この時がずっと続いてほしいと祈る 今日は1月1日。いわゆる元日である。 昨日12月31日。葵と葛は雪菜から誘いを受けて、年越しそばを食べに行った。今はその帰りだった。 ◇ 「棗が蕎麦を打ったの。よかったらみんなで年越しそばを食べましょう」 唐突にそんな連絡を受け、仕事も抱えていなかった二人は断る理由もなく、雪菜のマンションへ向かった のだった。 手先の器用な棗の打った蕎麦はなかなか美味かった。 上海では除夜の鐘は鳴らないが、日本人が四人揃っていたので、日付が変わる頃には皆、気分が高揚して そわそわし始めた。 葵は自分の腕時計を。雪菜は部屋の時計を。葛もまた葵の時計をチラチラと横目で窺い、棗はそんな皆の 様子を眺めていた。 時計の針が12時ちょうどを指した瞬間、葵は懐からクラッカーを取り出してパン!と鳴らした。 「あけましておめでとー!」 「きゃっ!」 「!?」 雪菜は驚いて小さな悲鳴を上げ、棗も目を白黒させている。すぐさま葛が葵を怒鳴った。 「葵っ、いきなり大きな音を立てるな!そもそもそんなもの、どこで手に入れた!」 「え、繁華街に行けば結構見つかるぜ。中国じゃ爆竹を鳴らすらしいけど、室内でそれは危ないから欧米 風にコイツを使ってみた」 「ここにいるのは全員日本人なのだから、鳴らすなら除夜の鐘だろう!」 「えー、四人で108回も鐘鳴らすのかぁ?」 「それはものの例えで、無理矢理何かを鳴らす必要もない」 「それじゃつまらないじゃないか」 「面白味を出すものでもないだろうが」 「……お前さぁ。せっかくおめでたい雰囲気を演出しようってのに、それじゃ……」 「年明けは厳かであるべきだ」 「…………」 「…………」 年明け早々、言い争う二人に雪菜も棗も笑いが耐えられず、くすくすと笑い出す。それに気を抜かれた葵 と葛もやがてクスリと笑った。 「改めまして……あけましておめでとうございます」 丁寧に頭を下げる雪菜。葵と葛、棗もそれに続き、年明けの挨拶を交わす。 そしてその後、成人している男三人で何杯か酒を飲み、別れた。 ◇ 真冬の真夜中。肌寒かったが、雪菜の所を出てくる前に飲んだ酒のおかげで凍えるほどではなかった。 葵は隣を歩く葛をチラリと見遣る。 葛の眉間には深いしわが刻まれている。機嫌が悪いようにも見えるが、一緒に暮らすようになって半年以 上経つ葵には今の葛は単に眠いのだとわかっていた。眠いけれど、気を張りつめているため機嫌が悪そうに見えるのだ。 「(これじゃ、帰ったら葛を甘い言葉で誘って……なんてのは無理そうだな)」 葵は葛にバレないように小さくため息をついた。 心なしか葛はフラフラと、そして葵はトボトボと写真館への帰路を辿るのであった。 ◇ 写真館に着き、シャワーを浴びると葛はさっさと部屋に戻ってしまった。後でこっそりと部屋を覗きに 行ったが、葛は葵の侵入に気づかないほどぐっすりと眠っていた。 元々宵っ張りの葵は葛が寝入っているのをいいことに、しばらく葛の寝顔を眺めてから部屋に戻ることに した。 整髪料のついていない葛の髪はさらさらと触り心地もよく、彼を愛しく思う気持ちも手伝って飽きさせる ことを知らない。 「どんな夢見てんのかな……」 そういえば今夜見る夢は初夢だ。そんなことを思ったら、ふと独り言に出ていた。 するとピクリと葛の瞼が震えた。 「(まず……っ)」 慌てて立ち上がったのが余計にまずかった。 急な気配の動きに葛は寝惚けながらも機敏に反応して、掛け布団をはね除けながら起き上がった。そして そのまま葵の手首を捻り上げると自分のベッドの上へ押し倒してしまう。 ぎりぎりと右腕を締め上げられて、葵は悲鳴を上げる。 「ま、参った!参った!!謝るから離してくれ!腕が折れちまう!」 「む……葵か……?」 「(コイツ、ホントに寝惚けてやがった……!)」 葵が愕然としている間に正気づいた葛は締め上げていた腕を解放した。 葵はベッドから立つと、葛の機嫌を見ながらおずおずと言う。 「あー……勝手に入って来てすまなかった。雪菜の所から帰ってくる時、ちょっとフラフラしてたみたい だったから大丈夫か心配になったんだ」 真っ赤な嘘である。寝顔を覗きに来たというほうが正しい。しかし葛にしてみると、『夜更かしをして眠 かった』などとは言えないので、「ちょっと酒に酔っただけだ」と誤魔化す。 