恋の助走 4





「帰るぞ。支度しろ」
芝村に呼ばれ、葵と葛は噴水の傍のベンチから立ち上がった。



きっかけも理由も意味もわからないキスと抱擁の後、二人の間にはまるで恋人同士のような言葉のいらな
い沈黙が降りた。
実際の関係とは正反対の甘い名残のある空気に身を委ね、無言でベンチに座り、夜風に吹かれていたが、
芝村の呼ぶ声で我に返る。



葛は葵が脱いで忘れていた上着を葵の肩にかける。それから「お、すまん」と言う葵に一瞥をくれて、疲
れなど微塵も見せずに颯爽と歩いていった。

「なんだよ……」

唇を尖らせてしょぼくれる葵。葛の後を追うように歩いていくと、噴水の横で芝村が、少し離れた場所に
桜井と壱師が待っていた。辺りを見回すと他に人の姿はなく、どうやら既に演技の必要はないように見え
た。

「ご苦労だった。雇い主に水を引っ掛けてくれたそちらの男はともかく、伊波くんの女役は見事だった。
 特別に何か礼をしたいほどだ」

芝村の言葉に葵の眉間には深い皺が刻まれる。それを葛は手で制し、微笑を浮かべてかしづいた。

「恐れ入ります、芝村殿。私は役目を果たしただけに過ぎません」

すると芝村はゆっくりと葛に歩み寄りながら続ける。

「謙遜するな。そうだ、今後も護衛を兼ねて私の婚約者役をしないか」
「私は桜井機関の一員ですので……」
「問題ない」

一歩身を引く葛に更に詰め寄ろうとする芝村。葵が間に入ろうとするも、やはり葛が後ろ手に制止する。

「……と、申されますと?」

葛が問うと、芝村は自信満々に答えた。

「私は芝村だ。芝村家の財力あれば、貴様の身一つ買うこともできるし、養うこともできよう。私自身、
 いずれ父上の跡を継いで芝村の家を継ぐのだ。未来は安泰だぞ」

芝村のマメ一つない温室育ちの綺麗な手が葛に向かって差し出される。

「私に雇われたまえ伊波くん」

葛の白い指が震えたのを、すぐ後ろにいた葵にははっきりと見えた。

「(まさか、葛……?)」

そんな馬鹿な、あり得ない、と葵が見守る前で葛はゆっくりと指先を芝村の手に重ねていく。
芝村の口の端がニヤリと吊り上がる。葵はあんぐりと口を開けて、咄嗟に手を伸ばしかけた。その時、

「一度忠告しただけでは直らぬか。武士の風上にも置けぬ愚か者め」

いつになく低い声で葛が言うと、同時に芝村の身体が宙に浮いた。
葛は芝村の手を掴むと、強く引き寄せ、バランスを崩した芝村の足を払い、タイミングよく捻った腕でい
とも簡単に宙に放り投げたのだった。
ぐっ、という呻き声と共に背中から地面に落ちた芝村を、葛は冷めた目で見下ろした。

「受け身も満足に取れない。貴様、昔よりも更に怠惰な訓練しか受けていないと見える」
「な、にを……!」

怒鳴り返したいのに地面と衝突した衝撃で身体中が痛み、満足に声すら出せない芝村に葛の叱責が飛ぶ。

「家の名を自らの名声と勘違いするようではたかが知れる――と、7年前にも忠告した筈だな、芝村篤。
 貴様のその振る舞いで芝村の名が堕落していくことにまだ気づかないのか……!」

その言葉に思い当たるものがあるのか、芝村は眉を寄せ、やがてハッとした。

「その言葉……そうか貴様……。ハハッ!大学校に姿がないので、華奢な身体に劣等感を抱いて男娼にで
 もなったのかと思っていたぞ。まさかこんな所で会うとはな!」

葛の表情があからさまな怒りに変わっていく。芝村はその様子に気をよくしたのか、嘲け笑いながら身体
を起こした。

「貴様の女装、なかなかだったぞ。やはり身体を売る仕事のほうが合っているのではないか」
「お前……さっきから黙って聞いてれば好き放題言いやがって……!!」

確かに葛の女装は見間違うほどに美しかった。けれどそれを媚びを売っていると呼ばれるのは不愉快だっ
た。葛は任務として女装を受け入れたのであって、決して自らの意思ではない。
葵の堪忍袋の緒はぷっつり切れ、今にも芝村に飛びかかりそうになった。それを遮ったのは今の今まで傍
観していた桜井だった。

