。

「毎度ー」

「ありがとうございましたー」

ヒラヒラと手を振って見送るフランシスコを再び捕まえて問い詰める。

「何してる!!」

「忙しそうだから手伝いを」

「そうじゃな…っ!!」

スッと伸ばされた人差し指に口を塞がれる。

「お客さんが逃げてしまうぞ」

なに食わぬ顔で拘束を逃れたフランシスコはいらっしゃいませー、と新たな客に笑顔を向けた。
俺はイラッとしながら頭を掻く。

「あら?フランシスコ?」

聞こえた声に片方しかない目を見張った。自分は知らない顔だったが、フランシスコの知り合いに
違いない。

「えっ?大公の!?」

同伴していた男性が声を上げた。キャピュレット家の兵士として町にいた時には一部の人にしか知
らていなくても、忘れるなかれ、奴は今や大公だ。ネオ・ヴェローナ市民で知らない人間はいない。
そんな人間がこんな一介の青果屋にいたら騒ぎになるに違いない。

「違っ、コイツは…
「ごきげんよう」

人の懸念を余所にフランシスコはにこやかに女性に微笑みかけた。あっという間に人だかりができ
る。俺は激しく脱力した。

「フランシスコ‥‥っ!!」

「商売繁盛じゃないのか?」

そう言いながら商品を売っていく。見境なく売りさばくかと思いきや、相手はちゃんと見極め、買
い物に来た婦人や子どもだけを客として扱っていた。

「ごきげんよう、レディ。けれどここはキュリオの店だからね。場をわきまえた行動をする貴女は
 才ある人として敬愛するよ」

軽く挨拶をしただけで去った女性に向けて言う。皮肉と取らせないように上手く言い回して体よく
野次馬を追い払う。フランシスコは正体を明かした責任はちゃんと自分で取っていた。
しかしそれにしてもフランシスコの所為か客足がいつもより増し、閉店時間も普段に比べて随分早
めた。

「正直、助かった。けどな。何しに来たんだ…?」

夕陽の差し込む部屋で、やっとはぐらかされてきた問いを訊くことができた。

「まさか大公の仕事が嫌になったとは言わないよな」

「そんな笑えない冗談は言わないよ。仕事がひと区切りついて、時間が出来たんだ」

逆光になって見にくいはずの俺の顔をじっと見ながら、それでも肝心な理由は何も答えようとしな
いフランシスコに深くため息を吐いた。

「‥‥もういい。すぐに夜になる。危険だからさっさと城に帰れ」

窓の外、遠い空を見上げて俺は言った。しかしフランシスコは思いもよらない返事を返す。

「あぁそれなら大丈夫。今日はお前の所に泊まるとティボルトに伝えてきたから」

「なっ!!?」

何かを飲んでいたわけでもないのに激しく咳き込んだ。

「お前!今の自分の立場をわかっているのか!?」

「勿論だとも。だからちゃんと仕事を一段落させてから…――

「そういうことを言っているんじゃない!!いいから城に帰れ!」

俺の声が僅かに響いて消えた。
クス、とフランシスコは静かに笑うと視線を落として少しずつこちらに近づいてくる。

「わかってるよ」

すぐ目の前で立ち止まるとその紅い瞳で俺を見上げた。

「キュリオに会いに来たんだ。久しぶりに会いたくて」

「(フランシスコ…?)」

「だけど、お前が怒るなら私は帰るよ」

フランシスコの唇が俺の唇に触れて、離れていく。
背伸びをして近くなった紅の双眸が再び元の高さに戻る。

「またな、キュリオ」

くるりと背を向けたフランシスコ。長い淡い金髪がフワリと舞った。
その金髪に一瞬だけ見えた淋しげな笑みが隠される。

「――…待て」

咄嗟にフランシスコの腕を掴んだ。

「帰れと言ったり待てと言ったり。我が侭だな」

振り返らずにフランシスコは笑みを含んだ声だけをこちらに向ける。
俺は構わず続けた。

「悪かった。帰るな」

掴んだままだった腕を引き寄せて自分の腕の中にフランシスコの躯を抱き込む。相変わらずフラン
シスコの表情は髪に隠れて見えないが、小さく息を呑むのがわかった。

「フランシスコ‥‥」

「っ…ぁ‥‥」

襟を開いて首筋に顔を埋める。
白い肌に華を咲かせると、俺の頬に剣ダコの似合わない細い指が触れた。

「――泊めてくれるのか…?」

くすくすと笑うフランシスコを向かい合うように抱き直してから静かにベッドに倒れ込む。
片方しかない目を閉じて、深く口づけた。フランシスコは少し喘ぎながらそれを受け入れる。

日が落ちた。

「俺がお前にキスするといつも日が落ちるな」

「それなら、朝日が上る時は私がお前にキスすることにしよう」

暫しの間見つめ合って、それから少し笑った。

「どんな理屈だ」

「さぁ?」

刹那の沈黙。

「久しぶりだなフランシスコ」

親友は綺麗な笑みで、

「あぁ」

と頷く。
そして腕を伸ばして俺の頭を抱き寄せた。

「次はいつ会えるかわからない」

感情の読めない声で奴は告げる。

「次に会える時まで寂しくならないように」

腕の力が弱まり、俺は再びフランシスコを見た。

「今夜はずっと一緒にいてくれ」

地位はお互いに変わってしまっても。お互いの心の寄り添う場所は変わらない。

「あぁ…――今夜は、離さない」

ジュリエットがいなくなったからじゃない。本当はずっと昔からお互いに好きだったに違いない。
それに漸く気づいた。

少しずつでいい。それでもずっとこのままの関係で…。



紅玉の瞳を濡らさぬように。
隻眼の瞳を曇らせぬように。



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アニメの後半のほうで別荘で、キュリオとフランシスコがふたりきりで話してる場面。確かジュリ
エットが好きだとかなんとか話してる場面で。あのあと二人はキスしたりしてないかなぁ…、って
いう妄想が含まれてます。あの時って確か夕暮れ時でしたよね?

(2007/11/02)

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