「そっか。……あ、その……」 邪魔したな。おやすみ。よい夢を。 ベッドに腰掛け、もう一度寝ようとする葛に、葵が掛ける言葉はいくらでもあったが、そのどれも口から は出てこない。 代わりに出たのは血迷ったとしか思えない言葉。 「……一緒に寝ていいかな」 横になり、布団を被ろうとした葛は固まって葵を見上げた。 葵は慌てて付け足す。 「あっ、えっと、変な真似はしない!これは誓う!絶対に!」 葛はぱちくりと一回瞬きをすると、布団を捲る手を離して、壁の方を向いて横になった。 「……勝手にしろ」 素っ気なく言われた一言だが、その一言は葵を許容するもので、葛のこういう素直ではないところが葵は 堪らなく好きだった。 「……ありがとう」 勝手に緩む頬を制する術はない。 葵は空いたスペースに横になると、静かに掛け布団を引き寄せた。 葛が自分で体勢を整えたのを見て、葵は約束通り彼に触れることなく「おやすみ」と言って目を閉じる。 さっきまで熟睡していた葛の体温が布団に残っていて心地よい。そのままあっさりと眠りに落ちると思え たが、右腕に触れる葛の背を意識してしまってなかなか睡魔は訪れない。むしろ困ったことに体の熱が昂 る一方だ。 「(俺、最低……)」 好きな相手を前にして男の欲望を抑えられない自分を激しく嫌悪する。 隣で寝ているであろう葛はピクリとも動かない。眠っている彼を起こさないように布団から抜け出すのは 至難の技だろうが、このままこうしていて最初の約束を違えることのほうが許されることではない。 そろりと腕を動かすと、隣の葛の肩がビクリと震えた。 「あ、悪い……起こしたか?」 「――いや……」 葵が腕で体を起こして葛の方を見遣ると、彼はもぞもぞと体を丸める。 寒いのだろうか。首を傾げつつ、ベッドから抜け出そうとすると、ふいに葛は葵を振り返った。 “行ってしまうのか”。そう葛の瞳が訴えていて、葵の興奮は一層増した。 ますますマズイと動揺した気配を察したのか、葛の唇が葵の名を綴る。葵は頭の中が沸騰したように熱く なるのを感じて、慌てて頭を振って冷静さを取り戻そうとした。 「駄目!駄目だ!!俺は何もしないって約束したんだからな。ここで無理矢理襲ったりしたら、せっかく添 い寝を許してくれたお前を裏切っちまう!」 そう言って布団から起き上がる葵。その時、彼には葛がどことなくつまらなさそうな顔をしたように見え て、またも首を傾げた。 「別に、俺は……」 消え入りそうな葛の声に、葵は抜け出そうとしていたベッドに戻り、背を向けてしまった葛の体を後ろか らそっと抱きしめる。 「なに、葛……?もしかして、誘ってくれてたのか?」 完全に硬度を増した部分が当たり、葛にも伝わってしまっているに違いないが、さりげなく触れた葛もま た自分と同じくらいの興奮状態に あって思わず笑みがこぼれた。 葛の下着の中に右手を滑り込ませ、左手ではシャツの中をまさぐる。 「ん……ん、何を……馬鹿な……」 鼻にかかった声で葛は言う。舌で真っ白な耳朶を弄りながら、葵は葛の反応を見た。もどかしそうに腰を 揺らして僅かに顎を引く葛。 「ホントに……?」 少し意地悪く、ニヤリとしながら問う葵に、既に快感に悶えている葛は頬を紅潮させながら答える。 「俺は、ただ……っ。お前がしたいなら、拒みはしない、と……っ」 「お前の場合はそれで十分、誘ってるって言うんだ」 「、ぁっ……!」 カリ、とかたくなった胸の突起をつまむ。葛の体が腕の中でビクンと跳ねた。 「そろそろいいか……」 葵はそう言うと、葛の体を抱え込むようにして前面へ手を伸ばす。 下着から取り出した勃ち上がったものを巧みに擦りあげていく。顎を強く引いてうつむいた葛が必死に声 を殺している。 「声、別に堪えなくてもいいんだぜ……?」 「んっ……、いや、だ……っ」 「なんだよ。俺は聞きたいのにな、お前の声」 「あお……っ、ぅぁっ、はぁっ!?」 絡ませていた足を蹴って、葛の体は快感に打ち震えた。白濁としたものを手の平で受け止めておきながら、 葵は葛の耳に唇を寄せる。 「そうだ、そんな声が好きだ。葛、声もっと出してくれ」 はぁ、はぁ、と葛は肩で呼吸を繰り返す。吐息に混じって漏れる声がとても色っぽい。