「まぁまぁ、そこまでにしないか。篤殿も鞘を収めて……」
「桜井さん……!!」
「やめろ、と言った筈だぞ」
「…………っ」

一瞬の鋭い視線に射抜かれ、葵や葛もまた言葉を詰まらせた。壱師が音もなく芝村に歩み寄り、手を差し
出す。
桜井は言う。

「部下が失礼をしましたな。いやはや、今夜は思ったよりも多くの収穫が得られて何よりです」
「収穫……?何のことかわからないが、まぁ、部下の教育には気をつけろよ」

訝しげな目で桜井を見ながら、未だ地面に尻餅をついたままだった芝村は壱師の手を取る。

「そうですな。――貴殿も発言には一層気をつけたほうがよろしいですよ」

桜井の声色が一段低くなり、芝村は首を傾げた。その時、壱師のもう片方の手が芝村の額に添えられる。
一瞬の間の後、芝村はまばたきを繰り返して周囲を見回した。

「ん?どうして俺は地面に転がっているんだ?」

その言葉に、壱師が能力を使って芝村の記憶を消したのだと悟る。

「どうやら酒に酔っていらしたようですよ。愚鈍な部下が間に合わずに申し訳ない」
「ふん、まったくだ」

何事もなかったように振る舞う桜井に準じ、葵と葛も小さく会釈した。

「篤殿は私が送っていこう。君たちは先に帰っていたまえ」
「わかりました」
「へ?あ、はい」

呆気に取られたまま、葵は芝村たちの背を見送る。横に立つ葛をチラリと見遣ると、珍しく口を曲げて不
服そうな様子を顔に出した相方がいた。

「……知り合い、だったのか?」

恐る恐る尋ねると、葛の眉間の皺が一本増えた。

「――中学校の同級生だった。家柄の良さがそのまま自分の実力と勘違いしているのが許せなくて、剣道
の授業で叩きのめしたらお祖母様にお叱りを受けた」

芝村は自分より位が低い相手に負けたのが気に食わなかったらしく、先生や周りの生徒に「怪我をしてい
た隙を狙われた」のだと言った。皆はそれが嘘だとわかっていながら、「芝村」の名の手前、葛を卑怯だ
と言った。それが祖母の耳に入って説教をくらった。
事情を聞いた葵は呆れ果てた。

「アイツ昔からあんな性格だったのかよ……。三つ子の魂百までって言うけど……」
「おそらく桜井さんは俺の素性を隠しておくために、壱師に記憶を消させたんだろう。俺も浅はかだった
 と反省している」

あと少しで任務は終了だったのに、正道から外れ、しかし「芝村」というだけで順調に士官の道を進む篤
に感情の制御がきかなくなってしまった。けれどそれがきっかけで芝村に正体を気づかれてしまった。そ
のことを深く反省して落ち込む葛の肩を、葵は元気づけるように叩いた。

「そう気に病むなって!俺はお前があの男を放り投げた時、胸がスッとしたぜ!お前ホントに強いのな。
 そんな着物着て、男一人投げ飛ばしちまうんだから」
「コツがあるんだ。相手の呼吸と筋肉の動きを読んで、それに合わせて力を加えてやれば女性でも男を投
 げ飛ばすことができる」
「いや……そもそもその呼吸と動きを読むのが至難の技というか……」

なんでもない顔をしながら手で動きを示す葛に、葵は苦笑する。
コイツ、実は天然なのか?葵は葛の横顔を眺めながら思うと、ふいにあることに気付いた。

「――そういえば、お前がそうやって自分のことを話してくれるの、足の傷のこと以来二度目だな」
「なに……?」

葛は少し眉をひそめて葵を見た。意図せず顔を見合わせる形になった二人は無意識に沈黙する。
髪が崩れて、葛の色白の頬に漆黒の髪が一条流れ落ちていた。葵はそれを耳にかけてやりながら、ぼんや
りと自覚し始めていた。
葛の過去を垣間見れたことで感じた喜び。怒った表情も美しかったなぁとか、すぐに眉間に皺をつくる
しょうがない奴だなぁとか、葛のつくる表情にいちいち胸を疼かせていたこと。

