欠けた鍵盤 1



「久しぶりね、ビリー。四年ぶりくらいかしら」

「そのくらいになるかな。クジョウくんは変わらないね」

「あなたもね」

スメラギは四年ぶりに、同学のビリー・カタギリと食事を共にすることになった。ビリーの予約した
レストランは太平洋に面した海の見えるおしゃれなレストラン。
円形のホール、窓際の席は一段高くなっていて、ホールの低い位置の中央にはグランドピアノが置い
てある。今は演奏されずにカバーがかかっているが、夜の7時以降は30分ごとに演奏があるらしい。

「嬉しいな、また君と食事ができるなんて」

「本当に嬉しそうね。私、何度も“忙しい”って断っちゃって、もう誘われないと思ってたわ」

「誘われたくなかった?」

「いいえ。そんなことないわ。誘ってくれてありがとう、ビリー」

「こちらこそ。来てくれてありがとう」

二人は微笑み合って、互いのグラスにワインが注がれるのを待ってから、チン、とグラスを鳴らして
乾杯をした。

スープ、サラダ、前菜‥‥と次々に料理が運ばれてくるなか、ふいに柔らかい男性の声が「失礼しま
す」と入ってくる。

「本日はようこそいらっしゃいました。ご予約いただいたお客様に一曲お選びいただこうと思うので
 すがよろしいですか?」

その声に、スメラギは弾かれたように声の主を振り返った。

「っ、ロックオン!?」

「え‥‥?」

「クジョウくん?」

声の主、この店のピアニストは驚いた表情でスメラギを見下ろし、ビリーもまた不思議そうな顔でス
メラギを見た。

「ロックオン…ロックオンでしょ?生きてたの…!?」

スメラギに両腕を掴まれ、ピアニストの青年は困惑気味にスメラギの手に触れた。

「いや、あの…お客様、人違いじゃありませんか?俺…じゃなかった、私は“ニール”と言います」

「人違い…?だって、その目、その声、背格好もそっくり‥‥」

「俺は双子ですけど、兄も俺も“ロックオン”という名前じゃないです。申し訳ございませんがやは
 り人違いかと…」

「そ、う…。――…ごめんなさいね、驚かせちゃって」

「いえ。では、一曲選んでいただいてよろしいですか?」

スメラギとビリーは青年の示した曲の一覧から二人の知っているクラシックの一曲をリクエストした。

「かしこまりました。それではごゆっくりどうぞ」



  ◇◆◇



俺の名は“ニール・ディランディ”。アイルランドの出身で、現在27歳。双子の兄がいて、二年程前
から兄は自分に仕事を任せていろんな企業をまわっては営業をしているらしい。
らしいというのは詳しくは聞かされていないからだ。他の従業員も、俺自身も。

俺はテロに遭った日から四年前にライル――俺の兄貴の元で目が覚めるまでの記憶がなかった。けれ
ど右目が見えないこと以外、ピアノを弾くことに支障のあるような怪我はなかった。

俺は他の傷が癒え次第、ピアニストの仕事を受け始めた。
俺の手は医者もうっとりするくらい綺麗に手入れされていたので、きっと記憶を無くしている間も、
俺はピアニストをしていたんだと思っていた。



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メモ書きですいません。
両親の結婚記念日にレストランに行ったら女のピアニストさんが曲のリクエストを聞きにいらしたの
で、「これロックオンとかだったらいいなぁ」とか不埒なことを考えてしまったわけで…。

2008/06/03

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