大人のくすり



俺は困っていた。
頭がクラクラする。寒気もする。喉が痛い。体がダルい。
とどのつまり、俺は風邪をひいた訳だ。
そして今、俺はある部屋の扉の前で『Medical room』と書かれた札とにらみ合いをしている。

俺は医者が大嫌いだ。薬は苦いし注射は痛いし、特に病気を治す為だとか言って色々と制限をつける
くせに自分は飄々と煙草に火をつけるところなんて大嫌いだ。

‥‥‥‥‥なんとなく特定の個人を指したような気がしないでもないが気のせいだろう。

以前にも度々風邪をひいて、この部屋の主を頼ったことはある。しかし毎回毎回苦い薬を処方され、
一度は“なんちゃら性うにゃうにゃ肺炎”とかよくわからない病名を告げられ、無理矢理注射を射た
れて点滴までされた。
その話を他のCBの人間に話し、うろ覚えの病名を言うと『よく生きていたな』という目で見られる
が、俺はアイツが無理矢理注射を射ったり薬を飲ませたことを抗議したいのであって、奇跡の生還の
話は二の次だ。

そんなに医者が嫌なら病気にかかるな、と人は言うだろう。だが仕方のないことなのだ。
技術者という仕事上、不摂生が多くなる。食事には気をつけているが、新しい発明を思いついてしま
っては三日間睡眠を取らずに基盤と向き合うことなど、技術者として当たり前だ。―――何故か賛同
してくれる人間は皆無だが。

とにかく。そう年がら年中この部屋の世話になっているわけではなく―――むしろ炊事洗濯に関して
は世話してやってるくらいで…。(バレンタインのクッキーや誕生日ケーキはオマケだ)

確かに奴の処方する薬はよく効くが、何を飲んでも苦いから嫌なのだ。



『Medical room』の札を睨んで「うぅ」と呻く。そうしている間にも寒気は増し、比例して熱は高く
なっているのだろう。

「うぅ…せめてここの医者がアイツでさえなければ‥‥」

「私が何か?」

「ぅぉぅ、モレノ!!」

背後から急に話しかけられて扉に背を打つ。
そこに立っていたのはこの部屋の主、CBの医者、ジョイス・モレノだ。

「何か美味いものでも持ってきたのか?――それともお前自身か」

言いながら、モレノは左腕を伸ばして俺の首を捕らえると自分のほうに引き寄せる。頬を触れ合わせ、
空いている右手で俺の首から鎖骨の辺りをゆっくりと撫でた。

「馬鹿言え!!お前さんにやるもんなんざ一つもないわ!さっさと離れろ!」

モレノは言われた通りに体を離したものの、俺の右手を掴んで部屋の中に引きずり込む。

「お、おい…!?」

「また風邪を引いたな?」

「なん…っ」

「私は医者だぞ。体温が平熱より高いし、扁桃腺も腫れてる」

いつの間に、と思う間もなく、馴れた手つきで俺はベッドに転がされた。モレノが聴診器を耳にはめ
ながら、もう片方の手で俺のツナギの前を広げてシャツをたくし上げる。

「おい!!」

「私に診てもらいに来たんだろう?暴れるな」

俺の上に跨がりながら、冷たい聴診器を胸に当てた。次いで口を開かせて喉の腫れを見る。

「ひゅ、ひゅうひゃひゅるろは!?」

「注射?しない。飲み薬で充分だろう」

間近でモレノはそう告げると、あっさり押さえていた俺の顎を解放し、白衣を翻してカルテを書きに
机に向かった。俺は衣服を整えて起き上がる。
モレノはボールペンを指先で回しながら、カルテから目を上げ、嫌な笑みを携えながら横目で俺を見
た。