「そうやってすぐにしかめっ面になるの、やめようぜ」

葵はそう言って、葛の額にキスをした。葛の切れ長の目が見開かれる。

「大丈夫、誰もいない」

葛がすぐさま周囲に気を張ったのに気づいた葵は、緊張した肩をほぐすように両手を置いた。それからそ
のまま顔を近づけると、そっと唇を重ねた。

「まだ酔っているのか……?」

唇を離すと、葛が問うてくる。酒の味のしない口づけに戸惑っているようでもあった。
葵はゆっくりと首を振ると、もう一度深くキスをする。そして葛の瞳を覗き込んだまま、囁くように告げ
た。

「お前のこと、好きになったみたいだ。お前が男だとわかっていながら、キスしたり抱きしめたりしたく
 なるほど、好きみたいなんだ」

間近で見つめていた深緑色の瞳がゆらゆらと揺れる。動揺しているのが手に取るようにわかった。

「お前は?嫌か?」

追い打ちをかけるように尋ねる葵に、葛は息を詰まらせる。

「俺……俺は――っ。そんな感情、知らない……」

震える息で慎重に言葉を選んで答える葛の手は、すがるように葵の肘を掴んでいたが、本人は気づいてい
ないようだった。
恐らく桜井機関の仕事を全うするため、仕事上の相棒となる自分との間に余計な感情を持ち込まないよう
に自制しているのだろう。
葵は更に強く抱きしめる。

「なら、俺が教える。嫌とは言わせない」
「あお……っ」

まるで、形にできない言葉をキスマークにして残した葛の心を見透かしているように強引に唇を塞ぐ葵
に、葛は――。

「(――溺れ、そうだ……)」

一際高く水飛沫を上げる噴水の音が自分の鼓動の音にかき消された。



周囲に散った水飛沫が局所的な霧をつくる。
霞んだ景色の中、二人ははっきりと己の心の中にあるものを自覚した。





◇◆◇






芝村篤護衛の任務から数日。

葵と葛の関係はただの仕事上のパートナーから発展したかと思いきや、葛の頑なに役割を務めようとする
姿勢が邪魔して、葵の一方的なアプローチが続く日々が過ぎていた。

「かーずーらー」
「黙れ。気色悪い猫撫で声を出すな」
「じゃあ葛、こっち向いてくれよ」
「断る。貴様は仕事をする気がないのか」
「あるけど……」
「じゃあさっさと手を動かせ」

――終始この調子である。
そんな時、ふいに風蘭が思いもよらぬ話を持ってやって来た。

芝村篤が家から勘当されたらしい。

「世間知らずのお坊っちゃんは大馬鹿ヨ!外国のお偉いサン捕まえて顎で使った挙句、「ワタシは芝村の
 名がなくトモ、実に有益な人間ダ。むしろ芝村の名はワタシを評価するための邪魔な飾りにしか過ぎナ
 イ!」とか喚いて家追い出されたらしいヨ」
「それ、本当か風蘭!?」
「アイヤ?知り合いか葵サン」
「いや、そういう訳じゃないが……」

口ごもる葵の目の前でチッチッと指を振る風蘭。人差し指を口元に当てる。

「日本じゃ“口は災いのトモ”言う!お喋りな葵サンも気をつけたほうがよいヨ」
「いや、それを言うなら“口は災いの元”……あっ、葛!」

風蘭の間違いを正したところで、葵はあることに気づいて、それまで黙って話を聞いていた葛を振り返っ
た。葛は静かに頷いて、葵を見遣る。

「恐らく、桜井さんはこうなることがわかっていたんだろうな」
「だ、な……」

もしかしたら先日の護衛の件は、篤の父親が桜井に息子の動向について調査させるためのものだったのか
もしれない。

「(“収穫”ってのは、芝村家を追い出す決め手を見つけたってことだったのかもな)」

つくづく信用できない、と葵は辟易する。

「何カ?風蘭も話に混ぜロ!」
「あ、いや、こっちの話だから。気にするな」

桜井機関に関しては守秘義務があるので、当然、一般人の風蘭は会話の蚊帳の外に置かれてしまうのだ
が、今回は葵の誤魔化し方が悪かった。風蘭はかわいらしい眉を曲げると、葵に詰め寄った。

