欠けた鍵盤 2 四年。 僕がガンダムキュリオスのマイスターで、そのキュリオスが中破して国連軍の猛攻から逃れ、GNド ライブとともに戦域を離脱してから四年が経つ。 その間、僕はソレスタルビーイングと一切連絡を取らず、ただキュリオスに搭載されていたGNドラ イブを隠し、生き続けてきた。―――僕一人でだけではなかったけれど。 いま僕は地球に降りてきている。旧ユニオンの領地、アメリカにソレスタルビーイングの戦況予報士、 スメラギ・李・ノリエガ―――スメラギさんが居るという情報を手に入れて接触を試みるところだ。 けれど直接ユニオンの軌道エレベーターを利用することは避けた。 移動する道のりは各機関と接点は少ないほうがいい。だが地球全体が協力体勢を―――表向きは―― ―取った今は愛国心が多くの国民に芽生え、特にアジア系の人民は自陣営の軌道エレベーターを利用 する率が高くなっていた。 なので、どう見てもアジア系に見られる風貌の僕は直接ユニオンの軌道エレベーターを用いてアメリ カに向かうのではなく、人革連の軌道エレベーターを利用することにした。 人革連軌道エレベーター“天柱”の地上ステーションに降り立ち、ステーションの出口に向かう。 最近は国連平和維持軍に反対する輩が断続的にテロを起こしているせいか、ステーションに配備され ている兵士の数は多い。だがその大半は配備されているだけの置物で、ちゃんとパスポートも旅券も 用意してある僕には恐れる相手じゃない。 厄介なのは…―― ドンッ。 「!!」 出口を出てすぐ、いきなりぶつかってきた男に鞄を取られそうになる。僕はその男の腕を掴んで逆に 捻り上げた。 「あ、だ、だ、だ!何しやがんだ!!」 「何って、それはこっちの台詞だよ。ひったくりなんて良くないんじゃないかな」 「おぅ、俺の弟がなんかしたか?」 「‥‥‥‥‥‥」 ――…厄介なのは、こうやって絡んできて、どう見ても兄弟なんかに見えない、僕よりも長身で無駄 すぎる筋肉を見せつけんとした巨漢が妙ないちゃもんをつけてくること。目立つのはよくない。 僕は気づかれないようにこっそりため息を吐く。 僕ってホント、タイミング悪いよね…。 「聞いてんのか、兄ちゃん」 どうしようかな。やっぱりここは場所を移すのが優先?だけど僕の方から「移動しませんか?」なん て言ったら怪しまれるだろうし…。 戦闘においてはあんなに素早い判断ができるこの脳みそも、こういう交渉ごとにはまるっきり向いて ない。 答えあぐねいていると、唐突にどこかからヴァイオリンの音色が聞こえてきた。 「なんだ?」 男たちも周囲を見回して音源を探している。 ――今なら逃げられるか? そう思ったのと同時くらいに、急に誰かに手を取られ、引っ張られた。 「来いよ、こっちだ!」 鋭く小さな声で言われた言葉についていく。僕は荷物を肩に掛けて、手を引かれるまま走り出した。 彫刻のような白い手の先に揺れる柔らかそうな茶色の髪。 ――まさか…まさか‥‥!! 「ロックオン…!!」 僕の声に、走りながら振り向いたのは翡翠色の隻眼。彼は少し複雑そうな表情で笑った。 やがて人通りの少ない場所まで来て、彼は足を遅くすると僕の手を離す。 「ロックオン…ウソ…まさか、生きていたなんて‥‥」 「あのな!」 振り返った彼は僕の呟きを遮って、厳しい目付きをしていた。 「あのな!前にも、お前とは違う女の人に言ったんだが、俺は“ロックオン”なんて名前じゃねーの! 俺の名前は“ニール”で――」 「知ってます!本名はニール・ディランディ。アイルランド出身で、って…――ごめんなさい、前に フェルトと話していたのを立ち聞きしてしまったんです…」 「フェルト…?」 目の前の彼は首を傾げる。僕はなんだか違和感を覚えた。 「ニール!」 その時、彼と同じ声が彼を呼ぶ。 「うまく逃がせられたみたいだな。災難だったな、青年!」 現れたのは彼と瓜二つ、一つだけ違うところがあるとしたら、右目を眼帯で覆っているか否かという 点だけだ。 「ライル!あぁ、上手くいった」 双子?この人は双子だったのか? そもそも、いま眼帯をしている方の彼がロックオンとは別人だという考えは少しもない。 僕は二人を見比べながら、過去にロックオンから聞いた家族の話を思い返していく。 「なぁライル、また俺“ロックオン”て奴と間違えられたんだけど、お前なんかした?」 「なんも?俺はいつも通りいい子にしてますよー」 「いい子、なんて年齢じゃないだろお互い」 妹がいた‥‥とは聞いていた。だけどまさか双子なんて。 後から現れたもう一人の彼は手にヴァイオリンのケースを持っていた。 