「ともあれ、汗をかいておくのもいい。お前が“射たれ”たいというのなら私は喜んで力を…
「貸さんでいい!!」

熱とは別に赤面して怒鳴る。対するモレノは涼しい顔をしてカルテにペンを走らせた。
それからやおら立ち上がると、部屋の角にある薬品棚から二種類の薬を取り出してくる。

「こっちが解熱剤。こっちが喉の薬だ。いつも苦い苦いと言うから片方はカプセルにしてやった」

「――…でかくねぇか?」

「一日三回、食後に錠剤とカプセル一つずつ。必ず飲め。じゃないといつまで経っても現場に復帰で
 きないからな?」

人のコメントを無視して、しかもその上脅しまで仕掛けてきやがった。

「〜〜〜っ!ちくしょう足元見やがって!!」

「お大事に」

ポケットから取り出した煙草に火をつけながら、モレノは部屋を飛び出す俺を見送った。



 ◇



薬を貰ったのは昼飯を食べた後だったので、いま目の前にある夕飯を食い終えたら、あの真っ白な錠
剤とオレンジと白のカプセルの出番だ。



そしてその夕飯を食い終えてしまった。



昼間と同じように、今度はコップに入った水と、二つの薬相手ににらめっこだ。
小さな食堂にいる他のCBの仲間達は苦笑しながらその様子を見守っている。



15分が経過した。



薬というものに、自分はどれだけの恐怖心があるというのだろうか。
口元まで運ぶものの最後のぱくりごっくんができない。
正直、体力が限界だったりする。高熱に加え、たった二粒の薬にこれだけの心理戦を挑むのは相当体
力を消費する。
俺は決意を固め、小さな白い錠剤を摘まんだ。

「‥‥よし!!」

ぱくり。ごっくん。

一瞬、舌を苦味が掠めたが、なんとか飲み込めた。
この勢いに乗って残りのカプセルも飲んでしまおうと、小指の爪ほどのカプセルを手の平に乗せた。



30分後。



カプセルというのは手の平の熱では溶けないようだ。

食堂にいた面子は全員入れ替わり、最後の一人が「イアンさんがんばれー」と能天気に声を掛けて出
て行った。
俺の手の平にはカプセルが乗ったままだ。食器はいつの間にか片されている。
まさに死活問題。けれど目の前のカプセルがとてつもなくでかい敵に見える。
寄り目になりそうなほどカプセルを睨んでいると、ふいにヒョイと後ろからそのカプセルを誰かに取
り上げられた。

「力を貸してやろうか?」

振り返ると、案の定そこにはモレノが立っていた。
俺は散々迷ってから、とうとう首を縦に振る。モレノはニヤリと笑ってから水の入ったコップに手を
伸ばした。

「どうするんだ?」

「なに。お前は大人しく私に任せておけばいい」

嫌な予感がする。

「きっと甘い薬になるぞ」

モレノはカプセルを己の口に放り込み、口に水を含んだ。
――嫌な予感的中。

「んんっ!!」

モレノは俺の顎を捕らえて上向かせると、唇を重ねてきたのだ。器用にカプセルを俺の口の中に舌先
で押し込み、少しずつ水を流し込む。口の端から少量の水が溢れた。



ただの水道水が何故かひどく甘い。



こくりこくり、と喉を上下させ、俺がモレノの手を軽く叩いてカプセルを飲み込んだことを伝えると、
奴は俺の舌に吸い付いてから唇を離した。

「なんなら、次も手伝ってやるから言いに来るといい」

「誰が行くか!!」

ヒラヒラと手を振ってモレノは食堂を出ていく。俺は深く椅子に座り直して、残っていた水を一気に
飲み干した。
風邪のせいじゃない熱で暑かった。





俺は医者が嫌いだ。大嫌いだ。

だけど、医者じゃないアイツなら、嫌いじゃないかもしれない‥‥。



これは病気。誰にも言えない病気。

医者じゃないアイツに言う、その一言がなかなか言えない。



アイツの出した薬で風邪は必ず治るのに。
あと一息のあの言葉を言えば、こんな病気もおさらばなのに。



こんな俺に、このカプセルの効果はてきめん。




-------------------------------------------------------------------------------------------

GO!GO!7188の『大人のくすり』を元に作りました。
モレイアを広めたい…。アレロクネタにモレイアを挟んでいくのは得意なんですが、モレイアのみ
で書くのは何故か…(苦笑)
なんでモレノさんまで死んじゃったんだ…(泣)

2008/05/07

BACK