「むむっ!怪しいゾ!」
「いやいや、気にするなって」
「葵サン!隠しゴトよくない!」
「まいったな……」

チラ、と葛に目で合図するも、しっかり視線を合わせておきながら無視される。まるで「それはお前の仕
事だ」と言わんばかりに。

「ん?この写真は何ダ?」

その時、偶然風蘭は葵の胸ポケットに一枚の写真が入っているのに気がついた。ヒョイ、と何気なく写真
を取り上げた瞬間、葵の顔色が変わる。

「あっ、ちょっ……!!」
「アイヤー!!綺麗な人ナ!!そこらのメイクーニャンもびっくりの美人サンよ!!しかし……隠し撮りみたく
 見えるのは気のせいカ?」

胡乱な眼差しで見上げる風蘭に、葵は冷や汗をだらだら流しつつも、なんとか写真を取り返そうと試みる
が、

「葛サン!葵サンの持ってたこの写真、どこで撮ってきたか知ってるカ?」

風蘭は軽やかに葵の手をすり抜けて逃げる。

「どの写真だ……?」
「あーっ!!葛は知らん!これは俺が勝手に撮ったやつだから葛は何も……!」
「そういえば、なんだかこの写真の美人サン、ちょっと葛サンと似てるナ?」

その瞬間、居間の空気が固まった。
写真に映っている人物に見当のついた葛と、完全に顔色を失った葵。

「――風蘭、ちょっとその写真を見せてくれ」

葛は表情をまったく変えないまま、手を差し出す。葵の絶叫をBGMにして、風蘭はヒラリと写真を葛に
見せた。

「葵――貴様、仕事をサボって何をしていた?今朝珍しく現像作業を自らかって出たのは、これを現像す
 るためか!?」

写真に映っていたのは瑠璃色の着物を着た女性。正確には、芝村柚姫を演じていた時の女装した葛だ。

「か、葛……と、取り敢えず落ち着こうぜ!な!?」
「俺は落ち着いている。質問に答えろ、葵」
「じゃあその手に持った棒を下ろしてくれ!」

葵が怯える先で、葛は壁に立て掛けてあった風蘭の配達用の担ぎ棒をトントンと肩を叩いた。

「いいじゃないか写真の一枚くらい。こんな美人、一生に何度会えるかわからない」
「男だとわかっていながら“美人”だと言う貴様はどうかしている。しかも仕事をサボって写真まで……」
「サボってないだろ!芝村に迫られてパニックになってたお前を助けたのは俺だ!」
「誰も助けろとは言っていない」
「かぁーっ!!お前、男に戻るとほんっとにかわいくないな!!」
「当然だ。――さて、遺言くらいは聞いてやろう」

肩を叩いていた棒をくるりと回して構える葛。葵の顔から血の気が引く。

「ま、待て、葛。謝るっ!勝手に写真撮ったのは謝るからっ!!」

これはもう平謝りしかないと思ったのか、葵は床に額をこすりつけて土下座した。そうでもして謝らない
と、きっと数日は寝込む重傷を負わされる。それほどまでに葛は鬼にも勝る殺気を放っていた。
床に土下座した葵を見下ろして、葛の目がスッと細められた。
いつの間にかイスに座っていた風蘭は、テーブルに肘をついて写真を眺めながら言った。

「葛サン、そろそろ葵サンを許せ。なんだか葵サンが惨めナ。葛サンも、ちょっと大人気ない。ワタシも
 女の人の格好した葛サン、綺麗だと思うヨ。葵サンの気持ちもわかるネ」
「風蘭……」