葵はますます興奮 した。 性急に葛の体を受け入れる体勢に慣らして、葵は自分の衣服を脱ぎ捨てる。葛の服も完全に脱がせ、四つ ん這いに立たせると、ぬるついた自身の先端を葛の体内にゆっくりと挿入していく。 「あぁっ……!」 ぞわりと肌が粟立つ感覚。葛はぎゅっと瞼を閉じてシーツを握りしめた。 「ん……、入った……。動くぜ?」 「ゆっくり……だぞ……?」 「わかってる」 じゃないと敏感な身体の葛はすぐにイッちまうから。そう余計な一言を加えて、葛に顔の横についた腕の 下から睨まれる。けれど葵は慈愛に満ちた表情で微笑むと、葛の背に覆い被さるように自分の両手を彼の 体の脇についた。 ぴったりと身体をくっつけて、葵は囁くように言った。 「好きだよ、葛」 繋がった部分からは卑猥な音が絶えずしているというのに、葵の言葉だけが耳にとまる。葛は息を乱しな がら片手をシーツから離し、肩の位置にあった葵の頬を捕まえた。 「おれ……も、お前が好きだ、葵……っ」 「葛……」 葵の唇が、葛の意志に沿うように深い口づけを与える。腰の動きと共に葛がキスに堪えきれなくなった頃 を見計らい、葵はずるりと自身を引き抜いて、葛を仰向けに寝かせた。 「投げ飛ばさないでくれれば、いくらでもしがみついてくれて構わないからな」 「爪を立ててしまいそうだ……」 「それもお前の愛の証だろ?」 「……言っていろ」 するりと葛の白い腕が背中にまわされる。 葵は葛の腰をしっかり抱いて、何度も彼の体を突き上げた。あられもない姿でよがる葛を自身も余裕のな い瞳で眺めながら、飽くまで熱を求め続けた。 葛が意識を失うまで行為は繰り返され、葵は後始末を終えてから葛の寝るベッドで共に寝た。 ◇ そして昼過ぎになって、ようやく目を覚ました葵は、既に通常営業の葛と新年の挨拶を交わし、そこで ハッと気が付く。 「初夢見忘れた!」 「はぁ?」 いきなり大声で叫ぶから何事かと葛が呆れた声を出すと、葵は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。 「せっかく一緒に寝て、葛の夢を見ようと思ったのに……。やりすぎて疲れてぐっすり寝ちまって夢を見 なかった……」 「そんなこと……」 「おまっ、“そんなこと”とか言うなよ!俺にとっては大事なことなの!!」 ため息をつく葛。葵の落ち込みっぷりはちょっとやそっとじゃ治りそうにない。 葛は言った。 「そういう意味じゃなくて。そ、……そんなに夢が見たいならまた今夜も一緒に寝ればいいだろう、と 言っているんだ」 「え……?」 「あんな狭い寝床でもお前がいいと言うのならな!俺は洗濯の続きに戻るぞっ!」 惚けた顔の葵を置いて、リビングから出て行く葛。葵はハッと我に返るとその後を追う。 「なぁなぁ葛、葛も俺の夢見たいのか?見たいんだろ?なぁってば!」 「うるさいっ」 耳まで真っ赤にした葛が洗い終えたタオルを投げつけてきた。それを受け止め、洗濯カゴへ戻すと「俺も 手伝う」と言ってカゴを持つ。 葛の横に立った葵はふわりと微笑んで、葛の頬に口づけを落とした。 「今夜はちゃんと夢を見られるように、今からイチャイチャしてもいいか?」 葛は一瞬、言葉を詰まらせてからそっぽを向いて答えた。 「……勝手にしろ」 正月の一日くらい。誰も客の来ない元日くらい。こうしてだらしなく愛とやらにうつつを抜かしていても よいだろう。 葵は洗濯カゴを置いて葛の腰を抱き寄せる。葵の胸に手を置く葛。けれど拒む様子は見せず、そっと瞼を 閉じた。 晴れた正月の日の光が差し込む部屋の中で、二人は長い長い口づけを交わした。まるでこの幸せな時間が 永遠に続くよう、神へ祈る儀式のように。 ----------------------------------------------------------------------------------------------- かなりやっつけ感www 初夢に好きな人のことを見たいという気持ちはあるだろうという乙女的な発想でこんなネタになりました。 エロに重点を置いていないのでそれ目当ての方にはなんか物足りないかもしれないです。 ともあれ、久しぶりに時期もの書いたな。 今年もよろしくお願いします。 2011/01/01 |