君の泣く声が聞こえたから 後日談 電話の向こうで保留中のメロディが流れている最中、私たちの目の前で葵くんが白い光に包まれて消えた。 三好と二人で呆然としていると、保留中のメロディが途切れ、本家の奥方が電話口に出る。 『お待たせしてすみませんね。えっと、岸田孝典さん?』 「はい」 『貴方宛にね、手紙が見つかったんですのよ。ちょうど昨日』 「私宛にですか……?」 『そう!貴方と、“三好克哉”って方、ご存じ?』 「私のじょ……親友です」 『その三好って方宛てになのよ。明日には郵便で届けますから、そちらのご住所、お教えいただけます?』 「お手数をおかけします。では、メモの準備はよろしいですか?はい、郵便番号が……――」 住所を伝え、急な電話をしたことの謝罪と、お礼を述べて電話を切る。 さっそく三好に手紙のことを話すと、珍しく驚いた表情をしてやがて皮肉屋の笑みを浮かべた。 「散々振り回しておいて、結局は自力で帰られたんじゃ拍子抜けですね。その手紙、今回の件がらみとみ て間違いないんじゃないんですか?」 「おそらくな。私は君の名前を実家や、ましてや親戚にも知らせていない。どこからか別口で君の名前を 知った可能性もなきにしもあらずだが、そう考えるのが妥当だろう」 そして、その時の私たちの予感は的中する。 翌々日。仕事を終えてマンションに戻ってくると、一通の郵便が届いていた。 大きな封筒の中に、さらに小さな古びた封筒が入っており、そこには確かに私たちの名前が書いてあった。 差出人の欄は空白になっている。 私はペーパーナイフを持ってきて、慎重に封を開けた。中には数枚の手紙が入っていた。 『岸田孝典さま、三好克哉さま 先日は大変お世話になりました。ちゃんとしたお礼も言えず、元の時代に戻ることになってしまったの で、こうして手紙を残すことにしました。 元の時代に戻ってから葛に確認したところ、どうやら岸田さんの推測は当たっていたようです。 ただ、どうして八十年も時を越えてタイムスリップしてしまったのかは未だにわかりません。葛にも覚 えはないそうです。 あの時は元の時代に戻れなかったら、と考えると怖くて仕方なかったけれど、今思うと、いい経験だっ たように思います。 あ、そうそう。あの後、俺は葛に告白して、見事結ばれることができました。……その後、日本に戻っ た葛は家の事情で見合いをしなくてはならず、俺たちは別れる結果になりました が、それでも俺、実 は諦めてません。なぜなら、俺を助けてくれた恩人のお二人の名前が「岸田さん」と「三好さん」だっ たからです。 いつか俺はもう一度、葛と一緒に暮らせることを夢見ています。……アンタ達に負けないくらい熱い関 係になってやる。 本当はもっとちゃんとお礼もお別れも言いたかったのに、こんな手紙でしか伝えられず、とても残念です。 どうか、いつまでもお元気で。お幸せに。 小野総一郎 (三好葵)』 そして更にもう一枚。 『岸田さま、三好さま 葵がたいへんお世話になったということで、私からもお礼を申し上げたく、こうして筆をとらせていた だきました。 私の力が及ばぬせいで、彼には大変な思いをさせたことと思います。その時お二人のご助力をいただけ て本当に幸いであったと、心より感謝申し上げます。 いつか、然るべき時が流れた後にお二人お会いできたら光栄でございます。 この度はありがとうございました。末筆ながら、お二人のご健康をお祈り申し上げます。 岸田琢磨 (伊波葛)』 手紙を読み終え、葵くんが無事に元の世界に戻れたことの確認が取れたことで心のどこかにつっかえてい た不安がスッと消えて無くなった。 「こうして岸田家で手紙が見つかったということは、彼の願いは叶ったんでしょう」 「そうだといいな。しかし、同い年だというのに葛くんの手紙との差はなんだ。形式がまるでなってない」 「彼なりの心遣いでしょう。変わりなく元気でやっている、と」 「そう言われてみれば、そうだな……」 まだ一昨日の出来事だというのに、この手紙を見るともう随分と前のことのように思える。それでも今は まだ、葵くんの笑った顔や声が脳裏にしかと刻み込まれている。 感慨深く手紙を眺めていると、封筒を手に取った三好が首を傾げて封筒の中を覗いてみた。 「岸田さん。まだ写真が入ってますよ」 「写真?」 取り出すと、それはモノクロ写真だった。 二人の男性が写っている。一人は知った顔、葵だ。