まさか風蘭から説得されると思っていなかった葛はしばらく考えた後、大きくため息をついた。

「――……わかった」

そう言って棒を下ろす。葵はがばりと起き上がって風蘭を抱きしめた。

「ふうらぁぁぁん!!ありがとう!ThankYou!謝謝!」
「きゃぁぁぁあ!!キモチワルイ!離れロ変態!!」

暫しの格闘の末、風蘭は喚きながら茶器を持って台所へ避難する。
居間に残った葵は、葛の方をチラリと窺う。葛は黙って、女装した自分の写真を見つめていた。

「葛……。その、隠し撮りなんてして、ごめんな」

怒りをぶり返させるだけかと案じたが、葵が謝罪しても葛はじっと写真を眺めているだけだ。葵が不審に
思ってもう一度呼ぶと、彼は写真を差し出して葵を見た。

「返す。だが、二度と誰の目にも触れさせるな。それが条件だ」

呆気に取られて、差し出した写真を取ろうとしない葵に、葛は眉をひそめて写真をヒラヒラと動かした。

「捨てていいのか?」
「い、いりますっ!欲しいですっ!……けど、なんで……?」

慌てて写真を受け取ってから、葵は改めて葛を見る。

「誰にも見せないで、お前だけが持っているなら構わない。二度と女の格好をしてやれることもないだろ
 うしな」

それを聞いて、葵は何か引っかかるものを感じる。「ん?」と首を傾げて、今の葛の言葉を反芻した。

「なぁ葛。お前、何か勘違いしてないか……?」
「何をだ?」

葵は葛に近づくと、まだ風蘭が戻って来ないことを確認して葛の腰を抱き寄せた。

「葵……っん!?」

咄嗟に胸を押し返す葛の手を封じるように抱きしめて、唇を塞ぐ。
拘束を解くと、葛は動揺を顕わに、僅かに上気した顔で葵を見つめた。

「なに、して……っ」
「誤解してただろ。確かに俺は“芝村柚姫”のお前を『可愛い』とか『綺麗』とか言ったけど、別に女装
 してるお前が好きだって言ったわけじゃない」

葵の手が赤くなった葛の頬を撫でる。ビク、と跳ねる葛の肩。葵はそれを見てくすり、と笑った。

「俺は“お前”が好きなんだ、伊波葛――」

もう一度キスを……、と顔を寄せたところで、風蘭の足音を聞き取って、葛と距離を取った。
写真を胸の内ポケットに収めたのと同時くらいに、居間に茶器を盆に乗せた風蘭が現れる。

「お茶煎れたヨー。さあさ、一息つくがよいヨ」
「ありがとな、風蘭!」

何事もなかったように風蘭を手伝う葵。葛はイスの淵に手を掛けたまま動けないでいた。

「どうしたカ、葛サン。熱でもあるカ?」
「気にしなくていいぜ。久しぶりに血圧上げて立ちくらみしたんだと」
「葵サン……いい加減、もうちょっとマシな嘘を考えたほうがいいネ」

本当に大丈夫かと風蘭が心配する前に、店のチャイムが鳴った。それにいち早く反応したのは葛で、「先
に食べていろ」と言い残して店に出て行ってしまう。

「じゃ、お言葉に甘えて」
「葵サン、葛サンと仲直りできてないのか?今の、葵サンから逃げるみたいに葛サン出て行ったヨ?」

不安そうな少女の表情に葵は苦笑する。風蘭の頭をポンと撫でた。

「気にし過ぎだよ。――まぁ、大丈夫だ。ちゃんと時間をかければ、アイツも素直になってくれるって」



――そう、今は時間が足らないだけ。感情を表現するための手段が凍りついてしまっている彼に、それを
思い出させるのはこれからだ。




葵は店に続く扉を眺めて頬を緩めた。





二人の関係はまだ走り始めたばかり。





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1から読み直してみたけど、なんか色々と間違ってる件についてwww

・当初「伊波柚姫」だったのが、すっかり忘れて「芝村柚姫」になっていたこと。
・葛さんの目の色の描写が「漆黒」のままだったこと。
・当時は白黒写真なので、瑠璃色の着物なんてわからないということ。

あとは、過去に葛さんが芝村に言ったこととか、学校の経歴とか、芝村が家を追い出された理由とか、設
定を煮詰めてないのがよくわかるお話でしたね★……反省はしています。

取り敢えず、「恋の助走」シリーズはこれでおしまいです。ありがとうございました。

2010/08/20

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