とある夜の写真館



風呂に入った後、寝るまでの間、居間でクロスワードパズルに没頭していると、風呂上がりの葛が浴衣の
上から肩にタオルをかけてやって来た。

「葵、まさかと思うが、これはお前のか?」

顔を上げると怪訝な表情をした葛が可愛らしい花柄の風呂敷を持って立っている。

「あぁ、それはたぶん風蘭のだ。昼間、それに料理を包んで持ってきてくれたんだよ」

そう言うと、葛はますます眉間にしわを寄せて考え込むように言った。

「それでは……、これがなければ明日の営業に支障が出るのではないのか?」
「あっ!」

確かにそうかもしれない。俺の考えを読み取ったのか、葛はタオルを取り払って「着替えてくる」と背を
向けた。

「ちょ、ちょっと待てよ。まさか届けに行くつもりか?」
「そのつもりだが?」
「待て待て。俺が行く。お前、風呂から上がったばかりだから湯冷めしちまうだろ」

髪も乾いてないし、と葛の濡れた髪を指先でつまむと、いつもより暖かい手に払われた。
苦笑いで葛を見ると、奴はそっぽを向いた。

「……任せてしまっていいか?」
「あぁ!もちろんだぜ」

笑顔でそう答え、葛の手から風呂敷を奪う。

「そんじゃ、行ってくる!」

 ◇◆◇

軽やかに写真館を出たのが小一時間前。風蘭の店、招財飯店に風呂敷を届けた帰り道。
ぶらぶらと歩き、特に意味もなく小さな脇道に目を向けた時だった。
そこには一組の男女がいた。女の人が男の人の足下に跪いている。何か落としたのかと思った。

「(あんな暗い所で落とし物とは、難儀なことで……)」

ライターの火でも貸してやろうか、とおせっかい心が芽生えてきたそう思った俺はふと違和感を覚える。
女の人は跪いてはいるが、下を向いて何かを探している様子ではない。
首を傾げてその男女の様子を凝視してしまったのがそもそも間違いだった。

「っっっ!?」

暗がりに潜むように男女が二人。そこから想像できるのはたったひとつではないか。
俺はとんでもないものを目撃してしまったのだ。即ち、見ず知らずのカップルの情事を。それもとんでも
なく過激な。
俺は逃げるようにその場から駆けだした。一目散に四君子堂写真館を目指す。
頭の中は不埒な妄想でいっぱいった。
もたつく手で取りだした鍵で裏口を開け、扉の内側に飛び込み、鍵を掛ける。扉を背にして膝に手をつき、
呼吸を整えようとした。
息が切れているのは走ったからだけが理由ではない。下腹部に籠もった熱がゆるゆると起ち上がってきて
いた。

「(おいおい……)」

健全な男、ましてや二十歳という年柄、そういう刺激には敏感に反応するものだが、さすがにこんな場所
ではまずい。
なぜなら、外から見た時にまだ居間には明かりがついていた。ということはおそらく葛はまだ居間にいて、
俺が帰ってきたことに気づいている。一言の挨拶もなしに部屋に戻ることは、葛にいらぬ不信感を持たせ
てしまうかもしれない。

「(かといって、コイツを隠したまま、まともに顔会わせられる自信もねぇ……!!)」

となると、トイレに籠もって、腹痛と偽るのが得策だ。幸い、裏口からトイレはすぐ目の前だし……。
すごすごと俺が歩き出したのを見計らったかのように、

「何をしている、そんなところで」

居間から葛が現れた。

「い、いや、なんでも……。走って帰ってきたら疲れちまってさ……」
「そうか」

トイレの壁に背を貼り付けて俺は凍り付く。葛が訝しげに俺を眺めた。

「――どうも挙動不審だな」
「き、気のせいじゃないか?」

葛の切れ長の目が更に細められる。目つき同様、視線も鋭い奴め……。

「何を隠している……?」
「なにも!!」

と、言いつつ一瞬だけ視線を下に下ろしたのがまずかった。葛の視線が下に動く。それから小さく「あぁ」
と呟く声。
バレた。完全にバレた。冷静に発せられた声が逆に辛い。

「俺は悪くねぇぞ!たまたま帰ってくる途中でちょっと、その……、オトコとオンナのそういう場面を目
 撃しちまって……」

最初は威勢よく言い訳をしていた俺も、黙って凝視してくる葛を前にして、情けなくも声が小さくなって
いく。
窺うように視線を上げると、葛は腕組みをして息をついた。
次の瞬間、葛は首を傾げ、まるで誘うような上目遣いで俺を見てきた。

「仕方ないな……。手伝ってやってもいいぞ」
「なっ……」

それまで威圧的だと感じていた葛の態度が、急にその形を変える。
俺は今まで見たことのない表情と、思わぬ言葉に驚き、さらにはいやしくも自分の身体が反応するのを感
じた。

「嘘だろ……」
「嘘でこんなこと言えるか」

いつの間にか葛がすぐそばまで近づいてきている。いやいや待て待て。
完全にペースを乱されている。どうやってベッドに誘えばいいのか、考えたくても頭が働かない。せっか
くの許可が出たというのに。
動揺しきっている俺を前に平然としている葛は俺の手を取ると、歩き出す。俺は不格好な前屈みでその後
をついていった。
廊下を歩いたすぐ先の応接室の扉を開いて中に連れ込まれる。