彼はこの時代では一度も見せなかった、向日葵のよう な笑顔でカメラに顔を向けていた。 そして彼の隣に写っているスーツ姿の男性。控えめに笑みを湛え、切れ長の瞳はどこか若い頃の自分を思 い出させる。もしや彼が……。 「本当だ。確かに少し岸田さんに似てますね。こうして髪を上げたらますます似ている」 隣にいた三好が人の前髪を勝手に後ろに撫でつけて顔を覗き込んでくる。自分でもそう思っていただけに 反論はしないが、行動が唐突すぎる。心臓に悪い。 「あれ?キスされると思いました?」 「うるさい!勝手に思考を読むな!!」 「はいはい……」 チュッと音を立てて額にキスされる。キッと睨みつけるが、三好は意に介さず肩をすくめただけだった。 「そういえば。俺の父親はどこかの金持ちに引き取られた養子だったな……。何故か一度も父方の祖父母 には会ったことがなかったが、父親も義理の母親に会ったことはないと言っていた」 ふいに漏らした三好の言葉にしばし目を瞬いて、やっとの思いで「まさか」と呟いた。 「そうですよね。そんなことあるわけないですよね」 ニコリと微笑む三好に、逆に信憑性が増してきて明日にも役所に行って調べてくるべきか迷う。 「さて、心配事はなくなったわけですし。……心の準備はいいですか?」 私が思考を巡らせている間に、いつの間にか三好の腕がスルリと私の腰に回されていた。ズクリと体の芯 が疼く。 「――よくない、と言っても、君は私を担いでベッドまで連れていくんだろう?」 「当然です」 蠱惑的に微笑み、三好は私の手の手紙をテーブルに置きながら顔を近づけてくる。 仕方ないので、私は彼の首に腕を回して口づけを待つ。 その時に見えた窓の外では、三日月よりも細い月が夜空に輝いていた。 ----------------------------------------------------------------------------------------------- ここからはあとがきというか、こじつけというか、無理矢理考えた裏設定を載せておきます。 まず、簡単なところから。 岸田さんと葛さんの関係について。 岸田さんは葛さんの親戚の子どもです。以上(おま…… そして三好さんですが。 彼は葵さんと葛さんの養子の子ども、つまり三好さんにとって葵さんは義理のおじいさんにあたる、と思い ます(← お見合いして結婚した葛さんですが、奥さんに愛情を抱きつつも葵さんのことを忘れられず、奥さんも戦 争で恋人を亡くした人だったので、お互いの傷をなめ合うような関係でした。 そして奥さんが早くに亡くなり、独り身になった葛さんを、小野家には戻らなかった葵さんが迎えに来て、 一緒に住むようになった、という繋がりです。 岸田家の一部の人間の間では葛さんは汚点のように捉えられていたかもしれません。 ちなみに岸田さんは幼少期に葛さんと会ってます。 さらには、おじいちゃんになった葵さんと葛さんは岸田さんと三好さんの姿を遠くから眺めていたことも あったと思います。 さて。なぜ葵さんがタイムスリップしてしまったのか、という問題についてですが。 ポイントは、葛さんが葵さんを「どこか安全な場所へ飛ばしたい」と念じたことです。 葛さんにとって安全な場所というのは、おそらく日本でしょう。そして第二次世界大戦が起こることを 知っていた葛さんにとって、戦争も何もかも終わった「平和な未来の日本」が「最も安全な場所」だと 無意識に思っていた部分があったという設定です。 そして、その葛さんの願いを聞き届けたのが棗・勲お兄様・与和さまというわけです。一気に胡散臭く なりますが(笑) お兄様の力で「跳べる回数は3回」というリミッターを外し、 棗の力で「落下する葵」と「安全な場所」を視認、 「安全な場所」のビジョンは与和さまが伝え、未来へ転移させた。ということになります。 大人組からの贈り物ってわけです。 葵が元の時代に戻れたのは、新月が関係しています。 葵が消えたのは新月の夜。そして未来から元の時代に戻ったのも新月の夜です。 どう関係していたのか。そこまでは考えてません(爆) 大方、勲お兄様と与和さまのいじわるで終戦記念日を見てこい、ってことだったのかもしれません。 以上でとってつけたような裏設定の説明は終わりです。 改めまして、本当にここまで読んで下さってありがとうございましたm(__)m 2010/12/11 |