「あ、もしかしてさっきのヴァイオリンは‥‥」 僕の言葉に気づいたもう一人の彼がヒョイとケースを持ち上げる。 「そ、俺だよ。俺ヴァイオリニスト。で、ニールはピアノ」 「ホントはアメリカのレストランで雇ってもらってるんだけど、地上じゃなくて軌道ステーション内 の、それも人革連のステーションに新店舗構えるってんで、それの客寄せ」 ピアノ…。僕の知らないことばかりが明らかになっていく。 「もし時間あったら来てくれよ。って言っても宇宙なんだけど…」 “ロックオン”はそう言って笑った。知らないことばかりだけど、やっぱり別人とは思えない。 僕はソレスタルビーイングのことを尋ねてみようとした、その時、 「なぁニール、ちょっと飲み物が欲しいな。どっかに自販機あったっけ?」 「え?んー、確かあっちに…」 「わかんないから買ってきて」 「はぁ!?――…わかったよ」 妙なタイミングでもう一人の彼が切り出す。“ロックオン”は渋々歩いて行った。 このタイミングはまるで、僕にこれ以上余計なことを喋るなと言っているような…。 「ニールはお前達のことなんか覚えてない」 ふいに訪れた冷気――殺気。 それは目の前にいるもう一人の彼からで。 「もう、ニールをガンダムになんか乗らせない。お前らに渡してたまるか…!」 「ガンダム…。じゃあやっぱりあの人はロックオン…生きていたんだ!!」 ホッとした僕の緩んだ表情に、目の前の彼はギリッと唇を噛んだ。 「喜ぶのか!一度はニールを見殺しにした奴が!!ふざけんじゃねぇよ!!」 激昂した翡翠色の両目が僕を睨みつける。 「アイツの目は治らない!治させない!!二度とスナイパーなんてさせるか!!」 けれど掴みかかってはこない。遠くからロックオンが走って戻ってきたからだろう。 彼は小さな、しかし激しい憤りを含ませた声で僕に言った。 「俺は許さない。二度と、ニールを見殺しにする奴になんか、ニールを渡さない…!!」 ズキン…、胸が締め付けられるように痛んだ。 間に合わなかった…守れなかったのは事実だ。 僕は目を臥せて拳を握りしめる。 「ほら、買ってきた。コーヒーでよかったか?」 「サンキューニール!」 「どういたしまして。――ほいよ」 僕の目の前にはペットボトルが差し出される。 「‥‥アクエリアス?」 「俺の奢りだ!」 「っっ!!」 他愛ない、どうでもいい会話の一つ。 天柱の地上ステーションで待ち合わせた四人のガンダムマイスター。そのうちの一人の刹那・F・セ イエイに彼は一杯のミルクを奢った。 『お待たせいたしました』 『‥‥ミルク?』 『俺の奢りだ!』 そう言って、彼は笑った。 いま僕の目の前でも貴方はあの時と同じように笑っている。 「ロックオン…――」 「だから俺はそんな名前じゃないって‥‥え」 僕はロックオンの手を取って、自分の体をスッと寄せた。 そのまま静かに唇を重ねる。 ――あぁ、変わらない…。 柔らかい。温かい。優しい。儚い。 愛してた。愛してる。愛してる。愛して…。 「僕の名前はアレルヤ。アレルヤ・ハプティズム」 僕は唇を離すと隻眼の瞳を見つめて言った。 「愛してます。忘れないで」 掴んだ手を離す。ロックオンとライルの間をすり抜けて行く。 「また会いに来ます。それまで、忘れないでください」 強い風が吹いた。なびいた僕の長い前髪の下には傷ついた右半分の顔。 ――ハレルヤ、ロックオンは生きていたよ…。だから君も帰ってきて‥‥。 ◇◆◇ 立ち去る青年の後ろ姿を見て、俺は心臓がドキドキするのを止められなかった。 まだ顔と、唇が熱い。 「ア、レ…ル、ヤ‥‥」 あの青年の名前を呟いた瞬間、ドクン、と一際強く心臓が脈打った。 『ロックオン』 “アレルヤ”が“俺”を読んだ声が頭の中でリピートする。 「アレルヤ…アレルヤ‥‥っ、!!」 激しい頭痛が襲ってきた。 俺は地面に膝をついて痛みに耐える。 「ニール!大丈夫か!?」 「ライ、ル…!あ、たまが…痛い…!!あたま、と…胸が、苦しい…っ!!」 涙が地面を濡らした。 唇に残った感触も、“ロックオン”と呼ばれることも、知らないことばかりなのに、 何故か知っている気がしてならなかった…――。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 二期のこうなったらいいな妄想シリーズだったんですが、ここまで書いて投げました(爆) 4年間、アレルヤと一緒にいたのはソーマっていう設定で、この後ディランディ兄弟のいるレストラ ンにソーマと訪ねていって、休憩時間になったロックオンをホテルに連れ込んでとか考えていたんで すが、力尽きました(苦笑) 2008/06/03 |