「座れ、葵」
「お、おう……」

一番手前にあった一人がけのソファーに座ると、葛は俺の前に立ち、スッと床に座った。

「じっとしていろよ」

言うなり、葛の手が俺のベルトの金具を外し、ファスナーを下ろしていく。

「ちょ、葛!?」
「騒ぐな」

葛の低い声に制され、思わず黙ってしまう。その隙に下着を退けられ、猛ったものが露わになる。

「葛、なにするん……っ!?」

俺は信じられない光景にまばたきをするのを忘れた。
葛が俺の……、その、勃ち上がったものに舌を這わせ、苦しげに眉をひそめながら口内に導こうとしてい
る。

「ん、んっ……」

先端を口に含んだだけで、ちゅぷ、と音を立てて口を離す。
葛の息がかかるだけでも興奮するというのに、なんなのだこの状況は。

「葛、おまえ、なにして……」

俺の声に、奴は視線だけ動かして俺を見上げた。

「言っただろう。手伝ってやると。遠慮はいらないからさっさと出せ」

ひどく事務的な物言いだが、潤んだ瞳は誤魔化しきれていない。ついでに言うと、耳も幾分赤くなってい
た。葛も相当、興奮していると、俺はみた。

「ん、ふぅ……っ!」

淫らな水音と葛の辛そうな声が室内に響く。
しばらく指と舌を使って俺を愛撫していたが、溢れる先走りを一通り舐め取ると、呼吸を整えた葛は再度、
口内へ赤黒く充血したそれを含んだ。
僅かに当たる歯がもどかしいが、それよりも時折漏れる葛の声にひどく興奮する。愛撫の感覚だけではな
い、葛の声こそが、相手が彼なのだと認識させる。

「葛……」

手を伸ばし、指に絡ませながら髪を梳く。風呂上がりの髪はすぐに乱れ、抗議するような目で見つめられ
る。集中を乱すな、ということか。
俺は余裕を失いながらも、不敵に笑みを浮かべて葛の襟元に指を差し込み、はだけさせていった。

「ん、あ、あおい……」
「いいから……」

ほのかに色づいた肌が晒されていく。自分よりいい体つきをしているくせに、今は妙な色気まで放ってい
る。俺の興奮は一段と増した。

「葛っ、口、離せ……。も、マズイ……!」

頭を押さえ、引き離そうとするが、葛は頑なに俺への愛撫を続ける。先走りの溢れる先端を舌で刺激され、
俺の視界は薄れていく。

「あ、ぁ……、葛っ……!!うっ……!!」








薄れた視界が元に戻り、何度かまばたきを繰り返した後、俺は大きく首を傾げる。
いま、視界に入っているのは紛う事なき俺の部屋の天井だ。そして部屋の中は電気の明かりではなく、窓
から差し込む太陽の光で、まさしく「朝!」といった感じだ。
そして疑う余地もないほどの下着の不快感。

「(え、嘘……。夢……?)」

取り敢えず起きあがり、部屋を確認し、自分の身に起きたことを確認する。
頭を掻きむしりながら昨晩の記憶を掘り起こし、大きなため息をついた。
実際の出来事はこうである。
風蘭の風呂敷を届けに行き、帰ってきた俺を出迎えてくれたのは寂しい紙切れ一枚だった。
居間の雑誌の上に置かれた葛からのメモ。労いの言葉と先に休むことの謝罪が書かれていた。
夢で見たような甘い時間は欠片もなかった訳である。

「(くっそー……)」

思えば、例え酒に酔っぱらっていたとしても、あのカタブツの葛が口で慰めるなど高度な行為をしてくれ
る訳がない。

「(あ……。まずい、思い出したらまた……)」

ゆるゆると硬度を持ち始めた自身にまたもやため息。

「(汚れついでだ。このまま抜いてから……)」

その時、部屋の扉がノックされ、同居人の声が響く。

『葵!いい加減に起きろ!!一日中寝て過ごすのは構わんが、貴様が朝食を食べ終えないと掃除も洗濯もで
 きない。家事ができないならできないなりに協力しろ!!』

扉を蹴破りそうな勢いの葛の声。
顔面蒼白でこの状況をいかに打破すべきか思考回路フル回転の俺。



――……無理、だ。





葛の怒声が響き渡るまであと5秒。





夢の内容を聞いて卒倒しかけるまであと65秒。





愛しい恋人が頬を赤らめて、夢の再現をしてくれるまであと……――。






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いつも先に友人に読んでもらって感想もらってからupしてるんですが、今回のこれはそんなプレ公開なし
の作品なので、どんな反応されるのかとても怖いですgkbr

とにかく、葛さんに口でしてもらいたくて書いた話なので、ホントに夢オチとか逃げ道の常套手段を使っ
てすいませんでした(苦笑)

あ、ブログで言ってたR18話はこれよりさらに長編で、えげつないです(笑)
でも実は一つ共通点があったりなかったり。それは読んでからのお楽しみ、ということで。

2010/11/22

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